そのはちじゅうさんです。
蓮さんと青海君がぎゃーぎゃーと言い合っていると、
「……今日はいつもより、騒がしいな」
突然、長い黒髪をした女性が部室のドアからやって来ました。
その女性は入ってくるなり、私達に視線を向けました。
「ん? 君達は新入部員か?」
違います、と私達が先に言う前に青海君がやんわりと言いました。
「二人共、化学部の見学に来たんですよ」
「成る程……ならばともあれ、自己紹介が必要のようだ」
頷くなり、どうやらこの部活の先輩らしき女性は私達の目の前につかつかと歩み寄ってきました。
こ、この人、遠目でも美人だと分かるんですが、近くに来るとそれが一層際立ってるような気がします。
思わず胸をドキドキさせてしまう私に先輩は髪をかきあげながら挨拶してきました。
「私は化学部部長、二年生の上神 楊花だ。よろしく頼むぞ一年生……いや、君達の名前を教えてもらっても構わないか?」
「は、はい。えっと……一年の綿々 ふわです。本日はよろしくお願いしますっ」
深く頭を下げて挨拶を返す私に上神先輩は「ああ、勿論だ」と笑顔を見せてくれました。
……上神先輩は美人なだけではなく、性格まで良いそうです。
「それで、そちらの君は?」
上神先輩が蓮さんに目を向けると、続くように蓮さんも上神先輩に頭を下げました。
「同じく、一年生の津出川 蓮です」
「綿々後輩と津出川後輩だな。二人共、まずは化学部にようこそと言っておこう」
取り敢えず、そこに座るといいと上神先輩は側に置いてあるソファーを指差しました。
私と津出川は御言葉に甘えて、そこに座る事にしました。
「む? なんだ青海後輩。茶は用意したというのに、お菓子は出さなかったのか?」
「ええ、まぁ……勝手に出すのはマズイと思いまして」
「まったく……仕方のない奴だ。ほら、後輩達よ。お菓子をやろう」
「え? いや、悪いですよ」
「そう遠慮をするな」
有無を言わさずに茶菓子が私達の前に置かれました。
……何というか、労わり尽せりとはこの事なんでしょうね。
苦笑する私の前にもう一つ置かれたものがありました。
それは一枚の白紙でした。
「……? あの、上神先輩? これは?」
尋ねようと上神先輩の方を見ると、上神先輩は丁度部室の鍵を施錠しているところ……って、え?
その瞬間、上神先輩の雰囲気が一変しました。
「……さて、もう逃げ場はないぞ」
先程の輝かしい程のオーラはどこへやら、上神先輩は口元をつり上げ、邪悪な笑みを浮かべていました。
私はまだ、事態に追いついてません。
「ふ、ふわ……これ」
蓮さんが震えた事で紙を差し出してきた事によって、私はようやく事態を半分程、把握することが出来ました。
白紙に見えた、その紙の裏。
そこには『入部届』と太字で書かれているのでした。
えっと、まぁ、つまりは。
「嵌められました……っ!?」
「改めてようこそ、化学部へ」
朱肉をペンを持ちながら親指を立てる上神先輩に、私と蓮さんは乾いた笑いを漏らすのでした。




