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10.香苗の苦悩

 硬い表情で公園の横を通り過ぎるのは白石香苗しらいしかなえ

 里麻と同じ町内に住む小学六年生の女の子だった。柔らかいくせ毛はポニーテール。暖かそうな厚手のズボンにローズピンクのダウンジャケット。ランドセルは背負っていない。


 香苗には里麻と同い年のお兄さんがいる。家も近所で同じ幼稚園に通っていたせいもあり、幼い頃はとても仲が良かった。自然と妹である香苗とも仲が良くなった。

 そんな香苗が、今にも泣き出しそうな顔で公園の横を通り過ぎようとしていた。

 里麻は思わず公園を飛び出し、


「香苗ちゃん?」


 と声をかける。だけど、もちろん香苗は気付かない。

 どこか思い詰めたような、張り詰めた空気を身にまとう香苗に、里麻は妙な胸騒ぎを覚えた。声をかけても届かないとは分かっていた。それでも、香苗をそのまま行かせる気にはならず、里麻は香苗の後をついて歩き出した。




 行き先は決まっていなかったのだろう。香苗はあてどもなく、ふらふらと街を歩く。

 里麻がその少し後ろをついて歩く。表情をうかがおうと隣を歩いてもみたが、香苗がふらりと身体の向きを変えるたびに、香苗の身体をすり抜けてしまうのが気持ち悪くて、里麻は数歩後ろを歩くことにしたのだった。


「ねえ、香苗ちゃん、こんな人気のない場所、一人で行ったら危ないよ」


 家に帰りたくないのか、香苗の足は街外れへと向かっていた。

 秋の日はつるべ落とし、あっという間に夕日は沈み、街に暗闇が訪れた。


「ねえ、もう暗くなっちゃったよ、そろそろ帰らなきゃ」


 折に触れて里麻は香苗に声をかけるが、その声が香苗に届くことはない。

 香苗はぎゅっと拳を握りしめ、歯を食いしばっていた。こわばった顔は、まるで涙をこらえているかのようだった。

 一時間近くかけて、やがて行き着いたのは、市の端を流れる川にかかる大きな橋の上だった。

 里麻の背筋にぞくりと嫌な感触が這い上がった。


 ……ここで、一体何をするの? こんな場所で……。


「香苗ちゃん!?」


 里麻は思わず、香苗の肩に手をかけようとするが、やはりすり抜けてしまう。

 香苗はすぐ隣で呼びかける里麻に気付くことなく、橋の欄干に手をかけ、硬い表情で眼下に流れる黒い川を静かに見つめている。


「ねえ、香苗ちゃんってば!」


 香苗に緊迫した大きな声で呼びかける里麻の頭の中に、女の子の甲高い声が響いた。




「そんなこと言って、自殺しちゃったらどうする?」

「やっだー、あいつに、そんな勇気あるわけないじゃん」


 くすくすくす。

 アハハハハハ。




 里麻は、身体から血の気が引くのを感じた。


 これは誰? 誰の声?


 突如、脳裏に浮かび上がって来た嘲笑。そんな悪意に満ちた声に里麻が戸惑っている間に、香苗は意を決したように手を橋の欄干について天を仰いだ。


「香苗ちゃん! ダメ! 香苗ちゃん!」


 香苗は欄干をよじのぼろうと、スッと片足を上げた。

 欄干の向こうは川だ。幅も広く深さもある一級河川。こんな目撃者一人いない夜中に落ちたら、命はない。二人の背後を車は通るけど、気付いてもらえる保証はどこにもない。


「じ、自殺はダメ! 香苗ちゃんっ!」


 無理を承知で、里麻は力一杯、香苗の身体にしがみついた。


「ダメ! ダメ! ダメーーーーー!!」




 ある日を境に私の世界はおかしくなった。


「おはよう」と言っても、誰も返事をしてくれなくなった。

 机の中から教科書が消えた、ノートが消えた、筆箱が消えた。

 靴箱からは上履きが消えた。運動靴が消えた。

 どれも、少し探せば見つかる場所にあった。

 ゴミ箱の中だったり、植え込みの中だったり……。

 クラスに人よりちょっとだけ鈍くさい子がいた。動作が遅くて、成績が悪くて、いつもおどおどしているような子。

 ある日、その子を「しかと(無視)しよう」ってメモが回ってきた。だけど、別に性格が悪い子ではなかった。だから、「かわいそうだから、やめようよ」って言ったんだ。

 まさか、次の日から、自分がしかとされるなんて思ってもいなかった……。

 その日から、最初にターゲットにされる予定だった子にすら、目を合わせてもらえない生活が始まった。

 地獄の始まりだった。




「香苗ちゃん! 香苗ちゃん! ダメ!! 絶対にダメーーー!!」


 気が付いたら、里麻は香苗を後ろから抱え込んだまま、橋の上の歩道に座り込んでいた。里麻の腕の中には確かに香苗の体温が感じられた。


 さ、触れた!


 里麻は安堵の息を吐いた。心臓がドクンドクンと大きな音を立てているのが感じられた。幽霊なのに変なの、なんて心のどこかで冷静に考えながらも、里麻の腕はぶるぶると震えていた。


「……よ、よかった。香苗ちゃん、本当に……よかった!」


 最初、しりもちをついて呆然としていた香苗だったが、やがてゆっくりと振り返った。そして里麻を見た瞬間、大きく目を見開いた。


「…………里麻…ちゃん」


 香苗の目が驚愕に見開かれるのを見て、里麻の方こそ驚いた。


「……香苗ちゃん、私のこと、見えてるの?」

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