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1.幽霊と遭遇!?

 ふわふわ、ふわふわと、まるで雲の上で遊んでいるような妙に浮かれた気持ちで、片倉里麻かたくらりまは大通り沿いの歩道を歩いていた。


 年齢より落ち着いた雰囲気の里麻は中学二年生。

 コートの下ではセーラー服の赤いリボンがゆらゆらと楽しげに揺れている。同じリズムで、背中の半ばまであるストレートの髪もさらりさらりと左右に揺れた。


 色づいた銀杏並木が秋の夕日に照らされて、空には朱色にきらめく羊雲。里麻はまるで絵のような景色に、ほうとため息を吐いた。

 紅葉もいいけど、銀杏の黄色とこのちょっと個性的な葉っぱの形が好きなんだよね……、里麻はそんなことを考えながら、夕焼け空を見上げる。


 と、その時、ぶわあっと強い風が吹き抜け、上を向いて歩いていた里麻はバランスを崩して思わずよろけた。


「キャッ!」


 ちょうどすれ違おうとしていた女性にぶつかりそうになり、里麻は慌てて体勢を整えようとする。が、健闘むなしく小柄な身体はその女性にぶつか……らずに、女性の身体をすり抜けて、里麻はアスファルトの上に両手と膝をついた。


「…………え?」


 里麻はまず自分の手のひらを見て、それからすれ違った……いや、すり抜けたばかりの女性の後ろ姿をじっと見つめた。並木道を歩くのは、焦げ茶色のコート姿の女性。カツンカツーンとショートブーツの音は徐々に遠ざかっていく。彼女は何ごともなかったかのように、里麻を振り返りもせずに歩き続けている。


「…………え? なに?」


 まず、自分の感覚を疑ってみる。女性の身体をすり抜けたというのは勘違いで、ただ、自分が一人で転んだのかと。

 いや、そんなはずはないと、里麻は左右に小さく首を振った。間違いなくぶつかった……いや、ぶつかるはずだった。だとしたら……。


 ゆ、ゆ、ゆ、幽霊!?


 里麻は口を押さえて、心の中で絶叫した。




 結論として、女性は幽霊などではなかった。

 家の近所の公園で、里麻は一人ブランコに乗っていた。ゆらゆら、ゆらゆら。秋の空は既に真っ暗。公園で遊ぶ子どもなど一人もいない。もちろん、里麻のような中学生や大人だって誰もいない。

 夕日に照らし出された銀杏並木の下を歩いていた時とは打って変わり、里麻の表情は暗かった。


「…………なんで?」


 初めて幽霊に会ったと驚いて、走って家に帰った里麻は、家族の誰にも触ることができなかった。

 いつもなら、自分が帰宅したら駆け寄ってくる小学二年と四年の妹たちは、目の前にいるというのに里麻の帰宅に気が付かなかった。声をかけても気付く様子もない。そして不思議に思って里麻が手を伸ばすと、その手は妹の身体をすり抜けてしまったのだ。


 怖くなって家に入り、キッチンで料理をしていた母親に話しかけても、やはり気付いてもらえなかった。もちろん、身体にも触れることができなかった。 片倉家の飼い猫チルルだけは、里麻が側に寄ると里麻を見上げて「にゃあ」と不思議そうに鳴いた。だけど、やはりなでようとすると、里麻の手はチルルの身体をすり抜けてしまった。

 家族の誰もが里麻に気付かず、里麻は家族に触れることすらできなかった。


 最初は夢でも見ているのかと思った。だけど、いつまで待っても目は覚めない。次に、もしかして自分以外のみんなが幽霊なのかと考えた里麻だった。そんなバカなと思いながらも、嫌な汗をかいた手を握りしめた。


 その後、里麻は家の中がやけに線香くさいことに気が付いた。そして、和室の床の間に、記憶にはまったくない真新しい小さな仏壇を見つけたのだ。その仏壇の中に自分の写真を見つけた時、里麻は何が起っているのかを一瞬で悟った。


 ……幽霊は、里麻自身だったのだと。


 そして今、里麻はブランコをゆらゆらと揺らしながら、ひたすら途方に暮れていた。




 幽霊になってしまったからか、紅葉も深い十一月だと言うのに寒くはなかった。だけど、里麻は寂しさのあまり、ブランコに乗ること一時間半で自宅に帰ることにした。


 家族と話したり家族に触れたりはできない。でも、部屋に入るにはドアを開ける訳だし、自分の部屋に置いてある漫画なんかも普通に読めた。

 もし、自分の姿が見えないのなら、勝手にドアが開いてまた閉まるとか、漫画が宙に浮いてぺらぺらめくられているなんて、たちの悪い怪談話じゃないかと里麻は思う。だから、誰かが自分の存在に気付いてくれるんじゃないかと期待していたのだ。

 おそるおそる家族がテレビを見るリビングのドアを開けた。でも誰も気付いてはくれなかった。みんなが見ているテレビの電源をわざとリモコンで切ろうとしたけど、どういうわけか何度試しても切ることはできなかった。


 ……誰も、里麻には気付かなかった。


 心の中を吹き抜ける寂しさに耐えきれず、里麻は自分の部屋に戻った。戻って、着替えてベッドに潜り込んだ。

 考えても、何がどうなっているかなんて分からなかった。


「理屈なんて、どうでもいいよ!」


 里麻は叫んだ。


「ママ! パパ! 志麻しまちゃん! 麻帆まほちゃん!」


 両親を呼び、妹たちの名前を呼び、大声でわめいて、枕を投げて、本を投げ、漫画を投げ、学生鞄を勉強机の上から床へと放り投げた。


「ねえ! 誰か! 私、……私、ここにいるよ!」


 だけど、里麻の耳にはガチャン、ガシャッと激しい物音が飛び込んでくるのに、部屋に駆けつける人はいなかった。

 里麻の心に、もう誰とも話しすらできないのだと、誰のぬくもりも感じることができないのだと、……胸がきしむような寂しさが訪れた。

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