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クエスト43:それからとこれから

「――今日は少し冷えるなぁ」


 肌寒いシンとした空気が体を刺すように纏わりつく。私は指穴の空いた手袋を装着してナフコフの周りを掃除し冒険者様を待つ。何変わらぬ平穏な日々、以前は退屈だと感じる事もあったけれど今はここで働けるという当たり前が幸せに感じる。

 モンスターヴィーゾフの大会から早2ヵ月……季節の移り変わりは追い立てられるように忙しなく秋を通り越し冬の気配を漂わせていた。


 結局、私達と激闘を繰り広げた前回の優勝チーム・センチュリオンも二回戦で棄権した。薔薇の毒が全身にまわってしまい入院したマトリック・クエイバー。変態行為により逮捕されたグリオン・トライエル。星になったゲヴォルグ・シュタイン。さしものセンチュリオンも三人の戦力を欠いた状態で戦う事は難しく、その連勝記録は戦いに敗れることなく途絶える事となった。

 そして試合中にカード以外の稀有な実力を見せつけたクックスター・トリオットハートは今回の騒動の発端となったドラギスちゃんを宣言通りにセンチュリオンへと勧誘し、無言の圧力による牽制で本件の収束をみたのである。


「それにしてもクックスターさん達、今頃何をしているんだろう。もう一度会ってお礼が言いたいなぁ……」


 それにドラギスちゃん……元気でやっているのかな……

 雲に覆われて朧げに見える日を見上げながらそんな事を思う。ほうきで一か所に集めた水分を失った葉っぱはさながら私の心を映し出す鏡のように寂しさに焦がれ儚く砕ける。


「あのクエストを受注しだいのでずけど?」


「は、はい!?」


 唐突に後ろから声を掛けられビクンと反応する。クエストって事はまさか……ぼ、冒険者様? 

 モンスターヴィーゾフの予選会場になった事が決してプラスには働かなかったナフコフに来店する人はやはり少ない。そのせいにはしたくないが二年以上働いていまだに応対に慣れない自分が本当に嫌になる。


「すいません。ご希望のクエストを見繕いますのでお店の中に……って、この声まさか!?」


 聞き覚えのある濁点のついたたどたどしい喋り方、咳がかったようなかすれた声。間違いない……


「ドラギスちゃん!?」


 私は懐かしささえ感じるその声の主の方へと振り返る。

 そこには漆黒の両翼に尖った鱗、鉄をも切り裂きそうな鋭い爪、そして真っ赤な眼光をした巨大な竜、バハムートの姿があった。


「誰!?」


「いやだなぁ、わだずですよ。バハムート・ドラギスでずよ」


「いや誰だよ!?」


 竜であるという事以外に類似点が全くない。竜王の姿になったドラギスちゃんに唖然とする。


「驚くのも無理はないでずね。わだず、あれがらクックスターざんの元でカードゲームの修行をしていたんでず……そしで、今のこの姿になっだ。そういう事でず」


 いや、どういう事だよ! いったいどんな修行をしたらバハムートにクラスチェンジするんだよ!?


「で、でも良かった。ドラギスちゃんが元気そうで……ん? さっきクエストを受注したいって言ったのドラギスちゃんだよね?」


「はい、ぞうでず」


「ドラギスちゃん。いくらドラギスちゃんが強くなっても冒険者には資格がいるの、だからドラギスちゃんにクエストは斡旋できないのよ」


 ドラギスちゃんはきょとんとしながら私に聞き返してくる。


「そうなんでずが?」


「そうだよ。でもなんでクエストを?」


「え、だってお客ざんが来だらミリシャざんが喜ぶがら」


 ドラギスちゃんがぼそりと口にした予期していなかったその回答に私はつい感動し涙腺が緩む。


「ど、ドラギスちゃん……ありがとう。その言葉だけで胸がいっぱいだよ」


 本当にいい子だ、この子は。私の大事な、大好きな友達だよ……

 私はじゃれるように巨大なドラギスちゃんの足にぴとりと頬をつける。


「ミリシャざん、ちょっとそこ小指の間なんでむず痒いでず……ふぁ、ふぁ……メガフレア――!!」


 チュドォォォォォォォン!!

 ドラギスちゃんのくしゃみと共に口から放たれた強力な波動はマグマに匹敵する熱量を放出しながらナフコフを直撃し跡形もなく消し飛ばす。


「もーう、くずぐっだいでずよミリシャざん」


 そう言って照れるように笑うドラギスちゃん。パラパラと建物の残骸が宙を舞う。私は言葉を失いナフコフがあった場所を呆然と見つめながら頬を引きつらせる。

 

「は、はは……」


 風通しの良くなった更地に冷たい風が吹く。冬はもうすぐだ。


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