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クエスト31:女傑クックスター・トリオットハート

 ついに始まったモンスターヴィーゾフ・クナシャス大会。

 ナフコフの内部には『ラクリマ』と呼ばれる小型の宝石が緊急設置された。この『ラクリマ』は複数の眼を持つ珍種ラクリマトンボから生成できる石で、この石に映っているものは離れた場所からでもモニターを通じて映像として確認する事ができる。冒険者が索敵用に使っている最新の技術で、この石を四方に置いておくことで外に居る観客からもナフコフの室内は360度見通せるようになっていた。


 そして競技者である私達も狭いナフコフの中ではなく観客席近くに設営された選手待機所のテントで巨大モニターを食い入るように見ていた。


「ついに始まるんですね。モンスターヴィーゾフの大会が……」


 ナフコフの命運を賭けたゲーム大会。いよいよ迫るその瞬間に自然と手が震えてくる。そんな強張った表情の私を見てルク先輩が声を掛けてくる。


「そう緊張するなミリシャ。今からそんなんじゃ最後まで持たないぞ」


「でもルク先輩、相手はモンスターヴィーゾフ世界一位のチームで元A級の冒険者ギルドなんですよ」


 先ほどこの一帯を更地にしてしまった強力な魔力を持つ冒険者。その冒険者が趣味をこじらせて作ったチーム、センチュリオン。一流の技は全てに通ずる、この言葉がゲームにも当てはまるのだとしたら……

 私の不安はいっそうに募る。


「心配するな。ウチの先鋒を誰だと思っている」


 ルク先輩が親指でモニターを指さす。そこには大量の参加者に紛れて一人場違いなロボが一体、やる気十分に手首を回転させていた。


「見てみろ、やる気十分のいい顔しているだろ」


 熊のお面でガッチリとコーティングされた顔の表情など分かるわけもないが、それでも気迫は画面越しに伝わってくる。確かにロボニッヒはウチのチームの中では数少ないこのカードゲームの経験者。先手を取るにはベストな布陣かもしれない。でも……


「逆にここで負けたら大ピンチって事ですよね」


 ついつい気後れして弱音が顔を覗かせる。


「大丈夫ですよミリシャさん! ロボニッヒ監督は言っていました。『この戦イ、厳しいものになるダロウ。でも私は必ズ……必ズ戻って来ル』って」


 まずい……死亡フラグが立ってる。



「おやおや、そちらの先鋒殿は随分と奇怪な姿をしているのだな」


 不意に後ろから声がする。

 その声の主は真っ黒の長い髪に布地の少ない黒い服、妖艶なるギルドの長クックスター・トリオットハートその人だった。


「なんだ、ウチのロボニッヒにビビっているのか?」


 こちらに近づいて来るクックスター・トリオットハートに煽り気味に言葉を投げかけたのはルク先輩、先ほどと同じように互いの目からは見えない火花が散っている。


「恐れもしよう。あれだけ目立つ姿をしていたら嫌がおうでも注目されてしまうだろうからな。そんな中、手も足も出ずに完敗したとなると彼の今後の競技人生にも関わって来るやもしれぬ。このゲームを愛する者として実に嘆かわしい事だ」


 そう言って手に持っていた黒い扇子を広げて口元を隠しながら笑う。

 

 この人があの『センチュリス』のギルドマスターだった人か。今でこそ趣味に興じてはいるものの当時センチュリスのマスターの実力は支配者(プラヴィーチリ)をも遥かに凌ぐと言われていた。本来なら私がこんなに近くに寄っていいような方ではない。

 ……でも今だけは冒険者様だからと道を譲る様な事はできない。


(相手が冒険者様でも今は対戦相手だ、敬う心はあってもそれはそれだ。気持ちで負けるな私!)


 ゲームとはいえ冒険者と戦う事に対して再度の決意を固めた私は会話の間に割って入る。


「あ、あ、あ、あの、クックスター様! きょ、今日は胸を借りるつもりで頑張りますので、よ、よ、よろしくお願い致します」


 私は地面につきそうな程勢いよく下げた頭と同時に右手を差し出す。

 ……しかしクックスター様からの反応は無い。ま、まずい、何か粗相があったのかしら!?


「くくく……」


 緊張から顔を上げられない私の頭上から笑い声が聞こえる。


「娘、一つアドバイスをしておこう。戦う相手と相対する時には嘘でも対等ぶる事だ、気持ちの遅れは力を十分に発揮できない原因となるからな」


 そう言葉を発した後、私の右手をギュッと握る。

 その行動に舞い上がってしまった私は何度もお辞儀を繰り返す。


「あ、ありがとございます! 精一杯頑張ります!」


「それに『様』は止めてくれ。今日初めて会ったばかりの相手に敬称されるいわれもない」


「いえ、でもそういう訳には……」


「気持ちの遅れは力を十分に発揮できなくなると言ったばかりだが? それにこちらとしても敵意が削がれて敵わん、もっともそれが作戦と言うなら話は別だがな」


「べ、別にそういうつもりじゃ……うぅ、わ、分かりました。宜しくお願いしますクックスターさん」


 競技者としての矜持なのか、それとも生き方としての矜持なのか。どちらかは分からないが言われるがままに私は敬称を変更する。

 あぁ……もう、ホントに駄目だ。冒険者様と関わり合いのない期間が長かったせいで必要以上に緊張してしまう。リム様やロボニッヒは平気なんだけどなぁ……


「おい、あんまり下に見ているとそいつに足元をすくわれるぜ?」


「ふふ、ルク・スラーヴァがメンバーに選ぶような娘だ。甘くみてなどいないさ。その上で勝てるという自信はあるがな」


 淡々とした口調から放たれる二人の殺気。当事者の私の実力は初心者に毛が生えた程度なんですけど……


「クックスターしゃま~。向こうに椅子を用意したよ~」


 殺伐とした空気の中可愛らしい声がその空間を和ませる。こちらにトコトコと走って来たのは先ほどクックスターさんと一緒に居た女の子だった。

 瑠璃色の綺麗な目、同じく瑠璃色の髪は左右の中央の高い位置でまとめ、両肩に掛かる長さまで垂らしている。幼さの抜けない可愛らしい顔立ちと言葉づかい。年はリム様と同じくらいだろうか。


「悪いなスノウ、すぐに行くよ」


 スノウと呼ばれた少女と共にその場を離れようとするクックスターさんだったが何かを思い出したように立ち止まりもう一度こちらへと振り返る。


「そうだ、言い忘れていた。ウチの先鋒はマトリック・クエイバー。知っているかもしれないが賽の目を自由自在に操る男だ。あのロボ君が帰ってきたら慰めてやるといい。相手が悪かった、とな」


 不敵に笑いクックスターさんはその場を後にする。


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