1.夜明け前の修羅場
「ふー、最近はケツの穴ばっかり狙われる!」
俺はそう言いながら、愛車のヴィッツRSターボに乗り込んで今日も家路に着く。
えっ、俺が誰かって?
俺はカイザム・デュラン・サールス。自分の身体を売って暮らしている健気な男の子さ!!
年齢はピチピチの20歳。学校には行ってねえ。そもそも両親が17の時に交通事故で死んじまってから、高校も中退して身体を売ることにしたんだ。
勉強も運動も全然駄目な俺には、これくらいしか金を稼ぐ道が思いつかなかったからな。
小学校からずっと女にまでナメられてイジメられた反動で、俺は男にしか興味が無い身体になっちまった。
それに、俺みたいなひ弱で生白いヤツを好む男は大勢居るんだけど……最近はケツの穴がブームなのか指名客がそこばかり狙って来やがる。
お陰でこのバケットシートに座布団が欠かせねえ。この歳で痔に悩まされるとは思ってもみなかったぜ。
そんな痛む尻を抑えつつ、今日の売り上げ35万円を手にして長野県から都内へと戻るべく、俺はヴィッツのアクセルを踏み込んだ。
俺は基本的に東京都内と千葉、埼玉、神奈川のエリアでしか行動しないんだが、今日の客は俺が身体を売り始めた当初からずっと俺を指名してくれている上客が長野に居て、呼び出しを受けて出張サービスして来たのさ。
だからこうして碓氷峠を通って群馬を通り抜けて帰ろうとしていた俺のヴィッツを、誰かが後ろから煽って来るもんだから面倒臭いったらありゃしねえ。
(何だよ……こっちは現場からの直帰で疲れてるってのに。地元の走り屋かあ?)
時刻は既に午前3時半になろうとしているので、走り屋達もそろそろ帰る頃だろう。
なのにまだこうして走っている奴が居て、俺を煽って来るなんてついてない。
(どーすっかなぁ……ハザード出して譲るか、それとも振り切るか……)
しかし、今のご時世はこうして煽り運転をかまして来た奴がとんでもない荒くれ者だったって事件が多発しているのを思い出した俺は、疲れている身体に鞭打って走り屋らしき後ろの車を振り切る事に決めた。
(これでも、客の一人から運転を教わっているんだから舐めて貰っちゃ困るぜ!!)
俺はヴィッツのギアをシフトダウンして、一気に真っ暗な碓氷峠を加速し始める。
何回か通っている道とは言え、普通に走るだけでもハンドル操作が忙しい事で有名なこの峠は、100を軽く超えるタイトコーナーが連続する。
ヴィッツは小回りが利くので、こうした峠道にはピッタリ合っている車だが……後ろの車もそれなりについて来る。
(こうなったらもっとペースを上げて、完全に振り切ってやる!!)
ペースを上げて走ればそれだけ早く帰る事が出来るんだし、こうしてアクセルを踏み込んで走るのは嫌いではないので、俺は碓氷峠のつづら折りのカーブを右に左にハンドルを切って駆け抜ける。
路面が荒れている区間も多い為、急にスリップする事になったらガケに張り付くか谷底に真っ逆さまだ。
そして後ろの車はなかなか離れてくれない。
(くっそー……後ろの車は何なんだよ、これだけのペースについて来るなんてタダモンじゃねえな)
俺はバックミラーを見つつ舌打ちする。暗くて車種までは良く分からないが、こうやって尻にピッタリ張り付かれるのは仕事の時だけで十分だ。
だが、そんな俺の身体に突然衝撃が襲い掛かって来た。
「うおっ!?」
ゴツンと言う音で分かったのだが、このヴィッツのケツを後ろの車が思いっ切りバンパープッシュして来たのだ。
(くっそ、そこまでやんのかよ!?)
わざとでは無いのかも知れないが、そこまでやられたら余計に譲る気にはなれない。
俺は最大までペースを上げ、全力で振り切りに掛かる。
シフトダウン、ターンイン、そしてコーナーを立ち上がってアクセル全開。
碓氷峠の狭いコース幅を、対向車の存在に気を付けつつギリギリまで目一杯使ってこれ以上は無いだろうと言う走りを見せれば、段々と後ろの車が離れ始めた。
(ありゃりゃ、フラフラして危なっかしい状態になってるね……)
しかし、こっちだってバンパープッシュされているだけあって別に止まろうとは思わないので、ここは一気に振り切って戦意喪失させる事にした。
その謎の車は俺の渾身の走りにリズムを完全に失って、最後にはバックミラーの中でスピンして止まっていた。
そこでやっと、何とか後ろの車の正体が何だったのかが分かった。
(AE111だったのか……トレノかレビンかまでは分からないけど、なかなか速い相手だったな)
まあ、俺の方が速かった訳だが。
◇
そんなスピンしてカイザムを逃がしてしまった青いAE111……カローラレビンのドライバーは、そのまま止まらずに走り去って行くカイザムのヴィッツをバックミラーで見ながら大きく舌打ちをした。
(くそっ、あいつが次のターゲットだったってのによぉ……こんなんじゃボスに何されっか分からねえ!!)
AE111のドライバーは、心の中でそう悪態をついてから自分のスマートフォンを取り出して、何処かへと電話を掛け始めた。
「ボス、俺だ。すまねえ……奴を取り逃がしちまった!!」
そう口に出した瞬間、電話越しにも空気が変わったのをAE111のドライバーは感じ取る事が出来た。
『何だと?』
「す、すまねえ……次は必ずブチ殺してやる!!」
耳にボスの溜め息が聞こえて来たのを聞いてあたふたする彼だが、ボスは冷静な口調で一言だけ呟いた。
『私を失望させるんじゃないぞ』
そこで電話が切られ、AE111のドライバーはギリリと音がする程スマートフォンを握り締めていた。




