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クエスト4:雨クエスト

 ポツリ……ポツリ……

 雲行きが怪しいと思ったら窓の外では雨が降り出していた。そしてそれに呼応するかのように町に集う冒険者達の動きも活発になっていく。

 屋根のある建物の中で受付をしている私とは違い冒険者達にとって雨の日は特別だ。過去10年の統計では晴れの日に比べて雨の日のクエスト成功率はなんと20%も落ちる。クエストによっては足場の悪い崖での作業もあるしモンスターと戦うにも視界が狭くなる為必然といえば必然なのだが、それでも冒険者達は雨を祈る事さえある。


「……本降りになりそうかな。冒険者さん達、気を付けてくださいね」


 忙しそうに往来する冒険者を窓から見ながら呟く。


 雨クエスト……冒険者達の間では雨の日しか受注できないクエストの事をそう呼んでいる。雨の日しか出現しないモンスター、雨の日しか取れない鉱石、雨の日しか咲かない花……数えだせばキリがないが晴れと雨とでクエストの質はガラリとその顔を変える。レア度の高いクエストも多く存在し、まだまだ未熟な冒険者が自分のレベル以上の依頼を背伸びをして受けてしまう事もある。これが成功率20%減の一番の要因……でも失敗したとしても無事に戻って来れるなら何度でもクエストに挑戦する事ができる。私が出来る事といえば冒険者達の無事をただ祈る事くらいなのだ。



「雨の日に活動が活発になるなんてカタツムリみたいな奴らだな」


「ルク先輩、冒険者は命を懸けて危険な雨の中クエストを行っているんですよ。言い方に気を付けてください」


 冒険者に敬意を払わないルク先輩を冷ややかに睨みつける。先輩はいつものようにバナナオレを飲みながらヘラヘラと笑っている。


「カタツムリみたいにのそのそとしか動かないのはルク先輩じゃないですか……って、先輩さっきから何をしているんですか?」


 受付カウンターに隠れて良く見えないがルク先輩が珍しく何かの作業をしている。


「あ、もしかしてそれって新しいクエストの登録申請書ですか?」


「いや、これは冒険者を生け捕る為の罠を作っているんだ」


「なに作ってるんですか!?」


「だから冒険者を生け捕る為の罠だ」


「そういう意味で聞いたんじゃないです! なんで冒険者を生け捕る罠なんて作っているんですかって聞いているんです!」


「効率よく冒険者を捕獲する為?」


「疑問形で私に問いかけるな! どこの世界に冒険者を生け捕るクエスト受付所があるんですか!」


「いや~客来ないからさ、これで捕獲しようと思って」


「そんな最悪の客引きやめて下さい」


「ちっ、人が折角やる気を出して客を呼ぼうとしているのに」


「ルク先輩はやる気の出し方がずれているんです! ……あ、でも先輩ってそういう罠とかも作れるんですね」


「俺は冒険者の苦しむ姿を見るのが生き甲斐だからな」


「他の生き甲斐を見つけてください、迷惑です」


「分かった。今から俺の生き甲斐はカタツムリ野郎どもを捕獲する事、というものにしよう」


「それ冒険者の事を比喩してるでしょ!? ……っと、そうじゃなくてですね。ルク先輩が罠を作れるならナフコフの売りにできるのではないかと思ったんですよ」


「ほう」


「例えば当受付所ナフコフでクエストを受注頂いた冒険者の方にはモンスター捕獲用の罠を特別に進呈いたします! とか」


「うわ……」


「ちょ、なんですかその顔。結構いい案だと思いませんか?」


「お前なぁ、そんな事ほとんどのクエスト受付所でやってるだろ」


「そんな事ありませんよ。こういうのは大体貸出が基本ですし使っても使わなくてもプレゼントというのはお得感があって冒険者の方も少し立ち寄ってみようかな、って気になると思いますよ」


「はっ」


「む……なんですか、何か言いたそうですけど」


「あぁ、ミリシャとカタツムリの脳みそはどちらが大きいのかなって考えていたんだよ」


「なっ、失礼な!」


「お前は本当に頭がお花畑だな。冒険者というハイエナどもにそんな特典をぶら下げてみろ、奴らはクエストの受注とキャンセルを繰り返し特典だけ大量に持ち帰る事は明白だ。三日と持たずにナフコフは潰れちまうだろうよ」


「冒険者はそんな事しませんよ!」


「いーや、奴らはするね。魔法使いを作成してひのきの棒を売る、そして魔法使いの存在を抹消しまた作成してひのきの棒を売る……その効率の悪さに一生気がつかない脳みそカタツムリの奴らは必ずその手法を取るね」


「ぼ、冒険者を馬鹿にするなぁ!」


「大体冒険者を捕える罠が駄目でモンスターはOKという理屈が人のエゴだと思わないか? 冒険者も身を持って知るべきなんだよ、お前らが使っている罠がどれだけモンスターを傷つけているのかを」


「そんなモンスター愛護の精神を語られても……」


「罠に嵌めていいのは罠に嵌る覚悟のある者だけだ」


「名言っぽく言われても……」


「本当に頭の固い奴だなお前は。まあいいや。コーヒー豆が切れているから買ってきてくれ」


 話が平行線のままで交わりそうもない事に諦めてしまったのかルク先輩は話を切り替えて私におつかいを頼んできた。


「う~分かりましたよ。でも私が言ったこともキチンと考えておいてくださいね、ウチみたいな小さな受付所を冒険者に使ってもらおうと思ったら他にはない特典をつけるというのも一つの手なんですから」


 ……本当はルク先輩がきちんとしたクエストを取って来てくれるのが一番なんですけど。私はそんな心の声を押し殺す。


「あ、ミリシャ。外は雨降っているだろ? コレ使えよ」


 受付所から出ようとする私にルク先輩が一本の傘を放り投げる。


「あ、ありがとうございます」


 珍しく気の利いた行動につい言葉がどもる。まったく……ルク先輩はこういう気遣いだってできる人なんだから……


 ガブリ――――


 傘をさした瞬間目の前が真っ暗になり身動きが取れなくなる、急な事に私は気が動転し大声をあげる。


「ル、ル、ル、ルク先輩!! なにも見えません! 私どうなっちゃったんですかぁぁ!」


「うむミリシャ、傘タイプのこの罠は傘をさそうとすると頭からパックリ相手を捕えて動きを拘束するという優れものだ。相当な熟練者でも身動き一つ取れないように設計したつもりだが締め付け具合はどうだ?」


「じ……じ……」


「ん、どうした?」


「地獄に落ちろぉぉぉぉ!!」


 怒りの咆哮が閉じた傘の中で音響反射する。

 一瞬でも先輩を見直した私の馬鹿。この人は屑の中の屑、キングオブ屑なんだよぉ!

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