クエスト2:冒険者
「はあ……」
一人店番をする私の溜息はとどまる事を知らない。天気は快晴、体調も良好。溜息の理由はただ一つ、冒険者が今日もまたやって来る気配がないからだ。先月も、先々月も私はご近所の老夫婦の道案内くらいしかしていない。ここは世界で唯一冒険者よりも道を尋ねに来る人の方が多いクエスト受付所ナフコフ……そんなレッテルが貼られる日も遠くはないかもしれない。
「ふぅ……駄目駄目、私がこんなに辛気臭くっちゃ冒険者だって来るわけないよ。よし、もう一度ビラを配りに行こう」
私は手書きで書いたナフコフ宣伝用のチラシを抱えて椅子から立ち上がる。その時……
「ごめんくださ~い」
可愛らしい声が聞こえたかと思うと入口のドアがガチャリと開く。入って来たのは背の小さい可憐な青髪の少女だった。歳は12~14くらいだろうか、大きな瞳に白い肌、頬は少し赤みを帯びている。白いローブを身に纏い店内をキョロキョロ見渡している。
(こんな可愛い子、近所にいたっけ? 迷子って歳でもないだろうし……)
私は笑顔で少女に手を振りながら問いかける
「こんにちは、ここはクエスト受付所ナフコフ。何か用事があって来たのかな?」
「あ、こんにちは」
こちらに気づいた少女は丁寧に頭を下げて挨拶をする、礼儀正しい子だ。
「ここら辺ではあまり見ない顔だけどもしかして最近お引越しして来たのかな? 私はミリシャ・クウェストリス。ここの受付所で働いているの、宜しくね」
「こちらこそ宜しくお願いします。私はリム・フランフェザン、駆け出しの冒険者です」
「へぇ~冒険者なんですか、その若さで立派……って、えぇぇぇぇ!!」
「ど、どうしたんですか?」
「いや、ごめんなさい。まさかクエスト受付所で冒険者に会うなんて思わなくて」
「……? 普通お客さんって冒険者じゃないんですか?」
「……そうなんですけどね、普通は」
何ヶ月ぶりかの冒険者を前にして取り乱してしまったが、コホンと一つ咳払いを入れて気持ちを整える。この子は小さくても私の憧れる立派な冒険者様。キチンとご案内をしていいクエストを見立ててあげなくてはならない。
「失礼な物言いをして申し訳ありません、冒険者リム様。本日は何のご用でしょうか?」
「ちょっと道を尋ねたくて」
はい、道案内でした。
「……はは、そうですよね。ここは道案内には定評のあるクエスト受付所ナフコフ。どんな場所でも最短ルートをお伝え致します……」
「あの、大丈夫ですか? 随分切なそうな顔をされていますけど、何かありましたか?」
「いえ、今日も当受付所は平常運転です……」
精一杯の笑顔を作りながらも正直ショックは隠せない。せっかく冒険者様が来てくれたのにやってる事は道案内って……いや、こんな事で肩を落としていては駄目だ! これも何かの縁、しっかりコミュニケーションを取って今後ナフコフを利用してもらえるようにするのが私の仕事だ。
「それでリム様はどちらまで行かれるのでしょうか?」
「ちょっと友達と買い物に行くための待ち合わせをしていて……孤島絶壁の丘ってどこですかね?」
なぜそんな場所で待ち合わせを!?
「こ、孤島絶壁の丘ですね。それならクナシャスの西門を出てから北西の方角です。道なりに進むと看板が立っていますのでそれを目印にすると良いですよ。でも途中からけもの道を数キロ歩くことになるので注意してくださいね」
「分かりました。ご丁寧にありがとうございます」
「少しでもお力添えになれたなら良かったです。それにしても本当にお若いですね、冒険者の資格に年齢制限はないといっても通常は18歳くらいから資格を取るものですけど……もしかして冒険者の御家柄とかですか?」
「いえ、そんな家柄とかじゃないですよ。なんか友達が勝手に冒険者の書類審査に応募しちゃってて……それで受かっちゃってトントン拍子でここまで来ちゃった、みたいな感じです」
「ア、アイドルみたいなノリなんですね」
「はい、ですから私は立派なんて言って頂けるような人間ではないんです」
「そ、そんな事はないですよ! 冒険者になった成り行きなんて些事な事です。確かに今は冒険者としての目標も立てにくいかもしれませんけど誰にでもなれる職業ではないんですから、自信を持ってください」
「ありがとうございます。あ、でも私にも一応冒険者としての目標はあるんですよ」
「そうなんですか? それなら尚更立派じゃないですか」
「そうですかね?」
「そうですよ! ちなみにその目標って聞いてもいいですか?」
「はい。私の冒険者としての目標は有名ギルドに入って『あのギルドの一番右端のローブの子可愛くない?』って言われる事です!」
「……」
「どうしました?」
「ギ、ギルドにも華は必要ですものね。色々な役割があっていいと思います……よ」
「そうですよね! せっかく冒険者になったんだし歌に踊りに頑張ります!」
「が、頑張ってくださいね……」
「はい!」
そう言って元気よく受付所を出て行く冒険者リム・フランフェザン。待ち望んだ冒険者との邂逅を終えた私は心の涙を流しながらその背中を見送るのだった。