19.辿り着いた場所
いきなりの提案に呆気に取られる俺に対して、エルトルは組んだ手をそのままに続ける。
「何事も経験と言うだろう。サーキットを走る事によって今までとは違う経験が積めるかも知れない。明日は走行会があるから、講習を受けてから参加してみよう」
何だか有無を言わさない口調でエルトルに押し切られた形になった俺だが、たまには良いかも知れない。
あの連中も、まさか俺が東京を通り越して茨城までやって来たなんて思わないだろうからなぁ。
と言う訳で、サーキットの近くで俺はエルトルのE320ワゴンの横にヴィッツを並べて寝る事にする。
こいつがもしかしたらあいつ等の手先かも知れない、との考えは捨てていないので最初はその危機感で眠れそうに無かったが、関東から関西まで往復した事と危うく殺されかけた事の疲れで、割と早めに眠りに落ちていった。
◇
コンコン、と。
「おい、起きろ。走りに行くぞ」
前日のデジャヴを感じつつ、俺はエルトルに運転席の窓を叩かれて起こされた。
その声に目を覚ました俺はすっかり日が昇っている事に気が付きつつ、エルトルと共に筑波サーキットの中へと向かう。
「サーキットはギャラリーとしては何回か来てるけど、走るのは初めてだな」
「ルールの説明も講習会でしてくれるから安心してくれ。私は君が講習を受けている間に車のセットアップを済ませておくから、講習が終わったら私に声を掛けてくれ」
サーキットのルールはそれなりにゼイオスさんから聞いているものの、いざこうして走るとなるとなかなか緊張するもんだと実感している俺。
成り行きでこうなったとは言え、今だけは初めてのサーキットを楽しもうと決意する。
「あー、座学なんて中学の時以来だぜ」
サーキットを初めて走る上で受ける講習を終え、俺は座学に懐かしさを覚えつつエルトルの元に向かった。
「終わったみたいだな。それじゃ私が先導するから、一緒に走ってみようか」
「分かった」
そもそもリアがこんなベコベコに凹んだ状態の車で走って良いのかどうか疑問だったが、周りの参加者の車を見てみるとフロントバンパーの一部が欠けている車もあるし、ボンネットをくの字に曲がった状態から修正した車もあるし、とりあえず大丈夫らしい。
(考えてみれば……スポーツ走行に不利って言われているワゴンでサーキット走ってんのか、あのエルトルってのは?)
それが事実だとしたらワゴンで良くやるよなーと妙に感心しつつ、そのシルバーのE320ワゴンの後に続いて俺もコースイン。
かなり長い歴史を持っているサーキットとして有名なこのコースだが、コースの規模としては小さい部類に入る。
ここの一周のラップタイムが一分を切れればかなり速い車とドライビングテクニックがあると認められるが、俺の場合は車もテクニックも遠く及ばない。
一方のあのE320ワゴンはどれだけのパワーがあるのかは分からないが、メルセデスベンツは街乗りの大衆コンパクトカーから世界に誇るスーパーカーまで様々なモデルを世に送り出している為、パワーのあるモデルなのかも知れない……と心の何処かで考えていた。
(んー、それなりにパワーはあるみたいだな)
やっぱりベンツの中でもパワーがあるモデルらしく、直線では少しずつ差が開いて行く。
しかしカーブに入るとその重いワゴンボディが足を引っ張る形になるので、ブレーキングとコーナリングで差を詰める事が出来る。
(昔はボルボのワゴンがイギリスのレースに出ていた事もあったし、日本でもインプレッサのワゴンが昔のレースに出ていたから、ワゴンだからって舐めて掛かると振り切られちまいそうだぜ!!)
気を入れ直して、俺は先導するエルトルのE320ワゴンのテールランプを見据える。
お互いに本気でレースしている訳では無く、あくまで俺がサーキットに慣れる為の先導走行をしてくれているのだが、気を抜くと他の車に道を塞がれてしまって置いて行かれそうになる。
エルトルはその度に減速して待ってくれるのだが、俺は俺でついて行くのが精一杯であった。
◇
「……どうだった、サーキットは?」
5周程で走行時間が一旦終了し、また30分後に走行時間が回って来るので俺とエルトルはピットに入っていた。
「同じ場所をグルグル回るだけだから最初はつまんねーもんかと思ってたけど、意外と面白いもんだな。アドレナリンが出るってーの?」
「そうだろうそうだろう。私も最初は君と同じ様な気持ちだったよ。君の走りをバックミラーでずっと見ていたけど、その整備工場の人から運転を習っていたって言うだけあってそれなりに基本は出来ているね。だったら次の走行時間の時には私と腕試しをしてみないか?」
「はい?」
おいおい待て待て、いきなりそれは話が飛び過ぎなんじゃ無いか?
「ちょ、ちょっと待て……俺はサーキットのルールやマナーを今日教わったばかりなんだけど」
「大丈夫だ。速い車が来たら道を開ければ良い。遅い車が居たら安全にかわせば良い。一般道で走るのとスピード領域が違うだけでやる事は同じさ。それに今日は平日だし朝だからあんまり他の車も走っていなかっただろう?」




