9.もう一度一人で
三人を見送った後、里麻は大平家を出た。その家の子ども、健太がいなくなったのに、そのまま健太のベッドで二度寝する気にはならなかったのだ。
里麻は、ようやく明るくなり始めたばかりの街へと歩き出した。
「……寒そう」
薄明かりに照らされた秋の街は、見るからに寒々しい。寒さこそ感じなかったけど、里麻にも寒そうな雰囲気だけはちゃんと伝わる。
通勤ラッシュにはまだまだ早い時間。それでも、バス停には人が並んでいた。里麻は空いた車内の一席を陣取り、少しずつ明るくなる街の様子を眺めながら、自分の家へと帰宅した。
そうして、今、里麻は自室のベッドの上にごろりと横になっていた。
「……今日、どうしようかなぁ」
秀一、真奈美、健太の三人が心残りを解消して、とても穏やかに成仏したのを目の当たりにした里麻は、少し焦っていた。
三人が心に秘めていたような何かを、里麻は何も持っていなかった。始発バスの中でも自分のこだわりのようなものを探したけど、まったく思いつけなかったのだ。
「なんで私、幽霊になっちゃったのかな?」
ぽつりとつぶやく。
あらためて考えてみても、街中では自分たちの他に幽霊なんて見かけなかった。
「……みんな、死んだらすぐに成仏してるのかなぁ」
今日も家族はみんな出かけてしまった。家には里麻一人だ。いや、里麻と猫のチルル、一人と一匹。
ベッドにゴロンと寝転がり、見慣れた天井を見上げながら、里麻は成仏の手がかりにと、自分の死の瞬間を思い出そうとする。だけど、何ひとつ思い出せない。
幽霊になって最初の記憶は、二日前の夕方。家の近所の通りを歩きながら銀杏並木を見上げた、あの時。しかも、里麻は自分が幽霊だと知らなかった。自分が死んだなんて、欠片も思っていなかったのだ。
「私……このまま、ずっとひとりぼっちで幽霊やるのかなぁ」
声に出してつぶやいてから、里麻は怖くなって両腕で自分を抱きしめた。そんなの、ぜったにイヤだ、里麻は左右に強く首を振った。
里麻が出会った幽霊は、秀一、真奈美、健太の三人だけ。そして三人はあんなに幼いのに、自分の願いをしっかり持っていた。そして行動には何の迷いもなかった。
願いを叶え終えた時の三人の満ち足りた笑顔が、里麻の脳裏に浮かんでは消える。おそらく三人は、心残りだったことを解消するために、死んですぐに成仏しなかったのだろう。
そもそも、あの子たちはなんで死んだのだろう、今更ながら里麻の頭に疑問が湧き上がってきた。
あんな小さな子が一度に三人も亡くなるなんて、普通じゃない。
事故、食中毒、火事……通り魔。
最後の言葉に里麻はぶるりと身震いした。怖くなった里麻は三人のあどけない表情を思い出し、そんな悲惨な最期じゃないといいのだけど、とそれ以上、死の原因について考えることを放棄した。
間もなくパートタイム勤務の母親や学校に行っている妹たちが帰ってくるという三時過ぎになり、里麻は家を出た。
お帰りと言っても伝わらない、こっそりとでも触れることさえできない、目の前にいるのに気付いてすらもらえない。完全に一方通行の関係。その寂しさに耐えられそうになかった。
里麻が向かったのは、秀一、真奈美、健太の三人と出会ったあの公園。
別れてから半日しか経っていないのに、里麻は三人が恋しくて仕方なかった。
自分の腕の中で、幼稚園の先生を恋しがってひっくひっくと泣きじゃくっていた秀一のぬくもりを思い出す。
「里麻先生っ!」
まだ中学生の里麻を「先生」と呼んだ健太の声を思い出す。
「そうだ! 里麻先生だ!」
そう言って目を輝かせた真奈美の笑顔を思い出す。
三人の姿が、里麻の脳裏に浮かんでは消えていく。
思い返すと、腕の中に秀一の重みとぬくもりが感じられた。健太と真奈美とつないだ手のぬくもりが感じられた。
みんな、ちゃんと天国に行けたかな?
里麻の瞳が、沈みかける夕日を受けてうるうると揺れる。
「里麻先生、ありがとう!」
「里麻先生のおかげで、家に帰って来られたよ」
「里麻先生、大好き!」
三人の満ち足りた表情が、自分に向けた笑顔が次々に思い浮かぶ。
泣くことはないんだ。あの子たちを天国に送り届けるお手伝いができたんだから。
半ば無理矢理、里麻は笑顔を作った。泣き笑いのような表情で、里麻は気持ちを切り替えようと姿勢を正して顔を上げた。
その時、里麻の目に近所に住む女の子の姿が飛び込んできた。




