すり鉢の太陽
それは何の変哲も無い、真っ白な鶏卵であった。半径5cmほどの、すり鉢状の巣に産み落とされて既に、20日余りが過ぎていた。卵の内部では、雛の外見的特徴までほぼ完成に近づいており、親鳥も日課の声かけのみで、特別な介助はしていなかった。
翌日、親鳥が例のごとく朝日を眺めていると、卵の内より聞き覚えの無い音がした。親鳥にはまだ、昇ったばかりの太陽が名残惜しいようであったが、やがて真っ赤なトサカでさよならの合図をすると、数えて数十歩のすり鉢の元へ向かった。
すり鉢の底では、既に卵が大きな穴をいくつも開けており、その細長い球状を保つのは、甚だ困難であるらしかった。卵の持つ大きな穴からは、まだ親とは似つかない雛が、見たことのない親を求めて顔を出していた。
親鳥は、その顔に向けて一つ声をかけようとした。しかし、その声が途切れるよりずっと前に、雛が何か物言いをした。それは、この殻を早く取ってくれと言っているようでもあったし、もっと単純に、あなたが親ですかと尋ねているようでもあった。
ともかく親鳥は、その異議にすぐ返答をした。少し間が空き、雛も何か、さきほどよりも柔らかい口調で返事をして、出来損ないの卵の中で目を閉じた。
親鳥はしばらく、雛の寝息に聞き入っていたが、いつの間にか、我が子の真似をするように眠ってしまった。
二匹の寝息は、すり鉢の底から緩やかな坂を登り、風の助けを借りて、みるみるうちに広がっていった。
太陽は、まだうっすらと残る月と共に、何ともなく聞こえてくるその音に、すっかり聞き入っているようであった。