2.お仲間発見
泣いて泣いて、泣いて泣いて泣いて泣いて、一晩中泣いて、泣き疲れて眠って、翌朝目が覚めた里麻には、幽霊でも眠れるんだ……なんて、どうでも良いことを考える余裕も戻っていた。
鏡を見ると、泣きはらして腫れぼったくなっているはずの目元が、いつも通りにスッキリしていた。もう、里麻は驚かなかった。でも、鏡の中の自分が半透明に透けているのを見て、ようやく浮上した気持ちが、また少し沈んだ。
「おはよう、パパ。おはよう、ママ。おはよう、志麻ちゃん、麻帆ちゃん」
やっぱり、誰からも返事は返ってこなかった。もうやめよう、里麻は目元に浮かんだ涙をぐいっとぬぐった。
「にゃあ」
猫のチルルだけは、里麻を不思議そうに見上げて、昨夜同様ひと鳴きした。
「おはよう、チルル!」
ゆっくりと腰をかがめて、里麻はそっとチルルの頭をなでるふりをした。柔らかい毛皮の感触は得られなかった。でも、なでるふりだけなのに目を細めたチルルの姿に、里麻の心はほっこりと暖まった。
……私、本当に死んじゃったんだ。
里麻は和室に行くと、前日に衝撃を受けた仏壇の写真を改めて見てみた。
仏壇に飾られていたのは、夏の家族旅行で海に行った時の写真だった。カメラ好きの父親が「可愛く撮れた」と飾った三人姉妹の写真から、里麻一人だけが取り出したらしい寂しい写真。
里麻には、自分が死んだ自覚がなかった。いつ死んだかも覚えていなければ、なんで死んだのかも分からない。死ぬような病気にかかった覚えもなければ、事故に遭った記憶もない。気が付いたら肉体がなくなり近所の大通りを歩いていたというのだから、困乱も激しかった。
平日の今日、里麻の父親は仕事に行き、母親はパートに行き、妹たちは小学校へと登校した。だけど、幽霊になってしまった里麻にはやることがない。
「このまま、ずっと一人で生きているなんて耐えられないよ」
思わず、そうつぶやいてから、自分が既に死んでいることを思い出して、里麻はまたむなしくなった。
「とにかく、死んだというのなら、ちゃんと成仏しなきゃ。ね? チルル」
だけど、成仏という言葉をただ知っている程度の里麻には、何をすれば成仏できるのかなんて、見当もつかなかった。
家にいても何の進展もなさそうだと、里麻は街へ出た。
昨日はあんなに幸せな気持ちで見上げていた銀杏並木だったけど、今日の里麻には何の魅力も感じられなかった。今日も昨日に負けないくらいの快晴で、空にはぽっかり羊雲が浮かんでいるのに楽しい気持ちになるどころか、昨日、なんであんなにのんきに浮かれていたんだろう、と自分を責める気持ちにすらなってしまう。
「どこに行こう?」
いざ成仏目指して……と思っても、一体どこに行けば成仏できるのかなんて、まるで思い付かなかった。
結局、街中をぶらりと歩いた後にたどり着いたのは、昨日も行った近所の公園。
成仏のためにと言うより、昨日同様、途方に暮れて、里麻はブランコに座った。ゆらゆら、ゆらゆら、漕ぐともなしにブランコを揺する。
最初は、朝早かったせいか公園にいるのは里麻一人だったが、三十分もすると、一、二歳の小さな子どもたちが母親に連れられて遊びに来た。
ブランコ好きな子どもは多い。自分が乗るブランコに子どもが乗ったらどうなるんだろう……昨日の女性みたいにすり抜けて、普通にブランコで遊ぶんだろうな、そう思っていたのに、いつまでたっても不思議と誰もブランコに乗ろうとしなかった。
おかしいなと思っていたら、子どもが「ママ、ブランコだってばっ!」と母親の手を引き大声で言い、母親が「今日はやめておきなさい」と子どもを止めている声が耳に飛び込んできた。そんなことが数回続き、ようやく里麻は、もしかしたら自分のせいかも知れないと気が付いた。
里麻がブランコから離れるやいなや、待ってましたとばかりに子どもたちはブランコに殺到した。
どうせ誰にも聞こえないんだ、と里麻はため息交じりにつぶやいた。
「公園に来たおかげで、なんとなく分かっちゃった。……幽霊って、姿が見えなくても、声が聞こえなくても……嫌われてるんだね」
成仏だ、成仏、とにかく成仏!! 天国に行こう!
公園の隅のベンチに座り、気持ちが暗くならないよう心の中でそう唱えながら、里麻は拳をぎゅっと握りしめた。
おかしいと気付いたのは、日が中天に上り、子どもたちの大半が母親に連れられて、お昼ご飯を食べに帰った後。
なぜか公園の砂場では、幼稚園のスモックを着た三人の幼児が大きな砂山を作って遊んでいた。
大人は全員帰ってしまい保護者が誰もいない。他の子どもたちがいなくなってから随分経っても、誰も公園を離れようとしない。親が呼びにも来ない。
「ってか、そもそも平日なのに、なんで幼稚園児がいるの?」
里麻は首を傾げた。仮に創立記念日だったとしても、園のスモックで遊ぶ理由が分からない。
不思議に思って、里麻は子どもたちを見に砂場まで足を運んだ。どうせ誰からも見えやしないんだと思って、遠慮なくずけずけと近寄って行ったのに、子どもの内の一人がパッと里麻の方を振り返った。一瞬ドキッとしつつも気のせいかと思う。だけど、視線がバチッと合った瞬間、里麻は、この子からは自分が見えているのだと直感した。
さて、どうしたものかと思っていると、長い髪をツインテールに結わえた可愛らしい女の子が、
「こんにちは!」
と満面の笑顔で里麻に挨拶をしてきた。
「………………え?」
目は合った。自分の姿が見えているのだなとは思った。
でも、まさか幽霊の自分に笑顔で挨拶をされるとは思っていなかった里麻は、思わずきょろきょろと辺りを見回した。やっぱり自分の他には誰もいない。あらためて確認し、里麻はまた首を傾げる。
「おねえちゃん、いっちょに遊ぼう!」
三人の中で一番小さい男の子がたどたどしい言葉で元気良く里麻を呼んだ。くりくりの目と天使の輪ができるようなサラサラの髪の毛。男の子はちいさな手を里麻に向かって差し出した。
「入れてやってもいいぜ」
そう言ったのは、五分刈りの髪と日焼けした顔がたくましい、いかにも元気いっぱいの男の子。
「……えーっと、あなたたち、私のこと見えるの? ってか、怖くないの?」
もはや、この三人に自分が見えているのは疑いようもない。としたら、里麻が本当に知りたいのは後半の質問への答だった。
この三人も幽霊だったのだ、と里麻が気付くのは、ほんの数分後のことだった。




