クエスト22:ドラギスの生態
クエスト受付所の職員たるもの一通りのモンスターに関する知識があって当然だ。しかしドラギスの生態系調書には擬人化能力があるなどどこにも記されてはいない。これが本だけで得た知識の限界なのか、はたまた今目の前にいるドラギスが特殊なケースなのかは分からない。ただこれで住むスペースの問題と騒ぎが大きくなる事の心配が同時に解消されたという事は間違いなかった。
「ドラギスちゃん、貴方そんな能力を持っていたのね。それなら昨日から人間の姿になっていてくれれば良かったのに」
一つ小さな溜息をついて美しい女性の姿になったドラギスに話しかける。
「ずいまぜん」
「あ、別に怒っている訳じゃないのよ。そりゃあ、あの大きさから急に人のサイズに変わっているからビックリはしたけどね。でも知らなかったなぁ、ドラギスに擬人化能力があるなんて。やっぱり変身していられる時間に制限とかあるのかな?」
私はその興味深い生態について好奇心を掻き立てられる。
「いえ、時間とかはどぐにないでず」
「ふぅん、そうなんだ。じゃあ全然リスクとかはないの?」
「リズクって程じゃないでずげど、がなりの体力を必要としまずから一度変身するごどに寿命か10年ほど縮みまずね」
「十分なリスクだよ!」
まさかそんな命を賭した変身だったとは……
「まあ、わだずたつドラゴンは平均寿命も長めでずがら」
「そ、そうなの? 平均寿命までは知らなかったなぁ。普通なら何年くらい生きられるの?」
「大体20年ぐらいでずがね」
犬よりちょっと長いくらいだった……
「あ、ちょっと小腹がすいだので元の姿に戻って野草でも採ってきまずね」
「だ、駄目だよ! 累計二回で御臨終しちゃうよ」
「でも小腹が」
「採って来たから! 野草採って来てるから――!」
十字架レベルのリスクを背負い込んでいるのになにを気軽に変身しようとしているんだこの竜は。
私は急いで採って来た野草をドラギスへと手渡す。
「ありがとうございまず。ふーむ、これはコンゴ山下層部の野草でずね。栄養価が高く味もまろやか、これをチョイスするどは分かっていらっしゃる」
さながら料理研究家のようにまじまじと野草を分析する女型ドラギス。やっぱりグルメだ……
「それ食べ終わってからでいいのでちゃんと服着てね。そんな格好で町中をうろついていたらドラゴンじゃなくても逮捕されちゃうよ」
私は再度自分の上着を押しつけて裸族のごとく上半身に何も身につけていないドラギスに人としての節操を説く。
「え、でもごれを着るどいざという時に取り出しにぐぐで困るんでずが」
「取り出す?」
「はい、わだずたつは敵から身を守る時の方法が限られていまずので」
「えっと、だから何を取り出すのかな?」
「武器でず、ドラゴンの武器ご存知ないでずか?」
「竜の武器って牙とか角とか?」
「そうでずそうでず。この姿だと牙は小ちゃくなっていまずので主に角ど翼でずね、ちょっとお見せしましょうが?」
そう言ってドラギスは腰下まて長く垂れた緑色の髪をふぁさぁーと両手で後ろ側へと弾く。そして遮る髪がなくなった大きく形の良い胸の中央部からはピンク色の乳房があらわになる。
「ちょ、ちょっと! 何を見せてるのよ」
ドラギスの突然の行動に私は慌てる。
「いぎまずよ――ふん!」
そう得意げに掛け声を出した次の瞬間――
ボゴッ……
「へっ?」
ドラギス女竜の右の乳房から長さ3メートル程の見事な角が生えてくる。
「ぎゃ、ぎゃあぁぁぁぁ!」
美しい緑髪をしたグラマラスな女性、しかし片乳首はロングホーンというグロテスクな光景に思わず叫び声を上げる私。
「どうすか? 元々鼻についてた角でず。乳首に収納してみまずだ」
「み、みまずだ、じゃないよ! こんなの見せられたらトラウマになるよ!」
「そうでずか? カッコいいど思ったんでずげどね」
「いいから、もうそれしまって!」
私は顔を伏せながら懇願する。
「わがりまずだ。ちなみに左乳首からは翼が生えるんでずけど見まずか?」
「見ないよ! なにそのバランスの悪い配置!」
「カッコいいんでずげどねぇ」
そう残念そうに呟くと右乳首から生えた角に自らの手を伸ばす。
ブシュウゥゥゥ!
「へ?」
大量の鮮血がナフコフ受付所に舞う。一瞬何が起こったか分からなかったが、目の前にいる血まみれの竜女を見てすぐに理解する。ドラギスは自らの角を力ずくで根元からへし折ったのだ。
「きゃあぁぁぁ――! 何やってるの!?」
「いや、角の収納を」
あっけらかんと答えるドラギス。
「いやいや収納じゃないじゃん! 毟り取ってるじゃん、大惨事じゃん!」
「一度出したらコレしか方法ないんでずよ」
そう言って引きちぎった自らの長い角を今度は口の中に入れてそのまま丸呑みにする。その常識外の光景に私はただただ唖然とする。
「ごれで三日ぐらいしたらまだ乳首がら出せるようになりまずんで、まあウンコみだいなものでずから」
全然違うよ! という言葉も出てこないくらい生態系の違いと豪快さに圧倒された私はその場でへたり込んでしまう。それでも何か喋らないと、という無意味な強迫観念にかられた私の口からやっと出て来た言葉は「マ、マヨネーズ……持ってこようか?」だった。




