第3"啝" 部屋共"幽"➊
私は、ここで殺されたの。
「そうか、ワシは風呂が広いこの部屋が気に入ったから住まわせてもらうぞ。とりあえず、とっとと、成仏してくれんかのう」
褐色の大男の"オッサン"が頑丈そうな歯を見せ、ニッと笑って、言いたい事だけ言って―――幽霊の私をすり抜けて行った。
って、まちなさいよ?!。
私、"幽霊"だって言ってんでしょうが!。怖がりなさいよ!。
「すまんのう、うるさい婦女子には、妹を筆頭に慣れておるんでのう」
ズカズカと裸足で、フローリングを進んで行く、褐色の大男のに、私は幽霊ながらに呆れた。
後ろを振り返ったなら、契約する時に、1度だけあった背の高い垂れ目な男が、スリッパを履いて褐色の大男の後ろを慌てながら付いて行く。
何よ、私が殺されたこの場所を、この大男に貸そうって話になってるわけ?!。
「ヒャハ……。お義兄さん、やっぱり見えますか?」
長い身体の胸元に、私も借りるときにもみた、様々な書類を抱えていて、部屋をキョロキョロとして、私がいるにのに"ガン無視"。ムカつく。
そりゃ、私が殺されてから、警察の捜査みたいなのが片付いてから、部屋の内装を新品にして、一応"理由あり"―――俗にいう"曰く憑き"になってから、それでも住みたいって馬鹿を尽く邪魔したけどさ!。
「一応、義弟も―――、諸越も生活かかってるから、やめてやらんか。
お前の無念もわからんでもないがのう」
「お義兄さん、何と話していらっしゃるんですか?!」
ちょっと、諸越不動産、うっさい。
でも、オッサンは面倒見がいいのか、振り返ってわざわざ不動産屋に説明を始めていた。
「ああ、妹より美人で、ショートヘアーの口許に黒子がある、やかましそうなのが、一駅先の学校の制服きて、何やら色々と騒いでおるわい」
この部屋で殺されていた時の私の姿を、はっきりと言う。
「ヒャハー、やっぱり、お義兄さん、"視えて"いるんですねえ」
不動産屋―――なんか、このオッサンのこと"オニイサン"とか読んでいたから、兄弟?。
でも、似ても似つかないわよ、あんた達。
「さっき、妹がいると言っただろう。諸越は、ワシの妹の旦那だ」
ああ、成程、そういうことね。
でも、図体デカイところは似ているから、もしかしたら、もしかすると思ったわけよ。
「やれやれ、"兄弟に見えない"、けれど"万が一には兄弟かもしれない"。
そうやって、自分の考えていたことが少しでも、外れるの嫌だなんて、お前さん、実は"負けず嫌い"で、見栄っ張りじゃのう」
あら、モデルなんて負けず嫌いで、強気でないとやっていけないわよ。
モデル仲間なんてみーんな、"友達よね"とかいいながら、ライバルみたいなもんなんだから。
どっかで、気に入らない相手が出来たなら、どうやって相手を叩き落とすかどうかばかり考えてるんだから。
後ね、モデルはまず見栄が良くないとやっていけないの。
そう返事したなら、少しだけ鋭い眼差しで、大男は私を見詰める。
こんな鋭い眼を見たのは、私がここで"殺されて"しまって、捜査にやって来た警察の刑事以来。
正直、こうやって見られる事はとてもビビる。
「あー、警察と一緒にしてくれるな。ワシは教師だ」
あら、聞こえてたの?。
そう言うと、オッサンは私でも名前の知っている、出来て年数は20年位しかたってない、中高一貫の学校の名前を話してくれた。
「で、名前は蔵元という。これから、よろしく頼むぞ」
仕方ないわね―――ん?。
そう言ったなら、オッサンは諸越不動産の方に振り返り、親指で私の方を示しながら頑丈そうな口を開いた。
「諸越、"幽霊"から、部屋を共有する許可とったから。取り敢えず"曰く憑き"物件の家賃で暫く頼むのぅ。
敷金礼金は要らんで、中は傷つけない様に極力気を付けるから、妹の説得頼むぞ」
ちょっと?!そりゃ"仕方ないわね"って返事しちゃったけれどさ?!。
てか、何でいつの間にかそんな流れになっちゃうの!?。
「諦めろ、男らしくないないぞ」
っていうか、女です!。
オッサン、それにあんたさっき"妹より美人"って言ったんだから、私の事を女って認識はしているんでしょうが!?。
「何じゃ、単細胞だと思ったが、何気に理屈屋じゃのう」
何?!今、結構酷いことを言ったわね!。
教師がそんな、単細胞とか貶し言葉を制服来ている女子に向かって言っても良いとでも思ってんの?!。
「悪いな、ワシは今は休日で、お前さんの担任教師では無いんでのぅ」
「ヒャハ……、お義兄さん、相変わらずですねえ。
それでは、こちら、お願いします。部屋は住んで貰わないと、直ぐに傷むんで、助かります」
契約の諸々の書類が入っている大きな封筒を、義兄に渡す。
義弟として、付き合いはまだ本当に日は浅い。
ただその前に、恋人の"怖い兄貴"としては長い年数を存じ上げている。
義兄は大っぴらにならないよう気を付けていたが、それでも様々な逸話を持っている。
だから、これもその内、その1つになるんだろうか、と不動産屋は舌を巻くような気持ちで、その光景を眺めていた。
基本的に面倒見の良い、人当たりの良い"好漢"なのだが、敵に回したら本当に容赦がない。
彼の妹を、恋人から奥さんにする為に、頑張った過去を持つ不動産屋、諸越。
"我ながらよくやった"と、思いながら、恐らく"幽霊"と会話している僅かに、自分より背の高い義兄を見つめていた。
その諸越の真横で、霊感が皆無な不動産屋の為に、女子高生の幽霊が、
"絶対に追い出してやるんだから!"
と息巻いている様子は、勿論見えない、聞こえてもいない。
蔵元が、幽霊が余りにも激しく文句を飛ばしすぎて、"ゼエゼエ"と息継ぎをしているという、珍しい光景を視ながら、その横にいる義弟に、最終的な確認の形で声をかけた。
「独り身には広すぎる物件のマンションだが、どうせ直ぐに2人になるからのう。
とは、言ってもガキと2人で寝室を別にしても、部屋は余るのう」
ガキという声に私は幽霊だっていうのに、純粋に驚いたという感情が胸に思い切り満ちる。
それに《共鳴》するみたいに、部屋の中の空気が"波"みたいなってに揺れて、それは人にも体感出来る程。
これには、私が今まで散々イタズラしてやっても、無反応だった不動産屋も、実際に揺れた感じ受けたみたいて、激しく瞬きをしていた。
流石に、垂れ目の瞳を不穏そうにオッサンに向ける。
「ふむ、ワシ1人でないと言う事に、何にそんなに反応したかわからんが、驚いた様子じゃのう」
今は不動産屋の横にいる私を、観察するような眼でオッサンは見つめる。
「今までは、どんな奴等がこの"曰く憑き"を借りていったんじゃ?」
「ヒャハ?!それは、これは"ファミリー向け"物件だったので、それはご家族の方が多かったですねえ。
まあ、"安くて広い"に飛び付きますから大雑把というか、豪胆に思える方が多かったんですが」
ちょーっと、私が本気を出したら皆ビビって出ていったわよ!。
私が不動産屋の後を繋げる様に言ったなら、オッサンは呆れた様に、大きく溜め息を吐いた。
「やれやれ、日頃豪胆でも、そう言った事には弱かったって事かのぅ」
そうね、私が機嫌が悪くなった時には盛大にイタズラしてやったわ!。
自慢気に言ったら、オッサンは呆れた様にまた溜め息をついた。
でも、私とオッサンがそう言ったやり取りをしている横で、不動産屋が垂れ目の瞳を少しばかり鋭くしたように見えたのは、気のせいかしら?。
この不動産屋、腰が低いようでいて侮れない雰囲気なのは、ここを借りる時から"殺される"前からあったのよね。
でも、あの頃の私は雰囲気以上の物を感じとる事は出来なかった。
ていうか、私は私で色々あって"こんな感じ"なっちゃってるし。
不動産屋の事どころじゃなかったのよね。
「それなら、とっとと成仏したらどうだ?。お前さん、割りきりが強いタイプみたいだから、別にこの垂れ目男の事に拘らんでも良かろう?」
今度は私に向けていた親指を、不動産屋に向けたら、長い図体が目に見えて怯えている。
「ヒャハ?!何か私の事を言っているんですか?!。お義兄さん!」
別に拘っちゃないわよ。
ただ、垂れ目だけど、髪は両サイドに刈込いれてて、黙っていたらそれなりに"イケて"るのに、腰が低すぎて残念な感じがするだけ。
あと、死ぬ前に知っときたかったのは、"ヒャハ"って笑い方はどっからきたのよ。
「ああ、それについては元々は、弱腰のヒョロっとした"お坊っちゃん"だったのを、ワシの妹が鍛えたんだよ。
いや、鍛えたというよりは、自分好みにしたってとこかのう」
オッサンの義弟だという不動産屋の髪型も服のセンスも、どうやら見事に妹の趣味が反映されているのを、改めて感じながら私に説明してくれた。
じゃあ、"ヒャハ"っていうのも、オッサンの妹さんの趣味って事なの?。
その不動産屋は、オッサンが自分の横―――自分には"視えない"私相手に話している事に、口を固く結んでしまっていた。
「いや、それはワシもよくわからんのだ。まあ、別に生活に支障が出るわけでないから、ほっといてやれ」
私としては、そう言うの聞くと、拘っちゃうわけよねー。
「何か、その根性の曲がり具合はワシの親友を思いだすのぅ」
「ヒャハ!、それじゃあ、お義兄さん、契約もきまりましたし。
"奥さん"が夕ご飯を用意をしているらしいから、食べていってください」
不動産屋が堪えきれなくなって、オッサンに引き上げる事を提案した。