11.いじめ
「……里麻ちゃん? な、……んで?」
里麻の家は香苗の家のすぐ近所だ。里麻が死んだことは香苗も知っているのだろう。六年生なら、もう死が何かも分かっているはずだ。
「……んー、なんでだろうね? ……そう、香苗ちゃんが心配で、ちょっとだけ天国から戻ってきたよ」
本当はまだ天国には行っていない。だから里麻は、嘘も方便だとか、もうすぐ本当になるから大丈夫などと心の中で言い訳をしながら、香苗にほほ笑みかけた。
「間に合ってよかった」
だけど、香苗はそんな里麻を前にくしゃりと表情をゆがませた。そして、あっという間に香苗の目がうるむ。
「間に合わなくて、よかったのに!」
叫びながら、香苗の目からは涙があふれ出した。そのまま、涙は嗚咽へと変わった。
「……し、死にたい、よ。……死なせてよ。も、もう……嫌だも……」
香苗が泣く。里麻の腕の中で、里麻の胸をぽかぽかと叩きながら、涙をあふれさせる。香苗がしゃくり上げるたびに、小さな背中がひくっひくっと小刻みに動いた。
「つらかったね。しんどかったね、香苗ちゃん」
里麻は叩かれても気にせず、香苗を抱きしめ、その背中をなで続けた。
「嫌だったよね。もう、嫌になっちゃったよね」
大きな橋の歩道の上にぺたりと座り、里麻は香苗をあやし続ける。
「香苗ちゃん、よく頑張ったね。……本当によく頑張った」
頬を寄せ、頭を抱き寄せながら言った里麻の言葉に、香苗はとうとう大きな声でむせび泣いた。
「う、うぁーーーん!」
「親友だと思ってたの。……なのに、気が付いたら、陰で私の悪口言ってた」
里麻と香苗は手をつないで歩いていた。歩きながら、ぽつりぽつりと香苗は語り出す。
「せ、……先生に、わ、私がその子の悪口言ってるって、言いつけて。私、そんなこと、してな……っ!」
香苗の言葉が涙で途切れる。
「そっか。……つらかったね。香苗ちゃんは何にも悪くないのにね」
里麻は香苗の手をきゅっと握りしめた。
「……ほ、他の子も……みんな、私のこと冷たい目で見て、あ……あの子がいじめっこだって、サイテーって、言って」
香苗が絞り出すように話す言葉に、里麻の胸は詰まった。
「何か、きっかけはあったの?」
里麻はうつむく香苗の顔をのぞき込むようにして聞いた。
「……涼くん」
「涼くん?」
涼くんは、香苗と同い年の男の子。やはり家が近くて通学団が一緒だったのもあり里麻も知っていた。明るくて性格がいい上に、背が高くて運動神経のいい子だったから、きっと人気があるんだろうなと思っていた。
「あの子、涼くんのことを好きになって、で、私に涼くんと口きくなって……」
「え? だって、朝夕一緒でしょ? 六年生は香苗ちゃんと涼くんだけよね」
六年生ともなれば、男女のおしゃべりは少なくなる。同性同士で遊ぶ方が増えるのは確か。それでも通学団の班長、副班長ともなれば、会話をしないなんて無理な話だ。
「……うん。だから、無理って言ったら、親友の恋の邪魔するなんて信じられないって言われた」
「ええっ? そんなこと言われたって」
「……そ、それで、……今、休み時間も一人っ……で。誰も口聞いてくれなくて、グループ分けも、どこも入れてくれなくて、」
香苗の涙がまたぽろぽろとあふれ出した。
「わ、……わた、しが、悪かった? 私が……いけな…かった、の?」
香苗はしゃくり上げながら、その場にしゃがみ込んでしまった。
里麻はしゃくり上げるように泣き続ける香苗の背を優しくなでる。
大丈夫、香苗ちゃんは悪くないよと、悪いのはわがまま放題のその子だよと、ささやくように言いながら、里麻は香苗を抱きしめ、頭をなでた。
机の上に大きく書かれた「偽善者」の文字。
その周りを彩る「サイテー」、「バーカ」、「くず」、「死ね」……数々の罵倒語たち。
机の前で表情を硬くする姿を見て、くすくす、アハハハと広がるクラスメイトたちの嘲笑。
勇気を出して、
「やめて」
って言っても、
「何のこと?」
って、すっとぼけられた。
「どうして?」
って聞いても、
「何が言いたいのか、分からないんですけどっ」
って、鼻で笑われた。
……これは、誰の記憶?
香苗の背中をなでながら、里麻の頭に次々に浮かび上がる言葉、映像、想いに、里麻は戸惑う。
頭が痛い、と里麻は眉間を押さえた。
これは私だ、と里麻は奥歯を噛みしめた。
これは、私の記憶だ……と。
ずきんずきんと痛む頭を、眉間を押さえることでやり過ごし、里麻は香苗に呼びかけた。
「ねえ、香苗ちゃん、お母さんに相談した?」
香苗は小さく左右に首を振る。
「話してみなよ」
再度、香苗は左右に首を振った。今度は少し大きめに。
「おばさん、相談して欲しいと思うよ」
「……む、り」
香苗は絞り出すように言った。
「連れて行ってあげるから」
「やだ」
香苗を立たせようと手を引くが、しゃがみこんだまま、かたくなに動かない。
「…………恥ずかしい?」
里麻の言葉に、香苗の背中がぴくんと動いた。
「いじめられてる自分が、恥ずかしい? そんな自分を見せたくない?」
香苗は、ようやく涙に濡れた顔を持ち上げた。里麻と香苗の視線が合う。
ゆっくりとゆっくりと、かんで含めるように里麻は言った。
「ねえ、香苗ちゃん。恥ずかしいのは、いじめてる方だよ」
香苗をそっと抱きしめながら、言った。
「香苗ちゃんは何も悪くない。隠すことなんて、何にもないんだよ」
言いながら、里麻の目からも大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
夜七時前、香苗は無事に家に帰り着いた。
母親は警察に通報するか迷いながら、帰らない香苗を探して近所を歩き回っていた。そして、とぼとぼと歩く香苗を見つけるなり駆け寄り、香苗を抱きしめた。
「ど、どこ行ってたの! 心配したじゃない!」
震える声でそう叱った後、
「……無事でよかった」
瞳を潤ませながらつぶやき、香苗の肩を抱いて家の中へと導いた。
その後、顔中に涙の跡が残る香苗は、何があったのか散々聞かれ、とうとう、いじめられていることを白状した。
母親は涙に潤んだ目を見開いた。そして、香苗を力いっぱい抱きしめると、
「気が付かなくて、ごめんね」
と謝った。
「大丈夫! お母さんがついてるから! お母さん、何があっても香苗の味方だから!」
「……お、かあさ……」
母親の腕の中で、香苗は大声を上げて泣きじゃくった。




