不登校とゆっくりちぇん
この小説は以下の成分を含みます。
・処女作
・ゆっくり愛で
・駄文
それでも大丈夫な方は、お付き合いいただければ幸いです。
20××年八月四日
湯っ栗町
目を覚ますといつも通りの鬱々しい朝だ。
窓の外から聞こえるジリジリとうるさい蝉の鳴き声が、夏の暑さに弾みをつける。
枕元に置いてあるスマホを手に取り、時間を確認する。
「午前11時17分・・・昨日寝たのが大体23時だから・・・」
随分寝てしまったらしい。
僕の名前は虐師 待地、田舎である湯っ栗町のアパートに母親と二人で住む中学二年生だ。
と言っても一年と二ヶ月前から不登校なのだが。
「とりあえず朝飯・・・いやもう昼飯か」
布団から重い体を起こし、リビングに行って昼飯を済ませる。
「おはよう。遅かったわね」
キッチンで昼飯の支度をしていた母親が言う。
「うん、おはよう・・・」
僕は自信のない返事を返す、一年前からずっとこの調子だ。
不登校と言われるといじめや家庭問題などを想像する人が多いだろうが、僕はそのどちらでもなかった。
自信がなく、やる気もなく、周囲の目を気にして過ごしていた結果、ストレスに耐えきれなくなり全てを投げ出してしまった。
原因は他の誰でもなく自分自身、いつも自分の邪魔をするのは自分、他の人に当たることはできない、だから自分を責める、自信も徐々に失われてゆく・・・
僕の母親もそんな息子の状況に気がついてはいるだろうが、基本的に触れてはこなかったし、僕自身も触れてほしくなかった。
ピンポーン
呼び鈴が鳴る。
「はーい」
母親が出て、僕に箱を渡した。
どうやら祖母から僕宛の宅配物らしい。昼飯を済ませ、自分の部屋で箱を開ける、すると…
「ゆっくりしていってねー!!」
「うわああぁぁぁぁぁ!!」
ドシンッ!
突然体に飛び乗ってきた「それ」に驚き、倒れて頭を床に打ってしまった。
「痛たたた・・・」
「ちぇんはちぇんだよー!ゆっくりしていってねー!」
体の上に乗った「それ」は言う。
僕は頭をさすりながら状況を確認した。
「それ」が何なのかを認識するのに少し時間が掛かった。
「何だゆっくりか・・・」
茶髪に猫耳に緑の帽子、二股の尻尾、生首の形を可愛くしたようなバレーボールサイズの生きるチョコ饅頭、ゆっくりちぇんである。
良く見ると帽子に飼いゆっくりを証明するバッチが付いていた。
ちゃんと見なければ潰していたかもしれない。
「わからないよー・・・」
ちぇんが不機嫌そうに言う。
お約束の挨拶を返してやる。
「あぁそうだったな・・・ゆっくりしていってね」
「ゆっくりしていってねー!!!わかるよー!!!」
とりあえず僕は体に乗るちぇんを退かした。
ちぇんは挨拶をしてもらえたのが余程嬉しかったのか、部屋中をぐるぐる跳ね回っている。
「ん?」
ちぇんが入っていた箱の底を見ると、祖母からの手紙が入っていた。
『待地へ
元気ですか?十日も遅れてしまいましたがお誕生日おめでとうございます
もう14歳になるんだね……
……その子はおばあちゃんからの誕生日プレゼントです
大事に育ててあげてください
おばあちゃんより』
「なるほどなぁ・・・」
このゆっくりちぇんは祖母からの遅れた誕生日プレゼントだった。三年前に祖母の家に泊まった時、なんとなくゆっくりを飼ってみたいと言っていたのを覚えていてくれたようだ。
この事を母親に報告せねば、僕はちぇんを抱えてリビングへ向かう。
「ゆっくりしていってねー」
「あら、確かゆっくりちぇんちゃんよね? 可愛い〜。ゆっくりしていってね!」
「婆ちゃんからの誕生日プレゼントみたい」
「良かったわね。飼うからには大事に育てるのよ? ・・・それじゃあ色々と用意しないとね・・・ゆっくりフードとかトイレとか、色々買ってくるわね」
そう言うと母親は出掛けて行った。
初めて飼うゆっくりである。何をすればいいのか考えた僕は暫く考え、とりあえずちぇんの頭を撫でてやる。
「おにいさんもおかあさんもとってもゆっくりしてるんだねーわかるよー」
ちぇんが嬉しそうに言う。
「母さんはともかく、俺がそんなにゆっくりしてるのか?」
「おにいさんもおかあさんもちぇんとなかよくしてくれてゆっくりできるよー」
自己評価が低い僕には、イマイチ実感が湧かなかった。
「ん〜そうか・・・?ところでちぇん、何かやりたいことはないか?」
「ちぇんはおさんぽにいきたいよーおそとでゆっくりしたいよー」
「お外・・・外、か・・・まいったなぁ」
先ほど言ったように、僕は不登校である。この一年と二ヶ月外出もほとんどしていない。もし外出して同じ学校の生徒と会ったとなれば、気まずいことこの上ないだろう。
「外はちょっとなぁ・・・」
「ちぇんはおそとにでたいよー! わかれよー!」
ちぇんが駄々をこね始めた。狭い箱の中に入っていてストレスも溜まっているのだろう。
「うーん・・・」
僕は考える。
少し不安はあるが、これが外出する良い機会になるかもしれない。
「わかったわかった。散歩に行こう。」
「わかるよーー!!!」
勇気を出して外に出ることにした。
数分後、外出の支度を終えた僕はちぇんを連れて恐る恐る玄関のドアを開ける。
「うわぁ・・・」
外の眩しさに思わず目を細める。
家の中でも聞こえていた蝉の鳴き声が、より一層大きくなる。ジリジリと照りつける太陽、まるでオーブンに入れられたように暑かった。
玄関の鍵を閉めたのを確認すると、僕はちぇんと散歩を始めた。
散歩、と言ってもゆっくりの移動速度じゃ遅すぎるので僕がちぇんを抱えて歩いているのだが。
「暑ちぃ〜・・・外ってこんな気温高いのか・・・」
真夏の真昼間、暑いのは当然のことではあるが、一年以上まともに外出していなかったのだ、かなりダルい。
加えてバレーボールサイズのチョコ饅頭を抱えて歩くのは引きこもりの僕には辛い。
「ゆっくりしてるんだねーわかるよーゆんゆんゆんゆ〜ん♪」
楽しそうに歌うちぇん。
歌自体は・・・まあぶっちゃけ音痴だがその姿はとってもゆっくりしているようだった。
「おにいさんだいじょうぶ? あせがすごいよー?」
「あ、あぁ大丈夫・・・じゃないな。ちぇん重い・・・」
「わがらにゃぁぁぁぁぁ! ちぇんはおもくないよー! ぷくーっ!」
ぷくーっと頬を膨らませて怒るちぇん。
「悪いつい本音が・・・」
「ひどいよー・・・」
「とりあえずあそこの公園で休憩しないか?」
「わかったよー」
とりあえず僕とちぇんは、近くの公園の木陰に腰を下ろし休憩することにした。ふと遠くにあるベンチを見ると、そこに一人の白いワンピースを着た活発そうな少女と一匹のゆっくりが座っていた。
「げっ・・・! 隠れなきゃ・・・」
「どうしたのーおにいさん? わからないよー?」
「あら?」
しかし時すでに遅し、隠れる前にその少女に気づかれてしまった。
「お〜いたっちゃ〜ん!」
彼女の名前は愛池でんこ、僕の住むアパートの近所に住む幼馴染であり、僕の通っていた中学の同級生だ。
僕が何故隠れようとしたか?長い間外出していなかったのだ、知り合いと会うのは気まずかった。
「みょんはみょんだみょん! ゆっくりしていくみょん!」
愛池の抱えていたゆっくりはゆっくりみょん、またはゆっくりようむ。
銀髪にボブカット、黒いリボン。はくろーけんという名の爪楊枝を武器に持っているのが特徴のゆっくりだ。
「ちぇんはちぇんだよーゆっくりしていってねー」
「ゆっくりしていってね! 私は愛池 でんこ! でんちゃんって呼んでね!」
「たっちゃん久しぶりだね! 元気そうで安心したよ〜。ってかその娘ゆっくりちぇんだよね? たっちゃんゆっくり飼ってたんだ」
「ま、まあな。飼い始めたのは今日からで、分からないことも多いけど・・・」
なんとなく緊張する。しばらく母親以外と喋っていなかったからな・・・
「そっか〜じゃあ私が色々教えてあげるよ!」
「え? いいのか?」
「うん! 分からないこと色々聞いてよ〜」
ベンチに座って、僕は愛池にゆっくりの飼い方ついて色々聞くことにした。ちぇんとみょんは向こうの方でかけっこをして遊んでいる。
最初は久しぶりの会話に緊張こそしたが、彼女がフレンドリーなこともあり、徐々に緊張はほぐれた。久しぶりの会話、ゆっくりのこと以外にも学校や友達のことなど、和気藹々と会話を楽しんでいた。
暫くすると、慌てた様子のみょんがこちらに走って(跳ねて?)来た。
「た、たいへんだみょ〜ん!」
「どうしたの? みょんちゃん、そんなに慌てて」
「あれ? そういえばちぇんはどこだ?」
「ちぇ、ちぇんが! どこかにいっちゃったみょん!」
「「えぇぇぇぇ!?」」
やらかした。目を離している間にちぇんがどこかに行ってしまった。飼いゆっくり生活初日でとんだハプニングだ。
「と、とりあえずちぇんちゃんを探さなきゃ! ゆっくりの移動速度ならまだ遠くには行ってない筈だから!」
「わかった!」
僕と愛池とみょんは町内を隈なく探すことにした。しかし、夕方になってもちぇんは見つからなかった。
「ちぇんちゃーん!」
「ちぇーん! どこだみょーん!」
「ちぇーん! ・・・ダメだ・・・どこに行ったんだあいつ・・・」
時間は6時半だ、僕の不安と焦りは最高潮に達していた。
「やっぱり僕は何をやってもダメなんだ・・・1匹のゆっくりを育てることすらできない・・・クソッ!」
この言葉はちぇんを心配して出た言葉なのか、無能な自分への怒りなのか、それともどちらでもあるのか、僕自身にもわからなかった。
「たっちゃん・・・」
半分ヤケクソで僕達は元いた公園に戻った。その時だった。
「わからないよぉぉぉ!」
「この声は・・・ちぇん!?」
「あっちから聞こえたよ!」
「いくみょん!」
僕達は急いで声の聞こえた場所へ走る。
そこにはちぇんを制裁しようとしている野良ゆっくりの基本種と言われる、「ゆっくりれいむ」と「ゆっくりまりさ」、その野良ゆ二匹に怯えているちぇんがいた。
「わがらにゃいよぉぉぉ!いじわるしないでねぇぇぇ!」
「かいゆっくりはずるいんだぜ!あまあまやぽーかぽーかをひとりじめするげすなかいゆっくりのちぇんは、まりささまがせいっさいっしてやるのぜぇ!」
「ゆゆ〜ん、かっこいいよまりさ!げすなちぇんなんてせいっさいっしちゃってね!」
「クソッあいつら・・・」
「まつみょん!」
二匹の元に行こうとする僕をみょんが僕を止る。
「ぼうりょくはよくないみょん。みょんがはなしてみるみょん」
「で、でも・・・」
「大丈夫だよ! みょんちゃんはとっても強いから、もし喧嘩になってもそんじょそこらの野良ゆっくりなんかに負けないよ」
「いや・・・いきなり手を出す気はないんだ。説得なら僕にやらせてくれないか?」
「うーん・・・了解!たっちゃんに任せるよ!みょんもそれでいいね?」
「ゆっくりりかいしたみょん!」
野良ゆへの説得などぶっちゃけ失敗するだろう。しかし、みょんが言っていた通り相手がゲスとはいえ、いきなり手を出すのは気が引ける。
僕は野良れいむと野良まりさ達の元に向かって走った。
「「げすなちぇんはせいっさいっなんだぜ(よ)!」」
「「ゆっくりしね!!」」
二匹はちぇんに襲いかかる体制に入っていた。こいつらを手を使わずに確実に止める方法はただ一つだ。僕は二匹に向かって叫ぶ。
「ゆっくりしていってね!」
「「ゆっくりしていってね!」」
2匹は反射的に反応する。ゆっくりは『ゆっくりしていってね』と言われると、本能的に『ゆっくりしていってね』と返してしまうのだ。
「ゆあぁ〜ん?だれかとおもえばくそにんげんなんだぜ?」
「れいむたちになんのようなの?せいっさいっのじゃまいないでねっ!」
「僕はクソ人間じゃない、ちぇんの飼い主だ。そのちぇんを返してくれ。素直に返してくれるなら俺はお前らに手出しはしない」
「げらげらげらげら!くそにんげんはまりささまにかてるとでもおもってるのかぜ?そんなおどしでこわがるまりささまじゃないのぜぇっ!」
「ばかなこというくそにんげんはゆっくりしないでしんでね!すぐでいいよ!」
やはり潰すしかないか・・・、と思っていた。
その時だった。
ズドンッ!!!
突如僕の背後でものすごい音が響く。そこには鬼の形相の愛池が立っていた。さっきの音は彼女が地面を踏み鳴らしたのだろう。ゆっくり二匹は凄まじい爆音とあまりに恐ろしい人間に驚き飛び跳ねた。
「「ゆひぃ!」」
「さっきから黙って見てりゃあテメェら調子に乗りやがって・・・!」
鬼の形相というよりは、もはや鬼そのものである。敵意を向けられていない僕から見てもかなり怖い、いや、ものすごく怖い。
「こっちは平和的に終わらせてやるって言ってんだろうが。クソ饅頭・・・ちぇんちゃんを大人しく返すかテメェら仲良く餡子のシミになるか・・・どっちがいいんだぁ!?あぁん!?」
「ゆっ、ゆっひぃぃぃぃ!ずびばぜん!ちぇんはかえじばず!ちぇんのおぼうじもがえじばす!ゆるじでくだざい!」
ゆっくりまりさはビタンビタンと土下座をしながらちぇんを解放した。突然の出来事に呆気にとられていた僕は、ちぇんに泣き疲れ我に帰った。
「おにいざぁぁぁん!ごわがっだよぉぉぉ!ゆぇぇぇん!」
「心配したぞ!もう勝手にどっか行くなよ!」
「ごめんなざぁぁぁい!ゆぇぇぇぇん!」
とりあえずちぇんの無事を確認すると僕は安心した。
どうでもいいことだが、怖かったとは愛池のことでもあるのだろうか。
「ば、ばりざはにげるよぉぉぉ!」
「ばっでねまりざぁぁぁ!れいぶをおいてかないでねぇぇぇ!」
野良ゆ二匹は一目散に逃げていった。
「ったく・・・」
「ちぇんちゃん無事で良かったね!」
「みょん!」
元に戻った愛池に少しビビりながら僕は頷く。
「あ、ああ・・・そうだな」
ちぇんは僕の腕の中で泣き疲れて寝ていた。僕は自分の飼いゆっくりであるちぇんを守ることができたのだ。
もう日が暮れ始めている。
僕達はそれぞれ家に帰った。
ちぇんは僕の布団の横に座布団を敷いて、そこで寝かすことにした。
後でちぇんから聞いた話だが、どうやらちぇんは自分を放って僕と仲良くする愛池に嫉妬してその場を離れたらしい。僕はちぇんをもうちょっと構ってやってれば良かったな、と少し反省した。
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「・・・きて・・・おきてよー・・・おきてよーおにいさん!」
朝だ。
少し体は重いが、清々しい朝だった。
僕の上に胴付きのちぇんが乗って起こしてくれたらしい。赤色の服に胸のあたりに黄色いリボンが付いている。
スマホを見ると午前六時、そこまで長く寝たわけではないようだ。
「って・・・」
「ゆ?どうしたのー?」
「胴付きぃぃぃ!?」
確かにちぇんには胴体が付いていた。
僕はかなり焦ったが、ふと昨日愛池から聞いた話を思い出した。
そうだった、確かゆっくりは何らかの理由で突然胴付きになる個体がいるらしい。
「おにいさんはちぇんをまもってくれたから、こんどはちぇんがおにいさんをまもるんだねー!」
「守るって何からだよ・・・」
ちぇんとの忙しくて、ゆっくりしている日々はまだまだ始まったばかりである。