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クエスト18:ララジェル受付所

 ララジェル受付所は民家の一階を改築して作られている為それほど広くはない。しかしその内装は家族で囲む食卓をイメージさせる作りになっており来訪した冒険者からの評判は高い。私も仕事関係以外でも何度もお邪魔させてもらっているが、フレミアの祖父と祖母の温かな性格も相まって、とても落ち着くアットホームなこの受付所が大好きなのだ。



「……あ……ミリシャ……戻って来たの?」


 受付所のカウンターで書類の整理をしていたフレミアがこちらに気付き仕事の手を止める。


「うん」


 私は笑顔で大きく頷く。


「後ろの……二人は?」


 ララジェル受付所の入口付近で店内を見渡す二人の少年少女。よくぞ聞いてくれましたとばかりに私は得意気にフレミアに伝える。


「お客様だよ、フレミア」


「ミリシャ……ウチは……病院じゃないけど」


 フレミアの視線の先には紙袋を被され白い騎士服を血のように赤く染めたエルナイト様の姿があった。


「どこかで……拷問を受けた……囚人?」


「あ、いやいや、違うの。これは少し訳があってこんな状態なだけで、この罪は後から償うつもりというか何というか……」


 愛想笑いをしながらもにょもにょと歯切れの悪い回答を口にする。そんな私を見かねたのかエルナイト様が言葉を発する。


「僕はこういう趣味の者です。気にしないで下さい」


 エ、エルナイト様……!!

 クナシャスで1、2を争う冒険者であるにも関わらずなんとなく空気を読んで私に合わせてくれているその振る舞いは神々しさすらあった。神? ……神なの?


「そう……なんだ……それでそっちの……女の子は?」


「初めまして! 私は冒険者のリム・フランフェザンです。ミリシャさんとはアレな感じで仲良くさせてもらってます」


 紹介適当だなぁ。


「可愛い……冒険者さん……だね……貴方がお客様?」


「いえ、私は『冒険者を陰から支えているあの可愛い白いローブの子は誰だ?』と言われるポジションなので一人でクエストとかちょっとノーサンキューです」


「そっか……大変だね……ジュース……飲む」


「わーい、ありがとうございま~す」


 そう言ってリム様はぴょんぴょん飛び跳ねながらカウンター席に座る。

 さてと、なんだかんだで着いて来てしまったリム様はあっさりジュースで懐柔された事だし……後はエルナイト様の素性を隠しつつクエストを受けて貰えればララジェル受付所とのご縁もできるよね。


「あ、そこの林檎男さんも一緒にジュースどうですか?」


 エルナイト様の方を見て手招きをするリム様。


「ほら、アップルジュースもあるみたいですよ」


 そのお誘いに紙袋で顔を隠したままコクリと頷きカウンター席へと向かうエルナイト様。

 うぅ、なんだか凄く申し訳ないなぁ……この状態になっちゃったのも100%私の過失だし……


「そういえば林檎男さんの名前ってなんていうんですかぁ?」


 リム様から突然核心をついた質問が飛ぶ。マ、マズイ!


「そう言えば名乗っていなかったですね。私はエル……」


「あー! わーわーわ――!!」


 私は慌てて大声を出しその言葉を掻き消そうとする。


「エルクと申します。自己紹介が遅れてすいません」


 あ……れ?

 エルナイト様は自分の本名を伏せて自己紹介をした?? これってもしかして私がエルナイト様の正体を隠したいと思っている事に気付いてくれているって事? 冷静になって考えてみれば何も言わず紙袋を被り続けてくれているんだもの、なんとなく察してくれているって事だよね……エルナイト様。


「エルク……君……貴方が……クエスト受けて……くれるの?」


 フレミアがジュースを出しながらいつものようにポツリポツリと呟く。

 よし! その調子だよフレミア!


「はい、何か日帰りで出来るようなクエストがあればお願いします」


「それなら……これとか……どうかな」


 フレミアは一枚のクエスト依頼の紙を取り出す。

 その紙には『E:二泊三日温泉旅行の荷物持ち』と書かれていた。


(うぉぉぉいフレミアァァ! 何故日帰りと言っているのにそんなクエストを選ぶのよぉぉ!)


「あ、これ私のお母さんがこの前書いてた奴だ」


(しかもリム様のお母さんの依頼だったよ!)


「すいません。ちょっと日程が詰まっていまして三日掛かりのクエストはちょっと遠慮したいのですが」


 申し訳なさそうに断るエルナイト様。

 いやいやエルナイト様が悪気を感じる必要ないですって!


「じゃあ……これなら……どうかな?」


 フレミアが再度クエスト依頼の紙を取り出す。

 その紙には『E:リム・フランフェザンに門限を守らせろ』と書かれていた。


(またリム様んとこのお母んの依頼じゃねーか!)


 違う、違うよフレミアぁぁ。その人はあのS級ギルド・ルーンヌィの輝星(ズヴェズダー)エルナイト様なの~。C難度の依頼でも全然大丈夫なんだよぉー!


「あの……この依頼もやりがいのあるクエストだと思うのですが、できればもう少し難度が高くても良いのでモンスターを討伐するようなクエストはありませんかね?」


 エルナイト様はそう言って恐縮しながら出されたクエスト受付票を差し戻す。


「うーん……そう……だね……」


 フレミア~出し惜しみしないで! ほら、さっき私に見せてくれたC難度クエストの中に『大蛇グランコブラ討伐』ってあったじゃない。アレを勧めてあげて! このララジェルではこんなクエストも取り扱ってるんだぞってアピールしないと!


「それなら……紹介できるクエスト……ない」


 え……? えぇぇぇぇ!!?

 フレミアの口から出た言葉に耳を疑う。


「な、何言ってるのよフレミア! まだ他にもクエストあったでしょ!? ほら、モンスター討伐系の凄いヤツ!」


 私は見かねてつい会話に割って入る。


「あるよ……でも駄目……内容も聞かずに……クエストの難度だけで判断されるの……嫌い……だから」


 あ……

 フレミアはいつもと変わらない口調で答える。だがその言葉には確かな信念といえる力強さを感じた。


「……仰る通りですね。詳しい内容も聞かずに勝手に判断して、失礼な事を言ってしまいました」


 エルナイト様はその場で深々と頭を下げる。


「それに……貴方……少し休んだ方がいいよ……討伐系じゃないクエストなら……いつでも紹介……するから」


「ありがとうございます」


 その言葉にエルナイト様は紙袋の上からでも分かる明るい声で答える。そして置いてあったジュースを飲み干してコップを空にすると椅子から立ち上がる。


「ジュース、ごちそうさまでした。それでは失礼します」


 私は立ち去ろうとするエルナイト様になんと声を掛けてよいか分からずその場に立ち尽くす。そんな私に気付いたのかエルナイト様は少しだけ紙袋から顔を覗かせてこっそりとこう言うのだ。


「ミリシャさん、道案内ありがとうございました。ここ『も』素晴らしいクエスト受付所ですね」


 そしてエルナイト様は笑ってララジェル受付所を後にするのだった。


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