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真・恋姫†無双〜後漢最後の皇帝   作者: フィフスエマナ
第一章 降りかかる運命
9/31

翡翠の花

連続投稿分です。


前話までの鬱展開も今話で少しだけ緩和されると思います。

02/02 本文を改定しました。



まだまだ、つたない文章ですが、よろしくお願いします。


伸ばした手を踏みつけられた翡翠の心に広がった感情は、何皇后に対しての怒りではなく、悲しみであった。


(……伯和………)


最後に愛しいわが子に触れられなかったからだ。


(……伯和………ごめんね……)


翡翠の心の中には半刻前まで一緒に過していたわが子の姿が映っていった。ついさっきまで普段と何ら変わらぬ生活を送っていた。

だが、その体はすでに動かず、目は何も映さず、喉に力なく声はでず、全身をあんなに蝕んでいた激痛もいつの間にか感じなくなっていた。


そして、意識は深い闇の彼方に飲み込まれ様としかけた時、唯一残っていた耳が微かに反応した。


(あぁ、良かった)


その音が何の音か分かった翡翠は嬉しかった。その音を発した人物は翡翠がよく知っていたからだ。きっと彼女なら愛するわが子を助けてくれると思った翡翠は安堵した。そして、最後にわが子に触れることは叶わなかったが、あの行為がわが子の命を繋ぐため無駄ではなかったと悟った翡翠の心から悲しみは消え、満足していた。


翡翠の心が満足すると、意識は抵抗することなく深い深い闇の底の沈み溶け始めた。薄れゆく意識の中で微かに音が聞こえたが、翡翠には理解することができなかった。そのまま、ゆっくり意識は闇に溶け、ほんの一握りになった時、



「………………………」



微かなに音が聞こえた。



「翡……………………」



誰かの呼ぶ音が聞こえた。



「翡翠…………………」



誰かが誰かを呼ぶ音。どこかで聞いたことのある音だった。



「翡翠!……………」



あぁ、そうだった。どこかで聞いたことのある音は自分の真名だった。



「翡翠!起…………」



この私の真名を呼ぶ声は誰の声だっただろうか。



「翡翠!起き…………」



この声も聞き覚えがあった。



「翡翠!起きなさい!!」



そう幼いときから、いつも一緒にいて、この声を聞いていた。



「翡翠!いい加減に起きな………ッ!!」



そう、たしか……



「翡翠!早く起きなさい!!じゃないと私が伯和をもらっちゃうわよっ!!!」



そうだ、思い出した!



「駄目よ!伯和は私の子よ、“木蓮”!!」


溶けゆく意識とは別に反射的に口が動いた。そうだった、忘れるわけがない。私の口は数え切れないほど何度も何度もこの名を呼んでいた。そう、自分を呼ぶこの声は木蓮の声だった。

それに気づいた翡翠の意識は、闇に溶けるのを止め急速に闇の中で形を作り出したのだった。


(木蓮、木蓮、木蓮)


意識が形をなしはじめる中で翡翠は親友の名前を何度も何度も呼んでいた。


(良かったわ、翡翠)


それに呼応して翡翠の意識の中に木蓮の声が木霊した。


(木蓮……)

(翡翠、そんなとこで何してるの。早く起きて!そして、伯和皇子にちゃんとお別れの挨拶をしなさい!)

(……でも、木蓮)


形をなした意識の中で翡翠は懸命に体を動こうとしたが、どこにも力が入らなかった。


(木蓮、ごめんね。………せっかく来てくれたのにどこにも力が入らないよ)


翡翠の声には悲しみがこもっていた。


(大丈夫よ、翡翠。私の力も貸すから………)

(………木蓮)


木蓮の声には沢山の優しさが込められていた。


(だから頑張れ、お母さん!)


その声を最後に木蓮の声は聞こえなくなった。そして翡翠の心は温かさに包まれた。翡翠にはしっかりその意味がわかっていた。木蓮も一緒にここにいると。だから悲しくはなかった。手足の先にゆっくりと力を入れるとさっきまでとは嘘のように違い、手足は軽く動いた。そして耳には、はっきりと周辺の音が聞こえ、見えなかった目は鮮明に物を映していた。


(ありがとう……本当にありがとう、木蓮。私がんばってくるね!)


そう心に呟くと翡翠は起き上がった。




翡翠が起き上がって最初に目に入ったものは、寝台の横で腰を抜かし、自分を見上げる何皇后の姿だった。自分に何かを言いながら後ずさってるようだったが、ついいつもの癖でにっこり笑いかけると、口から泡を吹いて気絶してしまった。


だが、そんな何皇后からすぐ視線は外して、翡翠は寝台にいる愛おしいわが子の見つめて、優しくゆっくりと抱きかかえた。


「…………(なんで?)」


突然、目の前で起き上がった翡翠を見た要は何が起きているか訳がわからなかった。そして、そのまま翡翠に抱きかかえられた。

その抱き方や柔らかさはいつもの翡翠であった。全身の緊張が解けていくなかで、要の顔だけは沢山の疑問が浮かんでいた。翡翠は言葉を聞かなくても、その顔を見て疑問のすべて察した。そして、微笑みながら語りかけた。


「お母さんなのに一杯心配かけちゃったね。ごめんね、伯和」

「…あ……あ………(お母さん、お母さん)」


その言葉が耳に届いた瞬間、要の目からはとめどなく涙があふれ出た。そして、翡翠の存在を確かめるように手足に力を入れて心の限り叫んでいた。翡翠にはそれで十分だった。


「ごめんね、伯和。本当にごめんね。お母さん、沢山、沢山、伯和に心配かけちゃったね」

(お母さん、翡翠お母さん)


翡翠は抱きしめる腕に力を入れて心の限り叫んだ。その目はやはり涙で濡れていた。翡翠の抱きしめる力を感じながら要は何度も叫んだ。言葉はなくてもこの母子にはこれで十分だった。

そこには転生前の沢尻要との姿はすでになく、翡翠の子の劉伯和としての姿があった。この時、自分を転生先のこの世界で産んでくれた、この妙齢な女性を心の底から自分の母親だと要は思っていた。ようやく真の意味で親子になった要と翡翠であった。


だが、翡翠に残された時間は残り僅かであった。



要を抱き締める腕の力を少し緩めて、翡翠はさっきから背中に感じる視線の方に振り向いた。翡翠と要のことを凝視していた人々は突然、翡翠が振り向いたのを見て、びくっと体が反応した。自分を見る視線は様々であったが、翡翠はくすりと全員に微笑んで、目的の人物に話しかけた。


「義真、助けに来てくれてありがとう。お陰でこの子の命が助かりました。本当にありがとう」

「……い、いえ」


翡翠は何度も御礼の言葉を口にした。対する義真は上擦った声で返事をするだけであった。そこには先程までの鬼の形相なく、怒気はいつの間にか四散した義真の姿があった。


「義真、最後にあなたにお願いしたいことがあるの」

「は、はい、王美人様!」


翡翠の表情が真剣だったため、義真は反射的に返事をした。そんな義真を見て翡翠はさらに言葉を続けた。


「そうではないの。違うのよ、義真。これは王美人としてのお願いではなく、この子の母親としてのお願いなの」


義真が見た翡翠の顔は、今まで幾度となく見てきた側室としての顔ではなかった。そこには義真が初めて見た翡翠の母親としての顔があった。

その顔には色々な想いが詰まっていた。その想いのすべてが不思議と義真には手に取るようにわかる気がした。だからかもしれない、自然と義真の口は動き、真にその人物を表す名を紡いでいた。


「私にできることであれば………翡翠様」


そう、義真の口から出たのは翡翠の真名であった。しかも、交換もしてないのに真名を呼んでしまったのだ。


(しまった!!)


咄嗟に口に手をあてるもすでに手遅れだった。だが、翡翠はそんな義真を咎めるつもりは一切なく、


「貴女にだったら私の真名を預けます」


真逆だった。翡翠は義真が自分の真名を呼んでくれたことが心底嬉しかった。その証拠に翡翠は満面な笑みを浮かべて義真に語りかけていた。

しかし、すぐ翡翠は真剣な顔に戻して義真に語りかけた。


「義真、どうかこの子が独り立ち出来るまで、この子をお願いします」

「………ッ!しかし、私などに…………」

「こんな状況で、こんな頼みごとをするのは卑怯なことだってわかっているわ。でも、勘違いしないで。私は誰構わずお願いしているのではないの。義真、私の真名を預けれる貴女だからお願いしているの………」


翡翠の言葉に嘘はないことを義真はその表情から察していた。だからこそ、軽々しく返事をしてはならないと義真は真剣に悩んでいた。


「………」


その態度を拒絶だと思った翡翠は再度、義真に話しかけようとした。


「義真、お願い…………」

「かしこまりました翡翠様!」


だが、翡翠の言葉が終る前に義真がそれを遮り、臣下の礼を取った。


「我が姓は皇甫、名は嵩、字は義真。そして我が真名は冬史!我、真名と命にかけて皇子をお預かりすることを約束します!!」


真剣な表情でそれを言い終えた義真を見る翡翠の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。それは純粋に母としての喜びにも似たようなものであった。


「ありがとう。本当にありがとう。冬史、伯和をよろしくお願いね」

「はい、お任せください。翡翠様」


翡翠の言葉を聞いた義真は、微笑みを浮かべてそれに答えた。


(そろそろね………)


体から力が、少しずつ失われていくのを感じながら、翡翠は抱き締めている要を見た。そして、きょとんとして自分を見る要に優しく微笑んだ。次の瞬間、翡翠はゆっくりと寝台に倒れかけた。すでに翡翠の体からはほとんどの力が失われていた。


「…ひ……お……か…あ(翡翠お母さん、待って)」


生命が消えかけている翡翠に要はゆっくりだが、言葉を話そうとした。声はすべて出なかったが翡翠にはしっかりと「翡翠おかあさん」と聞こえていた。その言葉を耳元で聞いた翡翠は心底嬉しかった。そして、ゆっくりと要に語りかけた。声は聞こえなかったが、その口の動きで要は翡翠が話そうとした言葉がはっきりとわかった。「呼んでくれてありがとう」と。

そして、翡翠は要を包み込むようにして寝台に倒れて込んだ。柔らかい衝撃を感じながら、要は消えゆく翡翠の声に耳を傾けた。


「少し……早いけど……お母さんからも…………貴方に……大切……な……宝物を…………あげるね……………貴方の…………真名は……………」


これを最後に翡翠は眠るように息を引き取った。要はすぐに翡翠のことを呼ぼうとしたが、突如として優しい眠気がおそってきた。それはどこまでも優しい眠気であったため、要は翡翠のぬくもりを感じながら自然と眠りの淵におちていった。


寝台の上には優しい表情をして眠る母親と、そんな母親に抱かれて安心して眠る赤子の姿があった。


そして不思議なことに眠る母子のすぐ傍には、血でどす黒くなった木蓮の首飾りと、翡翠がしているはずの綺麗な首飾りがくっつき、一つの翡翠で出来た木蓮の花が咲いていた。




かつて翡翠と木蓮が育った郷にはある伝承があった。


一つの翡翠を二つに分けると、分けられた翡翠たちはお互いを求めあう。


そして、分かれた翡翠たちにそれぞれの持ち主が想いを込め続ければ込めるほど、翡翠たちは強く強くお互いを求めあう。


そして、二つの翡翠たちが一つになると、翡翠たちは持ち主たちに感謝を込めて奇跡を起こすと………


それははるか昔に忘れさられた古い伝承だった。







皇甫嵩はいま目の前で起こったことを混乱する頭で整理していた。


まず、何皇后の悲鳴を聞えた。そして、部屋の隅に逃げた奴等も含め、すべて親衛隊が何皇后の方へ顔を向けて固まった。だから、怪訝に思い、隊長を牽制しつつ、皆が見てる方に顔を向けた。


そして自分も固まった。


そこには起き上がった王美人様の背中があったからだ。扉を蹴破り部屋に突入した時、床に広がる血の量からして王美人はすでに手遅れだと思っていた。いや、思うのではなく確信的なものだった。そうだったはずなのに王美人様が起き上がっていたのだ。

例え、毒が致死量に達していなかったとしても、床に広がる血の量からして瀕死の状態に間違いはなかった。そんな状態で立つなどありえなかった。

そして、王美人様は何皇后の方を見た。すると何皇后は床に尻をつきながら後ずさって、口から泡を吹いて気絶した。ただ、その顔は恐怖で歪み引き攣っていた。その瞳の先に何を見たのかと思い、自分も怖くなり唾を飲み込んだ。そして、ゆっくり王美人様が自分の方に振り向いたのであた、笑顔で。

その時、牽制している隊長や後にいるであろう親衛隊の兵たちは短い悲鳴をあげていた。本音を言えば自分も怖くてそうしかけたが、鍛練で培った体や精神は辛うじて持ちこたえてくれた。そして、王美人様と目があって、反射的に後ずさろうとした時に………


「義真、助けに来てくれてありがとう。お陰でこの子の命が助かりました。本当にありがとう」


と、話しかけられて、反射的に返事をしたが声は上擦ってしまった。

その後、王美人様からお願いをされた。それに対して反射的に返事をしたが、王美人様は違うと言い、再度、言葉を言い直してお願いをしてきたのだった。そう、母としてに願いであった。

そこには今まで見たことぐらい真剣な母親の顔をした王美人様の姿があった。そして、その顔には色々な想いが浮かんでいた。不思議なことにその想いのすべてが手に取るようにわかる気がした。少しでもその想いに報いたいと心に思った時、自分の口は自然と動いていた。


「私にできることであれば………翡翠様」


しかし、自然と口から出た言葉は、その人物の人なりを現す真名であった。

咄嗟に口に手をあてたが、すでに手遅れだった。内心で王美人様の叱責や侮蔑や自らの死を覚悟した。そのぐらい失礼なことをしたのだから、何があっても甘んじて受け入れるつもりだった。が、自分の想像はすべて裏切られることになったのだ。


「貴女にだったら私の真名を預けます」


予想外のこの返事で。

王美人様………いや、翡翠様は私が礼をかいたのにも関わらず、それを咎めることもせずに喜んでその真名を私に預けると言ってくれたのだった。それから、翡翠様に劉協皇子が独り立ちするまでをお願いされたのだ。

自分は名家の出身や高級武官でもなく、民草の出身のいち警備兵だった。そんな自分が正直、皇子を預かることはできるわけがないと断りかけた。しかも、子供にあまり好かれたことがないのだ。


しかし、自分の返事に対して翡翠様は、


「義真、私の真名を預けれる貴女だからお願いしているの」


と、話してくれた。

その表情から嘘や建前ではないことがわかり、先ほどまで考えていたことが恥ずかしくなった。だからこそ、軽々しく返事はしてならぬに真剣に思った。正直、考えば考えるほど断る理由の方が多かった。だが、皇子ではなく一人の子としてどう思ってるの?と、誰かに聞かれたような気がした。


その瞬間、答えは決まっていた。


その後、翡翠様は皇子を抱いたまま寝台に倒れていった。その倒れていく姿は、まるでそこだけ切り取られてたように時間がゆっくり流れていた。そして、皇子になにか呟きそのまま眠るようにその生を終えたのである。

すぐに寝台に駆け付けたが、そこにはこの室内で起きことが嘘だと思えるように、気持ちよく昼寝をした母子の姿があった。


そんな静寂な雰囲気も部屋の外から駆け付けた大勢の同僚たちによって妨げられたることになった。 周りを見ると、親衛隊の隊長や兵たちはすでに放心していて抵抗することなく捕縛されていた。何皇后様に関しては監視をつけ、ご自身の部屋に軟禁することになった。

私も、職務を思い出して室内を見て驚く董太后様にことの顛末を報告したのだった………。


たが、翡翠様が起き上がってからのことは伏せておいた。


それは信じてもらえないのと思いと、皇子の今後のことを考えて………。


そして、眠るように死んだ翡翠様から皇子を引き離そうとした同僚を手で制した。



今だけは安らかな眠りを妨げぬようにと………




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