31(最終話).新天地へ
「まずい、何としても麓に着くまでにあのベンツの前に出るんだ!!」
「え……何で?」
「奴は恐らく、麓で私達の事を待ち伏せするつもりだろう。椿ラインの道はなかなか狭いから、あの大柄なベンツで道を塞がれてしまえば私達に逃げ場は無くなる。そうなると後ろの連中に挟み撃ちにされて終わりだぞ!!」
「くっ……そんな事させてたまっかよ!!」
エルトルは一旦銃撃をストップし、増援を呼んでくれると言うので俺はエイアルのS55を必死で追い掛けつつ、後ろから追って来る八台からも逃げなければならない。
しかも椿ラインの路面に合っているのか、前を行くS55が異常に速いのだ。
(追っても追っても追い付かない……まるで追った分だけ逃げて行ってるみたいだぜ!!)
それでもカーブは余り得意では無いのか、下るにつれて徐々に差が詰まって行く。
そして、麓に近づくに従ってS55の動きがかなり怪しくなって来た。
それを隣で見ていたエルトルが呟く。
「前のベンツ、恐らくタイヤがもうダメだな」
「え?」
「あれだけ重い車であんなに飛ばせば、タイヤが悲鳴をあげるに決まってる。少し車間空けておきなよ!!」
冷静にアドバイスをするエルトルと運転に集中する俺の目の前で、明らかにオーバースピードで中央分離帯のあるカーブに突っ込んで行くエイアルのS55が見えた。
派手なスキール音を上げて、ギリギリで中央分離帯を回避したエイアルだったが、そのイン側を俺のヴィッツが易々と駆け抜けた。
◇
「今だ、捕まえろおおおっ! !」
麓で待ち構えていた増援の警官隊に、ルーガウスを始めとする俺の敵達が次々に捕まって行く。
かなり大騒ぎになっているその光景を、俺は何処か他人事の様な感覚でボーッと見ているしか出来なかった。
そんな俺の肩にポンとエルトルの手が置かれて声が掛けられる。
「お陰であの連中を一網打尽に出来た。礼を言うよ」
「いや、俺は別に何もしてねえよ」
「何を言う。今回の件で色々とあのルーガウス達と裏社会の繋がりも掴めそうだからな。私達はなかなかあいつ等が尻尾を出さなくて困っていた……あいてっ!!」
「え、相手?」
いきなり顔を歪めたエルトルに違和感を覚えた俺は、パトランプの赤い光に照らされたこの男の左腕を見てビックリした。
「お、おいあんたそれ……さっき撃たれたのか!?」
「心配無い……こんなのかすり傷だ」
「そんな訳あるかよ!!」
パトカー達は既に俺を追って来ていた奴等を乗せて全車満員なので、強がるエルトルを半ば強引に俺のヴィッツに乗せて彼の指定した病院へと向かう。
「大丈夫かよ……もうすぐで病院に着くからな!!」
車内にあったタオルで縛って止血したものの、病院に急がなければならないのは変わらない。
その運転で街中をかっ飛ばす俺に、エルトルが気になる事を言い出した。
「病院に着いたらカイザム君に伝えたい事があるんだ……」
「えっ?」
「凄く大事な事なんだ。君の未来を左右するかも知れない話をしたいんだよ。その為にもまずは病院へ急いでくれ……」
何だそれは……と俺はモヤモヤした気持ちを抱えつつも、とにかく指定の病院へと急いだ。
◇
「おっし、着いたぞ!!」
病院に着いた俺はエルトルが治療を終えるまでずっと待っていた。
三度も俺の命を救ってくれた相手を放って帰れないからな。
「終わったよ……世話を掛けたね」
治療と言ってもそこまで大掛かりなものでは無かったので、病院内部でならあの連中の残党に襲われる可能性が低くなる安全性の面を考えたのと、睡眠を兼ねつつずっと待っていた俺の目の前に、左の上腕二頭筋の部分に包帯を巻いたエルトルが姿を見せた。
「いや全然。それよりも……怪我は?」
「見ての通りだ。だが銃弾は既に取り出したからもう大丈夫」
そう言いつつ一息吐いたエルトルは、顔つきを変えて俺の目を見る。
「それで、君の車の中で言っていた事なんだが……これから高校卒業の資格を取って、普通の生活を送れる様にならないか?」
「お、俺が……?」
こんな自分に普通の生活が送れるのか……と漠然と思っている俺だが、エルトルの真っ直ぐな瞳を見て俺は決意した。
「分かった……俺ももう、この生活からは抜け出す時が来たのかも知れないな……」
「そうか。なら話は決まったね」
そう言いながら右手を差し出して来たエルトルに対し、俺も反射的にギュッとその手を握って握手をした……その瞬間。
ガチャッ、と。
「……えっ?」
俺の右手首に金属の冷たい感触。
それは紛れも無く、黒光りする手錠そのものであった。
状況が飲み込めずに混乱している俺の左手首にもう一つの輪を掛け、キツく締めるエルトルは真顔でこう言ったのだ。
「まあ、その前にカイザム君にも色々と犯罪の実績があるみたいだから、しばらくは牢屋の中で反省して貰わないとね」
(そうだ……今までのバタバタですっかり忘れてたけど、ルーガウス達の前で聞いた情報によるとこいつは警官だったんだっけ!?)
エルトルはこの病院に着いて治療を受ける時に、事前に応援の警官を呼ぶ様に医師達に伝えていたらしく、逃げようと思っても全部で五人の警官に囲まれてはなす術も無く逮捕されてしまった。
◇
その後、俺は深夜の暴走行為のみならず車の窃盗やその他の犯罪に関わった罪で、懲役三年の実刑判決を受けた。
エルトルは「高卒認定を取って出所したら、真っ当な就職先の面倒も私が見るから」と言っていたので、どうやら就職に困る事は無いらしい。
だから今、刑務所の中で刑に服しながら高校卒業の資格を取るべく、俺は勉強の毎日を送っている。
尻と命を狙われる男の物語 完




