番外編そのに。
住宅街にあるアパートの一角。
『秋扇』と表札が書かれたその部屋に、俺は合い鍵を差し込み、中へと入って行く。
「……ただいま」
「おかえりなのじゃ」
奥から返事がくる。
この声は萬のだろう。
居間に向かうと予想通り、萬が煎餅を齧りながらテレビでニュース番組を観ていた。
「……相変わらずジジくさい事をしてるな」
「否定は出来ぬが、せめて女扱いはしてくれんかの?」
「なら、もっと女らしい振る舞いを見せたらどうだ。今のお前、完全に70を越えた年寄りにしか見えない」
「じ、実年齢より55歳も老けて見えるのかの?」
「顔以外はな」
ジジくさい口調や言動、服装とは裏腹に、萬の姿は女子高生の若々しいそれだ。
萬の母親からの話によると何でも、小さい頃から時代劇等を観させていたら、こんな風になってしまっただとか。
無論、俺はその話を信じてはいない。
「……今度、町に服でも買いに行こうかのぅ?」
着ている和服を引っ張りながら萬が言う。
「……そうしておけ。偶には洋服を着てみろ」
俺は鞄を投げ出し、萬の隣に座布団を敷き、その上にどっかりと座り込んだ。
「そういえば、いつもより帰るのが遅かったのじゃな。また、猫でも見つけたかの?」
「……いや、クラスの奴と話していただけだ」
瞬間、恐らく萬の目が限界まで見開かれた。
「おぬしが? 級友と?」
「悪いか?」
「いや……何でもないのじゃ。そうか、夕に級友が……」
「……何でもないという割りには随分、ニヤついてる気がするがな」
「気のせいじゃ♪」
何がそんなに面白いのか、萬は含みのある笑顔を向けてきていた。
「なぁ、夕よ。学校生活は楽しいかの?」
「何だ急に」
「いいから、いいから。さっさと答えるのじゃ」
萬の唐突な問いかけに仕方なしにこれまでの学校生活を振り返ってみる。
そして俺が弾き出した感想は自分でも驚くくらいひどく簡潔なものだった。
「……別に。普通だ」
そこでその話は終わった。
その後はたわいのない話がずっと続いた。
※※
「……普通、か」
会話を終え、部屋を出て行く夕の後ろ姿を眺めながら、儂はお茶を啜った。
あの時、夕は気付いていなかったの。
今の自分の学校生活を『普通』だと言えた事に。
きっと夕は忘れているんじゃの。
前に儂から同じ質問をされて、全く答えられなかった事を。
多分それは……あやつにとって、とても幸せな事なんじゃろうな。
「あやつの級友……誰だか知らんが、会ってみたいのぅ。学校の前に立って居れば会えるかのぅ?」




