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真・恋姫†無双〜後漢最後の皇帝   作者: フィフスエマナ
第二章 伝えられなかった真名
26/31

守り、守られて

いつも読んで頂いてありがとうございます。


ようやく完成しました。


少し、ショッキングな表現が後半にありますのでご注意下さい。


それでは、お楽しみ下さい。


「あなた、弱いわね」


桃色の髪をした少女が、河原の砂利の上に倒れている要を見下ろして話しかけた。その手には太い木の枝が握られていた。そして、腰には剣が携えられていた。


「いたた……、いや君が強すぎるだよ」


砂利に尻餅をつきながら少女に言い返すが、手に痺れと尻に痛みがあるため顔をしかめていた。その要の傍には同じく太い木の枝が転がっていた。それは少女によって弾き飛ばされたものだった。


「そんなことないわよ。おねえさまや、おかあさまは、もっともっと強いわよ」

「そうなの?」


さも当然と言わんばかりに話す少女の姿は誇らしげであった。この見た目が自分と変わらないぐらいの少女に、こうも簡単に負けるとは要は思っていなかった。だが、先刻、少女が見せた動きに対して要は何一つ反応することなく、気付いた時には尻餅をついていたのだ。いったいこの少女が語る姉や母はどんなに強いのだろうかと考えた。


「ええ、そうよ。あなた、男のくせに軟弱よ!」

「手厳しいね」

「はぁ………。まったく、少しは言い返えさないの?」

「まぁ、事実だし……」


少女は何も言い返さない要をねめつけた。だが、ああもあっさり負けてしまったので言い返す気力すら要は起きなかった。何より軟弱なのは事実だと心底思っていたのだ。もし、軟弱ではなければきっと翡翠の両親に会うことが出来たはずだ。県に着くのがたった一日の違いで結果は天と地ほど違っていた。それを考えると自ずと表情が翳っていった。


「ほんと情けないわね。………いいわ、わたしが鍛えてあげる」


要の表情が自分の言葉によるものだと勘違いした少女は、少し言いすぎたと思いお詫びに提案した。


「えっ!? 君が?」

「そうよ!いいわね?」


予想外の提案に驚いて少女を見た。自分の不甲斐なさを痛感していた要にとって、その提案はとても嬉しかった。少女は少女で本来はまだ鍛えて貰う側だったが、ここまで軟弱なら自分が教えても母や姉から怒られないどろうと考えた。そして、尻餅をついてる要に手を差し出した。


「うん、お願い」


少し明るい表情になり、要は少女の手を握って起き上がった。そして落ちている木の枝を手に持った。




時は暫く遡る。


翡翠の両親の訃報を知った要はあてがわれた寝室に籠っていた。


「僕が一体なにをしたのだろう……」


たった一日、到着するのが違ったせいで、何故これほどまで悲痛な目にあわないといけないのだろうと。


「生まれてすぐに目の前で翡翠お母さん……、そして今度は……」


そう思うと居た堪れないなった。そして……


「なんで、僕だけこんな目に……ただ、立場など関係なく普通に接してくれる人に会いたかったのに………どうして天は僕から………それすら奪うのだろう……何も僕はしてないのに…………」


窓越しに入ってくる月明かりに照らされた要の目は怪しく光っていた。その目には失った悲しみと無残にも奪われた憎しみが入り混じっていた。


自分の傍で理不尽に奪われていく命……、そのやり場のない思いは憎悪となり天に向けられていた。


「もし、天が僕から奪うのなら、僕は………」


さらに怪しく目が光り輝きかけた時、扉を叩く音によってそれは遮られた。そして開けられた扉から広間の明かりが真っ暗な寝室を照した。


「伯和様、入るっすよ」

「公偉……」

「って、真っ暗じゃないっすか。いま、明かりを灯しまっすね」


寝室が真っ暗なことに驚いた澪は、すぐ寝室にある灯籠の中の火種に火を点けた。そして暖かな明かりが寝室を優しく照らした。


「うん、これで大丈夫っすね。伯和様、辛い時に暗闇で考え事してると気持ちが沈むっすよ。だから、灯りだけでもつけておかないと駄目っすからね。隣、お邪魔するっすよ」


返事を待たずに寝台に腰掛ける要の横に澪は腰を下ろした。そして、そっと要の手を優しく取った。


「公偉……」


澪は何も言わなかったが、その手のひらから伝わる温かさが要の手を通して全身に広がっていった。その温かさにより、先程まであった憎しみの思いは薄れていき、要の心には会いたかった人を亡くした悲しみだけが深く広がっていった。かなりの時が経った頃、ようやく澪が言葉を紡いだ。


「伯和様、少しは落ち着いたようっすね」

「……ありがとう、公偉」


澪は要の顔を少し覗き込みように見て安堵した。それは寝室に入った直後に見た、怪しい光りを発していた目が消えたからであった。


あれは憎しみだけに囚われた者がする目。その目をした人間を澪は何度も間近で見たことがあった。そして、その目に囚われた者の末路は悲惨なものであることもよく知っていた。


「伯和様、一つだけ覚えておいて下さいっすね。手のひらの中に入る水の量は限られているっす。とても悲しいことっすけど、指の間から水が下に落ちていくことは沢山あるっすよ。でも、悲しみに明け暮れないで下さいね。きっと、落ちた分だけ新しい水が手のひらに入ってくるっすから………」

「………」

「辛い時にこんな話で申し訳ないっす。けど、いつか思い出して下さいっすね。と、だいぶ夜もふけてしまったっすね。そろそろ寝る時間っすよね」


澪は寝台から腰を上げて、手早く要の寝る準備を整えて促した。そして、寝台に入った要が眠るまで横に座りずっと手を握っていた。


翌日、要は扉を叩く音によって目覚めた。昨日、県に着いた時よりも、だいぶ落ち着きを取り戻していたが、それでも普段通りとはいかなくて、気持ちはまだ沈んでいた。だから、目が覚めたのにも関わらず寝たふりをした。澪の気配が扉か遠くなった頃、要は徐に起き上がった。


少しの間、寝台に腰掛けてぼんやりとしていた。床を見ると雨戸の隙間から入ってきた日の光りが照らしていた。少し気になり窓の方へ近寄った。そして、ゆっくり雨戸を開けた。


そこには晴れ渡った雲一つない青空が広がっていた。そして、少し湿気を帯びた生暖かい空気が部屋の中に入ってきた。また、人影は見えないが僅かに人々の生活の息吹を感じる音が聞こえてきた。暫くの間、窓の傍に立ちそれを感じていた。

ふと、外の生活風景が気になった。はたして、人々はどうしているのだろうと。そう思うと自分の目で確かめたくなったが、広間にいる冬史と澪に会うのはどこか気まずかった。いま外を眺めている窓は五歳児の身長からすれば窓枠が若干高い位置にあるが、部屋にある小さな机を踏み台にすれば越えれない高さではなかった。机に乗って窓の外を見ると、地面までかなりの高さがあって危険だった。少し考えた結果、寝台の布団に被せてあったシーツのような布を机の脚に括りつけて、ロープ代わりにすることにした。そして外に出ることに成功したのだ。


下りた所は周りを塀で囲まれた宿屋の敷地内の庭だった。他の者に見つからないように塀づたいに歩いていくと、裏口の戸が見てた。人の話し声がしたため、辺りを見回すが特に人影はなかったので素早く戸に近寄り、つっかえ棒を外して戸を開けた。すると一層の生活音が耳についた。一瞬、部屋に引き返そうかと頭に過ぎったが、それに反して体は自然と戸を開けて外に出てしまった。裏口から出てきた要を見た、大人達は少し怪訝な顔で見てきたがすぐに興味を失ったように足早に歩いていった。おっかなびっくりしながら裏口に面していた小道を進むと、木が焼け焦げた臭いが鼻につきはじめた。そして、小道の先にある広めの通り歩みを向けた。そして目を見開いて驚いた。通りに出て最初に目についたには焼け落ちた建物の姿であった。それは要が見れる範囲の遠くまで伸びている通りの両脇にある建物のすべてが焼け落ちていた。また、建物の家主だろうか、泣き崩れたり、呆然として途方に暮れる人の姿が沢山目に映った。通りを行く人々はどこか疲れたような顔をして遠巻きにそれを見ながら足早に通り過ぎていた。


要はこの時、無情にも大事なものが奪われたのが自分ではないことにようやく気付いた。それもそのはずだった。昨日、県に着いた時は被害が酷い場所を要に見せないようにしていたのだ。そして、案内された宿でも賊に襲われたことを全く感じさないようにしていたのだ。だから要は、自分自身だけ何と不幸なんだろうと思い込んで、天を怨みかけたのだ。

だが、要と同様かそれ以上に打ちのめされた人々の姿を目にした今、悲しみを怨みに変えたことがとても恥かしい行為に思えた。


ふと、街行く人の中で桃色の髪をした女の子が目についた。その顔は居た堪れない表情をしていたが、どこか周りとは違い凛としていた。年は自分と同じぐらいだろうが、服装はかなり露出度が高かった。また、小さな体に不釣合いな剣を腰に帯びた姿が一際目についた。要は自然とその女の子を目で追っていた。そして見えなくなった時に追いかけていた。暫く、後をつけていると女の子は県の外へ出て行ってしまった。さすがに県の外まで出ることは考えていなく躊躇したが、女の子のことが気になり後を追うことにしたのだった。




「あなた、さっきからわたしの後をつけてきてるようだけど、何かようがあるの?」


県の外へ出た瞬間、女の子が待ち構えたように話しかけてきた。


「えっと……あの………」


突然、声をかけられて驚きのあまり上手く言葉が出なかった。女の子の表情が一層訝しむ。


「通りで見かけて気になったから………」


悪いことをしたのではと考えてしまい、消え去りそうな声だった。


「あなた男の子なんだからはっきりしなさいよ!」

「………ごめん」


女の子が怒り出したので反射的に謝ってしまった。その姿に業を煮やした女の子は要の手を掴んだ。驚いて女の子を見た。


「ちょっと、こっちに来なさいよ」


返事を待たずに引っ張るようにして女の子は、少し先にある河原まで要を連れて行った。そして、木の枝を二つ拾うと一つを差し出した。


「?」

「これを持って勝負しなさい」

「………なんで?」


きょとんとして聞き返えした。


「いいから持ちなさい!」

「……はいっ!!」


だが、女の子の態度は有無を言わさなかった。そして要が木の枝を握ったのを確認して女の子も木の枝を握り向き合った。


「いくわよ」


さすがに同い年の女の子には負けないと、どこか考えていた要だったが、その考えはこの後すぐにあっけなく打ち砕かれたのだった。




その勝負から少し経った後。


要は女の子に教えてもらいながら素振りをしていたが、その姿はすでに息が上がっていてとても苦しそうだった。女の子が見かねて話しかけた。


「少し動いたくらいで……。あなた、体力ないわね」

「はぁ、はぁ、はぁ、うん、自慢じゃないけど………はぁ、はぁ」


息も絶え絶えで答えた。実は素振り百回する途中ですでに息が上がってしまったのだ。その体力のなさを、女の子以上に痛感していたのは、言われた本人だった。だが、苦しさの余り、そんなことをゆっくり考える余裕は要にはなかった。


「でも、あなたよりもっと小さい子だってもう少しましよ………って、ちょっと大丈夫?」

「はぁ、はぁ、はぁ、………ごめん」

「もう、男の子なんだからすぐ謝らないでよ。………いいわ、しばらくここで休みましょう」


あまりにも苦しそうな姿だったため、一旦、休憩を入れることにして二人は河原に腰を掛けたのだった。要の息がたいぶ落ち着いた頃、女の子はさっきした質問をしたのだった。


「ねぇ、なんで県からわたしをつけてきたの?」


短い間だが、要に害がないと分かった女の子の顔は、先程と違って穏やかだった。


「県の中で見かけて気になって自然と………ごめん」

「そうだったんだ。いいわ、はなしかけた時はこらしめてやろうと思っていたけど、もう気にしてないから」

「ありがとう。あと、逆に聞くけどなんで僕がつけていることが分かったの?」


女の子はくすりと笑った。


「あなたの服、かなり目立ってるわよ。そんな服をきた子がわたしの後ろにずっといれば、すぐわかるわよ」

「えっ?」

「うそ?もしかして、あなた気付いてなかったの?」

「そうだったんだ」

「あきれた………。世間しらずね」


女の子は笑いながら答えた。実は澪が見繕った服はそこそこ上物だった。庶民が買えないほど高額ではないが、祝い事や祭りの時にしか着ない晴れ着に近い上物だったのだ。そんな服を祭りでもないのに着て歩けば、自然と目立つのは当たり前のことだった。そして、その服を着た子が行く先々で自分の後ろにいたら、つけてます気付いて下さいといっているようなものだった。普段、当たり前のように着ている服から見ればかなり質を落としているのにもかかわらず、女の子のその話に要は内心驚いていた。


「そういえば、あなたってこの県の子なの?」

「いや、違うよ」

「じゃあ、わたしと同じね。おかあさまとおねえさまと一緒にきたけど、あなたもおかあさまと一緒にきたの?」

「違うよ、お母さん亡くなったから………」

「そうだったんだ。………ごめんなさい、いやなこと聞いてしまって」

「大丈夫、気にしないで」

「じゃあ、いまは?」

「一応、お婆ちゃんと付き人と暮らしているんだ。ここへは付き人の人達と一緒に来たんだよ」

「付き人?あなた、服装からして豪族かなにかなの?」

「ううん、単なる商家の子供だよ」


その後、何処に住んでいるのだとかお互いのことを話していた。しかし、二人とも自分の身分に関することは一切話すことがなかった。そして、肝心なことを思い出した女の子は要に聞いたのだった。


「ねぇ、そういえばあなた名前はなんていうの?……私は仲謀よ」


女の子―――蓮華はまだお互いの名前を知らないことを思い出して自分の字を名乗った。その行動を見た要は一瞬、酷く驚いたような表情をした。蓮華からすればそれは当たり前のことだったが、要にとってはそれは全く違った。今まで要が名を名乗る時はほとんどの者達が目の前にひれ伏していた。澪と十常侍の三人の例外を除いて。

よくよく考えればさっきから女の子と“普通”に話しているが、これは後宮の人間………特に要の立場を考えれば“異常”なことだった。あの澪ですら時と場合によっては敬語を使い分けている。だが、蓮華の言葉にはそれを感じないどころか全く遠慮がなかった。しかも、木の枝とはいえ要を打ちのめしたのだ。これを後宮の人間が知れば卒倒するのは間違いないだろう。それに気付いた要はとても嬉しかった。かつて当たり前のことであったはずなのに、周りの者達の接し方でいつの間にか当たり前ではなくなってしまったこと。そして、ずっと求めていたものだった。そう、普通に接して欲しいと。だから、要は喜んで蓮華に字を名乗ったのだ。


「そうだね、自己紹介まだしてなかったね。僕は伯和だよ。よろしくね、仲謀」

「………」


その心が表れたように要は満面の笑顔を浮かべていた。その全く裏のない笑顔に蓮華は思わず見惚れてしまった。


「仲謀?」

「……はっ!な、なんでもないわよ」

「可笑しな仲謀〜」


返事がなかったので不安になり声をかけた要だったが、先程までの凛とした姿と打って変わって、動揺する蓮華の姿に思わず笑いが漏れた。


「くっ……、軟弱なくせになまいきよ、伯和」  


蓮華は恥かしさの余り思わず、要に掴みかかった。


「あら、その首飾りきれいね。どうしたの?」


が、その胸元にあった首飾りに目を奪われた。蓮華の問いに少しだけ、はだけた胸元から見える首飾りを取り出した。陽の光に照らされた翡翠の首飾りは一際綺麗に輝やいていた。


「これはお母さんの形見だよ。きれいでしょう」

「本当にきれいね。しかも、二つに別れてるなんてめずらしい……ッ!」


蓮華の目に映る翡翠はとれも綺麗だった。その感想を伝えようとした矢先、人の気配がしたため、蓮華は咄嗟に顔上げた。それにつられるようにして要も顔を上げた。そこにはへらへらと笑いながら要と蓮華を見る五人の男達がいた。その一人が話しかけてきたのだ。


「へへへ、坊やいいもの持ってるじゃねえか~」


男達は最初の獲物を見つけて、にんまりとした顔をしていた。

服装は見るからに薄汚れていて、手には抜き身の剣が握られていた。いくら世間知らずの要とはいえ、男達がまともでないことは一目で分かった。男達の一人と目が合った時に、言いようのない恐怖のため足が小刻みに震えだした。それは冬史や澪といった護衛が常にいて、後宮で守られて暮す温室育ちの要にとっては当たり前のことだった。いや、この世界で生を受ける前だって、ここまで本能で命の危険を感じることはなかった。次第に要の顔が青ざめていった。


「伯和、わたしの後ろにさがって!」


それに気付いた蓮華は、男達を警戒しつつ要の前に出て、男達の視線を遮った。


「仲謀………、うん」


その幼い蓮華の背中が要にはかなり頼もしく感じられていた。だが、それでも心の底から湧き上がる恐怖を拭い去ることは出来ず、恐怖から逃れる方法を考えていた。そう、自分のことのみ………。


「へへ、かっこいいな」

「おぉ〜、勇ましい嬢ちゃんだな」

「あぁ、肝が据わってるな。小僧の方は情けねぇぐらい震えてやがるのに」

「いやいや、あれが普通だろ。この嬢ちゃんが変わってんだよ」


要を隠すように立つ蓮華を、男達は口々に囃し立てた。


「………うるさい!」

「おっと、と」


男達の小ばかにする言葉に耐えられなくなった蓮華は、思わず腰から剣を抜き放って男の一人に斬りかかった。蓮華の動作は男達が思っていた以上に堂に入っていた。しかし、足場が河原と悪く、体に対して剣があまりにも大きかったため、男は難なくその一撃をかわした。逆にお返しとばかりに、手にしていた剣を蓮華の頭に目掛けて振り落とした。それを蓮華は寸前のところで剣で受け止めた。だが、男の振り下ろした剣の衝撃と手にしている剣の重さに耐え切れず、吹き飛ばされるようにして後ろに転んだのだった。


「きゃあーーー」


辺りに蓮華の短い悲鳴が響いた。その声でようやく要の目は外に向けられたのだった。


「仲謀!」


慌てて小刻みに震える体に鞭を打って、河原に倒れている蓮華の元に駆け寄っていった。


「だいじょうぶ、かすり傷よ」


蓮華はすぐ起き上がって心配させまいと笑顔を作ろうとしたが、それは痛みのため失敗してしまった。よく見ると、河原に転んだ時にぶつけた所から血が流れていた。そんな蓮華を男達は笑みを浮かべて見ていた。


「この嬢ちゃん、幼いわりに真剣で斬りかかってきたぜ」

「なかなかの打ち込みだったな」

「あぁ、こんな幼さであんな打ち込みが出来るなら将来はさぞ有名になったんだろうよ」

「へへ、それは間違いねぇな」


そして口々に囃し立てた。


「………くっ!!」

「仲謀」


痛みに顔をしかめながら蓮華は男達を睨んだ。


「だが、俺らに会ったのが運のつきだったな!へへへ、あとで幼女趣味の奴にたっぷり可愛がってもらいな」


そういうと男達は蓮華の全身をなめまわすような視線で見た。同時に下品な舌なめずりした。


「ひっ……い、いやー!」


蓮華は全身に粘りつくような視線を感じて恐怖した。その瞬間、蓮華の心は瓦解した。

いや、男達と対峙していた時もずっと心に恐怖を感じていた。たが、自分より弱い要が先に震えだしたのを見て、守らなくてはと思い心を奮い立たせたのだ。そして、常に母や姉から教えられて心に刻みついている、孫家の上に立つ者としての姿。その二つによって辛うじて恐怖から踏み止まることができたのだった。

先程、蓮華が斬りかかった時、もし一撃入っていればかなり心に余裕が持てたかもしれない。だが、結果は全く違った。そして、男達の露骨ともいえる視線に全身を晒された時、踏みとどまっていた蓮華の心の堤防は、溢れ出した恐怖によって呆気なく崩壊したのだった。蓮華は恐怖から逃れるように要に抱きついて震えていた。それは七歳の少女の当たり前の反応だった。寧ろ、先程までの姿が秀逸すべきことだった。


「へへへ、今度は庇ってた男に抱き締められてら……」


男達は獲物が弱っていったのを確認して満足そうに笑みを浮かべていた。要は自身も小刻みに震えながら、それ以上に震える蓮華を感じた瞬間、少しだけ湧き上がる恐怖が少なくなった。そして抱きついている蓮華を見つめた。先程、蓮華の背中はとても頼もしく思えたが、いまはとても脆いもののように思えていた。


(あぁ、そうだった。…………自分だけじゃなかったんだ)


県の中を歩いている時に見た沢山の人達の姿が頭に過ぎった。

悲しい気持ち、恐い気持ち、誰だって同じだ。それは当たり前のこと。そう、この腕の中にいる少女だってそれは同じだったのだ。すべては自分だけではない。単にその気持ちに沈むか踏み止まれるかの違いだけだった。それに気付きかけた。しかし、要の心はまだ男達に対しての恐怖の方が強かった。


だけど、死にたくない。まだ、死にたくない。死にたく………。


一番思い出したくもなかった記憶を思い出していた。

それは今までの自分を蝕む悪夢の原因とも言える記憶――――翡翠の最後の姿。それを鮮明に思い出していた。だが、今回は今までと違っていた。それはあの時、翡翠は迫り来る死の恐怖よりも要のことをずっと想ってくれていた。そして、その想いを冬史に託して、最後まで要のことを願ってくれていた。その想いがあったからこそ、今のいままで要は生きてこれた。この時、初めて正面から向き合って、それを受け止めたのだ。ようやく要は気付いたのだった。そして、もし自分のことだけ考えて死んだとしたら、あの世で再会した時にどんな顔をすればいいのだろう。そして翡翠はそんな自分をどんな顔で見るのだろうか。そう思うと、先程までの自分の姿が酷く醜く思えた。


死ぬのが恐いものは恐い。


だが、同じ死ぬのなら自分は最後まで、この腕の中の少女を心配してみせよう。


(じゃなきゃ、最後まで願ってくれた翡翠お母さん想いに顔向けできない!)


その気持ちは心の大半を占めていた恐怖を上回った。その瞬間、恐怖で小刻みに震えていた体は、嘘のようにぴたりと止まっていた。要にとってはかなり長い時間に思えていたが、実際はほんの僅かの時間だった。


要は腕に中で震えている少女に優しく話しかけた。


「仲謀、よく聞いて。僕が囮になるから君は逃げるんだ。いいね?」


その声を聞いて蓮華は咄嗟に要を見た。そして声と同じく、どこまでも優しい眼差をする要の目と目が合った時、蓮華は少しだけ冷静さを取り戻すことができた。


「だ、ダメよ。伯和を残したら………、あなたこそ……」

「冷静に聞きいて。君も知っての通り、僕は体力がない。たぶん逃げても県に着く前にすぐ捕まっちゃうよ。でも、君なら逃げれるかもしれない………違う?」

「でも……」


男達に剣で勝てなくても一人なら逃げ切れる可能性はある。たしかにその通りだったが、蓮華は躊躇した。それは目の前の少年を見捨てていくこと………つまり少年の死を意味していたからだ。その思いを察して要は言葉を紡いだ。


「それに君には心配してくれる家族がいるんだろ?もし、仲謀になにか遭ったらきっと悲しむよ」

「それは伯和だって……」

「ううん。僕のことを心配してくれる家族はもういないから……。それに、君は女の子で、僕は軟弱だけど………男だから」


一瞬、冬史と澪の顔が浮かんで心がちくりと痛んだ。


「伯和……」

「いいね、わかったね」


先程まで震えていた少年が、気丈に振舞ってまで自分を逃がそうとしている姿に蓮華は決断した。


「………わかったわ。でも、きっと助けをよんでくるから待っていてね。………きっとよ」

「うん、わかった。じゃあ、僕が気を引くから合図したら逃げるんだよ」


逃げる決断をした蓮華を要はもう一度、優しく見て頷いた。きっと、この少女は自分だけ逃げたことをずっと後悔するかもしれない。だから、少しだけそれが軽くなればとの祈りを込めた笑顔だった。


ちょうどその時、獲物をどういたぶろうかと考えていた男達が、要と蓮華を訝しんで声をかけてきた。


「おぃおぃ、何こそこそしてるんだ?」

「なんでもないよ。ねぇ、おじさんたち、お金欲しくない?」


要は蓮華の両肩と優しく叩いて、首飾りを外して男達の方を向いて話しかけた。その姿には、先程まで震えていた少年の欠片もなかったため、男達は怪訝な顔をした。だが、こんな小僧に何もできるわけがないと思い、すぐ要が手にしている中身へと視線が集中したのだった。


「あぁ〜、たんまり欲しいね」

「実は僕の家、襄陽でけっこう大きな商家なんだよ。だからね、僕を人質にしたらきっと僕のお父さんはお金を出すと思うよ」


隠すことのない欲望の視線を体に感じながら、要は言葉を続けた。


「そいつは出来すぎた話しだな。だいたい、そんな子がなんだってこんな所に………」


子供の作り話を簡単に信じるほど男達も馬鹿ではなかった。それは分かっていた。だから、その証拠を掌に乗せて見せたのだ。


「これが証拠だよ」

「なんだと………。おぉ~、翡翠の首飾りじゃねぇか!たしかに小僧が持てるもんじゃねぇ………と、なると」


男達の目が掌の首飾りに集中した。翡翠は主に献上品として扱われるほど高価の品だった。色に濁りがある物や加工に不向きな物の一部が商人を通して市場にも流通するが、それでも庶民の一年分の稼ぎ以上の額がする高価なものだった。そんな品を庶民の子が持てるはずはなかった。そして要の身なりを近くで見ると、かなりの上物であった。だから、男達は要の話が本当であると信じてしまったのだ。


「信じてもらえた?」


その問いかけに男達を下品な笑みを浮かべて答えた。


「あぁ、そいつを早く寄越せっ!! うっ、目が…………」


要の掌から首飾りを取り上げようとした時、要は咄嗟に屈んで空いている手で河原の砂利を掴んで男達に投げた。意識のすべてが首飾りにいっていた男達は、投げられた砂利をかわすことすら出来ずに、欲望を宿した目に叩き込まれてしまったのだ。それを確認することなく要は大きな声で叫んだ。


「……いまだ!」

「わかったわ、伯和まっててね!!」


その声と同時に蓮華は全力で県の方へ走りだした。


(天帝様、どうか伯和をお守り下さい)


心の中で無事を願いながら………




蓮華の後姿が小さくなっていくのを確認して要は一安心した。だが、


「ぐふっ……」


突如として襲ってきた衝撃に肺の中の空気をすべて吐き出して中を飛んでいた。まるでゆっくりと世界が反転したような感じだった。次の瞬間、全身を叩きつけられたような激痛と同時に水しぶきをあげて要は川に落ちた。


「ふざけやがって、この餓鬼が!」


男達の一人が要の無防備な腹を蹴り飛ばしたのだった。その衝撃で要は中を舞い、川に落ちたのであった。もし、河原に落ちていたら即死だったかもしれない。そのため要は運が良かったといえる。だが、当の要自身は激痛によって目は白黒と点滅して、また腹を蹴られたことによって満足に呼吸をすることも出来なかった。そして、口や鼻に川の水が流れ込んできて、一気に混乱に陥り溺れていた。ほっとけば要は僅かな時間で死ぬかもしれない。


しかし、それでは男達の怒りは収まらなかった。一人の男が要の片足を持ち上げて川から引き上げた。だが、頭だけは水の中であった。苦しさのあまり片足や腕を動かすが男達はそれを笑って見ていた。要の動きが鈍くなると男は頭も川から引き上げた。要が全力で肺に空気を送り込もうとして瞬間、また腹に衝撃を受け、中を舞って川に叩きつけられた。もはや、要は激痛によって逃がした蓮華のことなど考える余裕はありもしなかった。


「餓鬼だと思って優しくしてやったら付け上がりやがって!死にな!」


何度か要が中を舞った後、川に力なく浮いている要の体を、一人の男が足で踏みつけて沈めた。要が手足を振り回しすが、それから逃れるすべはなかった。苦しんでる中、水の中まで男達の笑い声が聞こえ、水面越しには笑いながら自分を見ている男達の顔が見えた。しだいに、動きが緩慢になっていった。そして、意識が途切れようとした。


「おぃ、てめえら!何やってやがる!」

「か、頭……」


辺りに牛に頭の大声が響いた。要を踏みつけて沈めていた男が、驚いて踏みつけている足を反射的に外し、川底からゆっくりと要の体が浮かび上がった。それを見た牛の頭は、近くにいる男に顎をしゃくって引き上げさせた。


「なんだ、この餓鬼は?偵察はどうした?」


要と蓮華が遭遇した男達は、牛の頭の指示で県の偵察に出ていたのだった。だが、一向に戻ってこない男達に痺れを切らした牛の頭は、自ら部下たちを率いて様子を確認しにきたのだった。牛の頭が殺気を込めて男達を睨んだ。男達はその場で凍りついて固まった。このままでは間違いなく殺されると思った男達の中の一人が、おっかなびっくりしながら前に進みでた。


「へ、へい、実はっすね……」


そして今までの経緯を話し出したのであった。ただでさえ命じられた偵察をしてないのに、取り逃がした少女の話しをすれば、怒った牛の頭に殺されるかもしれないと考えて、その事を伏せて話したのであった。どうせこの後に県を襲うのだからと高を括っていた。また、隠し事をして話しているため、男の話は要領が悪く、何度も牛の頭が質問して、男がそのことに答えていた。そのため、牛の頭が理解するまで少しの時間が必要だった。


「へへへ、と言うことなんですよ、頭」

「なるほどな〜」


ようやく長かった話が終った。


「……ごほっ、ごほっ」


その時、河原で死んだように仰向けになっている要の意識が覚醒した。それと同時にむせ返るような咳が出て、飲み込んだ大量の水が胃から上がってきて吐き出したのだった。しばらく吐き続けた後、そのままうつ伏せになって大きく息を何度もした。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


そして周りを見ると、かなりの数の男達が囲んで自分を見ていることに気付いた。そう、助かってはなかったと。反射的に体を動かそうとしたが、痛みの余り動かせなかった。辛うじて痛みに顔を顰めながら首だけ動かすと、先程の五人の男達が大男の前に立っていた。その大男と目があった。そして牛の頭が見下したように要に話しかけた。


「おまえの家は金持ちなんだってな。だが、残念だったな。俺達はいまからあの県を襲う。だから金なんていくらでも手にはいるんだよ。今更、そんなはした金なんぞ用はねえんだ。まぁ、俺達に会ったのが運のつきだったな。な~に大丈夫、あの県の奴らも全員おまえと同じようにしてやるから安心しな」


絶対者のような口調だった。


「……はぁ……なんで……はぁ………」


全身を痛みを駆け巡る。


「あん?」


見るからに瀕死の状態の要が声を発したので、牛の頭や周りの男達は怪訝な顔した。


「……はぁ、はぁ……なんで……はぁ………罪もない人……はぁ………奪うの……………」


息も絶え絶えになりながら。


「そいつは弱いからさ。世の中ってのは強い奴が弱い奴から奪うことで、成り立ってるんだよ!それは俺らにみたいな賊も官だって、何一つ変わらねぇよ。官が俺から奪ったから俺はその分奪うんだよ。これが、世の理だ!」


「………」

「だから、弱いお前はそこで這いずってんだよ」

「……違う…」

「何だとっ?」

「本当に………強ければ……はぁ…はぁ………誰からも…はぁ……奪わな………い」


冬史の姿が頭に浮かんだ。普段はそんな素振りを見せないが澪曰く、洛陽の中でも冬史はかなり強いそうだ。でも、冬史はそれを誇示することはなかった。それどころか常に要のことを考えてくれていた。それは短い間だったが、ここまでの旅で感じられていた。後宮にいた時は全く気が付かなかったが、きっと彼女はずっと与えて続けてくれていたのだろう。そう、奪うことなく………


「違うな。強いから奪えるんだよ。いまおまえの命を握っているのは、おまえじゃなくて俺だ。それを証明してやるよ………あばよ」


牛の頭が手にした剣を振り上げた。


要の耳には空気を切り裂くような甲高い音が聞こえた。そして、要の意識は暗闇に沈んでいった。


「ぎゃぁぁぁ」

「い、いてえー」

「め、目が」


次の瞬間、辺りから男達の悲鳴があがった。


「おい、どうし……なっ!」


牛の頭が剣を振り上げたまま悲鳴が上がった方を向いた。そして数人の部下に矢が突き刺さっているのを見て目を見開いた。咄嗟に県の方を見て固まった。


「はあ〜い!また会ったわね♪あんた死ぬわよ」


そこには獰猛な目をした虎がいた。そして自分に真っ直ぐ向かってくる人影を見て背筋が凍った。


「貴様ーーーーーーッ!!!よくも大切な伯和様を………絶対に許さん!!」


怒りに満ちた真っ赤な目で自分を見据えている冬史と目が合い、恐怖した。それはあの晩見た虎以上だった。牛の頭の背筋に冷や汗が流れた。


「や、野郎ども………さっさとやっちまえ」


周りで自分と同じように見ている部下たちに、なんとか命令を出すことに成功した。命令を受けた部下たちが、冬史と牛の頭の間に立ち迎え撃つように集まった。また、一人の部下が急ぎ後方の森にいる仲間達を呼びにいった。

冬史は突き進む速度を落とさないまま男達に突き進んだ。冬史の進路上にいなかった男達は澪が射った矢を次々と頭に生やして倒れていった。そして、冬史と男達がぶつかろうとした瞬間、進路上にいた男達は何もしないで冬史を通した。


他の賊達がそれを不思議そうに見ていた。直後、冬史を通した男達の頭が次々と横にずれて地面に落ちた。そして頭を失った体は、大量の血を吹き上げながら頭に続いて地面に倒れていった。そう、冬史の進路上にいた男達は何もしなかったのではなく、何もさせてもらえないままトンファーの刃で首を狩られていたのだ。凄まじいまでの切れ味のため、首が落ちるまでの時間差があったのだ。冬史が通った後に、それは次々と続いていた。その光景を目の当りにして、賊達は思わず息を飲んだ。


「ひ、ひるむんじゃねえ。相手をよく見ろ、たった三人だ。一斉にかかれば負けることはありえねぇ!!」


怖気つく部下たちに牛の頭が更に激を飛ばした。そう、相手は三人なのだと。その言葉で賊達は弾かれたように冬史達に再度群がっていった。いつの間にか澪も矢から長い太刀に持ち替えて群がる賊達に斬りかかっていた。それは孫堅も同じだった。牛の頭は三人に群がっている部下たちを見て勝利を確信した。だが、群がった者達から次々と血しぶきを上げて舞っていった。負けずと牛の頭は激をさらに飛ばすが、群がれば群がった数だけ部下たちは倒れていった。しかも、相手の三人は誰一人として倒れることなく、三人を中心に部下たちの屍の山が瞬く間に築かれていった。一際、大きな血飛沫を巻き上げているのはやはり虎だった。一瞬、虎と目が合い、あの晩のことを思い出していた。たった、一人の虎によって瓦解したことを………。しかも、今度は同時に三箇所でそれが起きているのだ。牛の頭は逃げるべきか考えていた。


だが、大きな悲鳴が近くから上がって考えるのを中断した。まるで部下達の間を縫うようにそれは動いていた。それが通った後には、糸が切れたように血を噴出しながら倒れていった部下達の屍の道が作られていた。まさに自分へと一直線に続く道だった。真っ赤な目をしたそれが立ち止まった。


「ば、化け物だ」


誰かが叫んだ。そう、あれだけ乱戦をしていたはずなのにまったく返り血を浴びてなかったのだ。その姿は、この場所では異常過ぎた。冬史の姿は畏怖となって瞬く間に辺りの賊達に感染した。しかし、彼等の相手は冬史だけではなかった。


「うぎゃぁー」

「た、助け………」

「はい、はい、後悔はあの世でして下さいっすね。あたしも久々に怒ってるんっすから」


澪は刃の長い太刀を振り子のように使い一振りすると、一気に複数の賊達が血を巻き散らかしながら地面に倒れていった。そして、太刀の重さに抵抗することなく力の流に体を任せて移動する。そして、また太刀を振るう。


「な、なんなんだよ」

「さ、三人とも化け物だ」

「か、勝てるわ、わけが………ぎゃあ」

「あんたたち、邪魔よ」


呆然としていた賊達を孫堅は慈悲の欠片もなく切り捨てていった。その軽い言葉とは裏腹にかなりの賊達の屍の山が次々と築かれていった。そして、澄んでいたはずの川は賊達が流した血で真っ赤に染まっていた。まるで地獄にある罪人達の血で作られた川のようだった。





「なんでたった三人に勝てねえんだよ。に、逃げ……ひぃぃぃー」

「逃がすわけないだろう下種が!貴様だけは絶対に許さんっ!!!」


逃げようとした牛の頭の行く手を冬史が遮った。そして冬史の真っ赤な目に睨まれた牛の頭はすでに戦意はほとんどなく竦み上がった。その時、足に何かがぶつかった。牛の頭は足元を見て最後の切り札があることに気付いたのだ。


「そごまでだ!この小僧の命がどうなってもいいのか!」


気を失っている要の首に、手にしている剣を突き付けて大声で叫んだ。


「……ッ!」


それを見て冬史の動きが止まった。


「しまったわ」

「不味いっすね」


牛の頭に近付いていた孫堅と澪も同じく手を止めた。三人の動きが止まったのを見て、牛の頭はほくそ笑んだ。


「へへ、これで形勢逆転だな!」


冬史は頭の中でどうするべきか目まぐるしく考えていた。だが、この状況を変える手段は何も浮かばなかった。それは澪や孫堅も同じだった。皇帝の御子を人質に取られては、成すすべがないのだ。

牛の頭は、あの虎ですら動きを止めたことによほど人質の価値があると感じていた。そして、最後の最後で自分の勝利を確信した。


「早く、武器を捨てろ。じゃなきゃ………な」

「………捨てたら駄目だよ」


それは酷く弱々しい声であった。だが、この状況を変えるのには十分であった。要が目覚めると目の前には冬史がいて、首には剣が突きつけられていた。そして、頭の上から聞こえた話しを聞いた瞬間、あまり状況は分からなかったが声を発したのだ。


「伯和様!!」


冬史が身を乗り出して叫んだ。


「ちっ、気付きやがったか!」

「武器を捨てたら…」

「うるせい!!」


再度、要が話そうとした瞬間、牛の頭は首に突き付けた剣に力を入れた。そして、一筋の血が剣に伝って地面に落ちた。それを見た冬史は激高した。


「貴様ーーー!!!」

「は、早く捨てろ。じゃなきゃ餓鬼が死ぬぞ!!」

「………くっ…」


牛の頭の声は震えていたが、冬史を踏み止ませるには十分だった。


「駄目だよ、義真。こいつらをここでほっといたら必ず同じことを繰り返えす。そして、また違う人達を不孝にする。……だから武器を捨てたら駄目だよ」

「しかし、」


冬史は異議を唱えたが、要の目には悲しみに満ちた涙が伝った。


「もう、僕の大事な人がいなくなるのは嫌なんだ。だから、これは最初で最後の主としての命令だよ。義真………お願いだから承服して」


暫く、辺りに沈黙の空気が流れた。


「………御意!」


冬史の心は決まった。


「ちょっと、皇甫嵩!!」

「ね、姐さんっ!」


澪と孫堅は驚いて冬史を見た。


「澪、弓を貸せ!」


それを無視して、冬史は澪から弓を引ったくった。


「おぃ、この餓鬼が……」

「伯和様、たしかに命令承服致しました。が、あなたの命もお助けします!」


牛の頭が止める声も聞かず、冬史は弓を構え、弦を引き絞って要に伝えた。


「へ、そんな離れた距離からじゃ当たんねぇよ。少しでも、外れたらこの餓鬼がお陀仏だぜ」


牛の頭の言葉の通り、冬史との距離は歩幅で三十歩以上離れていた。


「だまれ、下種が!」

「義真………」

「大丈夫です。きっとお助けしますから、少しだけ目を閉じていてもらえますか?」

「うん、わかったよ」


心配そうに見ている要に冬史は笑顔で語りかけた。そして、要が目を閉じた瞬間、溢れんばかりの殺気を込めて牛の頭を睨んだ。


「おまえ、正気……ひぃぃーーー」


そして、日の光りに照らされて冬史の真っ赤な目が一際輝いた瞬間、限界まで引き絞った弦から手を離した。矢は空気を切り裂いて牛の頭の片目に吸い込まれていった。


「ぎゃあああー、め、目がーー、ま、待ってく」

「もう、喋るな」


目を押さえて懇願した牛の頭が、残された片目で最後に見たのは切り離されて倒れていく自分の体だった。それを見た生き残った賊達にもはや抵抗する意思はなかった。そして、森から駆けつけた賊達は三人によって築き上げられた仲間の屍の山の数に恐怖して踏み止まっていた。


「堅殿ーー!ご無事かーーー」


県の方角より祭を先頭に土煙を上げて孫堅の兵がやって来るのを見て、賊達は剣を地面に捨てて降伏する者と、逃げ出す者に別れた。安全になったことを確認した冬史は要を抱き締めた。


「伯和様、もう大丈夫ですよ」

「義真………」


「ちょうど祭も来たみたいだわ」

「取り敢えず大丈夫そうっすね」


孫堅と澪もようやく一息ついて、後は祭や兵たちに任せることにしたのだ。


「義真?」


自分の抱き締めている冬史が小刻みに震えているのを感じて、要は冬史の顔を覗きこんだ。


パン!


その瞬間、要の頬に鋭い痛みが走った。要は訳が分からず混乱していると、今度は反対の頬に痛みが走った。


パン!


「……ッ」


冬史は目に涙を一杯溜めて怒っていた。


パン!


「一体、私がどれだけ心配したと思ってるんですか!」


パン!


「勝手に部屋から抜け出していなくなって。ようやく見つけたら、ぼろぼろになって賊に捕まってて」


パン!


「い、いたい」


パン!


「私がどれだけ不安だったかわかりますか!それなのに伯和様ときたら………」


冬史は泣いていた。それは要に見せた初めての表情だった。


「義真……」

「伯和様と同様に、私も伯和様を失いたくない気持ちは同じなんです。あなたは私の大切な皇子………いいえ、私がずっと見守ってきた大切な大切な我が子同然なんですよ!!」

「……ッ」

「それなのにこんなにも心配させて………」


冬史の言葉を聞いた瞬間、心の底に今まで溜め込んでいたすべての感情が一気に噴き出して、止まることなく涙が溢れた。


「ひっく……ご、ごめんなさ…ひっく……い……義真…ひっく…本当に……今ま………ひっく…ごめんなさい……うぁぁぁぁぁぁぁ」

「伯和様ーーーー」


冬史に力一杯抱きついて要は泣いた。それを冬史も泣きながら強く抱きしめていた。辺りには二人の泣き声が響いていた。そんな二人を澪と孫堅はほっとした顔で見ていた。


「どうやら、こっちも無事に解決したみたいね」

「そうっすね。姐さん、伯和様、本当に良かったっすね。ただ……♪」


そう言うと、澪は要を見てくすりと笑った。その意味がわからず孫堅は怪訝な顔して訊ねた。


「ただ?なによ?」

「心なしか姐さんが叩いた頬の腫れが……」


そう言われて要の頬を見た。要の頬は叩かれたせいでぱんぱんに膨れ上がっていた。


「ぷっ、そうね。あれが一番酷いかもしれないわね♪ でも、ああいう姿って私は好きよ。戻ったら蓮華を沢山叱らなくちゃ」


その顔は一人の母の顔であった。


「いいっすね♪」

「ええ、家族はいいものよ。貴女も………って、目の前にいたわね」

「そうっすよ、あたしの自慢の家族っすよ♪ただ、少しばかり泣き虫さんなだけっすよ………ぐすん」

「ふふ、そういう貴女だってね♪」


澪の目にも涙が溢れて頬を伝っていた。その澪の髪を孫堅は優しくなぜていた。



読んで頂きありがとうございます。今回は実力不足を感じる箇所が多いかもしれませんが、楽しんで頂ければ幸いです。


また、誤字脱字に気が付かれた方、申し訳ないです。


一応、次回投稿文でこの章は最後になる予定です。そして、いよいよ要の真名が伝えられます。お楽しみに!

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