14.心当たり無し
「う、うわああああああーーーっ!!」
行き場を失ったフレイザーのGTAはそのまま前から壁に向かって突っ込み、約四十キロでぶつかって止まった。
俺はその光景をバックミラー越しに見つつ、さっさと表六甲の峠道を下り終わって神戸市内へと車を走らせる。
「くっそ……車修理したばっかりだってのに、またボコボコじゃねえかよ!!」
悪態をつきつつヴィッツを走らせて、そのまま高速道路を通って帰ろうかと思ったのだが、なかなか上手くは行きそうに無かった。
何故なら俺のヴィッツを逃がしてしまったフレイザーが、GTAの中からとある人物に電話を掛けていたからだ。
「もしもしリーキー、俺だ。すまねえ、あいつを逃がしちまった!!」
『何だと?』
リーキーと呼ばれた電話の向こうの相手は、まさかの報告にも冷静な口調で答える。
『その男は何処に向かった?』
「分からねえけど、多分神戸市内から大阪方面に向けて走る筈だ。俺の車はクラッシュしちまったから、すまねえけど後は頼んだぜリーキー!!」
『お、おい……』
そんな会話がされているとは勿論知る筈も無い俺は、神戸市内を抜けて大阪市内へと向かって車を走らせるルートを画策する。
だがここまでずーっと運転し続けて来た上に、フレイザーに殺されかけた俺の疲労はピークに達していた。
(くっそ……早く東京まで帰りたいのに眠すぎるぞ!!)
せっかく命からがら逃げ出したのに、帰り道で居眠り運転が原因で死んだなんて馬鹿な結末だけは避けたいしな。
日も暮れて夜になった事もあり、俺は人目につかない場所で夜を明かす事にした。
ぐっすり眠りたいのならビジネスホテルにでも駈け込めば良いのだろうが、こんなボコボコの車でホテルに入ったら嫌でも目に付くし、あのフレイザーがここまで追い掛けて来ないとも限らないのでリスクが低い方を選んだのだ。
と言う訳でコンビニで買った弁当とお茶を広げつつ、俺は今までの出来事を回想する。
(何が一体どうなってんだよ、ここ最近の俺の周りは……)
今まではこんな事は無かったのに、急にトラブルに連続して巻き込まれているここ最近の状況はやっぱりおかしい。
六甲で襲い掛かって来たあのフレイザーの口振りからすると、エイアルさんまで俺の命を狙って行動している事になる。
つまり、俺の周りは敵ばかりと言う訳だ。
(だけど、俺にはこんなに多くの連中に一度に命を狙われる理由が思い当たらねえぞ?)
弁当の煮物を口に運びつつ今までの事を思い返してみるが、裏の世界とも繋がりがある以上は大なり小なり怨みを買う事もある。
しかし、ここまで殺されかけたのは初めてだ。
しかもエイアルさんとはまだ知り合って日も浅い上、あの人に恨みを買われる様な事をした覚えも無いので頭の中は「?」マークだらけである。
(くっそ、考えてもさっぱり分からねえや。一先ず寝て起きて東京に向かいつつまた考えてみっか)
疲れた頭と身体で色々と考えても答えは出そうに無いので、俺は弁当を食い終わってすぐに眠る事にした。
◇
コンコン、と。
「……んあ?」
誰かが俺のヴィッツの窓を叩く音で目が覚めた。
「ここどいてくれませんかねえ。これからトラック入るんで」
「あ、あー……すんません、今どきますから」
窓を叩いていたのはどうやら港の関係者の人らしい。
それもその筈、ここは大阪港の港湾区域であり人目につきにくい出入り口付近なのだ。
外を見てみると既に日が昇っており、俺はヴィッツを移動させながら眠気が覚めている事を確認する。
(うー……やっぱり車の中じゃグッスリは眠れねえけど、それだけ眠気は無くなったから良かったぜ。それじゃまずは朝飯をどっかで買って、それから東京に向かうとすっか)
考えてみればここは港なので、もしかしたら新鮮な魚介類の直売所か何かがあるかも知れない。
そう考えた俺はまず朝飯の調達に向かう事にしたのだが、朝っぱらからトラブルに巻き込まれる展開になるのはこの後すぐだった。
「お、あったあった」
東京の築地と同じ様に、大阪港の近辺にも色々とメシ屋があったのでその内の一軒に入る。
新鮮な魚介類を使った海鮮丼を注文して、出勤前のサラリーマンや港湾関係者、トラッカー等で少し混み気味の店内のカウンター席で海鮮丼を待っていると、俺の隣の席にスッと誰かが座って来た。
普段だったらそんな事を別に気にもしないのだが、最近立て続けに色々な事があったせいか、何気無くその座って来た人間の方を向いてみる。
「日替わり焼き魚定食一つ」
低めの声でそう注文したのは、長い金髪を後ろで束ねている碧眼の若い男だった。
世の中には本当に色々な人間が居るもんだ、と青いジャンパーを羽織っている男を横目で一瞥してから、俺はヴィッツをまた直す為の修理費を稼がなきゃいけないよなあ……と溜め息をついた。
するとその時、不意に男の方から聞こえて来た一言に俺は耳を傾ける。
「外の凄い車、兄ちゃんのか?」
「ああ、そうだが」
「あの車ちょっと動かして欲しいんや。あれじゃ車が入れへんからな」
「すまない、今すぐに」
客の一人からの要望に口数少なく答えた男は、荷物を置きっ放しでそのまま出て行く。
その残された荷物に俺はふと目をやったのだが、その瞬間見てはいけないものを見てしまった。




