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クエスト35:神のカード

 モンスターヴィーゾフの観客席からはまだどよめきが起こっている。その話題の矛先は決して正攻法とは言えないが無敗の王者に土をつけたリム様と、そのリム様の属する私達、チームナフコフについてだった。


『まだ信じられねぇよ。まさかあのグリオンが負けるなんてな……』


『勝ったリムって子は初めての大会らしいぜ、天才誕生かよ。それにあの子の所属するチームも今回初参加だとか』


『マジかよ、信じらんねぇ』


 観客とは都合のいいものでさっきまで熱をあげていたグリオン・トライエルが敗れた瞬間から興味の対象はその勝者へと移っている。噂話の当事者の一人である私は少し気恥ずかしくなってしまい顔を強張らせていた。


「どうしたミリシャ。ウンコでも我慢しているのか?」


「ち、違いますよ! ……ちょっと注目されちゃったから緊張しているだけです」


 選手待機所からナフコフまでは観客席横の通路を通って移動する事になっている。中堅戦、そして副将戦に臨む為にナフコフへ移動している最中にも人の話し声というものは嫌でも耳に入ってくるのだ。大金星をあげたチームナフコフ……その事実はプレッシャーとなって私に襲い掛かる。


「そう難しい顔をするな、今回の殊勲者を称えるような顔じゃないぞ」


 ルク先輩はそういってナフコフのドアノブに手を伸ばす。

 


 モンスターヴィーゾフナフコフ会場。いつも通い慣れたこの受付所は驚くほどその色を変えていた。埋まり切ったテーブル、研究の為に立ち見する選手、いつもの何十倍もの人口密度でより熱く、より気高く繰り広げられる熱戦。モニター越しに見るのとは大違いのその空気に圧倒されてしまう。


「あ、ミリシャさん。ルクちーん」


 ナフコフの中に入って間もなくしてポニーテールに髪をまとめたリム様がトコトコとこちらへ駆けてくる。


「リム様! お疲れ様でした、本当に本当に頑張りましたね、おめでとうございます!」


「ありがとうございます! いや~小生さん強敵でした。それになんだかカードで戦った気がしないのは気のせいですかね?」


 いえ、多分気のせいではないです。

 結果としてルク先輩達が用意していた通報という必勝の策はバッチリ嵌ったと言える。そして勝ち方としてどうなのか、という疑問を吹き飛ばすくらい「ざまぁ!」と思わせてくれるグリオン・トライエルの嫌悪感はある意味才能と言えた。


「世の中にはまだまだ私の知らない未知の生物がいるんだと戦慄しました。できればもう二度と会いたくないですね!」


 笑顔で答えるリム様の言葉は力強くグリオン・トライエルを比定していた。さしものリム様も身の危険を感じていたのだろう。


「良くやったぞリム。奴等の鼻をあかしてやったな」


 ポンポンとリム様の頭を叩くルク先輩。そして視線は次の対戦相手であるスノウウェル・ファルスへと向いていた。


「ん~? 別に驚きなんてしてないけどぉ~?」


 瑠璃色の目に瑠璃色の髪、そして可愛らしい顔立ち。先ほど選手待機所で会った少女スノウウェル・ファルスは対面の椅子に座って足をバタバタとさせながらルク先輩の言葉に応答する。


「グリオンはね~私やクックスターしゃまと戦わなかったから世界一位なんだよ~? そこんとこ勘違いされるとやだな~」


 伸びた語調で暗に自分はグリオンよりも強いと主張してくる瑠璃色少女。

 この子、確か前にルク先輩に聞いた話では『天候を操る少女』だとか……それが本当ならとんでもないスキルではあるけれど、他のセンチュリオンメンバーとは違って直接このカードゲームに関わる力ではなさそうだ。

 となると、もしかして中堅戦はチャンス!? 相手は普通の女の子でこっちはチームの中でも数少ないモンスターヴィーゾフ経験者、遊びの為に全てを捨てる人格破綻者ルク先輩だし。


 ……うーん。でもなんだか逆に心配だなぁ。この子はリム様と同じくらいの年齢っぽいけど元センチュリスの冒険者。冒険者嫌いのルク先輩がさっきのグリオンみたいな事しなきゃいいけど。

 私は妙な事をしないかと心配になり先輩に耳打ちする。


「ルク先輩、変な頑張りはいらないですからね」


「は? お前それが今から戦場に向かう先輩に言う言葉か」


「それはそうなんですけど、ルク先輩って基本屑じゃないですか。あの子に変な事して牢獄に逆戻りとかやめてくださいね」


 私は真顔で注意を促す。


「ミリシャ。それは『押すなよ、絶っ対に押すなよ!』的な意味で言っているのか?」


「言ってません! 勝手にフラグにしないで下さい! 真剣に戦って下さいねって意味ですよ」


「そんな事言われなくても分かってるよ。大体スノウウェル・ファルス相手に遊んでいる余裕なんてあるわけないだろ」


 そう言ってルク先輩がいつになく真剣な表情を見せる。


「え……やっぱりあの子も相当強いんですか?」


「ミリシャはモンスターヴィーゾフで最初に作られたカードの事は知らないよな?」


「最初のカード? はい、知りませんけど……」


「モンスターヴィーゾフが考案された時に作られた最初期の三枚のカード。その圧倒的な力からゲームバランスを壊してしまうとされすぐに表舞台から姿を消した伝説のカード……それが神のカードだ」


「神の……カード」


 モンスターヴィーゾフに疎い私でもなんとなく凄いカードというのは伝わってくる。ルク先輩の緊張感と相まって私も思わずゴクリと生唾を飲む。


「その神のカードの所持者。それがスノウウェル・ファルスさ」


 緊張からなのか、恐怖からなのか、珍しく唇を震わせながら瑠璃色の少女を睨みつけるルク先輩。

 

「おーい、何してんの~早くやろうよ~」


 対する相手は待ちきれないとばかりにテーブルをドンドンと叩いており余裕すら感じる。


「ミリシャ、この戦いただでは済まないかもしれない。だからもし俺に万が一の事があった時には店長に伝えておいてくれ……一ヵ月ほど休暇を頂きます、と」


「ルク先輩……」


 ……それは単に先輩が休みたいだけですよね。


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