8.ひと足先に
誕生日パーティの後、夜が明ける少し前に四人は夢から覚めた。
小さな豆電球だけが灯された部屋でふわりと目を覚ますと、里麻は自分の隣にもぞもぞ動く小さなぬくもりを感じた。ぐっすり眠っているはずの秀一だった。
「里麻先生」
秀一は、里麻の服をきゅっと握り、にこりと笑った。
二段ベッドの上からゴソゴソと何かが動く音がして、
「シュウ君、里麻先生」
真奈美と健太が降りてきて、ベッドの下の段を覗いた。
「おめでとう、ケンちゃん」
夢の中では傍観者だった里麻は、遅ればせながらそう言った。
健太は里麻の言葉に、ふわぁっとこぼれるように笑顔を浮かべた。
「ありがとう!」
こんな時間に起き出して、どうするんだろうと里麻が思っていると、引き戸がキイッと音を立てて小さく開き、
「にゃあ」
と子ども部屋に大きなトラ猫が入ってきた。
「トラ!」
と健太が駆け寄った。だけど、トラを抱き上げることはできなかった。健太は「ちぇっ」と言いつつも、不満そうな様子はない。トラも不思議そうに健太を見ていた。
「これが、俺のトラだよ」
「大きいネコちゃんだね」
「だろう!?」
健太は得意そうに言った。
それから、健太はふいに真顔になると、「シュウ君、おいで」と秀一に手を差し伸べた。
「里麻先生、俺たち、先に逝くね」
「え? どこに?」
秀一がうんしょと柵を乗り越えて、ベッドの外に出た。
「天国」
と秀一の手を取りながら、真奈美が笑顔で告げた。
「里麻先生、ありがとう!」
「里麻先生のおかげで、家に帰って来られたよ」
三人が口々にお礼を告げる。
「ユウくん、抱っこできたよ!」
秀一がとろけそうな笑顔を見せた。
「パパと仲直りできたよ!」
真奈美が優しくほほ笑んだ。
「プレゼントも、もらったよ!」
健太が得意げに突き出したお腹には、真新しい黒と銀のライダーベルトがはめられていた。小脇に大きな迷路絵本も抱えている。
次々に飛び出す三人の言葉を聞いて、里麻は呆然としていた。
「えっと、……あの」
何も言えずにいると、秀一が里麻の手を引いてベッドの外に誘った。そして、三人が里麻を囲む。
秀一が、真奈美が、健太が、同時に里麻に抱き付いた。
「里麻先生、大好き!」
三人の声が重なった。
「シュウ君、マナちゃん、ケンちゃん……」
じわじわと、里麻にも、三人が成仏するのだということが実感となって分かってくる。寂しい気持ちと、行かないでという気持ちと、止めちゃダメだという気持ちがないまぜになって、里麻の心をかき乱した。
でも気が付くと、里麻は不思議なくらい穏やかな気持ちで三人を抱きしめていた。
この子たちがいたおかげで、どれだけの幸福感をもらっただろう?
思えば、お昼過ぎに出会って、翌日の夜明け前に別れる。知り合ってから、まだ一日も経っていない。なのに、もうずっと前からの付き合いのように思えてしまう。里麻と三人は、とても濃い時間を共に過ごした。
里麻の目が自然とうるみ始めた。
一人ぼっちになりたくないとは思う。でも、三人は心に溜めた想いを昇華させて天国に行くのだ。それは間違いなく喜ばしいことなのだ。三人が天国に行けることを祝福する、そんな気持ちが里麻の心を満たしていった。
「私こそ、ありがとう! シュウ君、マナちゃん、ケンちゃん、……大好きよ!」
里麻が心の底からそう言うと、三人はにこぉっと満面の笑みを返してくれた。
それから、手をつないだ三人の姿がうっすらと黄金色の光を放ち始めた。そして、まばゆいばかりの光に包まれたかと思うと、ゆっくりとゆっくりとその姿は薄くなり、やがて見えなくなった。
ふと窓の外を見ると、明るい太陽の光が家々の間から顔を覗かせ、新しい一日の始まりを告げていた。




