クエスト3:セリ
こんなにワクワクしているのは何時ぶりだろうか、今日は月に一度の『セリ』の日。
受付所の入口を眺めながらルク先輩の帰りを落ち着かない気持ちで待つ。
私達が取り扱うクエストは大きく3つの方法で受諾している。
1つは『歩件』と呼ばれる方法で依頼主と直接交渉を行い達成条件や報酬の取り決めを行うというものだ。飼い犬の捜索依頼から神竜討伐依頼までクエストの難度は依頼主によって異なり、公に扱えないような物が多いのも特徴だ。そのせいもあってか冒険者の称号を指定しない依頼もかなりの割合であり、初級冒険者にクエストだけこなさせて報酬未払いのようなケースも珍しくない。その場合の費用負担は全て受諾したクエスト受付所が支払う事になる為、真偽を問う目利きが重要となる。
しかし依頼主との信頼関係を築けば小さな受付所には本来回って来ないような大物クエストを頼まれる事もありクエスト受付所冥利に尽きる受諾方法と言える。
もう1つは『公入』と呼ばれる方法でクエスト総本部が取りまとめた公的なクエストを各受付所に配布。受付所は入札額を提示し最も安価な金額を申請してきた所へクエストを受諾するといった形式だ。内容は町の外壁の大規模修繕や未開拓地域の調査等がある。この公入は大手クエスト受付所がかなりの安値で入札して来る為、中小クエスト受付所の出る幕はほとんどない。
そして最後に『セリ』。月に一度行われるクエスト取扱いの権利をかけた競売である。300を超えるクエストが競りにかけられ各受付所の代表者が参加するセリは公入以上に駆け引きが重要になって来る。小さなクエストを複数取りに行くのか、それとも大きなクエストの一本釣りを狙うのか、各受付所の出方も見ながらの戦略が求められる。私も何度か付き添いで参加させてもらったことがあるのだがその熱気たるやまさしく戦場のソレだった。
しかしこのセリにかけられるクエストさえも、大手クエスト受付所がほとんど持って行ってしまうのが現状だ。実際にナフコフが扱うクエストもそのほとんどが歩件で取って来たものであり、公入はおろかセリでさえもここ半年競り落とせていない。
だが今日は話が別なのだ。公入のクエスト数が集まらなかった関係もあり日程の都合上セリと公入が同日に行われる事になったからだ。公入は事前に申請している金額で受諾受付所が決まるが同額の場合はその場で再入札が行われる事になる。その為万が一にも落とせない公入側へ大手クエストの代表者達は集まり、結果としてセリ側が手薄になるのだ。
実際半年前にウチが競り落としたクエストも今回と同様の日程であった事から期待は膨らまざるを得ない。
ギィィ……
建て付けの悪いドアがいつものように音を立てて開く。
(あ、ルク先輩戻ってきた)
「おかえりなさいルク先輩、セリはどうでしたか?」
「ただいまミリシャ。今回は競争率も高かったけどどうにかなったよ」
疲れ切った表情のルク先輩は私の顔を見ながら親指を突き立てる。私はその所作を見て心の蕾が開くように満点の笑顔が零れる。
「やりましたね、流石ルク先輩! やる時はやってくれる人だと思ってました! あ、お疲れですよね。今コーヒーを淹れますの奥で休んでいて……」
そこまで言い掛けたところで入口の陰に隠れていたルク先輩の横にある物体が目に入る。剣のように鋭く伸びた上顎、銀色に輝く腹と黒身の背中、大きさはルク先輩の倍はある。
「ルク先輩、なんですかそれ?」
「あぁ。見て分からないかな、カジキマグロだ。どうにか競り落とす事ができたよ」
「……って! なに競り落としてんだっ!」
「大変だったんだぞ、ここまで運ぶの」
「いやいやそうじゃないですよ!? なんのセリに参加してるんですか? まさか今月の運用資金をそのカジキマグロに使ったわけじゃないですよね? そうですよね? なんとか言えぇぇぇ!!」
「今日もテンションが高いなミリシャは」
「テンションが高いわけじゃないですよ!」
「まあ落ち着け。これほどの上物が市場に出回る事なんて稀だぞ。クエストはいつでも取って来れる、でもこのカジキマグロは……今しか、今しかないんだ」
「取って来れていないから言っているんです! あぁもう……折角のチャンスを……」
「それよりこのカジキマグロ、大きすぎて入らないからちょっと入口壊してもいいかな?」
「駄目に決まってるでしょ」
「大丈夫大丈夫、こんな事もあろうかと縦長の扉も競り落として来たから」
「クエストのセリに参加しろぉぉぉ!!」
悲痛な叫びがナフコフにこだまする……でも結果的に扉の建て付けは良くなりました。