クエスト6:ギルド
冒険者が集う町クナシャス。年間2万人の冒険者が訪れるこの町には100を超えるギルドが存在する。仲の良い者同士のコミュニティとしてギルドを設立する事もあるが、基本は冒険者としての地位と能力の向上を目的とした団体だ。
ギルドも年間の成果によってランク付けされており、上級ギルドともなると入隊には複数の条件をクリアしなければならない事がほとんどだ。そしてそのマスターともなると一騎当千の称号を持つ者も少なくない。
中でもクナシャスに一つしかないSクラスのギルド『ルーンヌィ』は支配者以上の称号を持つ冒険者のみで構成された超精鋭の集まりだ。人数は十名に満たない小規模ギルドだがその力は絶対的で三年連続でクナシャス内ギルドの覇権を取っている。
「そんなルーンヌィに入りたいんですけどどうすればいいですかねミリシャさん?」
今週に入って早くも三度目の来訪となった冒険者の少女はサイズの合わない長椅子にちょこんと座りながら私に無理難題を振って来る。
「リム様、私が言った事聞いていましたか? ルーンヌィは最低でも支配者の称号が必要なんですよ。今のリム様ではとても無理です」
人差し指を立てて少し厳しめに話す。残酷なようだがきちんと現実を伝えてあげるのもクエスト受付所で働く私の役割だ。
「なるほど~では支配者になるにはどうしたらいいんですか?」
「支配者は上から数えて三番目の称号です。難易度の高いクエストを単独でいくつも達成するくらいしないと選考にもかけてもらえないですよ。リム様、千里の道も一歩からです。まずはコツコツと簡単なクエストからクリアしていきましょう」
「そうなんですね……ふむ~」
リム様はその場で自分の前髪を触りながら考え込んでしまった。その仕草があまりにも可愛く少しにやけてしまう。動機はどうであれ冒険者として上を目指すというのは素晴らしい事だ。私は縁あってナフコフ受付所に来てくれているこの小さな冒険者が一人前になれるように手助けをしたいと心から思うのだった。
「ミリシャさん、冒険者ってクエストの依頼主にもなれるんですか?」
少し考え込んだ後、何かを思いついたように顔を上げるリム様。
「依頼主……ですか?」
「そうです、できれば今すぐにでも」
「はい、今すぐにという事であれば歩件と呼ばれる方法があり条件さえ提示いただければどなたでも依頼は可能です。でもリム様、リム様が依頼主になるのですか? 依頼報酬はリム様持ちになってしまうのですが……」
「全然大丈夫です!」
元気よく答えるリム様。確かにクエストの依頼は老若男女問わず誰しもが持ちうる権利ではあるのだが、まさか冒険者であるリム様が依頼主としてお客になるとは思ってもみなかったなぁ。
「でもすいません。私まだ【白銀】なので直接依頼を受ける事はできないんです。ルク先輩も井戸を掘りにいっちゃったし……困ったな、うーん取りあえず書類だけ作成しておきましょうか?」
「はい、ではそれでお願いします」
「ではクエストの内容からお伺いできますか?」
「冒険者リム・フランフェザンをSクラスギルド、ルーンヌィに入隊させて欲しい! という内容でお願いします」
「……えーと、それですとクエスト難度はSSになりますね。成功報酬は金額だと100000000ルーブ、物品での報酬なら世界に二つとない国宝級の剣相当の物が必要になると思いますが何にされますか?」
「報酬は私との回数制限無しの握手券でお願いします!」
私は震える手を必死で抑えながらペンをはしらせる。
「かしこまりました。SS難度のクエストとなると受けられる冒険者も限られてきます、称号は支配者以上という受付条件が自動的に設定されますのでご了承ください。他に何か受付条件を指定されますか?」
「う~ん、そうですね。あっ、それならいっそクエスト受注の条件はルーンヌィのメンバーに限定しちゃいましょう!」
「かしこまりました。ルーンヌィに入隊させて欲しいという依頼をルーンヌィ所属の冒険者に頼むということですね」
……天才かこの子!?
「はい、では後は必要項目をこちらへ記入してください。申請が通れば当受付所でクエストとして取り扱いをさせて頂きます」
「ありがとうございます、楽しみにしてます!」
天使のような笑顔を撒き散らしながら用紙に自分の名前や住所を記入していくリム様。……何度も繰り返すようだがきちんと現実を伝えてあげるのもクエスト受付所で働く私の役割だ。ここはこの場で断るのではなくしっかりと社会というものを教えてあげなくてはならない。
まずSS難度のクエストなんてこのナフコフでは受け付けられない。そんな案件を取り扱おうと思ったら世界に10人といないクエスト登録検定【月長石】の資格が必要になる。それにもし仮に他の大手クエスト受付所で運よくクエストを依頼する事ができたとしても握手券という報酬では誰も来るはずがない、そもそも支配者の称号を初級冒険者に取得させる事なんてルーンヌィ所属の冒険者であっても不可能というものだ。
一通りの書類を書きおわるとリム様は嬉しそうに椅子から飛び跳ね着地を決める。そして「また明日来るね」と笑顔で手を振りながらナフコフを後にした。
その後ろ姿を見ながら少し心が痛んだが、これもリム様の将来の為と罪悪感を胸の奥にそっとしまい込むのだった。
※※※※※
「お前なに書いてるの?」
アマチュア井戸掘りの審判を終えたルク先輩が泥だらけでナフコフへと戻って来る。どうやら審判をも巻き込む熱戦だったようだ。
「あ、おかえりなさいルク先輩。試合のほうはどうでした?」
「あぁ、凄かったぜ。途中で温泉が湧いてチーム農村の大逆転勝利さ」
「ルール滅茶苦茶ですね」
「そうでもないさ。アマチュア井戸掘りの試合は審判のさじ加減で勝敗が決まるからな、より印象に残った方が勝つのは必然というものだよ」
「ルール滅茶苦茶ですね」
「常識の枠に囚われない自由を啓示する競技と言ってくれ。それよりお前なに書いてるの? 指の毛の模写?」
「なんでそんな物書くんですか、生えてないですよ! ……これはリム様がナフコフに依頼して来たクエスト申請書です」
「ほぅ、リムがクエストの申請をねぇ。どれどれ」
机の上の申請書類を手に取って興味深そうに眺めるルク先輩。
「リム様、まだ若いから多分クエストの常識とか良く分かっていないんです。こんなクエスト受ける人いないのに……そもそも取り扱えるクエスト受付所がこのクナシャス全体を見渡してもあるかどうかってレベルの依頼ですよ」
ついつい深い溜息が零れる。
「ふむふむ、確かにこれは結構無茶な案件だな」
「ですよね……」
「まあでもクエストはウチで取り扱いしておいてやるか。ルーンヌィの変態冒険者が握手の権利に釣られて来るかもしれないし」
「そんな冒険者いませんよ、Sクラスギルドをなんだと思っているんですか。それにウチでそんなクエスト取り扱えませんからね」
「なんで?」
「なんでって……」
「申請しとけば通るだろ、一応は」
「いや、ですからSS難度に分類されるでしょうし……」
「だから俺が出しとけばいいんだろ」
そう言って私の話もろくに聞かずルク先輩は申請用紙を丸めてポケットの中に突っ込む。そしてあくびをしながらさも当然の権利のように休憩室へと姿を消すのだった。