最安の賞金首は青春ドラマが好きだった
八谷ソウスケ、つまり、俺は、麗らかな春の日差しを浴びながら、新しい学校生活に胸を弾ませて、庭先高校入学式への道を急いでいた。そして、頭の中は愉快な思考で埋め尽くされていたのだ。それというのも、いよいよ、夢にまで見た高校生活が始まるからだ!!
不遇の中学生時代を過ごしてきたが、高校こそは青春を満喫したい、いや、必ずするのだ。そして、そのための努力を俺は惜しまなかった。
俺は高校生活の予習はばっちりだ、しっかりとその手の高校生が主人公の漫画やアニメを見つくした。スポーツに打ち込む毎日でライバルと切磋琢磨するのもよいだろう、バスケがしたいです的なね、或いは、すれ違う心から突如始まる恋心も高校生活にはつきものさ、或いは、奇天烈な部活で巻き起こる一大騒動も捨てがたい、或いは、楽器を弾いたりしながら毎日を幸せに生きる日常系なんてのも悪くない、そうそして、俺は凡そ、そのどんな状況も適切に対処し、青春を謳歌する準備はばっちりなのだ。どんと来い!! 下調べは完璧、庭先高校は普通の高校で不良が跳梁跋扈することも無い、偏差値は低すぎず、高すぎない。そう、俺の幸せな高校生活は約束されたのだ!!
そして、俺はその約束された高校生活を遂行しつつある。どんなことも、最初が肝心、初日が肝心、今日は始業式、当たり前だ、そして、俺は庭先高校に九時四五分に着かなければいけないところを、余裕を見て九時一五分頃に着くように家を出た。完璧だ、これは出だし完璧になりそう、凄いぞ、俺!!
道行くもの全てが、まるで自分を祝福しているように感じる。素晴らしい。アスファルトを分けて盛り上がる雑草の青々しさ、そこらのふっつーの風景の一つ一つが輝いているぜ。
ほらな、今日は信号機もやたら俺が通るときは青だ、開かずの踏み切りなんて言われてる踏み切りも俺をすんなりと通してくれる。いやあ、幸先が良い。
道行くサラリーマンも、俺のことを祝福してるんじゃないのか? 歩き方がなんだかいつもと違って陽気そうだ。
ガラの悪いオジサンも今日は何だかハッスルしているようだ。路地裏に嫌がる女の子を連れ込もうとしている。いやあ、朝から皆幸せそうだねって、おいマテコレ。
俺は、まだ中身の入ってないボストンバッグを肩に掛けて、二人が消えていった路地裏に歩いて行く。
早速、面倒事か、と思いつつも軽い足取りで俺は路地裏へと向かう。今日は気分が良いからな。自分の右の拳を左手に軽く打ち付ける。しかし、武道をやめてすぐこれか、ま、いいけどさ。
中学までは、親のスパルタ修行で何度も死にかけた、それは誇張でもなんでもない。そのせいで、ろくな学校生活が送れなかったが、親と壮絶な会議を繰り返し、そのすえに修行三昧の日々に遂に終止符を打つことが出来た。高校生になってからは、修行をしなくてもよい約束を取り付けたのだ。そして、今日がその修行の終わりの始まりである。
路地裏に入り、奥へ奥へと、俺と同じ歳くらいの女子高校生を引きずり込むガラの悪いオッサンの姿を捉える。指には悪趣味な指輪がギラギラと光っている。
「オッサン、その子嫌がってるだろ、離しなよ」
俺は簡潔に言った。そのオッサンは、こちらを見ると下卑た笑みを口に浮かべて、少女の手を強く掴んだまま不敵に言い放った。
「おい、ガキ、威勢が良いな、だが、相手は良く見極めた方がいいぜ?俺に手を出すとうちの組もだまっちゃいないからな。まあガキはさっさとどっかいけ!!」
最後は脅すように叫び声を上げた。だが、その程度で引き返す俺ではない。
「オッサン、もう一度言う、その子を離せ。痛い目を見たくなかったらな」
俺の言葉が言い終わるか終らないかで、奴は懐に手を突っ込んで少女を残して近づいてきた。刃渡りが一五センチ以上の小刀を取り出して、鞘を引き抜く。おいおい気が早すぎるだろ、と俺は思うが、奴の目は本気だ、人を殺す目をしている。違法どころか、容赦が無い。だが、俺はそういう奴にはそれ相応の対応をするだけだ。あんたも相手を見極めた方がいいぜ。
狭い路地で小刀を腰の位置に構えて突進してくるオッサン。俺から見たら隙が大きすぎる。小刀を構える手に、蹴りを放つ。強く握りしめられていたが右手の甲が砕け、小刀は地面に落ちる。
「てめえっ!!」
そいつは驚いて、慌てて無事であるほうの左手で拾い直そうとしたが遅かった。俺の右手から繰り出した掌底が顔を捉え、吹き飛ばす。オッサンは数メートル奥路地に仰向けになった。脳を揺さぶったから、しばらくは起きられないだろう。
戸惑う少女を残して、俺は、何も言わずその場を後にした。そして、すがすがしい気持ちで、その路地からまた広い道に出て、自分の約束された高校生活への道をたどった。我ながら、中々いいことをした。と思う、思ってた……。
だって、そうだろ、女の子を暴漢から救ったら普通始まるのは恋の物語だろ? だから、そこから俺の望む青春高校生活が始まるんじゃないかな、とか淡い期待を抱いていた時期が俺にもありました。
そして、俺はそう、至って普通の国連立高校である計名字学園に転入することとなった。まあ、御想像の通り、良くある国連立高校で、世界に四つ類似の高校があるあの国連立高校だ。
そして、そのうちの上から四番目の計名字学園高校に通うこととなったのだ。
え? どんな高校かって、またまた冗談きついよ、知ってるだろ?全員が何らかの賞金を懸けられてる高校だよ。
……な、冗談きついよな。俺も一体どういうわけでこんな目にあわなくちゃならなくなったのかイマイチわからない、責任者出てこい!!俺の待ちわびた高校生活は何処!!
俺は今、絶海の孤島にあると言われている計名字学園高校行きの俺のためだけに追加で用意された特別便に収容されてクルーズしていた。
6LDK、狭いとは言わない。一人暮らしだったら、事足りる広さだろう。窓は無い。扉は鉄格子の枠が付いたものが一つ、当然鍵が外からかかっていて自由に開けることは出来ない。そして、鉄格子の隙間から同じような部屋がいくつも並んでいるのが見える。食事は、朝昼晩の三回運ばれる。部屋の中にはトイレも付いている。何不自由なく暮らしていることは出来る、というかこの扱いは完全に囚人のそれだ、こら、なんてこった俺の青春ドラマはいつ始まるのだ俺の予定にこんなものは断じて入っていなかった。プリズンブレイクするぞこら(錯乱)。
部屋の中には持ってきた服の替えの入った鞄以外、何もないので、三度の食事だけが楽しみで生きている。今も昼飯を今か今かと待っているのだ。刑務所の飯は「臭い飯を食う」という慣用句があるから不味いイメージなのだが、少なくともここで出される飯はうまい。
この船に乗せられるとき目隠しをされていたため正確にはわからないが、この飯のうまさと言い、この船の揺れなさといい、乗せられたのは大きな豪華客船ではないだろうか、と俺は少し疑っている。
唐突に、鉄の扉に鍵が差し込まれる音と、その後に軋んで重厚な扉の開く音が聞こえた。三人分の足音が、コンクリートの地面と革靴で小気味良い音を鳴らせる。
飯、にしては様子が変だ。ここにきて毎日飯は一人の男によって運ばれていた。三人というのは様子がおかしい。その全ての足音が俺の部屋の前で止まる。
かちゃかちゃ、と扉が開けられ、現れたのは青の制服をぴっちりときた三人の男だった。腰に警棒、おーこわい。先頭の男が口を開く。
「八谷ソウスケ、査問官がお呼びだ、大人しくついてこい」
「はあ」
選択肢はない。しょうがないからついて行くしかない。
「手を出せ」
そして、俺の両手に銀色に光る腕輪が付けられた。完全に犯罪者扱いだ。罪を犯したわけじゃないのに、と俺は少しむっとした。しかし、そいつらはそんな俺の表情の変化を少しも気にすることなんてなく俺の両脇はがっちりと二人で固められ、前の男が先導して部屋から連れ出した。
ここに来て四日程は経っていたが、出るのは初めてだったので周りを見渡しながら歩いて行く。独房が並んでいる廊下を、重そうな鉄扉を開けて出ると、そこは豪華な赤い絨毯がひかれて、所々に絵が飾られてある豪華な内装の廊下があった。俺の予想通り豪華客船だろう。
というか、手錠が結構圧迫感というか窮屈でしょうがない。まじなんだこれ、勘弁してくれよ。俺こういうのダメなんだってまじの奴でダメなんだよ。金属アレルギーとか出ちゃうんだよ、むっちゃかゆいからね、この手錠と手頸の付け根の盛り上がっているとこが擦れてて。この手錠安物の金属使ってんじゃねーか、プラチナにしてくれとは言わないけどせめて肌に優しいチタン製にしてくれろよな。ていうか何で手錠なんてされなきゃなんないんだよ!!
ぶちっ。
あ。
うっかり、力を込め過ぎて、手錠と手錠を繋ぐ鎖を引きちぎってしまった。や、やすもの使ってるほうが悪いんだからな!! ちら、と慌てて左右のおじさんを目だけで窺うが、どうやら鎖が千切れたことに気付いていないようだ。セーフ、セーフ。手首をくっつけて、さも繋がっているかのようにして取り繕う。けどこれそのうちバレるよなあ、はぁあ、つらい。
そんなこんなで、廊下をいくらか曲がって抜けると、大広間があった。御多分に漏れずシャンデリアが吹き抜けに配置されている。馬鹿でかい階段を降りて、正面の扉では無く、右の脇にある大きくはないが、黒檀か何かの貫録のある高級建材で作られたシックな扉の前に着いた。ここまでくる間、他の人間にすれ違うことはなかった。
コンコン、と先頭の男がノックをして「八谷ソウスケを連れてきました」
扉の向こうからくぐもった声で「よし入れ」と聞こえてきた。俺とその他三人は一緒にその部屋へと入った。
部屋の奥にあるデスクにむかって、忙しそうに書き物をしている手を止める。
「お前たちは下がっていいぞ、後でまた呼ぶ」
「はっ」
男達は俺を残して、さっさと後ろへ下がってこの部屋から出て行ってしまった。この部屋に入ってから俺は警戒を一段階上げた。根拠はないが、油断ならない気配をこの男に感じていた。目じりは穏やかラインを描いているが、眼光は鋭さを持っている。立場的にこの船でどうやら最も偉そうであり、だからつまりこの人にだけは手錠を千切ったことがばれてはならない。一番ことが大事になってえらい目にあいそうだ……。
「そこに座りたまえ」
とその査問官と呼ばれた男が中央にガラスの机を挟んで向かい合わせに用意されている、黒皮張りのソファーを顎で指した。
手錠の千切れたことがわからないように細心の注意を払いながら言われるままに座って、向かいにその査問官が座った。俺はさりげなく手錠が視界から外れるようになるべく手の位置を下げていった。
「一応ご家族の方にも説明はいっているはずだし、君も聞いたと思うが君はこれから計名字学園高校に転入することになっている。まあ、これから私が担当するのは事務的で形式的な説明だ、気楽に聞いてくれたまえ、もうじきあそこに着く、大変なのはそれからだ」
査問官は、俺にとって物騒なことを言った。俺は、我を忘れて慌てて質問する。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、まずわけがわからないのは計名字学園高校に何で俺が行かなきゃいけないんですか」
「はっはっは、面白いことを言うね君、わかりきっていることじゃないか?まあ、落ち着いて聞き給え、混乱しているのだろう、もう一度はじめからきちんと説明するからね。
キミが行くことになった計名字学園高校は国連立高校だ、それは知ってるね。
国連立高校とは、それはその名の通り、国際連合、国境を越えた世界的な団体によって運営される超法規的高校だ。基本的人権、ヘルスプロモーション、国際児童保護法、様々な観点から、子供たちを肉体的、精神的、社会的に良好な状態であることを保証するための特別機関だ」
まあ、そういうアバウトなイメージなら元々知っている。
「国連立高校は、全部で四つ。その中で特に有名なのが通称『人類の奇跡』とも言われる一宇高校だろう。人類の宝となる発明、発見をする研究を行う人材となりうる、一般の教育機関では追いつかない天才を集め、育成する超特殊教育研究機関」
おお。
「まあ、それはどうでも良い。それは君のこれから行くところではないからね」
じゃあ、話すなや、なんか俺、実はそっちいけるんじゃないかとちょっと期待しちゃったじゃないか。
「君の行く高校は、計名字学園高校。賞金を懸けられた少年少女たちが集められている高校だ。
どういう理屈でこの高校が運営されているかざっと説明すると、十八歳以下の人間には、国際児童保護法によって、いかなる罪を犯していても実刑を求刑することは出来ない、ということと、十八歳以下の人間はいかなる悪意ある活動からも保護されていなければならないという、基本原則によっている。
だから、ある一定以上の額を超えて賞金を懸けられた少年少女は国連が保護することになっている。もちろん、保護するかしないかには、賞金の額だけでなく他にも考慮される備考が存在するがね」
ああ、大体は知っている、小学校の教科書にでも載っているような話だ。そんなことは分かってる。きょうび知らない人間なんていないだろう。わからないのは。そこじゃない。
「はっはっ、そんな顔をするな」
俺の表情を読み取って査問官は高笑いしたが、笑いごとじゃない。
「君は賞金を掛けられている。だから、計名字学園高校に収容されて、保護されるんだよ」
いやいやいや、ちょっとまて、わからないわからないわからない、急にわからなくなった。そこ、そこだよ!!
「ちょっと待ってください、俺が何したっていうんですか!! 賞金を掛けられるようなことは何もしてませんよ!!」
査問官の目が怪しくひかり、口もとには薄い笑みが浮かぶ。
「ところがねえ、君には、どういうわけか賞金が懸かっているんだよ、心辺りはないかね? ないはずはないんだがね」
「ない!!」
「ふうむ、そうかね。さて、ちなみにだが、しばしば賞金の額の基準として判断に使われるのは、ビッグスリーだ。賞金を懸ける団体は他にもいくつもあるが、ビッグスリーと呼ばれる三団体は別格で、このうちのどれかあるいは複数に賞金を懸けられていることが犯罪者にとってステータスであったりもするわけだ」
「それがどうかしたんですか、回りくどいことはやめてさっさと本題を話してください」
と、多少、いら立ちまぎれに俺は本心をぶつけた。
「そして、君はビッグスリーのうちの一角、マフィアンコミュニティー『ゴーイングゴッズ』に賞金が懸けられているのだよ」
「はぁ!?」
「ここまで言っても何も身に覚えはないかね?」
「余計身に覚えが無くなりましたよ! ……っていや……、まさか?」
そういえば、つい最近、まともな職業ではないであろうチンピラを確かに相手にした記憶はある。俺がそのまま青春ドラマを送る予定であった庭先高校始業式の日、庭先高校のことを思い出すと胸が締め付けられるように悲しくなるが、その始業式の日、からまれている女の子を救うために、オッサンを懲らしめた。
倒す前に何か言っていたかもえーと、「うちの組が黙ってねえぞ」だったかな? いやいや、あのオッサンが実は泣く子も黙るゴーイングゴッズの構成員だったとして、それで、俺に賞金が懸けられた、とでもいうのか? それでもやっぱりにわかに信じがたいぞ。
「心当たりはあったみたいだね?」
と含み笑いを見せる査問官。
「いや、おかしい、心当たりは、そりゃ、ないわけじゃない、っすけど、絶対おかしい!! 俺に本当に賞金懸かってるんですか? ちゃんと調べてください、何かの勘違いか手違いじゃないんですか!?」
俺は必死に訴える、そりゃそうだろう。女の子を助けて、それで、俺は賞金首? まさか納得できるわけがないだろう。と思っていたら、査問官の口から思いがけない言葉が飛び出してきた。
「ああ、確かに何かの手違いだろうね」
「絶対手違いでしょう!! って……ええ? ええ、そうですよね、手違いですよね?」
思いがけなく肯定されたので、俺は出鼻をくじかれた。手違いを認められたのか? なら、もしかしたら、俺は計名字学園高校なんかに行かなくてもすむのか? しかし、再び査問官の口から思いがけない言葉が飛び出る。
「なんせ、ゴーイングゴッズが君に懸けた賞金は、たったの千五百円だ」
「え、ナンデスカソレ。中学生のひと月分のお小遣いかなんかですか……」
「はっはっは、まさしく、そうだな、はっはっは」
と査問官は豪快に笑った。ちょっと待て、笑いごとじゃないだろう。査問官は笑うのを止めて再び事務的な真面目な顔に戻る。
「ゴーイングゴッズは、通常、そんなちゃちな賞金は懸けたりはしない。それに君も実際のところ大したことはしていないのだろう?」
その通り正解だ、よくわかってるじゃないか査問官さん。俺は実際に大したことはしてない。割と、普通の人もすることだと思う。
「ゴーイングゴッズの手違いで君にうっかりそんな額の賞金を懸けてしまったのだろう。完全に手違いだ、これが一つ目の手違い」
一つ目の手違い? 頭を巡らす俺を待つことなく、すぐに続きを査問官は切り出した。
「そして、君が国際連合に保護されなければならない人間として誤って登録されたこと、これが二つ目の手違いだ。先ほども説明したように、一定以上の額の賞金を懸けられた、少年、少女が保護対象になるのだ。公表してはいないが、ここだけの話、大体その額は護国円に換算して百万円以上懸けられた者から、本格的に保護対象として考慮され始める」
「俺の賞金が千五百円だから、その六百倍くらいじゃないですか……」
「そう、だから、君が保護されるなんてことは、まあ、あり得ない話なんだがね」
な、なんてこった。手違いごときでこんな羽目に……。でも査問官も手違いだと言ってくれるなら、やはり、俺の青春ドラマ待ったなしじゃないか!?
「手違いなんですよね!! なら、僕を家に帰してください!!」
しかし、査問官はゆっくりと首を横に振って否定した。
「それはできない」
「何故ですか!! 僕が計名字学園高校に送られる理由なんて何一つないですよね!?」
納得出来ねえぞバカヤロー。
「そうだ、それでも無理だ。計名字学園高校は超法規的高校と言ったろう。一度、計名字学園高校に入学が決まったら、もう事実上君は計名字学園高校の生徒だ、その決定を覆すことは並大抵のことでは出来ない」
開いた口が塞がらなかった。希望の光が見えたと思ったらまたどん底に突き落とされた、そういう気分だった。
「そう悲観することはない。賞金首ばかりの計名字学園高校と言っても取って食われるなんてことはないさ、……多分」
多分て、おい。このオッサン俺の気分をダダ下がりにさせる名人だな、ハハハ、……はぁ。言い返す気力すら湧き上がらない。
「私からの説明は大体終了だ……、さて、じゃあ、君はこれから、健康診断を受けてもらう、本当は入学後に一斉にやるんだが、もうそれは終わってしまってね。転入生である君は、この船でやってもらうよ」
「この間、庭先高校で健康診断やったばかりなんですが……」
ああ、もうつら、つらいつらいつらい。
「悪いね、これは決まりなんだ。君にはもう一度やってもらわなければいけない。普通の学校でやるより色々精密にやるから、完全に同じことではないし意味の無いことではないから」
それだけ言うと、査問官は椅子から立ち上がり、部屋の奥のデスクへと戻って行く、が、その途中で一度だけ立ち止まり振り返った。
「あとそうそう、キミ、あんまりやんちゃなことしないように。とばっちりの罪でも重くなっちゃうから気を付けてね」
査問官のその一瞬の鋭い眼光に射抜かれて俺は一瞬茫然とした。
それと同時に、入り口の重厚なドアが開いて、青い制服を着た男達がやってきた。俺はせかされる前に自分で立ち上がった。最初と同じように、両脇を二人に囲まれ腕を掴まれ、そして、もう一人が先導するという並び順で、部屋を後にした。
俺はそのときになってようやく不自由な手に思い当たり驚いた。いつの間にか、千切れていた手錠の鎖が結ばれていたのだった。
まあ、手錠に関して特に何か具体的なおとがめがなかったのは喜ぶべきだろうか。
そして、健康診断があったわけだ。血液取られたり(痛い)、レントゲンを取られたり、仰々しい機械に入れられたり、様々なことを一通り終えたら、再び、独房の部屋に戻された。色々な変化が一度に訪れたので俺は疲れて眠ってしまった。