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真・恋姫†無双〜後漢最後の皇帝   作者: フィフスエマナ
第二章 伝えられなかった真名
27/31

真名

お待たせしました投稿します。


ただ、お詫びがあります。前回の後書きで、今回分で二章が終ると書きましたが、予想以上に長くなりましたので後一話だけ続きます。


また、お陰さまでお気に入りが200件を越えました。本当にありがとうございます。これからも頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。


では、楽しんで下さい。



要は眠っていた。


冬史たちに助けられて後、心身とも極度に疲労していたため、再度意識を失ってしまったのだった。

意識を失った要を抱きかかえながら冬史は狼狽していたが、孫堅の的確な指示ですぐに従軍医師に診てもらうこととなった。医師の診察の結果は特に命の別状はないとのことだった。ただし、全身のいたるところに打撲と酷い内出血を起こしていたため、回復には時間が必要とのこと。しかし、骨折などの重症にならなかったのは不幸中の幸いであった。これは要の欠点でもあった、体力のなさ………つまり筋力不足のお陰でもあった。簡単に言うなら酔っ払いが車に轢かれて助かった時のあれと同じ事が起きていたのだった。


要は眠りの底から目覚めようとしていた。覚醒しつつある意識の中で、何か暖かいものに包まれているよう感じがしていた。その温もりはとても心地良かった。また、ずいぶんと昔にも感じたことのある懐かしい暖かさだった。


(なんだろう………不思議と心が軽い。しかも、懐かしくて暖かい。………えっと、たしか仲謀を逃がして………賊に捕まって……そしたら……そうだ!!)


「義真!」


そこまで記憶を手繰り寄せて、自分に何が起きたのかを思い出した要は、咄嗟に叫んで起き上がろうとした。が、起き上がろうとした要の目の前には暖かくて柔らかい物があった。勿論、体は柔らかいその何かに包み込まれていた。あまりにも突然のことで混乱していると、頭の上から優しい声が聞こえてきた。


「はい、なんですか伯和様?」


咄嗟に声の聞こえた方を向くと冬史と目が合った。どうやら先程の声は冬史の声だったようだ。ようやく自分に起きていることが理解できた。つまり……


「えっ!? なんで義真が一緒に寝てるの?」

「それは秘密です。それとも、お嫌でしたか?」


冬史がさも心外と言わんばかりの口調で優しく微笑んだ。その微笑を見て要の心に暖かい何かが広がっていった。


(そうか、抱き締めて貰っていたから暖かくて心が落ち着いて………懐かしい感じがしたんだ)


「ううん、嫌じゃないよ」


要は笑顔で答えた。


「それは良かったです」


その言葉を聞き冬史は優しく要を抱きしめた。


(前にもあったような。………あぁ、そうだ。翡翠お母さんに抱き締めてもらった時だ。本当に暖かいくて、気持ちいい)


「まだ、夜明けまで時間がありますので、もう少し眠りましょうね、伯和様」


そう、夜明けまでまだ時間があった。この暖かさにまだ浸れるのかと思うと要は嬉しかった。


「うん、おやすみ」

「おやすみなさい、伯和様」


そう言うと、要はすぐ眠りに誘われていった。その安らかな眠りは翡翠が最後に抱きしめてくれて眠ったとき以来、実に五年ぶりの眠りだった。


眠った要の寝顔を見て、冬史は翡翠や孫堅の気持ちが心から分かったと思ったのだった。愛としいと。また、冬史もすぐに眠りに誘われていったのだった。そして、その寝顔もまた何処までも安らかであった。


「しくしく、あたしも一緒に寝たかったっすよ………」


宿の寝台が狭かったため、澪だけ一緒に寝ることが出来ず、別の寝室で一人で寝ることになってしまい、布団は自身が流した涙で濡れていたのだった。





翌朝


雲ひとつなく晴れ渡った青空を通して陽の陽射しが開け放たれた窓から部屋に注ぎ込まれる。外から小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。眠っている要の顔を窓から入ってきた湿った風が優しく撫ぜた。 そんな中、安らかに眠る要は何者かによって体が揺らされていることに気が付いた。とりあえず、目を瞑ったままで寝ぼけながら返事をした。


「むにゃ?」

「伯和様、朝ですよ。そろそろ、起きて下さい」


言葉にもならない声で返事をすると、優しい冬史の声が聞こえてきた。とても優しい声だったが、要は自分を包み込む眠気の方が魅力的だった。


「まだ、寝てる」

「いけません。あと少ししたら孫文台様がお見えになります。その前に朝食を召し上がらないといけません」

「いらない、義真に任せる」

「駄目です。それでなくとも今日は、襄陽に向けて帰える日なのですよ」

「むにゃ………すやすや」

「……ッ!」


要は寝ぼけたまま答え、そのまま眠りに誘われていった。優しく話していた冬史は、再度眠った要を見て僅かに息を飲んだ。その音が要には聞こえたような気がした。次の瞬間、


「伯和様………ッ! 起きなさいっ!!」

「ひっ」


冬史の鋭い声とともに、要は包み込んでいた布団と無残にも引き離されてしまった。あまりにも突然過ぎる事態に驚いた要は跳ね起きて、咄嗟に冬史を見た。


「おはようございます。ようやく起きて頂けましたね。いま朝食の支度をさせますから、着替えが終りましたら広間に来て下さい」


少し怒ったような表情で冬史はそう話したが、その言葉は要の耳には全く入ってなかった。何故なら、要は冬史のその顔に見惚れていたからだ。その顔は後宮で暮らしていた時に、一度も見せることのなかった顔だった。臣下ではなく、本来の冬史らしい顔であったのだ。


「義真………」


寝室から出て行こうとした冬史を要は呼び止めた。


「はい、なんでしょう?」


振り向いた冬史の顔は優しげであった。


「おはよう」

「はい、おはようございます、伯和様」


要は笑顔で朝の挨拶をした。それを聞いた冬史も微笑みながらそれを返してくれた。


(あぁ、これだ………)


この心のこもった朝の挨拶も五年ぶりであった。こんなにも穏やかな気持ちで冬史に挨拶したことがなかった。本当に暖かい朝の挨拶だった。そして、これが自分が求めていたものだとすぐわかっていた。

これは当たり前の日常だったはずだが、翡翠が亡くなってからは当たり前ではなくなってしまったこと。そして、今この瞬間からまた当たり前の日常になったことだった。そう感じた要の心は歓喜に包み込まれていた。

この朝は翡翠が亡くなってから一番最高の朝だった。また、この日を境に蝕んでいた悪夢や苛々は完全に治まり、要は落ち着きを取り戻していたのだった。その姿を見た宮中の人間は大層驚いたとのことだった。


その後、身支度を整えてから広間に入った要は、待ち構えていた澪に抱きつかれて揉みくちゃにされていた。体の節々の怪我が痛んだが、それ以上に心は嬉しかった。澪にはとても心配したと散々説教をされたが、怒る澪の顔から終始笑顔が消えることはなかった。

また、澪の行動を見ていた冬史も特に叱責することなく、優しい眼差しで二人を見ていた。


「伯和様、良かったっすね♪」

「うん、ありがとう」


それを見て澪が耳元でそっと呟き、要は笑顔で返事をしたのであった。

ちょうど三人が食事を終えた頃、孫堅は広間にやってきたのであった。


「あら、おはよう♪」


広間にいる三人を見て満足そうな笑みを浮かべた。


「孫堅さん、おはようございます」

「おはようございます、文台様」

「文台の姐さん、おはようっす」


孫堅に三者三様の返事が返ってくる。そして要と目が合った瞬間、孫堅は遠慮なく笑い声を上げたのだった。


「あらら、瞼は腫れ上がって、頬もぱんぱんで酷い顔ね、皇子♪」

「なんで、笑ってるんですか?」

「だってね……ふふ♪」


要が不思議そうに聞き返すが、孫堅は笑うだけであった。だが、それを聞いて冬史はどこか気まずそうな顔していた。そう、本人は動くたびに全身が痛むためあまり意識をしてないが、要の顔は昨日泣いたことと冬史に引っ叩かれたことによって、まだ腫れ上がったままだった。だから、原因の一端の冬史は気まずそうにしていたのだ。ただ、逆に要はわけが分からずにきょとんとした顔していた。その二人の顔は嫌いではなかったが、見ていると自然と笑みが漏れてしまうため、孫堅は我慢することなく面白そうに交互に見て笑っていた。


「昨日は助けて頂いてありがとうございました」


孫堅が落ち着いた頃、要は助けてもらった礼を孫堅に伝えたのだった。その言葉と同時に頭を下げたのと見た孫堅は少し驚いていた。


「いいえ、お礼は無用よ。これは臣下の役目………いいえ、あの子の親………そうね、私が治めている郡の子と民を皇子は助けてくれたのだから、頭を下げないといけないのは私の方よ。それに……」

「それに?」


目の前で頭を下げた孫堅に要は聞きなおした。


「ええ、あなたは翡翠の子だからね」


頭を上げながら孫堅は優しく要にそう伝えたのだった。


昨晩、冬史と澪と孫堅は今回のことをどうするかで色々と相談していた。その中の一つに要と蓮華にお互いの素性を教えるかどうかのことも含まれていた。結果だけ先に述べれば言えばお互いの素性を伝えないことで一致した。

理由の一つに要は皇帝の御子として太守の娘を助けたのではなく、一人の子として一人の娘を助けたからである。また、孫堅から蓮華の性格を聞いた冬史と澪は、蓮華の真面目な性格から、要の素性を知れば普通に接することが難しくなることが容易に想像が出来た。それは、せっかく落ち着きを取り戻した水面に、また波紋を広げるようなものだった。その行為は後宮に戻る要にとって、単なる悪影響でしかないのだ。

孫堅は最初こそ蓮華の親として要に礼をと主張していたが、冬史や澪に説得されたのだった。

だが、やはり一人の娘の親としての感謝の気持ちが依然としてあったため、先程本心を言いかけて言葉を濁したのであった。


「孫堅さん、翡翠お母さんを知っているんですか?」


三人は要に気付かれたと咄嗟に考えたが、要の意識は別のものにいったことを知って内心安堵していた。


「邪魔するぞ………。おお〜!皇子、その顔はどうしたのじゃ?」


その時、孫堅に遅れて祭が広間に入ってきた。宿に案内をした日以来、要と顔を合わせた祭はその全く違う顔に驚いて声をかけた。逆に要は要で、一昨日会った時は呆然としていて祭のことをよく覚えていなかった。そのため、いま目の前のいる祭に目が釘付けになっていた。勿論、美人な顔以上に目がいっていたのはその大きすぎる胸だった。

咄嗟に我に返った要は、何か言わなくてはと焦って考えた結果、口から出た言葉は………


「う~~~ん。そう! 愛し愛された結果です」


皇帝の御子としても、五歳児としても、あるまじき言葉であった。一瞬の沈黙の後、


「愛し愛された? その歳で、その言葉………どうやら、皇子の将来は、かの劉勝と同じで側室が沢山じゃな!くっ、くははーー」


祭の大きな笑い声が広間に響き渡った。それに釣られるようにして皆の笑い声も広間に響き渡っていた。ただ一人、要だけは顔を真っ赤にして恥かしそうに下を向いていたのだった。

ちなみに劉勝とは劉備の先祖であり、孫も含め百二十人以上の子孫をなしたと言われている人物だ。


その後、孫堅は翡翠との関係を簡単に話そうとしたが、要が身を乗り出して目を輝かせてきたので祭を交えながら昔話を沢山話したのだった。かなり話に花が咲き落ち着いたのは昼前のことであった。孫堅が一息入れてから懐から少し茶色く黒ずんだ何かを取り出して、全員の視線がそれに集中したのだった。


それは昨晩、夜通しかけて長沙の城内に取りに行った物だった。一同の視線に気付いて手紙よと、孫堅は伝えた。だが、それを聞いた冬史、澪、祭の三人はかなり驚愕していた。それは何処からどう見ても手にしているのは“紙”だったからである。

この時代、文章のやり取りは竹簡が主流であった。そのため、どんな高位の立場にある者も遠縁に住む者ともやりとりは竹簡による手紙だったのである。しかし、孫堅が手に持っているのは竹簡ではなく紙であったのだ。五十年以上前の宦官、蔡倫という者によって改良された紙が開発され、現在も存在したが、かなり高価な物であった。そのため、皇帝や権力者達への献上品として扱われることが多かったのだ。逆にそれを竹簡代わりに使う者は皆無であった。当時、さすがの孫堅も紙が届いて驚き、それが竹簡代わりに使われたと知って更に驚いたのであった。ただ、紙を竹簡代わりに使用するなど、翡翠らしいとも思っていた。


孫堅は手紙に目をやり、次に要の目を真剣に見て伝えたのであった。この手紙には要の真名に関することが書かれているのだ。


「いい、よく聞きなさい。これから貴方の真名を伝えるわよ。これは翡翠の手紙に書かれている貴方への伝言だと思って聞きなさい」

「僕の真名?」

「そうよ、詳しくはここに書いてるから………読むわね」


孫堅はよく通る声で手紙の一部を読み出したのであった。


(水蓮姉様へ。お久しぶりです、私は後宮でつつがなく暮らしています。お姉様はお元気………いいえ、お元気そうですね。お姉様の噂は遠く離れた私が住む後宮まで届いてます。何やら江東に大きな虎が出現したとか♪ そして、長沙の太守就任おめでとうございます)


(そうそう、お姉様もお聞きになってると思いますが、ついに私も母親になりました。しかも、男の子です。ただ、この子が雪蓮や蓮華は違って、ちっとも泣いてくれないのです。たまに母親の私がいる意味がと本気で悩むことがよくあります。あまりにも泣かないので、一度、本気でこの子に泣いてもらおうと考えていたら、木蓮にばれて怒られちゃいました。でも、この子の寝顔を見ていると、とても幸せな気持ちで一杯になります)


(それと、木蓮はまだ早いと言いましたが、この子の真名決めちゃいました。お姉様だけに特別に教えておきますね。この子の真名は“要士”です。きっと、後宮で生まれ育つ、この子の人生は順風満帆ではないと思います。そのため、いつか自分の人生に嘆き私を恨むことがあると思います。でも、私は願っているのです。この子の行く末が漢の“要”になるような存在であることを。そのために為政者として清廉潔白であり、教養や学問、そして民を思いやる心をしっかりと身につけた“士”であらんことを。だから、この子の真名を“要士”と名付けました。これはまだ皇帝陛下にも話していません。ですので、これは私と木蓮と水蓮姉様の三人だけの秘密です。あと………)


孫堅が翡翠の手紙を読み終えて目を離した。広間は物音一つすることなく静まり返っていた。

孫堅の目の前にいる要の目には涙が溢れて頬を伝っていた。それは翡翠の手紙の途中から自然と溢れ出したが、悲しみの涙ではなかった。今は亡き大切な人に手向けられた感謝の涙であった。


「これが翡翠が貴方に願った真名よ」


その涙の意味を察して孫堅が要の顔を見て一言そっと伝えた。


「要士……僕の真名なんだ」


要は伝えられた真名をかみ締めるように何度も何度も呟いていた。そして、翡翠と一緒に暮らしていた時のことを思い出していた。短い間だが、翡翠は本当に母親として自分に沢山の想いを注いでくれたことを思い出していた。それは翡翠が亡くなる寸前までずっと………。要が記憶している翡翠の顔はほとんど笑顔であった。そして、今尚、新しい想いを残して自分の注いでくれていた。その想いが暖かく心を包み込んで、じんわりと染み込んでいく。


「翡翠様……」


翡翠の想いをかみ締めている要の姿を冬史は優しく見つめていた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。同時に、これまで以上に見守ると心に刻んだのであった。


「しっかり翡翠の想いを刻み付けておきなさい。そして、その想いに恥じることのない人物になりなさい。わかった皇子?」


少し時間が経った後に、孫堅は声をかけた。


「………」


しかし、要はかみ締めて下を向いたままであった。


「わかったの要士!」


返事がなかったため、下を向く要に活を入れたのだった。


「なっ!!」

「文台の姐さん!!」

「け、堅殿!!」


返事は要以外の三人から返ってきた。しかも、三人とも非難の声をあげて孫堅を見たのだ。


「なによ、仕方ないじゃない。真名を知ってるんだから………」


その視線にたじろきながら言葉を返すも、視線は更に強まっていき、孫堅にはお手上げだった。ただ、真名を呼ばれた当の本人の要は何がいけなかったのか分からなかったため、視線が孫堅と三人の間を行ったり来たりしていた。


「はいはい、わかった、わかったわよ。…………ねぇ、伯和皇子?貴方は真名の意味って知ってるかしら?」


そう、この世界には姓、名、字の他に真名という呼び名があるのだ。それを襄陽に来てから初めて知ったのだった。母やその友人の呼び名、翡翠や木蓮も真名だろうと要は思っていた。ただ、冬史や澪がお互いの真名を呼ぶ姿を見たことがなく疑問だったのだ。要が記憶している限り、二人が真名と思われる名を呼んでいたのは一度きりだった。


「たしか………そうなるべき姿?」


襄陽で真名を学んだ時の事を思い出しながら答えた。


「そう、その通りよ。でもね、真名は本人の許可なしにその名を他の者が呼んではいけないものなのよ」

「なんで?」


そこまでは教えてもらっていなくて、初耳だった。


「それはね、真名はその人の想い………つまり心の底を表すのと同じことだからよ。だから無暗に他の者が呼んではいけないのよ。通常は家族とかごく親しい者同士ね。ちなみに許可してないのに真名を呼んだら殺されても文句は言えないわよ」

「えっ!?」


殺される………真名がそこまで重要な名だとは知らずに要は驚ていた。


「だから貴方に許してほしいの」

「?」


驚く要に孫堅は頭を下げた。だが、要にはその意味がわからずにきょとんとした顔で見ていた。そのため、孫堅は言葉を続けたのであった。


「さっき、真名を伝えた後に、貴方が許可してないのに呼んじゃったじゃない。だから……」

「いいですよ、それだったら全然問題ないです」

「へっ?」


ようやく意味が分かった要は笑顔で即答した。そのため、今度は孫堅の方がきょとんした顔をしたのであった。


「だって、翡翠お母さんは孫堅さんに僕の真名を預けて、孫堅さんはその真名を僕に教えてくれたじゃないですか。う~んと、孫堅さんがいなければ、僕の真名は永遠に伝わらなかったってことじゃないですか?だから、孫堅さんに伝わった時点で僕の真名はその名を呼ぶことを認めていると思うんです。なんか上手く言えないな……………でも、孫堅さんに真名を呼ばれて僕の心がこんなにも嬉しいのなら、きっと僕のありようが孫堅さんに真名を呼ぶことを認めているってことだと思うんです。だから、全然問題ないですよ。寧ろ、とっても嬉しいです。それに、もし許さなかったとしたら、今度は翡翠お母さんに怒られちゃいますよ」


要は自分の思いを上手く言い表せなかったため、両手を大きく動かしながら全身で孫堅に表現していた。


(本当、翡翠にそっくりね)


その姿を見て孫堅は、その表現の仕方が昔の翡翠そっくりだったため、くすりと笑みを浮かべ問いかけた。


「いいの?本当に?」

「はい、大丈夫です」


要も頷いて同じように笑っていた。


「伯和様………」


先程の要の姿は本当に翡翠そっくりであったと冬史も思っていた。そして、その口から紡がれた言葉はあの時の言葉とほとんど一緒だった。やはり、一緒に暮らした時間が短いとはいえ二人は親子なのだと。そして、要が本当に成長したと感じていた。襄陽に滞在している時点でも、後宮の時と比べればかなり成長したと感じえいたが、ここに着いてからはそれ以上に成長したと感じていた。ここまで変わるとは出発前には思ってもいなかったのだ。正直、この県に着いた時は後悔していたが、今は本当に来て良かったと心底思っていた。



「ありがとう要士。良かったら私の真名、預かってもらえるかしら?」


孫堅は一頻り笑った後に、要に話しかけた。


「いいんですか?」


要にとって、その申し出は驚きだった。きっと、半分以上は翡翠との縁だと考えていたが、それでも孫堅という一人の人間が自分を信用してくれたと思うと嬉しかった。


(私の大切な蓮華を助けてくれた、翡翠の大切な子……)


「ええ、貴方だから預けたいの………嫌かしら?」


孫堅の申し出を受け入れようとした瞬間、要はあることを思い出した。そう、最初に聞きたいと。


「孫堅さん、申し訳ないんですが………」


要の言葉を聞いた孫堅以外の三人は息を飲んだ。まさか拒否するとは誰も思っていなかったからだ。だが、真正面から要を見ていた孫堅はその表情から何かを察していた。


「あの……、少し待ってもらえませんか? 実は真名を聞いた時から最初に教えてもらいたい人がいるんです。その………本当に申し訳ない」

「つまり、私はその次ってことね。ふふ、いいわよ。早く聞いてきちゃいなさい♪」


その言葉で確信に変わった孫堅は笑顔で要を送り出した。


「はい!」


要は元気よく返事をして冬史の元に駆け寄った。要が自分の方に駆け寄ってきたため、意味がわからず冬史は驚いたまま要を見つめていた。


要は一息吸って、


「義真!」

「は、はいっ!!」


いきなり自分の名が呼ばれ、冬史は緊張した面持ちて背筋を伸ばした。


「義真の真名を僕に預けてもらえないかな?そして、僕の真名を預かってほしいんだ。駄目だろうか?」


要は自分の想いを紡いだ。


「で、ですが。そんな畏れ多いことを。わ、私などに………」


この時、皇帝の御子たる存在が持つ真名の本当の意味を要は知らなかった。逆に冬史は十分理解していたため、躊躇したのであった。


「違うよ。皇子と臣下ではなく、今までずっと傍にいてくれた義真だからこそ、預かって欲しいんだ」


だが、きっと意味を知っていたとしても要はそうしたはずだ。


(やはり翡翠様と似ている。まるで本当にあの時と一緒だ。そうだな、もう何も迷うことはなかったのだったな。ならば)


「わかりました。喜んでお預かりしましょう。そして、どうか我が名を受け取って下さい。我が真名は冬史です」


冬史は要の目線に自分の目が合うように腰を落として自分の真名を伝えた。


「冬史………うん、いい真名だね。僕の真名は要士。今まで本当にありがとう。そして、これからもよろしくね、冬史」


冬史の真名を口ずさんで要は笑顔になった。


「はい、要士様」


その顔を見た冬史は微笑みかけていた。


「うぅ〜、姐さんいいっすね」


その二人の雰囲気を、物欲しそうな目で見ている澪の視線に要は気が付いた。


「勿論、朱儁にも預かって欲しいんだ」

「本当っすか、皇子!」


それを聞いた澪は、まるでパッと咲いた花のような笑顔になった。


だが、


「う……」


孫堅によって澪の襟首は掴み上げられていた。


「駄目よ!次は私の番よ」

「それは、あんまりっすよ〜」


孫堅の主張に澪は非難の目で訴えた。その姿はいたずらして捕まった猫のようであった。


「堅殿、ちと大人げない……」


その愛らしいともいえる姿に、情が移った祭が止めかけた。


「煩いわね、祭。私の真名は水蓮よ。よろしくね、要士」

「はい、水蓮さん」


祭の言葉を無視して孫堅は要の方を向き、自らの真名を名乗ったのであった。その片手には捕まっている澪が更に非難の目で孫堅を見ていた。だが、本当に襟首を掴まれた猫にそっくりだったため、要と冬史は可笑しくて笑っていた。


「じゃあ、次はっすね……」


次は自分の番だと、目を輝かせた澪が手足をばたばたと動かして主張を始めた。


が、


「孫文台様、我が主が真名を預けた以上、ぜひ我が真名もお預かり下さい」


冬史の孫堅を見る顔はさっきまでの笑みはなく、どこまでも真剣な顔であった。


「ええ、私からもお願いするわ」


孫堅は一つ頷いた。


「そうじゃな、堅殿が預けたい以上は、わしも預けんわけにはいかんじゃろて、いいかのう?伯和皇子」

「はい、僕からもぜひお願いします」


今度は祭が要を見て同じように話を切り出した。それを要は受け入れたのであった。


「あ、あたしの……」


場の雰囲気に一人だけ取り残された澪が小さな声で呟くが………


「なら、善はいそげじゃ」

「ふふ、そうね」


瞬く間に、澪以外の者たちで真名の交換が始まったのであった。それを見て澪はしくしくと涙を流していた。ふと、冬史が澪を見た。ようやく気付いてくれたと思った澪の顔が明るくなった。


だが、


「どうしたんだ、澪?」


そんな澪の姿にあえて気が付かないふりをして、冬史は澪に聞いたのだった。


「姐さんら鬼過ぎまっすよ〜」


澪は孫堅に掴まれたまま更にしくしくと涙を流していた。それを見た全員の笑い声が広間に広がっていった。





「あの水蓮さん、聞きたいことがあるのですが………」


その後、場の空気が和んでから暫く経った後、少しだけ思い詰めたような顔で要は孫堅に話しかけた。


「聞きたいこと?いいわよ。私が答えれることならね」


孫堅は何かを察して頷いたのだった。


「ありがとうございます。もし、水蓮さんが籠の中の鳥だとしたらどうしますか?」


要が質問を口にした瞬間、要と孫堅以外に緊張が走った。

そう、要は宮中に戻った後にどうすればいいか孫堅に相談したのだ。要自身が望まなくても、いずれ十常侍と何皇后によって繰り広げられる権力闘争に巻き込まれてしまうことは間違いないなかった。


「その鳥はまだ何になるか決まってないのでしょ?私だったら、籠や籠の外に気付かれないように隠れて爪を磨ぐわね。そう、いつか来るべき時のためにね。勿論、籠や外には気付かれないように注意が必要だけれども」


孫堅も今後の宮中が安泰などとは全く思っていなかった。寧ろ、危険であるとすら考えていた。最近、十常侍たちに擦り寄っていた諸侯に対して何者かが買収を持ちかけているのだ。その動きは荊南州一帯にまで広がっていた。勿論、孫堅の元にもさりげなく来たが、話を聞くまでもなく一蹴して追い返したのだが、その動きの長にいるものの姿は、巧みな工作によって全く見えなかった。だが、孫堅の感は自分が殺してやりたいぐらいに怨んでいる人物だと告げている。そう、何皇后であると。だから、要に伝えのだ。きっと大陸が混乱に陥る時が来ると、その時のために十常侍や何皇后、宮中で権力闘争している人間たちに気が付かれないように自分を磨きなさいと。


「もし、気付かれてしまって爪をもがれたら……」

「もがれたら?そんなの簡単じゃない、また生やせばいいのよ。そんなものはね、私が諦めなければいくらでも生えてくるものよ」


果たして周りに気が付かれないでいられるか要は不安であった。だが、それに対して孫堅は諦めなければ何度だって立ち向かうことが出来るのだといった。ようは心が折れないことが大事だと。


「それに貴方には強い味方がいるじゃない」


そういって孫堅は冬史と澪を見た。この二人ならきっと宮中で要を護ってくれると。


「その通りです!私たちが傍にいる以上は籠の中の鳥には指一本触れさせませんから、要士様」

「そうっすよ!」


もう要は宮中で一人ではなかった。


「冬史、澪………うん、ありがとう。孫堅さん、どこまで磨けるか分かりませんが諦めないで磨いてみます!」


要は心に決めて、この広間にいる全員の前で宣言した。その顔はしっかりと明日を見据えていた。要の顔を満足そうに見て頷いた孫堅が一つの質問をした。


「要士、貴方は将来、皇族として何がしたいの?」

「まだ、よくわかりません。ただ……」

「ただ?」

「はい、守りたい人達や、目の前で困ってる人を助けたいです」


要は具体的に皇族として何が出来て、何をしたいのかよく分かっていなかった。ただ、孫堅の問いかけにすぐ思い浮かんだのは、昨日助けた少女や困っていた県の人達の姿だった。せめて、自分の見れる範囲にいる人たちが無慈悲にも、誰からも奪われることのない暮らしをおくれるようしたいと考えていた。


「そう……。もし、まったく知らない子の命が危険に晒されてたとしても、あなたは助けた?」

「はい」

「貴方、死ぬかもしれないのよ」

「そうだとしても、同じ命には変わりありませんから」


また、恐くてどうしようもなくて震えるかもしれない。だが、一人の人間としてそう在りたいと思って答えた。要の答えを聞いた全員は息を飲んで驚いた。


「でも、貴方は皇帝の御子なのよ?」

「たしかに僕は皇帝の御子です。でも、その前に他の人と同じ一人の人間なんです」


辛うじて孫堅が言葉を発したが、その答えを聞いて、ありえないようなものを見たとばかりに固まった。それは周りにいた冬史、澪、祭も同じだった。そして、孫堅は内心で笑っていた。


そう、この目の前の皇子は自分の命と庶民の命を同じと言ってのけたのである。立場によって命の価値が全く異なるというこの大陸で。しかも、助けるためならその命を差し出してもいいと言った。一つの地方都市全員の民の命より重いされる、命の持ち主が、その命は一人の民と同等だと言ったのだ。さすがに要が常にそう行動できるとまでは、孫堅も思ってはいなかったが、それでもこの大陸を統べる皇帝の御子の言葉にしたら十分過ぎた。また、その考えはとても危ういものだが、同時にこの大陸に暮す一人の人間としては嬉しかった。


「………ッ!そう、上に立つものとしてはかなり無責任な言葉ね。ただ、自分を心配してくれる者がいることを常に意識してなさいね」

「はい……」


孫堅は要に釘を刺した。少し要はしゅんとして頷いたのだった。


次の瞬間まで、


「でも、私は好きよ。だから、その想いを大切にして自分をしっかり磨きなさいね。………そうね、そしたら、私が籠の鍵を外から開けてあげるから待ってなさい」

「えっ!?」

「堅殿っ!!」


黙ってやり取りを聞いていた祭が思わず声を荒げた。だが、それを孫堅は首を振って言葉を続けた。


「いいのよ、祭。ただし、まずは自分を磨くことが一番よ。そうじゃなきゃ、私は鍵を開けないわよ」

「本当にいいのですか?」

「ええ、私は開けるって約束できるけど、要士は約束できる?自分を磨くって?」

「はい!」


その返事は今まで一番元気のよい声だった。もう、要の心には不安よりも希望の方が大きかった。そして、冬史、澪も自分がやるべきことをしっかりと心に刻んでいたのであった。


「あっ、そうそう。その時は、私の家族や部下たちも要士の守りたいものの中に入れてね」


孫堅は忘れてたとばかりに付け足した。


「はい、僕も守りたいです。あの子や水蓮さんの沢山の守りたいものを」

「ええ、期待しているわよ」


この日、孫堅はこの幼い皇子に自分の未来を託したのだった。



読んで頂きましてありがとうございます。


ついに要の真名が明かされました。ずばり要士(ようし)です。


ですが、最初に投稿した時に読んで頂いた方は、ぴんときたと思います。


はい、その通りです。

一度、真名を第一話で掲載してましたが、今回の話のために削除しました。

前書きにも書きましたが、あと一話だけ次回投稿しますので、よろしくお願いします。

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