クエスト17:神童・エルナイト
エルナイト・ジャスティリア。
クナシャス最強のギルド・ルーンヌィに所属し若干12歳でマスタークラスの称号である支配者を獲得した神童。彼の振るう剣は天を切り裂き星をも砕く威力と言われており、その剣技の腕前は全冒険者の中で最強だと評されている。
単独でのS級以上クエスト達成数はなんと20を超えており、15歳になった現在ではクナシャスに二人しか有する者がいない称号である輝星の名を冠する超天才剣士なのだ。
そんな雑誌でしか見たことがない超有名冒険者が今……わ、私のすぐ後ろを歩いている……
エルナイト様をララジェル受付所に案内する為に先導する私の心臓は今にも張り裂けそうなくらいの爆音を奏でていた。
(ど、ど、ど、どうしよう……話の流れでララジェル受付所を案内する事になっちゃったけど相手はあのエルナイト様だよ!? C難度のクエストなんて案内して失礼にならないかな……)
ウチのクエストに比べれば上質だとはいってもララジェル受付所で取り扱うクエストも本来ならば最強ギルドの輝星に受けてもらえるような物ではない。ま、まさか侮辱罪とかで死刑になんかされないよね!? もしそうなったらフレミアだけでも助けないと、あの子は何も悪くないんだから……あわわ……
雲の上過ぎる存在を前にして私の思考回路は完全にショートしてしまう。
「あの、大丈夫ですか? 先ほどから何か歩き方がおかしいですけど」
千鳥足になっていた私の歩き方が気になったのか後ろからエルナイト様が声を掛けてくる。
「は、はい! 大丈夫っす!」
ぎゃあ――! 何をタメ口聞いているんだ私は!
「体調が悪いのであれば場所さえ教えてもらえれば自分で探しますけど」
「あ、あはは……安心してください。私、道案内は得意なんです。エルナイト様はまだまだお子様なんですからお姉さんに黙ってついて来たらいいでございますよ」
ぐぬぉぉぉぉ――! 何言っているんだ私はぁぁ! 失礼にも程があるだろぉぉ!
緊張と興奮で脳で考えた言葉が口からまったく出てこない。そんな私を見てエルナイト様はニコリと笑いながらこう言うのだ。
「はい、分かりました。ではお姉さんを頼らせてもらいますね」
あ、いい人だ。
その緩やかな笑顔で正気に戻った私は一つ大きく深呼吸をする。
(私ったらなんて失礼な事を考えていたんだろう。流石は若くして冒険者の道を極めたエルナイト様、その実力もさることながら人柄もまさに冒険者の鏡。こんなにも素晴らしい冒険者様と少しでも関わり合いになれた事は私の人生最大の幸運かもしれないなぁ……)
よし、後でサイン貰おう。
小さな決意をした私の足取りは急に軽くなる。
「ミリシャさん。何処に行くんですかぁ?」
すぐそこの角を曲がったらいよいよララジェルが見えるという寸での所で可愛らしい声に呼び止められる。
「あ、リム様」
目の前に姿を現したのは大きな紙袋を抱えて美味しそうに林檎をガブリと齧るリム様だった。
「ちょっとララジェル受付所まで……ってリム様は何処に行っていたんですか? ルク先輩達は?」
私はもぬけの殻となっていたナフコフを思い出してリム様に尋ねる。
「あ~ルクちん達は今警備兵さんに職務質問を受けている最中ですよ」
「え、なんで?」
「最新の冒険者捕獲用の罠が出来たから大通りまで試しに出かけたんですが運悪く警備兵さん達に見つかりまして」
何をやってるんだか……
「それで私はお腹が空いたので林檎を食べているという訳です」
ルク先輩……リム様に見捨てられてますよ。
「まあルク先輩は職質の鬼と自称するほどそういう事には慣れていますから大丈夫だと思いますけど……はぁ~またナフコフの評判が落ちるなぁ……」
「そんな事よりミリシャさん。後ろの男の子は誰ですか?」
「(そんな事より!?)え、えーとこの方はですね……」
私はその時ハッと気づく。
リム様はとても個人的な理由で自分の立場も考えずルーンヌィに入りたいと言っていた無謀な超初級冒険者。そして実際に目の前にいるのはそのルーンヌィ所属の冒険者……これはマズイ。いくらエルナイト様が心優しい冒険者だとしても自分の所属するギルドを軽んじる発言をされたら気分を害するに違いない。
ここは私が機転を利かせて二人の接触を阻止しなければ……
「えーと、あのー、そのー……この方はですね」
だ、駄目だ、全然いい案が思い浮かばない。
「あれ? 私その人どこかで見た事ある気がしますよ」
マズイ――! 流石は有名人のエルナイト様。クエスト業界に疎いリム様でも写真で顔くらい見た事はあるはず、これではバレるのも時間の問題だ。
(な、何かエルナイト様を隠すものを……隠すもの、隠すもの……)
その時リム様の持っていた林檎の詰まった紙袋が目に入る。
「こ、これじゃぁぁぁい!」
私はリム様から紙袋を奪い取ると中に入っていた林檎ごとエルナイト様の頭に被せる。
逆さになった紙袋からは重力の咎に破れた林檎達が転がり落ちてくる。そしていくつかその難を逃れた赤い果実達はグシュリ……と圧力に負けた音を立てエルナイト様の脳天で潰れる。
「はぁ、はぁ……」
私は息を切らせながら額に付着した汗を拭う。
林檎袋を取られて呆けているリム様と血のような赤い果汁をポタポタと首から垂らしながら紙袋に顔を覆われたエルナイト様。
(な、なんとか難は逃れた……)
じゃ、じゃねぇぇぇ!! 違うよ私ぃぃぃぃ、何やってるの! これじゃあ失礼を通り越して宣戦布告だよ! リム様なんて比じゃない死を持って償うレベルの無礼だよ!
「あの、その人大丈夫ですか?」
赤く染まった騎士服を身に纏うエルナイト様を指さしながらリム様が言う。
「大丈夫ですよ! この人は林檎大好きなので!」
とは言えもう後に引けない私は絶望に覆われた心を隠すように努めて明るく答える。
「そうなんですか。でも袋の人さん、そんな食べ方をして食べ物を粗末にするとバチがあたりますよ、駄目ですよ」
被害者であるにも関わらずなぜかリム様に咎められる袋の人。そしてその言葉にコクコクと頷くと紙袋を掻きながらこう答える。
「すいません、つい我慢できなくて頭からいっちゃいました」
あ、いい人だ……




