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真・恋姫†無双〜後漢最後の皇帝   作者: フィフスエマナ
第二章 伝えられなかった真名
24/31

獲物


要達が県に着いた夜半。


要達が泊まっている県の東に広がる深い森の中にかなりの数の人間が息を潜んで犇きあっていた。

髪は手入れされず頭にベタつき、程度の差はあれ服は薄汚れぼろぼろになっていた。水浴びもしてないらしく、恐ろしいぐらいの臭気を辺りに漂わしていた。また、見るからに手入れされてない、赤錆に包まれた剥き出しの刃の広い剣を携えていた。そして、目は獲物を前にしたように全員、ぎらついていた。そう、彼らこそが柴桑から長沙に流れ着いた賊達の一部であった。かなりの数が集まっており、一郷(千戸)ぐらいなら僅かな時間で飲み込んでしまえる数であった。

そこに一際目に付く大きな男に率いられた集団がちょうど合流したのだ。一人の小柄な男が進み出てその人物に話しかけていた。


「牛の頭、ご無事だったんですか?」

「おうよ、まったく酷い目にあったな」

「へい、まさかあんなに早く虎が兵を出してくるとは」

「だが、もう安心しな」


さも当然と言わんばかりに牛の頭と呼ばれた男は答えた。

彼はずいぶん前に名を捨て、柴桑を中心とした近隣で賊として略奪行為を勤しんでいた。そんな彼の周りには同じように賊に身を落とした者達が集まり、次第に数を増やしていった。

そして賊に襲われた一里(百戸)や一郷(千戸)の村はすべて刈り取られ、老若男女を問わず楽しむだけ楽しんだ後には生き残る者は誰一人いなかった。そして家屋に火を放ち里や郷があった場所にさえ、何も残らなかったのだ。また、彼が略奪する時や討伐に来た官軍の集団を相手にする時は一度も止まることなく猛牛のように突き進むため、いつしか牛の頭と呼ばれるようになったのだ。

彼の噂は瞬く間に広がり、中小の賊の集団が彼を頼り下ったため、彼の集団は一気に膨れ上がったのだ。その数は有に五千を越えた。腰の重い州牧もこれにはさすがに黙っていなかった。すぐに本格的に賊の集団を討伐するため州内から兵が集めたのであった。その数は一万以上だった。官軍の動きは彼の耳にも入っていた。そして集まった官軍を誰が指揮するかで揉めて足並みが揃わないことも聞いていた。だから討伐される前に略奪場所を他州に変えることにした。よほどのことがない限り、官軍は州を越えて追って来ないからだ。


彼はまんまと他州へ逃げることに成功したのだった。そして州境にある砦を落として根城にするつもりであった。かなり激しい抵抗にあったが砦は問題なく落とすことができた。だが、取り逃がした者がいたのが大きかった。それから数日して彼は江東の虎の恐怖を思い知ることになったのだ。

五千の賊に大軍を率いないで襲い掛かる者がいるとは誰も思ってなく、夜の警戒が自然と疎かになっていた。そこを虎に突かれたのだ。寝ていた彼が襲撃の知らせを聞いた時には、すでに彼の集団は半壊していた。周りに激を飛ばして抵抗していた時、彼は遥か先に巻き上がる血煙を見たのだ。彼とその周りにいた者達は固唾を飲んでそれを見ていた。血煙は徐々に彼のいる場所に近付いてきて止まった。血煙が消えた後には一匹の血まみれの虎が立っていた。その姿に賊達は手を止めて一様に見ていた。そして彼は虎と目が合ってしまったのだ。彼は恐怖から思わず後ずさった。彼は猛牛であったが、目の前の猛獣に勝てないことを本能でわかっていた。虎は目的の獲物を見つけて笑みを浮かべた。その瞬間、彼は脇目も振らず脱兎の如く逃げ出したのであった。

彼が逃げるのを見た周りの賊達も、目の前の虎から逃れるために、一斉に彼に続いたのだった。彼は逃げながら虎によって蹴散らされていく部下達の悲鳴が自分に近付いてきていることを感じた。振り向いたら虎に食われると思い、彼は全力で逃げていた。その甲斐あって彼が力尽きた時には虎の気配はなくなっていた。だが、同時に多くの部下を失ってしまっていた。彼の元に集まったのは僅か千にも満たない部下達だった。虎に追われた恐怖から誰も彼を責めなかったのが唯一の救いだった。


賊に身を落とした者にそれ以外の生き方があるわけはなく、また部下達の裏切りを危惧した彼は再起を図ることにしたのだ。何より彼の顔に泥を塗った虎が許せなかったのが大きかった。そして夜襲ではなければ彼は負けなかったと逃避したのであった。恐怖に身を竦ましている部下達に激を飛ばして散り散りになった部下達を集め始めたのである。そして部下達の不信感を拭い去るために虎の膝元にある県をわざと少ない数で襲ったのだった。


夜明け前に襲撃したが思いのほか県の抵抗が激しかった。全員皆殺しにするつもりであったが思い通りにならず彼は憤慨していた。その怒りをぶつけるように彼は抵抗する者達をより残酷に殺すように部下達に命令したのである。その甲斐あってついに抵抗する者達が篭っている建物を落としたのだ。建物内の広間には僅かに生き残って捕らえられた県長一族や、息も絶え絶えの兵達が彼の前に引き摺り出されていた。どう殺そうかと考えていた時、遥か遠くから土煙を上げながら近付く集団を部下が発見して彼に報告したのだった。しかも、集団は孫の牙門旗を掲げているのを部下が確認をした。それを聞いた彼は虎を思い出し、更に憤慨して部下達に生きてる者達を全員、切り刻むように命令したのである。その後、彼が立ち去った場所には血の海が広がり、人間の姿をした者は何も残っていなかったのだ。冬史が孫堅に連れられて見たのはまさにこれであった。


「あぁ、売女くせにやりやがったな。まぁ、一先ず仕返しはしてやったけどな。………だが、まだ足りねえな」


彼は誇らしげに県を襲ってことを話して聞かせたのであった。散り散りになった部下達は集まって時に、牛の頭への不信感を募らしていた。それも牛と供に県を襲った者達から伝えられる牛の残忍な話しを聞く内にいつしかに拭い去られ、さすが牛の頭だと誰もが賞賛していた。そして小柄な男は牛の頭に聞いたのだった。


「じゃあ、頭」

「おうよ。まさか逃げたした俺らがすぐ戻ってくるなんざ思っちゃいねえよ」

「へへ、さすが頭っすね」

「まぁな。野郎どもはどれくらい集まってる」

「へい、逃げ出した奴等もほとんど合流しましたから三千はいますぜ」

「それだけいれば充分だ」


当初の数に比べれば半数近く減ったが、虎に復讐するのには十分だった。何故なら県に駆けつけた兵達の数を近くに残してきた部下達から聞いていたからであった。その数、約千名と………


「襲撃はいつしますか?やっぱり夜明けっすか?」

「馬鹿野郎っ!三千もいるんだ堂々と日中に襲撃するに決まってるだろうが」

「いや、頭!虎相手に日中は………」


牛の無謀さに小柄の男はさすがに嗜めた。たしかに夜明けに襲撃すれば圧倒的に有利なはずであったが、牛はそれでは気が収まらなかった。


「まだ分からねぇのか!こっちに相手の三倍もいるんだぞ。あの夜みたいに奇襲を受けなきゃ負けるわけなけねぇだろが。だいたい、あの売女にじわじわと恐怖を与えてやらなきゃ、俺は気がすまねぇんだよ。そして夜は酒を飲みながら戦利品を楽しむんだよ。んでよ、翌日には虎がいなくなった長沙の街を襲撃すんだよう。勿論、売女はその前の晩だな♪」


たしかに牛が言う通りあの夜は奇襲を受けて皆が動揺してたから、虎に恐怖したのだと小柄の男は考え直していた。最悪、虎に千人の部下をぶつければさすがに負ける訳がない。残る二千でも虎の兵達と戦っても十分おつりが出ると。そう思うとすでに虎に対する恐怖はなく、その後の晩の宴が楽しみであった。そして、その宴の翌日には長沙で好きなだけ略奪できると思うと胸が踊った。それは周りの部下達にも徐々に伝染していった。そして、いつしか明日以降の事を想像して、全員欲望に目をぎらつかせていた。


「へへ、さすが頭!たしかに虎さえ倒せばこの地方じゃ敵はいないっすからね」

「ようやくわかったか。官軍もすぐにはこねえからゆっくり略奪が出来るぜ」

「明日が楽しみっすね♪」

「おうよ」


牛と部下達は笑いあっていた。そして、口々に牛に率いられた自分達に敵なしと酔いしれていた。

しかし、彼らは肝心なことを見落としていた。たしかに虎と言えども千人を一人で相手にすれば負ける可能性が大きい。また、さすがに勝てたとしてもぼろぼろになるだろう。その読みは正しかった。

だが、誰も自分が虎の前に立って相手にするつもりのことなど考えていなかったのだ。あの血煙を巻き上げながら襲いかかる虎を前に、死ぬと分かっていて誰が自ら命を差し出すのだということにも気が付かず。


そして、襲う県には虎の他、宮中の鬼娘、後の南海の小覇王、美周麗、呉の宿将がいる。すべて一筋縄ではいかない勇将達だ。この五人をまともに相手をして互角に遣り合えるのは、大陸広しと言えども現段階で誰もいない。辛うじて西涼の馬騰がいい勝負をするぐらいだろう。ただ、五人がそれなりの兵を率いていれば馬騰でさえ勝負にならないだろう。


そのぐらいの相手がいることを賊達は知らなかったのであった。


ここまで読んで頂きありがとうございます。


最後のくだりですが、澪の渾名は特に考えていなかったので名を挙げませんでした。ですが、がなりお強いことに変わりありません。


あと、周瑜の渾名は美周郎だと男になるので変えました。美周麗………意味は美しくて麗しい周家のお嬢ちゃんです。


次話は冬史の心境に変化が………お楽しみにしていてください。

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