クエスト5:依頼
「こんにちは~」
それはある昼下がりの出来事だった。
普段は防音素材でも使っているのかと思うくらい静かなナフコフ受付所。その停滞の日常に一石を投じる天使の声が室内に響き渡る。そして私はこの元気で可愛らしい声を知っている。
「リ、リムちゃ……リム様!?」
目の前の光景に驚きを隠せない私は慌てて言い直す。入口の扉を開けたままコンコンと二度三度ノックをしながら中を見渡しているのは先日道を尋ねにやって来た冒険者の少女リム・フランフェザンだったからだ。
「な、な、なんでリム様が?」
私を見つけて嬉しそうに手を振り中へと入って来るリム様の姿に激しく動揺する。冒険者の再訪……そんな事私がここで働いてから一度もなかったからだ。どう対応していいかも分からずとりあえずニコニコと笑顔を作って挨拶をする。
「お久しぶりですリム様」
「こんにちはミリシャさん。でも久しぶりって、一昨日会ったばかりですよ?」
「あ、あはは、そうですよね。で、え~と……あ、もしかして道分からなかったですか? すいません。今地図を書きますね」
私は浮かれる気持ちを抑えながらペンを取り出す。そうだ、ここはクエスト受付所兼道案内所。それだって立派に冒険者様の役に立てるじゃないか。そう、そうだよ! 道案内頑張ろう!
「いえ、実は今日は道を教えて欲しいのではなくてクエストを受注したいのですが」
「……?」
「あ、声小さかったですかね。クエスト受注したいんですけど」
「……」
「ミリシャさん?」
「……ぅ」
「……え!? ミリシャさんなんで泣いているんですか!? どこか痛いんですか!?」
滝のように私の目から流れる涙を見て病気の心配をするリム様。私はちょっとタマネギが目に突き刺さっただけですからと必死に弁明しながら心を落ち着ける。
あぁ……こんな幸せな事があっていいのだろうか。私はただ簡単な道案内をしただけなのに律儀にもこんな小さなクエスト受付所を選んで来てくれるなんて……
見た目の可愛らしさも相まってリム様が神々しい女神に見える。私はその場で踊り出してしまいそうな体を抑えつけながら、本当に……本当に久しぶりとなる本来の業務であるクエスト受付の話を切り出す。
「リム様! ようこそクエスト受付所ナフコフへ! 本日はどのようなクエストをご希望でしょうか! 当受付所は冒険者様のご希望に添えるように全身全霊でクエストをご案内させて頂きます!!」
「あ……はい」
「こらこらミリシャ。相手完全に引いてるぞ」
私の声が聞こえたのか受付所の休憩室からルク先輩がのそのそと出て来る。髪はぼさぼさで眠気眼を擦って大あくび……完全に寝てたなこの人。
「ルク先輩! 冒険者様の前ですよ、しっかりしてください」
「んあ? 冒険者」
はっ! 私はその時重大な事に気付く。リム様は駆け出しとはいえ立派な冒険者、そしてルク先輩は冒険者をカジキマグロの上顎で一突きする事を至極の喜びとするような変人。この邂逅は危険だ。
「リム様、私の後ろに隠れて下さい!」
両手を広げて自らを盾の代わりにとリム様の前に立つ。
「おうリムじゃん」
「あ、ルクちん」
「へ?」
気軽に挨拶を交わす二人。初対面でない事は明らかだった。
「え? え? 二人はお知り合いなんですか?」
「あぁこの前オフ会で知り合ったんだ」
「オフ会で!?」
「そうなんです。私とルクちん、ゲンゴロウを愛でる会に入っているんですよ」
「ず、随分渋い会ですね」
「あぁ。奴らは体内に強力な麻痺毒を持っているからな。参考になるんだよ」
なんの参考にする気だ!?
「それにしてもルクちんが働いてる場所ってここだったんだ。意外だな~」
「そうか?」
「うん。だって前に会った時に職業聞いたらアマチュア井戸掘りの審判やってるって聞いてたから」
それ信じたの!?
「はは、ごめんごめん。本業はあまり言いたくなくてさ。アマチュア井戸掘りは趣味でやっているだけなんだ」
適当な事を答えるルク先輩にイラッとした私は先輩の胸ぐらを掴んで耳元で話しかける。
「(ちょっとルク先輩。知り合いなのは分かりましたけどいくらなんでも適当すぎますよ。リム様は久方ぶりにウチにクエストを受けに来てくれた冒険者様なんですからね、丁寧にご対応しないと)」
「(というかお前らこそ知り合いなんだな。どこで知り合ったんだ? リムをさらって身代金でも要求したのか?)」
「(そんな被害者と加害者みたいな関係じゃないですよ! リム様が先日道を尋ねにここに来たんですよ)」
「(なんだその理由は……つまらん)」
「(そんな期待をされても困ります! それより意外ですね、ルク先輩冒険者は嫌いなのにリム様は大丈夫なんですね。あ、やっぱり若くて可愛いからですか?)」
「(まあお前よりは若くて可愛いな)」
「(ぐ……)」
「(それに言っておくが俺は別に冒険者が嫌いなわけじゃない。冒険してますって面をした奴等が嫌いなだけだ。その点リムは逸材だぞ。あいつは自分でも気付いていないがナチュラルに冒険者を馬鹿にしている。このままリムが冒険者として成長していけば冒険者の箔は彼女の手によって地の底まで落ちるまである)」
凄い言われようだ……
「(とにかくここは私に任せて下さい。良いクエストをリム様に見立ててあげるんですから)」
「(言われなくても俺は寝る。昨日の夜、井戸掘りの大会に狩りだされてあまり寝てないからな)」
それ本当にやってるのかよ!?
申告通り受付所のカウンター傍に設置してある椅子に寝転がってしまったルク先輩をよそに、私は気を取り直してリム様にクエスト案内を続ける。
「コホン、おまたせいたしましたリム様。それでは今回のクエスト、何かご希望や条件などはございますでしょうか?」
「はい、牛丼並卵トッピングとサラダで」
「……はい?」
「あ、声小さかったですかね。牛丼並卵トッピングとサラダで」
「あの、リム様。何を仰られているのかよく分かりませんが。当受付所は牛丼屋ではなくてですね」
「嫌だなぁミリシャさん、そのくらい初心者の私でも分かっていますよ。ですから『牛丼を完食せよ!』ってクエストを受注したいんですけど」
「そんなクエストありませんよ!」
「え……嘘……」
「……嘘……じゃないですよ! 誰がどんな理由でそんなクエストを依頼するんですか!」
「私のお母さんとか?」
「家で作って貰えぇぇぇぇ!!」
ルク先輩。先輩の言った通りでした。この子はナチュラルに冒険者の在り方を否定してしまう、そんな因果を背負っているんですね……溜息をつきながらまったく悪気なく心を折りに来る目の前の少女を見つめる。
「ミリシャさんの味付けはどんなかな~♪」
き、聞いてない!?
「はぁ……牛丼ですね、ちょっと待っていてください」
鼻歌を歌いながら依然として受付所から牛丼が出て来ることを信じて疑わないリム様に半ば諦め気味に答える。
「わーい、ミリシャさん大好き」
満点の笑顔で答えるリム様を見てついついこちらまで嬉しくなってしまう。
……って駄目だ駄目だ、変な満足感を得ちゃってるよ私! ちゃんとリム様が冒険者として成長できるようにキチンとしたクエストを紹介してあげないと。
使命感にも似た思いで再度前を向き直しリム様に話しかける。
「あの、リム様……」
そんな私の声を遮る様にリム様の元気な声がナフコフに響く。
「いっぱい食べてナイスバディにならないとSクラスギルド・ルーンヌィに入っても目立たないですからね!」
へ……?