3.暴挙
「君にはほとほと呆れるね。これだから教養の無い人間は困る。ならばハッキリ言ってやろう。君との行為は気持ち良くないんだ。良くあんなレベルで金を取ろうなどと考えたな」
「な……何だと?」
「普段はロクな客を相手にしていないんだろう。あんな下手なレベルで満足出来る客ばかりを相手にして来たんだろうな。だが私は違う。あんなレベルで満足出来ないんだ。だから君にはその代金で十分だろう?」
ザルスの余りにも勝手な言い分に、ついに俺の堪忍袋の緒が切れた。
「ざっけんなよあんた、それは筋が通ってねえんじゃねえのか?」
「何がだ?」
「何がじゃねえ。俺は事前にちゃんと料金を提示して、あんたもそれで納得した筈だ。なのにこんな事が許される訳がねえだろうが! 普通にこれは料金の踏み倒しだからな。さあ払え、残りの代金を今すぐ俺に寄こせ! 寄こさなかったら出るとこ出ても良いんだぜ、俺はよ!」
だが、思いっ切りタンカを切った今のセリフがどうやらまずかったらしい。
その一言に反応したザルスが組んでいた腕を解き、一つ頷いて懐に手を入れる。
「なら、不用意に色々と喋られる前に君をこの世から消せば問題無いだろう」
「は?」
戸惑う俺の目の前に突き出されたのは、何でそんなもんを持ってんだと思うレベルの大型のサバイバルナイフだった。
「お、おい……あんた何考えてんだよ、頭おかしいんじゃねえのか!?」
「かもね。普通は男が男と肉体関係を持つなんてあり得ない事だからね。でも僕にもこれまで築いて来た地位だとか名声だとかがあるんでね。君がそんな態度を取るって言うんだったら、この世から消えて貰った方が僕は安心出来るんだよ!!」
おい待て、どうしてそうなるんだ。
そう言おうとした俺に向けて、ザルスがそのナイフを全力で投げつけて来た。
「うわっ!?」
そのナイフをギリギリ横に避けて回避した……筈だったが。
「ってえ!?」
どうやら距離感を誤ったらしく、俺の左肩をナイフが掠めて行った。
その痛みを堪えつつ立ち上がる俺に向かって、ザルスは思いっ切り前蹴りを繰り出して俺の腹を蹴っ飛ばして来た。
「ぐほっ!?」
「ふふふ、君が素直にならないからこうなるんだよ?」
そう言いつつ自分の投げたナイフを拾い上げて俺にのし掛かって来るザルスだが、その隙に俺は右手に大き目の石を掴んで全力でザルスの左側頭部目掛けてぶつける。
「ぐあっ!?」
「くっそ、こんな所で死んでたまるかよ!!」
ザルスの凶刃から逃れた俺は、奴が悶絶している隙に一気にヴィッツまで走って運転席に飛び込んだ。
「なっ、くそ、待てえええっ!!」
自分の性癖をバラされる訳にいかないザルスも、痛む頭を押さえつつ自分のプジョー206に乗り込んで俺を追い掛けて来る。
(こうなったら何が何でも逃げ切るしかねえ!!)
捕まったら今度こそ殺されてしまうのは目に見えているので、俺は床が抜けそうになる勢いでアクセルを踏み込んだ。
しかし、その右足もすぐにブレーキペダルを踏まざるを得なくなってしまう。
夕暮れ時のヤビツ峠は非常に視界が悪い上に、この狭い道幅ではロクにアクセルを踏めない。
その代わりハンドル操作がかなり忙しくなるので、俺は備え付けのカーナビをチラチラチェックしながら右に左にハンドルを回して、後ろから追い掛けて来るプジョーを振り切ろうと必死になる。
どうやらプジョーは派手なエアロパーツの見た目に負けない位のチューニングが施されているらしく、すぐに俺のヴィッツのテールにピタリとくっついて来た。
「ほらほらあ、車のお尻も突っついちゃうよ!?」
ゴツンと音がして、ザルスがバンパープッシュを仕掛けて来る。
碓氷峠でおカマを掘られたばっかりなのに、また傷が増えてしまうと更に修理代がかさんでしまう。
しかし、命あっての物種だからこそ俺はそんな事よりも今はとにかく逃げる事で頭が一杯だ。
(くっそ……あの野郎は一体何を考えているんだよ。ナイフで襲い掛かって来るなんて絶対に異常だぜ!!)
何にせよ危険人物であるのは間違い無いので、俺は後ろからのバンパープッシュに気を配りつつ、迫り来るヤビツ峠のコーナーを確実に攻略していく。
軽くてコンパクトなボディを活かした小回りの利きやすさを武器に、コース幅をギリギリまで使ったライン取りでを心掛ける。
FF車なので突っ込み過ぎからのアンダーステアに注意しながら、フロントタイヤに荷重を乗せた確実なグリップ走行。
ギアは時折一速に入ったり三速に入ったりするが、大体は二速固定で十分なのでその分ステアリング操作とペダル操作に集中。
これでもエンジンやボディにはかなりの金を掛けてパワーアップと軽量化を施しているので、その効果が次第に後ろのプジョーを引き離し始めた。




