クエスト20:ペット現る!
「リム様、遅いなぁ」
頬づえをつきながら時計の針をボーッと眺める私は一人ナフコフ受付所でリム様を待っていた。理由は彼女から一つ頼まれごとを受けたからだ。
その内容は近所でトカゲを捕まえて飼おうと思っているのだが母親の許可が下りずに困っている。ナフコフで面倒を見てもらう事はできないか? というものだった。
正直トカゲとか苦手なんだけど、これはリム様から私への友人として頼まれごと……私は仕事以外で頼られている事が嬉しくて二つ返事でOKを出したのだった。そして今日はリム様からペットを預かる約束をしている日。
コンコン……
「ミリシャさ~ん、連れて来ましたよ~」
珍しく入口のドアをノックするリム様。外からは元気な声が聞こえて来る。
「あ、リム様。開いているので入って来てもらって大丈夫ですよ~」
「えーと、でも……入っていいんですかぁ?」
なんだか少し歯切れの悪いリム様。急な頼みごとで遠慮してるのかな? ふふ、リム様ってそういう可愛い所あるからなぁ。
「どうぞー遠慮せずに入って来てください」
「はい、ではお言葉に甘えて」
バリリリィィィ!!
へ……?
突然店の壁が大きな音を立てて引き裂かれる。そして壊れた壁の隙間からこちらを睨む真っ赤で鋭い眼光。私はその壮絶な光景に椅子をひっくり返してその場で尻餅をつく。
「ひ、ひぃぃぃぃ! な、なに!?」
バリバリと店の壁を紙のように破りながらその巨大な生物は姿を現す。
尖った牙に硬そうな鱗、鼻先から伸びた一本角、真っ赤に光る眼。そして空を舞う為の大きな両翼を携えたその生き物は……
『グルルルル……』
「ドラゴンじゃないですかぁぁ!!」
「紹介しますドラちゃんです」
「ドラちゃんです……じゃねぇぇ! そのネーミング明らかにドラゴンだと分かってつけてるでしょ!」
「てへへ、ドラゴンって言ったらミリシャさんがビックリしちゃうかと思って」
「今の方がビックリしてますよ! っていうかこんなモノどこで捕まえたんですか!?」
「家の裏山です」
引っ越せよ! 超危険区域じゃねーか!
……しかし、どうやって捕まえたんだろうこんなの。確かこの竜って小型竜のドラギスだよね。仮に討伐クエストが行われた場合A難度に分類される希少種。素早い動きで冒険者を翻弄し、その牙と角で攻撃してくる戦闘能力の高い竜族。性格は比較的温厚だとは聞くがそれはあくまで竜族の中では、だ。
基本雑食だがお腹が空けば人間だって食べてしまう危険な竜。人里に下りてくる事なんて滅多にないのに……
「ではミリシャさん。私がお母さんを説得するまでの間、ドラちゃんを宜しくお願いしますね」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
私は慌ててリム様を引き留める。
「流石にコレを飼うのはちょっと……やっぱり危ないと思うんですよね」
「え~ドラちゃんは全然危なくなんてないですよぉ~」
少し頬を膨らまして反論して来るリム様。
「ドラちゃんは温和な性格で人の迷惑になるような事はしませんよ!」
ウチの壁、引き裂かれてるんですけど……
「それに火だって吹けるし超カッコいいんですよ!」
余計危ないわ!
でもルク先輩がまだ監獄の中なのは不幸中の幸いだった。あの人がいたらそれこそ二つ返事で飼うとか言い出しかねないからなぁ。よし、ここは私がなんとかリム様を説得しないと。
「いいですかリム様、冷静になって考えて下さい。ここはクエスト受付所、冒険者が集う場所なんです。そんな所に竜がいたらどうなると思いますか?」
「サイン攻めに合う?」
「違います、あっという間に討伐されちゃいますよ!」
「えぇ――! そんな、ドラちゃんが可哀想です!」
「そうです。分かってくれましたか?」
「はい! じゃあ冒険者を蹴散らせるようにドラちゃんを訓練しないとですね!」
わ、分かってねぇぇぇ!
「そうじゃありません! ドラギスは希少種なんですから鱗や牙は高く売れるんです、仮に討伐依頼が出ていなくても狩ろうとする人は沢山いるんですよ!」
「そんな……ドラちゃんが人を襲わなくてもですか?」
うつむいて寂しそうにリム様は呟く。
「残念ですけど……」
「酷いです。こんなに優しい子なのに、ドラちゃんは私の友達なのにぃ!」
ガブリ……
そんな落ち込むリム様の頭をドラギスがガジガジとかぶりつく。
「リ、リム様ぁぁぁぁ!」
「ほら、見て下さい。こんなに人に懐いているのに、ドラゴンってだけで何故虐げられないといけないんですか!」
「そういう事するからですよ! リム様落ち着いて。そーっと、そーっと逃げるんです!」
「嫌です! ミリシャさんが飼ってくれると言うまでここを動きません!」
本当にこの子はぁぁぁ!
「わ、分かりましたよ。飼います、飼いますからぁぁ!」
リム様の命には代えられないと勢いで返事をしてしまう私。その答えにパアッとリム様の表情は明るくなる。
「やったねドラちゃん、寝床ゲットだぜぇ!」
そう言ってVサインをするリム様、どうやら頭は大丈夫そうだ。いや、違う意味で大丈夫とは言い難いけど……
「じゃあドラちゃん、ミリシャさんに自己紹介して!」
『グルルルル……』
リム様に促されて壁を壊しながら受付所に入って来るドラギス。小型竜とはいえ間近でみるとその大きさには圧倒される。高さは丁度ナフコフの一階の天井につくくらいあり、翼を広げようものなら横幅はその倍はあるだろう。
「あ、あはは、初めまして。ドラギスちゃん……ミリシャです」
ドラゴンに何を話しかけているんだと思いながらも小さくお辞儀をする。
『グルル……ハヂメマジデ。ギョウガラシバラグセワニナリマズ』
「めっちゃ喋れとるぅ!」
ドラギスってそんな種族だっけ!? 違うよね?
『ア、メシトガハテキドウニジブンデチョウダヅシマスンデオガマイナグ。マヨネーズガアレバカシテモラエルドウレジイデズ』
しかも結構グルメだ……
その流暢な喋りと意外な礼儀正しさに困惑しつつ愛想笑いをする私。
こうしてナフコフにまた一匹の問題児がやって来たのでした。




