7.健太の誕生日
すっかり夜も更けてしまったが、四人は健太の家へと移動することにした。
秀一は、里麻の腕に抱かれてうとうとしたまま運ばれる。がくりと時折、頭が揺れては里麻にしがみつく。秀一のズシリとした重みに、里麻は例えようもない愛しさを感じていた。そして幽霊も眠るんだなぁと思ってから、自分も昨日、ベッドで朝まで眠ったことを思い出すのだった。
健太の家は真奈美の家から、二ブロック離れたところにある古びた一軒家だった。
「あそこが、俺んち」
指さした後、嬉しそうに駆け出した健太。その後ろを真奈美と秀一を抱いた里麻が、ゆっくりと追いかける。
健太は迷わずドアに手をかけると、ガラガラと音を立てて引き戸の玄関ドアを開けた。
わっ、そんな音立てたらっ!
と里麻は思ったが、家族が飛び出してくるようなことはなかった。
聞こえてないのかな? それとも、幽霊が立てる音は聞こえないことになってるのかな? ……もしかして、ドアを開けてるつもりだけど、昨日会った女の人みたいに、私たち、気が付かない内にドアをすり抜けていたりして。
里麻がそんなことを考えてドアの外に突っ立っていると、健太が中から、
「里麻先生も入れよ」
と手招きをした。いつの間にか、真奈美も家の中に入っていた。
「こっちが俺の部屋」
健太の後ろをついて行くと、一階の奥の和室に連れて行かれた。健太が引き戸を開けて、電気を点ける。和室だけど畳の上には絨毯が敷かれ、その上には二段ベッドに勉強机。昔懐かしい感じの子ども部屋だった。
「ね、ケンちゃん、兄弟が一緒だったら、この部屋にいない方がいいんじゃない?」
二段ベッドからして二人部屋だろうと里麻が言うと、健太は笑った。
「兄ちゃん、大学生になって、いなくなったから大丈夫」
「そんな大きいお兄ちゃんがいるんだ!」
里麻が目を丸くすると、真奈美が横から口をはさむ。
「志朗君て言うんだよ。力持ちなんだよ」
「へえ」
里麻は頭の中で、健太の顔を大学生まで成長させようとして失敗し、身体は大学生、顔は幼稚園児という人物を思い浮かべてしまい思わず笑った。腕の中の秀一が「なあに?」と寝ぼけた声を上げた。
真奈美が二段ベッドの下の段の掛け布団をめくった。
「こっち、シュウ君と里麻先生ね」
「ん?」
「今日はここで寝よう」
「……え?」
真奈美の言葉に里麻は首を傾げた。確かに、もう夜九時を過ぎている。幼児は寝る時間だろう。秀一の様子を見ても、幽霊だから眠くならないという訳ではないのだから。
でも、だからと言って、いきなり健太の家で寝るというのは、やはり抵抗がある里麻だった。
「えーっと、ありがとう。でも……」
戸惑っていると、真奈美が真顔で言った。
「あのね、ケンちゃんのお誕生日パーティをしたいの」
「お誕生日パーティ? ケンちゃんの?」
里麻が健太の顔を見ると、健太は照れ臭そうに鼻をかいた。
「死んじゃった日、俺の誕生日の前の日だったんだ」
真奈美がうなずく。
「お誕生日の日、夕方から、みんなでお誕生日パーティする予定だったの」
「だけど、死んじゃったからできなくて」
「メロンとイチゴが乗ったケーキ食べるはずだったんだ」
「マナからのプレゼントもあったのよ?」
二人が口々に言った。
「これから、お誕生日パーティをするの? ……この部屋で?」
三人の子どもたちはどうか知らないが、里麻は昨日の夕方、自分が幽霊になったと気付いて以来、何も食べていない。誕生日パーティと言っても、楽しみにしていたケーキを食べることが、果たしてできるのだろうか? そもそも、ケーキを買おうにもケーキ屋さんはもう閉まってる時間だし、仮に開いていたとしても店員と会話ができないのだから、買うことは不可能だろう。里麻はそんなことを思い、困った顔をした。
里麻の戸惑いが分かったのか、健太と真奈美の二人は得意げに言った。
「大丈夫! 夢の中でするから」
「……ゆ、夢の中で!?」
どういう仕組かは分からない。でも、里麻たち四人は、今、健太の家族と、健太の六歳の誕生日パーティに参加していた……夢の中で。
あれから四人は健太の部屋の二段ベッドで、上の段に健太と真奈美、下の段に里麻と秀一という二組に分かれて眠ったのだ。
そして気が付いたら、健太の家のリビングで誕生日パーティが始まっていた。
ハーッピーバースデー ツーユー♪
ハーッピーバースデー ツーユー♪
ハーッピーバースデー ディア ケンちゃーん♪
ハーッピーバースデー ツーユー♪
パチパチパチッと盛大な拍手の後、健太は大きな丸いケーキに立てられた六本のロウソクをふうっと吹き消した。
「ケンちゃん、おめでとう!」
「六歳おめでとう!」
「ねえ、ママ、早くケーキ切ってよ」
健太が満面の笑みで母親にねだる。
「はいはい。ケンちゃんが大好きなメロン、乗せましょうね」
「イチゴもね!」
「健太は本当に果物が好きだな」
健太の父親はわしわしと健太の頭をなでた。
「ほれ、ケン、おめでと!」
健太のお兄さんがプレゼントの包みを渡す。
「兄ちゃん、ありがとう!」
健太はいそいそと包み紙を開く。中からは、大きな迷路の絵本が出てきた。
「わあ! 大迷路!」
早速、包みを開いて遊ぼうとする健太に、母親が声をかける。
「ケンちゃん、ケーキ切れたわよ。先に食べちゃいなさい」
「うん!」
健太はケーキの上に乗ったメロンをぱくりと口に入れる。次はイチゴ。果物についていた生クリームが口の周りに白いヒゲを作った。
「あらあら」
母親が嬉しそうに、それを布巾でぬぐった。
「ケンちゃん、マナからもプレゼントあるよ!」
真奈美が健太にプレゼントを渡す。
「シュウも!」
と秀一もプレゼントを取り出した。
「ありがとう!」
にこにこ笑顔の健太が身を乗り出して受け取ると、母親が、
「マナちゃん、シュウちゃん、ありがとうね」
と二人にお礼を言った。
「二人もケーキ食べてね。おかわりもあるわよ!」
ケーキを食べ、両親からのプレゼントももらい、いよいよパーティは終わりの時間を迎えた。
「ねえ、パパ、ママ、兄ちゃん」
健太がふいに真顔になって、三人に言った。
「ん? どうした?」
父親が不思議そうな顔をして健太を見る。母親とお兄さんも健太を見つめた。
「育ててくれて、ありがとう」
「……ケンちゃん?」
母親が泣きそうな顔をした。
「俺、パパもママも兄ちゃんも、大好きだよ!」
健太は笑った。とろけそうな笑顔で三人を見て、笑った。
「今までありがとう。本当にありがとう!」
健太はお兄さんに、父親に、順番に抱き付いていった。最後に母親のもとに向かうと、母親はぎゅっと力を込めて健太を抱きしめた。
「ママも、ケンちゃんが大好きよ」
その夜、健太の両親とお兄さんは、幸せな夢を見た。
失った小さな息子が、弟が、心の底から嬉しそうに笑う姿を見せてくれたのだ。楽しみにしていた誕生日パーティを一緒にした。「大好き」だと言ってくれた。
普通なら、叶わなかった六歳の誕生日を祝う夢なんて、逆に夢から覚めたら空しく思うのかもしれない。でも、その夢は特別だった。
健太の両親とお兄さんは、夢の中でも幸せだったし、夢から覚めてからも、なぜか心がほっこり暖かかったのだ。
お兄さんが翌朝、
「昨日、健太の夢を見たよ」
と母親に電話をすると、母親も、
「奇遇ね。私も見たのよ」
と話した。それから、二人ともが同じ夢を見たことを知り、父親までもが同じ夢を見たと知り、三人は確信した。
健太が会いに来てくれたのだと。
あれは本当に特別な夢だったのだ。
そして、健太の母親は仏壇から忽然と消えてなくなったものに気が付いた。
お兄さんからのプレゼントの迷路絵本。そして両親からのプレゼントのライダーベルトの二つだった。




