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クエスト23:ナフコフ最大の危機

「よし、これで完成っと」

 

 私は青いペンキでデカデカと書いた新しい看板を建物の上部へと取り付ける。その看板には『ナフコフ営業再開しました』と記しており、心機一転営業再開に向けた私の意気込みが込められていた。

 ドラギスちゃんがナフコフにやって来てから一週間、木の板を繋ぎ合わせただけで多少不格好ではあるが壊れた建物の修理も終わり今日からやっとナフコフ受付所の営業を再開出来る事になったのだ。


(正直一週間も休むのは受付所として普通は大きな痛手なんだけど、不幸中の幸いでウチって今誰もクエスト受けに来てないから関係ないんだよね。喜んでいいのか悲しんでいいのか……ある意味、新装開店って事で良い宣伝になるかも?)


 自分で書いた看板を見上げながらそんな打算的な事を考える。


「達筆でずね、お習字か何かをされていだんでずか?」


「ううん、でも文字を書くのは少しだけ得意なの。それよりドラギスちゃん、もうお店を壊しちゃ駄目だよ」


 私は隣で同じように看板を見上げるドラギスちゃんに注意を促す。

 何度見ても美しい人間の女性を模した竜女は緑色の髪をなびかせながらコクリと頷く。


「じゃあ、冒険者の方が来るのを受付所の中で待とうか」


「はい、わだずもミリシャさんのおてづだいをしまず」


「え、ドラギスちゃんが?」


 建物を壊した負い目があるのかドラギスちゃんは自ら仕事の手伝いをしたいと申し出てくる。確かに今はルク先輩もいないし手伝ってくれるとありがたいのだけれど……


「う~ん、じゃあお願いしちゃおうかな。受付所の前で『新装開店しました~』って宣伝してもらえる? 私は内装の最終チェックをしておくから」


 ドラギスちゃんは美人だから男性冒険者の目を引けるかもしれない。ちょっと不純な方法だけど少しくらいならいいよね。


「わがりまずだ」


「それと、私が貸しているその服は脱いだら駄目だよ。ドラギスちゃんすぐ腰布一枚になりたがるから」


「わがっていまず」


 ドラギスちゃんはそう言って白い無地のワンピースを着たままその場でくるりと回る。



※※※※※



「う~ん。冒険者の方、来ないなぁ……」


 時計の針は正午を回り、ぽかぽかした陽気が室内にいても伝わってくる。そんな絶好の冒険日和とは裏腹にいつも通りに閑散としたナフコフ受付所。


(まあ、そんな簡単にお客様が増えたら苦労しないよね……)


 淡い期待は露と消え一週間ぶりの現実に引き戻される。

 いや駄目駄目! まだ午前中の営業が終わっただけじゃない、諦め癖がついてるよ私。ドラギスちゃんだって頑張ってくれているんだから! 

 顔をパンパンと叩いて自らを鼓舞する。


(あ、でもそろそろお昼ご飯の時間か。私はいいけどドラギスちゃんお腹空いているだろうなぁ、野草採りに行かないと……)


 広告塔として働いてくれているドラギスちゃんには大好きなコンゴ山の野草を採って来てあげないとね。


「ドラギスちゃ~ん、そろそろご飯にしようか~」


 私は店のドアを開けてドラギスちゃんに声を掛ける。


「はい、お腹ぺこぺこでず」


 そう言って笑うドラギスちゃんの右胸からは血塗られたロングホーンが突き出されており、周りには男性冒険者と思われる十数名が血まみれで横たわっていた。


「な、なにこれぇぇぇ!?」


「あ、結構人はあづまっでくれだのでずが、わだずの角は冒険者(てき)に反応しまずのでこうなりまず」


「こうなります、じゃねぇぇぇ! 惨劇すぎるよ! 来訪してくれた冒険者を片っ端から仕留める受付所なんて聞いたことないよ!」


「一応急所は外してありまずけどどうしまずか? 山に埋めまずか? 海に捨てまずか?」


「病院だよ!」


 私は慌てて転がる冒険者様達の介抱に走る。

 あぁ、最悪だ……終わったよ……新装開店の日が閉店日だよぉ。これだけの数の冒険者の方に迷惑を掛けて知らぬ存ぜぬでは通せない、私はドラギスちゃんを預かる身、ドラギスちゃんの不手際は私の責任だ。……とにかく今は冒険者の方たちを病院へ連れて行かないと。

 心に暗い影を落としながらも今やるべきことをする為に近くに横たわる冒険者へ声を掛ける。


「すいません冒険者様、ウチの者が大変失礼を致しました。お怪我は大丈夫ですか?」


 抱き起した冒険者様の顔はこれ以上ないくらいににやけた顔を覗かせていた。


「お、おっぱいロケット……ふへへ~」


 な、なぜか嬉しそうだ!? 

 いや、私が抱き起した冒険者様だけではない。そこら中に転がっている冒険者様も気を失いながらまるで寝言のように「おっぱいロケット万歳、おっぱいロケット万歳」と呟き旋律を奏でていた。

 なんだこの合唱は!



「ほう、面白い逸材が加入したようだな」


 色々な意味での惨状を前にして動揺する私の後ろから随分久しぶりの声が聞こえる。


「あ……ルク先輩!」


 ナフコフ受付所の最大のピンチに現れたのは我が受付所が誇る屑、ルク先輩だった。


「先輩、出所されたんですね! 良かった……これでドラギスちゃんの代わりにルク先輩が罪を被って牢獄にぶち込まれれば万事解決だ……」


 私はホッと胸を撫で下ろす。


「ミリシャ、先輩を命の石代わりに使うのはやめろ」


「う……すいません、つい動揺してしまって。でもルク先輩、どうしましょう。こんな事がバレたら即廃業ですよぉ……ドラギスちゃんも討伐対象にされちゃうし、どうしよう、どうしよう」


「落ち着けミリシャ。こんな事もあろうかとすでにガルニッヒに手は施してある」


 え、ガルニッヒ? って、先輩と一緒に捕まっていたあの冒険者のガルニッヒ?


「手は施してあるって……どういう意味ですか?」


 得意気な笑み見せるルク先輩の後ろからキュルキュルキュルと地面を擦るキャタピラ音が聞こえる。現れたのは熊のような大男ガルニッヒ……ではなく私の半分くらいの大きさの機械仕掛けの人っぽい何かだった。

 二輪のキャタピラで動くロール式の足、鉄で出来た角ばったボディ、顔は当時の面影が少しだけ残る熊のお面。まさかこれって……


「紹介しようロボガルニッヒだ」


「ロ、ロボ化しとるぅ!」


 一体監獄の中でガル公に何があったんだよ! 完全にオーバーテクノロジーの賜物だよ!


「ガルニッヒは尊敬する俺を守れなかった事を悔いていたのさ、そして強くなりたいと願った……人の体を捨てでも、守るべきものを守る力を手に入れたいと……そしてその思いを形にした結果がこれだ」


「いやいや、なにちょっといい話風に言ってるんですか! 完全に別の何かになってるじゃないですか!」


「そんな事はないぞ。奴の心はちゃんと残っている、それに機械の体になった事でスペックも著しく向上しているんだ」


「そ、そうなんですか?」


「あぁ、運動能力は半分以下に落ちているが危機回避考察力と演算処理機能は通常のガルニッヒの1.2倍に跳ね上がっている」


 ロボ化のメリット少ねぇぇぇ!


「さぁロボガルニッヒ、お前の機能を最大限に使いこの困難な状況を打開する策を教えてくれ!」


 ルク先輩の指示を受けたロボガルニッヒの頭からカタカタカタと何かを算出する機械音が聞こえて来る。


「ガガガ……ピー……算出カンリョウしましタ」


「ほ、本当に? この状況を打開する策なんてあるの?」


 ロボガルニッヒはウィーンと私の方へ首を90度回転させながら音声を発する。


「カネで解決……ダナ」


 あ、ポンコツだコレ。


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