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華の雫

Lily and Cry

作者: 長谷川真美

生者の国と死者の国。

私はどちらにいる。

それは私自身分からない。

 デスクトップPCとパーテーションで隠れた姿を必死に見る。見るのは自由だ。怪しくない程度に見つめる。外線対応の営業用の声を聞く。落ち着いたバリトン。いつまでも聞いていたい。仕立ての良いスーツにYシャツ、センスが良いネクタイを身に着けた会社用の姿しか見たことがない上司だ。総務部のいっかいの契約社員である(あずま 夏希(なつきと若干35歳にして社長室長まで上り詰めた(やなぎ) 隆介(りゅうすけ)室長とは挨拶しか交わしていなかった。関係が一転したのは担当の秘書がいきなり悪阻(つわり)で休職して、ピンチヒッターで私が秘書になってからだ。


 空梅雨(からつゆ)の真夏を思わせるような日に電車で会社外の定例会帰りの柳室長に江戸切子のコップで麦茶を出す。室長は作業の手を止め、こちらを向いて微笑みながら「ありがとうございます。江戸切子のコップが涼しげでいいですね。いただきます。」と言った。思わず舞い上がってしまう。心臓の激しい鼓動を感じる。心臓の音が聞こえていないか不安になるほどだ。


 柳室長から同世代の男子には到底不可能な対応をされて24歳の小娘が淡い恋心を抱かないわけがない。人がいないことを確認して給湯室でガッツポーズをする。健康的な日焼けをしている柳室長の左手薬指に残る白い円形を描いた指輪の跡。意味深だ。


 柳室長は30日には休暇を取る。柳室長の秘書としてスケジュールを管理している私はこのような法則を見つけた。30日が近づいてくると左手薬指にしきりに触れる。まるで存在して欲しい指輪を探しているようだ。いつもとは違う精彩を欠いたどこか上の空の室長が書類の上にコーヒーをこぼす。硬く絞った布巾を持っていく。「やけどをしていませんか?」平静な声を意識する。「ごめんなさい。私は大丈夫です。」しきりに謝る。「せっかくコピーを取って頂いた会議用の書類にコーヒーがかかってしまいました。」取り乱している室長にゆっくりと安心させるように答える。「コピーならすぐにとれます。ご心配なさらないでください。」柳室長はひたすら謝っていた。コピー機の操作は手慣れたものだ。すぐにコピーと書類のホチキス止めをして会議資料を手渡す。「助かりました。東さんには迷惑をかけてばかりで申し訳ございません」冷静沈着な柳室長には珍しい申し訳無さそうでどこか悲しげな顔だった。


 花の金曜日の女子会を終えて、自宅の沿線の初めて使った駅の前で白いユリを抱えた柳室長を見かけた。まるで大切な人を抱きしめているようだった。室長は霊園に向かっていった。冷静沈着か明朗ないつもの室長の顔ではなかった。泣いていた。最初は静かに。そして最後は慟哭に。「京香(きょうか)、ただいま」声にならない声。白ユリの花言葉-純潔-

 亡き妻に純潔を誓う。そうして死者の国に(いざな)われる。次の日からは仮住まいの生者の国に戻っていった。「おはようございます。」いつもの張りのある明朗な声が朝の始まりを告げた。Fin.


初めての連載以外の短編小説です。

本文は内容がひたすら暗いのにも関わらず音楽を聞きながら一気に書き上げました。

音楽の力の偉大さの産物です。


BGM:Giovanni Allevi JOY


2017年7月1日

長谷川真美


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