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張三姉妹

お待たせしました。


続きが完成しましたので投稿します。


どうぞ、お楽しみ下さい。




後宮がある司州洛陽より遠くは離れた東南の方角に豫州がある。その州の中にある汝南郡期思県は県全体が大きな歓声に包まれていた。

現在、ここ期思県では張三姉妹による豫州ツアーの最終公演が行われていた。新州牧になってから、不満続きだった期思県の住民たちはそれを発散させるかのように張三姉妹の歌に酔いしれ、張り裂けんばかりの歓声をあげていた。


「みんなーまだまだ行けるかなぁ~?」

「いぇーーーいっ!!」

「でも、そろそろおしまいの時間だよ~」

「ええーーーーっ!!」

「大丈夫、また会えるから」

「おおーーーーーーっ!!」

「それじゃあ最後の一曲、聞いてくださいね!」


目の前にいる観客の声援に天和、地和、人和は満面の笑顔で手を振って答え、最後の曲を歌い始めた。


そして………


「最後まで聞いてくれてありがとー!」

「次もまた見にきてねー!」

「みんな、さよならー」


最後の曲を歌い終えると三人は観客に手を振りながら舞台の袖に下りていった。

まだ、冷めることない観客の熱気は舞台の裏に作られた仮設の楽屋まで伝わってきていた。その壁越しに伝わる熱気は興奮冷めやらぬ体にはとても心地よく、三姉妹は皆満足そうな顔で椅子に勢いよく腰掛けた。


「今日も盛況だったねー。お姉ちゃん疲れちゃった~」


天和は大きく背伸びをしてだらしなく手足をだらけさせた。


「ちぃもへろへろ~」

「いや~今日も大盛況でしたね。天和さん、地和さん、人和さん、お疲れさまです。ささ、どうぞ」


舞台の脇で三人の公演を見ていた、小太りの男が人の良さそうな表情で三人に労いの言葉をかけながら盆にのせた水を差し出した。


「あー燕ちゃん気が利く~♪」

「んぐっ、んぐっ………ぷはぁっ! 燕ちゃん、もう一杯!」

「あ~あたしも~」


天和と地和がその水を一気に飲み干して、燕と呼ばれた男に空になったグラスを差し出した。その姿はまるで親鳥に餌をねだる雛のようであった。燕は笑顔で空になってグラスに水を継ぎ足していった。


「ちょっと、姉さんたち……!まったく。ごめんなさい、燕さん」

「いえ、いいんですよ。ささ、人和さんもお疲れでしょう、どうぞ」

「あっ、ありがとう」


屈託のない燕の笑顔と共に差し出された水を人和も受け取り、そのまま口をつけた。少し酸味ある果汁で味付けされた水であったが、乾いた喉にはちょうどよく一気に飲み干したのだった。飲み終えたのを見計らって燕はお代りを継ぎ足してくれ、少しだけ顔を赤くして礼を伝えた。そして、その水を半分ぐらい飲んでから疲れを吐き出すかのように息を大きく吐いた。

部屋の中では休む間もなく燕がそこかしこと小太りながらも手際よく動いて姉たちの世話をしている。


(もう、あれからずいぶんと経つのね)


人和はぼんやりと燕を見ながら、燕と出会ったときのことを思い出していた。


当時はまだ有名ではなく、路銀も尽きかけた陳留の街でのことだった。


「……今日もあまりお客さんが集まらなかったわね」


三人が宿泊している酒家の食堂で人和が呟いた。今日の公演も思ったほど人が集まらず収入はほとんどなかった。だが、収入はなくても路銀だけはしっかりと減っていくため、近頃の悩みの種であった。


「れんほーちゃん、そんな辛気臭い顔しないの。明日はお客さん沢山集まるってー」

「天和姉さんは気楽で良いわねぇ………。こんなんで、大陸一の旅芸人になれるのかなぁ……」

「もー。ちーちゃんまでそんな顔しないのー」

「それより、何か新しい策を考えないと、本当に行き倒れよ……」


人和は懐から財布を取り出して姉たちの前で振ると、微かな音しかしなかった。


「せっかく陳留まで来たのに、また小さな郷や里まわりなんて、わたし、絶対嫌だからね!」


地和が非難めいた声をあげた。


「もう少し姉さんたちの浪費が少なければ、ここまでにはならないのだけど」

「うっ………。って、この料理頼んだのほとんど天和姉さんよ」


卓に並んだ料理の数々を見ながら人和が話したので、地和はそれを頼んだ天和の方を見た。


「えー、ちーちゃん、お姉ちゃんのせいにするなんてひどーい!頼むとき、ちーちゃんも食べたいって言ったのにーー」


子供のように頬を膨らまして天和が地和をじと目で見た。


「でも、何かを考えないと………」

「ねぇ、あとどのくらい路銀はもつの?」

「陳留に滞在するのなら切り詰めて、あと三日ってところよ。郷や里に移動すれば、食べ物とか分けて貰えるからもっともつと思うけど………」

「はぁーーー。誰か後援者でも付いてくれないかなー」

「もっと、有名にならないと無理よ」


二人は横で頬を膨らましている天和を見ないように話し合っていた。


「ちーちゃんもれんほーちゃんも、お姉ちゃん無視しないでよーー!もういい、お姉ちゃん、外で空気吸ってくるからねー」


天和はそのまま外に出て行ってしまった。


「なにか妙案ないかしら………」

「そうね………」


「「はぁー」」


人和と地和はお互いを見合って、ため息を吐いた。




「あーっ、空気がおいしー!」


酒家の外で天和は大きく深呼吸した。夜風は少し肌寒かったが、逆に空気は澄んでいて天和には心地よかった。夜空に浮かぶ月を見ながら天和は妹たちのことを考えていた。


(まったく~。二人とももっと気楽にやったほうが楽しいのに~。………まぁ、お姉ちゃんが楽させてもらってるのは分かるんだけどねー。でも、そんなんだと息が詰まっちゃうよ)


「あの~、すいませーん」

「…………」

「あれ? あの~、お姉さん、すいませーん」

「…………」

「もしもーし。お姉さん、聞こえてますかー?ちょっと、お姉さーん?」

「………? あっ、はい。なんですかー?」


天和は考えるのを止めて、声のするほうに視線を移した。視線の先では、くすみがかった桃色の髪をした少女がしきりにぴょんぴょんと手を振って天和に声をかけていた。そして、少女の足元には不釣合いなほど大きな鉄球が置かれていた。天和は何かを察して申し訳なさそうな顔で少女に話しかけた。


「ごめんねー。お姉ちゃんでもそんなに重いのは運べないよー。だから、一緒に運んでくれる人探してきてあげるねー」

「へっ。いや、あの、そうじゃなくて………」

「まだ小さいんだから遠慮しないのぉ~。お姉ちゃんに任せといてー」

「ああー、そうじゃなくて!これはボクが持ち歩いてる物で………ほら、この通り!」


そういうと少女は大きな鉄球を軽く持ち上げて天和に見せた。


「わぁー。すご~い。小さいのに力持ちー。ぱちぱちー」


天和は少女に拍手を送って、少女もまんざらでもない顔をして照れた。


「いえ、そんなたいしてことじゃ………はっ!! じゃなくて、お姉さん。さっきこっちの方に怪しい男たちが来ませんでしたかー?」

「怪しい人たち? んー、見てないよー。………???」


その時、遠くから数人の兵士が駆け寄ってくるのが見えた。


「季衣さまー!東門に繋がる通りで賊を見たとの知らせが………」

「うそー。こことは真逆だよ。んー、何か変な気がするけど………。とりあえず、行ってみるか!お姉さん、ありがとうございます!じゃ、」

「どういたしましてー」


少女は兵士たちを連れて来た道を急ぎ戻っていった。


「なんだったんだろうかなー? 忙しそうだったなー」


天和はきょとんとした顔で少女が消えていった通りの方を眺めていた。


「どうしたの、姉さん。何か騒がしかったみたいだけど………」


今の騒ぎを中で聞いていた人和と地和が外に出てきた。


「んー………お姉ちゃんにも良く分かんない。あっ!? でも、今いた子すごかったんだよー。れんほーちゃんより小さいのに、こ~~んな大きな鉄の塊を簡単にもちあげちゃったんだよー」

「それ本当なの?」

「天和姉さん、夢でも見たんじゃないの?」


身振り手振りで説明している天和に対して二人は冷たかった。


「ちーちゃんもれんほーちゃんもひどーい!お姉ちゃん、うそついてないよー」


再度、天和が頬を膨らましかけたとき………


「あ、あのー?」


見ず知らずの男が三人に話しかけてきたのだった。


「はい、なんでしょうか?」


夜もそれなり更けていたので人和が訝しむように答えた。


「あっ!こんな夜更けに突然話しかけてすいません。ですが、けして怪しい者ではありません」


男は小太りだったが、身なりは月明かりでも分かるほどきちんとしていて、ごろつきなどとは違って思えた。


「で、なんのようでしょうか?」


だが、時間が時間だけに人和の声には警戒が含まれていた。


「すいません。あの、もしかして張三姉妹の張角さん、張宝さん、張梁さんですよね?」

「ええ、そうですけど………」

「あぁ、やっぱり。天の助けとはまさにこのことだ!! 俺……いや。僕、張角さんたちの歌がすごく好きなんです!それで、お願いがあって探してたんです」


そう話す男は目を潤すぐらい高揚していた。


「ねぇねぇ、れんほーちょっとやばくない?」

「えーそんなふうには見えないよー」

「そうね。でも、こんな時間だし怪しいのは事実よ」

「じゃあさ、さっさと断って酒家に戻ろうよ」


高揚して独り言を呟いている男に聞こえないよう声を落として相談していた。


「あっ!! すいません。ついお三方に会えたことに感動しちゃって………。で、不躾なお願いなんですが……」

「申しわけなけど、揮毫なら時間も時間だからしないわよ」

「いえ、揮毫ではなくて。あ、いや揮毫はたしかに欲しいですけど、今はそれじゃなくて………」

「じゃあ、なんのようなの?」


人和の目がさらに鋭くなった。すると男はぶるぶるっと震えはじめ、そして……


「お願いします!僕を助けてください。僕にはどうしてもお三方の力が必要なんです!どうか、お願いですから僕を助けてください」


男はいきなり土下座をして大声で懇願しはじめたのだ。あまりにも予想だにしないことが目の前で起きたため、三人はただ驚くだけであった。


「ちょっと、まって!」

「お願いします!僕にはもう後がないんです。お三方に断られたらお終いなんです!」

「だから、ちょっと待って言ってるでしょ」

「お願いですから、僕の話だけでも聞いてください。このとおり、お願いします」


人和の制止する声も聞かず、男は言葉をまくし立てた。


「ちょっと、れんほーどうする?人が出てきたわよ」

「なんだかー可哀相だから話しだけでも聞いてあげようよー。その人も話だけでもーって言ってるしー」

「でも………」

「ほらほらー。みんなもこっちに注目しているしー。ここで断ったら噂になっちゃうよ~」


天和の言う通り、夜更けなのだが男の懇願する声を聞き、窓や戸から顔がちらほらと出て三人を注目していた。そして、宿泊している酒家の主人は迷惑そうな顔で三人を見ていた。


(たしかに天和姉さんの言う通り、ここで断ったら悪い噂がたって明日の公演に影響するかもしれな。とりあえず、中で話だけでも聞いてみるか)


「わかったわ。とりあえず、話しだけは聞いてあげるわ。ここだと迷惑になるから私たちが泊まっている酒家の中に来て。いい?」


人和はやれやれといった顔で男に話しかけた。


「ほんとですかっ!! あ、ありがとうございます。見ず知らずの僕のために………うぅ~」


その言葉で今度は泣き出したのであった。勿論、嬉しなみだである。


「だ・か・ら!皆の迷惑になるって言ってるでしょ!」

「あぁ~すいません。つい嬉しくて………あっ、はい。いま行きます。住民の皆さんもお騒がせしてすいませんでした!」


男は起き上って、周りに何度もお辞儀をした後、三人に続いたのであった。




「ほんと、突然すいませんでした」

「それはもういいですから………」


男を酒家に招いたから何度目かの謝罪の言葉を人和は遮った。


「けっこう良いの着てるじゃん。あたしも一度でいいからあんな服着てみたいな」

「ほんとだねー。お姉ちゃんも着てみたいなー」


天和と地和は男の話し相手を人和に任せて、男の値踏みをしていた。その言葉を聞いて人和は改めて男を見た。

月明かりではよく分からなかったが、男の顔は一目で分かるほど育ちが良さそうな顔をしていた。また、室内の明かりの元で見る男の服は少し土汚れが付いているが、誰が見ても分かるほど高価な絹をあしらった服であった。その証拠にさっきから男が動く度に明かりに反射して服が光沢をはなっていた。


「で、肝心の話なんだけど………」


さっさと話せと言わんばかりに人和が話を促した。


「申し遅れましたが、僕の名は燕と言います。それで、話しなのですが………」


男は嬉しそうに話し始めたのだった。


燕と名乗った男は洛陽でも有数な商家の一人息子であった。

その商家の名は洛陽に行ったことのない三人でも聞いたことがあるほど有名な商家であった。特に宝飾品に関しては洛陽でも一、二を争うほど有名で、諸侯の間ではその店で宝飾品を買うことが自慢の種であった。そのため諸侯や宮中とも太い関係を持っており、まさに男は御曹司であった。

と、普通ならこんな与太話を信じる三人ではなかったが、その掌には燕から贈られて小さな宝石があった。これだけでも、三人が働かなくてもゆうに半年は暮していけるだけの価値があった。宝石を見て驚いている三人に燕はさらに話を続けたのだった。

恵まれた環境に生まれた燕は当たり前のように商家を継ぐため育てられ、それを燕自身も当然だと思っていた。だが、ある時。ひょんなことから浮かんだ疑問が日を増すごとに大きくなり、燕は家を出てしまったのだった。


「へー、お金持ちでも色々と大変なんだねー」

「そう?こんな宝石に囲まれて暮せるなら私は羨ましいわ。って、変われるなら変わって欲しいわよ」

「あーずるい。お姉ちゃんも宝石欲しいー」

「ちょっと、天和姉さん、地和姉さん!それは燕さんに返すから駄目よ」

「「え~~~~~」」


燕から贈られた宝石を取り合っていた天和と地和は非難めいた声をあげた。


「いえ、それは先程、僕がお三方に差し上げた物ですから、どうぞお納めください」

「ほら、燕ちゃんもこう言ってくれてるじゃん」

「そうだよ、れんほーちゃん」

「そんな高価の物、会ったばかりの人にただで貰うわけにはいかないわ」

「えーでもー、これがあればこれからの生活が助かると思うんだけどなー」

「そうよ、れんほー。燕ちゃんがくれるって言うんだから貰っちゃおうよ」

「まぁ、まぁ、落ち着いてください。まずは話の続きを聞いてくださいよ」

「そ、そうね。姉さんたちがごめんなさい。それで家を出てまでして燕さんは何がしたかったんですか?」


恥かしさのあまり人和の顔は少し赤みがかっていた。


「私が家を出てまでしたかったことは………新しい商いです」

「新しい商い?」

「そうです。代々続けてきた商いではなく、自分で何か新しい商いを最初から起こしてみたいんです。そして、家を離れた自分が一人の人間として、この大陸でどこまで通用するかを試してみたいんです!」


燕は興奮のあまり椅子から立ち上がって力説していた。


「この大陸で自分の力を試す………」

「はい、そうです!」

「それわかる。私たちも大陸一の旅芸人目指しているからっ!!」


地和が燕に感化されてように自分たちの夢を告げた。


「それなのですが、ぜひ僕も一緒に混ぜてもらえないですか?」

「「「はい?」」」


突然の言葉に三人はきょとんとした顔で燕を見た。


「と、言葉が足りなかったですね。お三方の夢を実現するためにお手伝いさせてください。そして、僕の夢……新しい商いを実現するために手伝ってもらえないでしょか!」

「私たちの夢が燕さんの夢を実現するの?」

「ええ、僕の新しい商いはこの大陸全土を巡業でき、かつ幾つかの専用劇場を作ってそこに多くの人を集めて公演することができる旅芸人を育てあげることです。そして、その旅芸人にぜひあなた方三姉妹になって欲しいのです」

「大陸全土を巡業して、専用劇場で公演………」


人和は燕の言葉は無意識に復唱していた。


「お、お姉ちゃん、よくわからないけどすごいのねー」

「って、天和姉さんすごいってレベルじゃないわよ。それこそ大陸一の旅芸人になるってことよ………つまり私たちが大陸を取るってことよね?」

「ええ、最終的な目標はそうです」


地和は目を輝かして燕の言葉を聞いていた。


「燕さん、せっかくの提案で申し訳ないのだけど、その話しお断りします」

「な、なに言ってるのよ、れんほー!」

「れんほーちゃん、断わっちゃうの?」

「ええ、そうよ。天和姉さん、地和姉さん」

「理由を聞かせてもらっていいですか?」


燕は少しだけ緊張した面持ちで人和を見た。


「理由は簡単です。燕さんが思い描くほどの力量が私たちにはないからです」


人和は正直に本音を伝えたが、内心は悔しかった。願ってもない機会が訪れたのにみすみすそれを手放すことしかできない、今の自分たちの力量に………。


「それに私たちよりもっと上手な旅芸人は………」

「ええ、たしかにあなた方より上手な旅芸人の方は沢山いますよ。でも、その方々では僕の夢の実現は出来ないんです」

「えっ?」

「ご存知のように名の知れている旅芸人の多くは有名諸侯や商家が後援者としてついています。その後、旅芸人たちの歌は後援者の自尊心を満たすためや、政の道具として身分の高い者たちの前でしか歌を披露されず、庶民とは無縁になります。そして、旅芸人たちも贅沢な暮らしに慣れ、元の旅芸人に戻る者たちは皆無です。だから、駄目なんです。僕の夢は有名になっても観客の身分に関係なく歌い続けてくれる旅芸人を育てあげることなんですから」

「たしかに有名になった旅芸人で、今でも庶民の前で歌を披露している者はいないわ。だけど、私たちじゃなくても………」

「それは違いますよ。初めてあなた方の歌を聞いた時、僕の夢を叶えるのはあなた方しかいないと感じました。その後、こっそりあなた方の後をつけて公演を何回も聞きました。たしかにまだまだ荒削りな部分はあるかもしれませんが、最後まであなた方の歌を聞いた者たちは皆、幸せそうな顔をしていました。それを見た瞬間、僕は自分の直感が正しかったことを確信したんです。だから、どうかお願いします!いま、この大陸の多くの民は官の腐敗のため、いわれのない苦しみに耐えています。ですから、一人でも多くの民にあなた方の歌を聞かせたいんです。そして、いつか歌でこの大陸を変えて欲しいんです。あなた方にはその力がきっとある!だから、お願いします。僕も夢も一緒にそこに混ぜさせて下さい!」


燕は椅子から下り、床に額を擦り付け三人に懇願した。


「歌でこの大陸を変える………」

「やろうよ、れんほー! 私たちの歌をここまで褒めてくれたのって燕ちゃんが初めてだよ。それにおもしろそうだしね。だから、やってみようよ!」

「地和姉さん……」

「お姉ちゃんも賛成ー。難しい話はよく分からないけど、楽しそうだよー!それにー。このままでも何も変わらないと思うんだー。もし、失敗してもまた三人で旅をすればいいだけだよー」

「天和姉さん……」


(たしかに私たちの今の生活に失うものは何もない。失敗したって今の生活に戻るだけだし。それにここまで褒めてくれた人は今までいなかったわ………。ほんと姉さんたちの言う通りね!)


人和は決心して姉たちに顔を見た。三人は顔を見合わせて一頷きして、床に頭は擦り付けてる燕の前の座った。


「燕さん、私たちがどこまでやれるかは分かりませんが、燕さんの夢を実現するために協力させて下さい!そして、私たちの夢の手助けをして下さい!」


三人を代表して話した人和の声に燕は反射的に顔を起こした。


「ほ、ほんとうですか?」

「はい、精一杯努力します。だから、私たちの方こそよろしくお願いします」

「まぁ、私たち三姉妹に任せれば大丈夫よ。大船に乗ったつもりでいなさいよ」

「よろしくねー燕ちゃん!」

「本当に? あ、ありがとうございます!僕のほうこそ精一杯努力します・だから、よろしくお願いします」


四人は自然と手を出し重ね合わせて、互いの夢を実現のための誓いをしたのだった。少しの間、余韻に浸っていたが、燕が気まずそうに口を開いた。


「あのー、なんだか僕と組めば成功みたいな感じになってるんですが、僕が失敗することもあるかもしれないですよ。って、勿論、失敗するつもりはないですよ!」

「それも、そうだよね。なんか、凄腕って感じが伝わってきてたけど、私たちと同じ位置にいるんだよね」

「そうだねー。なんだか燕ちゃんから発する気が只者じゃなかったからー、つい私たちが頑張ばれば成功するって思っちゃったねー。燕ちゃんも一緒に頑張ろうねー」

「はい、張角さん!」

「姉さんたちの言う通りね。燕さん、これで私たちは運命共同体になってわけだし、具体的な策を聞かせてもらえるかしら?」

「勿論です。って、実は我が家にあった物なのですが………」


そう言うと燕は懐から黄色い布で包まれた物を取り出した。


「なにそれー?」

「えーなになにー。お姉ちゃん見えないよー」

「それ竹簡?にしてもずいぶん古い」

「ええ、竹簡です。これが僕の策です!」


燕は黄色の布を開けて、胸を張って三人の前に置いた。


「何これ? ぼろぼろじゃない!こんな本が私たちが大陸を取るための策なの?」

「なんだー宝物じゃないんだー」

「いえ、これは大陸と取るための策であり、宝物です!中を見てもらえばわかります」


そう言うと燕は人和に古い竹簡を差し出した。その表題は少し掠れていたが、人和は声を出して読んだ。


「ええっと……南華老仙……。太平……要術……?」





「まさかあの書が………太平要術の書が盗まれるなんてっ!!」


華琳は苦々しい顔で、在るべきものがものがなくなった書物庫の棚を睨んでいた。

書物庫に賊が侵入したと聞いた時、単に賊が金目の書でも盗みに入ったと考え、大事になるとは思ってもみなかった。

勿論、自分の城内に盗みに入った者に書をくれてやるほど優しくもなく、すぐ春蘭や秋蘭に命じて賊を捕まえるよう向かわせたのだった。兵士の配置など、その命には油断の欠片もなく、賊が捕まるのは時間の問題だと華琳自身も思っていた。だが、いなくなった書物庫周辺を警備していた兵が死体になって発見された時、その自信は音を立てて崩れ去ったのだった。

兵士は首を真横に切り裂かれて絶命していた。しかも、書物庫周辺を警備していた四人ともだ。死んだ兵士は自分の身に何が起こったのかすら分からない表情を浮かべていた。きっと後ろから忍び寄られ物音を立てる間もなく殺されたのだとうと華琳は感じていた。そのぐらい、鮮やかな手口だったからだ。このとき、華琳の脳裏には嫌な予感だけしかなかった。

そして、それはすぐ現実のものとなった。

そう、賊を追った春蘭も秋蘭も賊によって用意されていた陽動に惑わされ取り逃がしたとの報告がきたのだ。華琳に油断はなかった。だが、賊はそれをかい潜って逃げ遂せたのだ。それが意味することは、この盗みが物取りではなく何重にも計画されたものであるとのことであった。つまり、そうまでして盗み出したい書がこの書物庫にあることを知った上で盗みに入ったのだ。

華琳にはそれが何かすぐ検討がついた。直ちに部下たちに命じてその書を探させたが、書物庫からその書が見つかることはなかった。しかも、盗みに入った賊は手当たり次第書をひっくり返していたため、探すのに時間がかかったのだ。


そして、時を同じくして春蘭と秋蘭が戻って来て、華琳に謝罪をした。


「華琳様、申し訳ございません」

「申し訳ございません。姉者と手分けして追ったのですが賊に撒かれてしまいました。この責めは如何様ににもお受けします」


その報告を聞いたとき、すでに華琳の怒りは頂点に達していた。咄嗟に口から怒りが漏れそうになったが、華琳はそれを押さえ込んで大きく息を吐き出して、一緒に怒りも四散させたのだった。


「いいわ、秋蘭。あなたが受けなければならない責めはないわ。最初に命じたのは私だし、あなたはその命通りに行動したわ。だから、何も気負う必要はないわ。もし、責めを受けなければならないとしたら、それは命じた私よ」

「華琳様が間違うことなどありません!」

「あら、春蘭? では、なぜ賊は逃げ遂せたのかしら?」

「うっ………。そ、それは奴らが卑劣で姑息だからです」

「姉者、それでは華琳様の質問の答えになってないぞ」

「なんだとっ!! じゃあ、どう答えばいいのだ秋蘭?」

「それを華琳様は聞いているのです。無論、私にも分かりかねますが………」

「秋蘭も分からないのであれば、私にも分かるはずがなかろう」

「姉者………」



胸を張って答える春蘭を見て、秋蘭は呆れ顔をした。その横では二人のやり取りを聞いていた華琳がくすくすと笑い声を漏らしていた。


「もう、いいわ秋蘭。この話はこれでお終いにするわ。まだ戻って来てないのは季衣だけかしら?」

「はい、まだ季衣が戻って来てませんが、恐らく………」

「ええ、その通りね。きっと季衣も撒かれているはずよ。どうやら賊はこの書物庫からどうしても盗み出したい書があったようね」

「しかし、ここまでしてでも盗み出したい書があるとは私には理解できませんが………」

「盗まれたのは南華老仙が書いたと言われる太平要術の書よ」

「南華老仙とはあの荘子のことですか?」

「ええ、その通りよ」

「しかし、その太平要術の書とはそこまでの価値があるのですか?」

「なぁ、秋蘭。先程から華琳様と二人で大変なんとかと言っているが何が大変なのだ?」

「姉者………。すまないが、少し静かにしていてもらえないか!」

「そ、そんなに怒らなくてもいいではないか………」


秋欄に睨まれた春蘭はしゅんとして縮こまっていった。


「申し訳ありません。話を戻しますが………」

「太平要術の書の価値は多くの人間にとっては世迷い言が書いているだけの書で全くと言っていいほど無価値よ。でも、ある種の人達が内容を知りさえすれば喉から手が出るほど欲しい書でもあるわ」

「華琳様はお読みになったことがあるのですか?」

「ええ、むかしお爺様が禁書にしていたのをこっそりと読んだことがあるわ。恐ろしいぐらい集団を操る方法が事細かに書かれていたわ。読めば読むほどその書にのめり込み、次第に自分が絶対者になったような気にすらなる書よ。だから途中で恐くなって読むのを止めたわ。そして、その後は恐ろしくて震えていたわ。今まで色々な書を読んできたけど、あんな思いをしたのはあれが最初で最後よ」

「華琳様がそのように感じる書があるとは………。ですが、それならば犯人の目星もつきやすいのではないでしょうか? 先程、華琳様はある種の人間が内容さえ知れば喉から手が出るほど欲しいと仰いました。今回、盗みに入った手口や追った我々を幾重にも陽動する手際………どう考えても周到に計画されていたとしか思えません。つまり犯人は………」

「ええ、その通り。太平要術の書の内容を知っていて、それが私の手元にあることを知った上でそれだけを盗み出すために忍び込んだのよ」

「やはり………。しかも、亡き曹騰様自らが禁書にまで指定していたとなると、内容を知る者は限られているのではないでしょうか?」


秋欄の問いかけに華琳は大きく頷いた。


「そうね、大長秋だったお爺様の目を盗んだとしても見るとなると………。そう、一人だけ太平要術の書を読んだことのある人物を知っているわ。お父様と知己で何度も頼みに来たときのことを覚えてるわ」

「では、その人物が今回の盗みの黒幕と?」

「そう言いたいのだけど、その人物にはすでに必要ない物なのよ。さっきからずっと考えてるけど、どう考えても彼には太平要術の書が必要ないのよ。それにもし必要だとしても、こんな紛らわしい手を使わなくても彼には手に入れられるわ。寧ろ、こんな手を犯して自らが疑われるようなことをするわけがないわよ」

「華琳様、その人物の名は………」

「………段珪」

「段珪………まさかっ!!」


華琳の言葉を復唱した秋欄は何かに気付いた瞬間、顔に緊張がはしった。


「ええ、そうよ。この大陸に蔓延る病魔の中枢にいる十常侍の段珪よ」

「十常侍………。仰る通り、たしかに奴らには今更、集団を操る書などは必要ないかもしれませんね。もし、必要であればただ命じるだけで、華琳様は拒否すら出来ずに書は問題なく手に入る。そうですね、段珪ならこのような手を使わずとも簡単に手に入れることができますね。だとしたら、段珪から書の内容を伝え聞いた者か………」

「もしくは、私たちが考えもしないことが宮中の裏で行われているかのどちらかね。まぁ、どちらにしても、この曹孟徳の顔に泥を塗った以上、絶対見つけ出して後悔させてやるわっ!!」

「では、引き続き?」

「ええ、領内や周辺の州に放っている細作を増やして動きを逐一報告させなさい。盗んだのが誰であれきっと何かしらのことが起きるわよ」

「御意!!」


そう命じる華琳の目は獲物を狙う猛獣のように爛々と輝いていた。


「春蘭っ!」

「は、はいっ。華琳様!」


名を呼ばれた瞬間、春蘭は反射的に背筋の伸ばした。


「明日から兵たちの鍛錬の量を増やしなさい。そして、ついていけないような兵はさっさと切り捨てて構わないわ」

「はあ~。………秋欄、どういうことだ?」

「つまり、戦が近いってことだよ、姉者」

「戦が………ッ!! かしこまりました華琳様。必ずや華琳様のお目に適う兵に鍛えあげてみせます」

「頼んだわよ、春蘭」

「はっ!!」

「どこの誰だか知らないけど、必ず今日のことを後悔させてやるわ!」


華琳は遥か西の方角を睨みつけていた。






人和は先程から一言も発せずに燕が持ってきた書を読んでいた。

読めば読むほど驚きの連続で、体は小刻みに震えていた。


「れんほーちゃん、だいじょうぶ?」


震えながら書を読んでいる妹を心配して天和が思わず声をかけた。


「ご、ごめんなさい、天和姉さん。大丈夫、少し興奮しすぎただけよ。燕さん、これ、凄い………凄いってもんじゃないわ……。私たちが思いも付かなかった有名になるための方法が、たくさん書いてある……」


その話す人和の声は僅かに震えていた。


「へー、こんなぼろぼろな書にね………冗談とかじゃないわよね?」


たかが、書にそこまでの内容が書かれているとは思えず、地和がおどけたように声をかけた。


「冗談なんかじゃないわよ。これを実践していけばきっと……大陸を獲れるわ! 私たちの歌で!」

「私たちの歌で………ホントに!?」

「ええ!」

「でも、れんほーちゃん、それだと燕ちゃんは………?」

「いえ、私も必要不可欠ですよね、張梁さん」

「ええ、駆け上がるには燕さんの持つ財や人脈が必要不可欠よ」

「よ、よくわかんないけど、燕ちゃんも一緒なんだねーよかったー」

「よおっし! ならわたしたち三人と燕ちゃんの、力を合わせて歌でこの大陸、獲ってみせるわよ! いいわね!」

「おおーっ!」

「ええ!」


四人は再度、互いの夢を叶えることを約束してのだった。

そして、この日を境に張三姉妹は飛躍的に有名になり、また沢山の信者を獲得することになったのだった。




「おやおや、ぼーとしちゃってどうしてんですか、人和さん?」


天和と地和の世話が一区切りついた燕が優しい笑顔で近付いてきた。


「ちょっと、昔………燕さんと出会った時の頃を思い出してたの」

「それは懐かしいですね」

「ホント懐かしいよね。まさかあの時は私たちがここまで有名になるとは思ってもなかったわ」

「地和さん、つまり私を信じていなかったと?」


燕がおどけたように地和を見た。


「ちーちゃんの気持ちわかるなー。だって燕ちゃん初めて会って、いきなり土下座だもん。わたし、びっくりしちゃった」

「たしかに………私も同じことをされればちょっと考えますね」

「でしょ?」

「ええ」


燕につられて三人も笑い出し楽屋は温かな雰囲気に包まれた。


「と、少し真面目な話しをいいですか?」

「ええ、どうそ」


燕がこういう話し方をするときは決まってよくない話であった。毎日、顔を合わせそれなりに長い間、一緒にいるので三人にはそれがよく分かっていた。だから、普段はおどけている天和や地和も幾分か真剣な顔をしていた。


「すいません、実は流民たちの受入れ先のことなのですが、領主との交渉に失敗して白紙になってしまったんです」

「うそー。あんなに貢ぎ物を贈ったのに?」

「はい、本当にすいません」

「じゃあー、流民さんたちはどうなるのー?」

「受け入れ先に断わられた以上、行くあては………」

「それじゃあ、どうするのよ!流民たちは私たちが領主と交渉してるのをすでに知っているのよ!」


人和は燕にくってかかった。


いま、この地域には多くの流民たちが張三姉妹を頼り集まってきているのだ。

四人で活動を始めた当初はただ歌を歌って各地を巡業するだけであった。この巡業は好評で各地を回る内に足繁けなく公演に駆けつけてくれる顔馴染みもちらほらと増え始めた。ある時、その馴染みから毎回盛況すぎて公演の一部有料席が取りにくくなったと相談され、燕がそれではお得意様用の組織でも作ってみてはと提案し、三人もそれを了承して張三姉妹公認の組織(ファンクラブ)が出来たのだった。


その後、張三姉妹の名が知れ渡るのに呼応して組織(ファンクラブ)も大きくなり、いつの間にか巡業の手伝いを買って出る者まであらわれ、かなり大所帯になっていた。ただ、金銭的な収入以外にも色々なところからの有志による寄付があったので手伝ってくれる者たちの面倒を見ても十分、台所は潤っていた。

そんなある日、巡業の途中で訪れた里で今後の運命を大きくかえる出来事に出くわしてしまったのだった。

予てからぜひ巡業にきて欲しいと乞われ、忙しい予定を調整してようやく訪れることが出来た里だった。だが、里に着くと住民たちは歓迎ではなく途方にくれていたのであった。理由を聞くと、領主が税と称して住民たちの蓄えをすべて取り上げてしまったとの話だった。あまりにも不憫な話しだったために、燕と三姉妹は相談して、自分たちの蓄えを分け与えたのであった。住民たちはその行為にいたく感激して皆涙ぐんで張三姉妹に感謝をしたのであった。そして、この話は美談として人伝に広がり、張三姉妹の名声はさらに膨れ上がったのだった。


しかし、いつの間にか噂は湾曲され、張三姉妹の元に行けば食料を分けてもらえるとの話しにすり替わり、三姉妹の元には多くの流民たちが集まるようになっていた。

最初は困惑しながらも僅かばかりと食料を分け与えていたが、日に日にその数は増えついには台所を圧迫し始めたのだった。一時的に流民たちへの援助を止めたが、食料を貰えなかった流民たちは不満が口々にあげて悪い噂が立ち始めたのだった。そのため、活動に支障が出始めて、すぐ再開することになってしまった。その結果、三姉妹の収入のほとんどが流民たちの食料に消えていったのだった。

しかも、張三姉妹が隠れてどこかに行ってしまわないよう監視する者たちまで現れたのだ。そのため、張三姉妹が移動するときは組織(ファンクラブ)の中でも腕に覚えがある者たちで結成された親衛隊が同行して守ってくれているのだった。


「本当にすいません」

「ちょっと、れんほー!そんなに責めたら可哀相よ。燕ちゃん一人の責任ってわけでもないし」

「ちぃーちゃんの言う通りだよー。あまり燕ちゃん責めたら駄目だよー」

「そんなの分かってるわよ。でも………」


人和だって燕一人の責任でないことはわかったいた。だが、それぐらい今回の領主との交渉は大事だったのだ。自分たちの未来を守るために。


自分たちの元に集まってくる流民たちの多くは全く働かず毎日食料だけをたかってくるのだ。だから、密かに領主と会い交渉を重ね、流民たちを受入れてもらう算段をしていたのだ。

勿論、ただではなく高価で珍しい贈り物を色々と送ったり、接待だって何度もした。その甲斐あって、最初は難色を示していた領主であったが、かなり前向きな回答をもらえるまでになっていた。

また、領主の周辺からその話しが漏れ、流民たちにも伝わったが、特に流民たちから不満が出ることはなかった。寧ろ、土地を持たない流民たちからしてみたら大歓迎の話であった。そのため、三姉妹の元に集まる流民たちの数はさらに増えていったのだ。

しかし、燕は言った領主との交渉に失敗したと。では、集まった流民たちはどうすればいいというのだ。下手なことをすれば流民たちの不満の対象が自分たちに向くのは分かりきっていた。


「大丈夫だよー。今までだって四人で一緒に頑張ってきたんだからこれからも頑張れるよー」


人和の思い詰めた表情をほぐすような声で天和は笑いかけた。その笑顔で幾分か心に余裕が生まれた。


「天和姉さん………。ごめんなさい、燕さん。少し言い過ぎたわ」

「いえ、気にしないで下さい。今回の交渉を勝って出たのは僕ですし、やはり責任は僕にありますよ」

「そんなことないよー燕ちゃんは私たちの面倒から何までよくやってくれてるよー」

「そうだよ、燕ちゃんはよくやってくれてるよ。れんほーもそう思ってるでしょ?」

「ええ、私もそう思ってるわ。燕さん、いつもありがとう」

「ありがとうございます、天和さん、地和さん、人和さん」

「でも、本当に困ったわね」

「そうだよねー」

「そのことなのですが、これは最後の最後まで実行するつもりはなかったのですが………」


燕の言葉に姉妹の耳がピクっと反応した。


「なんだ、ちゃんと策があるじゃん」

「はい、一応は………実はこの近くにだいぶ前に廃棄された城があるんです。そこを一時的に使わせてもらおうかと考えています」

「廃棄された城を………。でも、そんなことしたら官が黙ってるはずないわ、危険よ」

「はい、勝手に使えば官は討伐に出てくるでしょう。ですが、逆に勝手ではなければ………」

「もしかして………すでに?」

「はい、領主との交渉に失敗したときに何とか証書を書いてもらいました」


燕は懐から領主の証書を出して人和に見せた。たしかにその旨が認められて、領主の名、袁公路の署名の横に印まで押されていた。つまりこれは正式な証書であった。


「燕ちゃんやるー!」

「これは皆さんの接待と贈り物のお陰の賜物ですよ」

「とりあえず、官は目を瞑ってくれるってことね」

「ええ、行くあてのない流民をこのまま留めておくよりかは、空城を使わせたほうが官もましと判断するのは必然です」

「それと食料は?」

「はい、それも私の人脈を使って買えるだけ買い集める手配をすでにしました。まぁ、少しばかり実家に頼ってしまいましたが………あと、事後報告で申し訳ありません……」


燕は苦笑いしていた。


「おぉ、燕ちゃんの手腕はさすがだね」

「そうね、それならば流民を空城に移動させても問題ないわね」

「はい、大丈夫かと。それと、流民たちには空城での生活の面倒を見る代わりに、労働することを条件しようと思います。そして引き続き流民たちの受け入れ先を探すため他の領主とも交渉して、最終的には流民たちには空城から出て行ってもらうつもりです。そのため、一目でその者が条件をのんだ流民たちと分かるように目印を付けようと思っているのですが……」

「条件をのんだ流民に目印?」

「はい、目印をつけて周辺の領主に伝えておけば条件をのんだ流民たちとそうでない流民たちが一目で分かり無下には扱われないと思いますので………それに私たちも分かりやすいと思いますので」

「たしかに私たちと一緒にいるのが分かれば領主たちも暴挙に出ることはないわね」

「僕もその通りと考えました。それでその目印なんですが、遠くからでも一目で分かるように黄色の頭巾にしようかと思いました」

「黄色って私たちの衣装と同じに」

「はい、その方がわかりやすいと思いました。あと、知り合いの問屋にも生地の在庫も確認してますので、すぐに手配も可能です」

「わかったわ。その策でいいと思うわ。さすが燕さんね………色々とありがとうね」

「いえ、これも皆さんが一緒にいてくれるお陰ですよ」

「またまたー」

「いえいえ」


すでに人和の表情に先程の憂いはなくなっていた。そして、また部屋は温かな雰囲気に包まれていったのだった。



その後、燕は色々と手配するため部屋から辞して動き回っていた。それが一段落したのは夜が明けて地平線の彼方には日が昇りはじめていた。


燕は一人の親衛隊の男に手短に話すと、男は頷き燕の元から去っていった。


(これで下準備はすべて整った。後は上からの指示を待つだけだな。せいぜい最後までしっかり踊ってくれよ。お嬢さんがた)


そこには三姉妹が一度も見たことのない、冷ややかな表情をした燕のもう一つの顔があった。

そう、すべては最初から仕組まれていたことだったのだ。


その時、朝焼けの空に一つの流星が流れた。


「おやおや、この時間に流星が流れるとは珍しい。天から私への祝福かもしれませんね。さて、そろそろ人和さんたちを起こす時間ですね。今日も頑張りましょうか」


燕は背伸びをしながら三人が寝ている部屋を目指して歩き出した。その顔はいつもの燕に戻っていた。


だが、燕も十常侍たちもこのとき予想だにしない形で流民たちの制御を失うとは知るよしもなかった。




時同じくして幽州は啄県、五台山の麓では………


「ほらぁ~、二人とも早く早く~」

「お待ち下さい、桃華様。お一人で先行されるのは危険です」

「そうなのだ。こんな朝早くに、流星が落ちてくるなんて、どう考えてもおかしいのだ」


そう話す三人が目指す先は先程、流星が落ちた場所だった。




そして、外史の世界に一人の人物が降り立つ。






読んで頂きありがとうございます。


ついに北郷一刀君が外史の世界に降り立ちました。

次話は少だけその話を中心に書こうと思います。

まぁ、主人公と実際に絡むのはまだまだ先ですが……。


そして、黄巾の乱が始まります。


お楽しみに~!

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― 新着の感想 ―
[一言] 恋姫が好きで探したら見つけました、 読んでいて引き込まれる良い作品でした。 更新待ってます。
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