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真・恋姫†無双〜後漢最後の皇帝   作者: フィフスエマナ
第二章 伝えられなかった真名
22/31

鬼娘vs虎

いつも読んで頂いてありがとうございます。

気が付いたらお気に入りが100件を越えてました。

すごく励みになります。


今度ともよろしくお願いします。

それでは、お楽しみ下さい。


冬史は馬を駆けて煙の出所の県を目指していた。県の姿が見えたのと同時に微かに物が焼け焦げた臭いが鼻についた。その臭いは県に近付くのと比例するように濃くなった。たが、血の臭いはしなかった。

いや、正確には微かに血の臭いも混じっているのだが、賊の襲撃ならもっと濃い血の臭いが充満しててもおかしくないのだ。

その理由は県が目視出来る距離になってようやくわかった。それは入り口付近の建物が焼け焦げて炭になっていたからだった。どうやら賊の襲撃はあったようだが、少なくとも半日近く前のことだったらしいと冬史は察した。

ここで引き返すべきかと冬史は悩んだが、もう少しだけ探ってみようと思い、馬を茂みに隠した。そして音を立てぬように県の入り口に近付いたのだ。


「酷いな……」


冬史は入り口にある、燃え残った建物の影から辺りを確認して思わず声が漏れた。入り口周辺の建物はすべて火が放たれていてほとんどの家が焼け落ちて僅かばかりの柱を残すだけである。その光景は入り口から奥まで続いていた。このような火のつけ方をするのは人だけだ。つまり賊しかいない。

冬史は辺りに人の気配がないか探ってみた。特に気配がないことから避難してると思い、自身も引き返そうと思った。


(民は近くの長沙の街にでも避難しているのだろう。しかし、この地方は比較的に治安が良かったと…ッ!)


「何者だ!出てこい!」


突如として複数の気配がしたため鋭い声で叫んだ。同時に両手はすでに腰にあるトンファーの留め金にかかっている。冬史の声が聞こえたのか周りの建物の影から複数の人影が出てきたのであった。


(ちっ、囲まれている。どうやら誘い込まれたようだな。数は二十人くらいか…)


自分を取り囲むように近付いてくる者達を冷静に見ていた。その者達は格好からして賊のそれとは違い、軽装備ながら兵士のそれだ。つまり州兵か郡兵である。だが、全員槍の先を向けて近付いて来る以上、気を抜くことは出来ない。また、お忍び行動中のため、州兵であろうと自分の身を明かす訳にはいかなかったのであった。


(………これだけ近付かれるまで気配を隠していたとはな。)


県の状況に気を引かれていたとはいえ、ここまで近付かれるまで気が付かなかったと内心苦笑した。また、この兵達を鍛えた者を賞賛していた。普通の賊や兵ならこれで戦意喪失してお手上げになるだろう。

だが、冬史は違った。この囲いを破る自身があったのだ。だから、囲まれている状況なのに焦りは微塵もなかった。取り囲んでいるのに余裕の表情をしてる冬史を、怪訝に思った兵士が、大きな声で話しかけたのである。


「女、動くな!抵抗をしなければ手荒な真似はしない」

「抵抗?突然、捕まえられるような事はしてないが。罪状はなんだ?」

「今朝方、この県は賊に襲われた。そのため、怪しい者は捕まえろとの命令だ」

「なるほど。だが、私は旅人だ。しかも、いま着いたばかりだ。それでも捕まえると?」

「身の潔白は詰め所での取り調べで聞く」

「なるほど。………だが、断る!」

「何だと!?抵抗する気か!」


話していた兵士は周りに合図して、一斉に冬史を捕まえようと襲い掛かってきた。その動きは連携がしっかり取れていて、鍛度が高い兵だとすぐ分かった。


「いい動きだ……。だが、甘いな」


冬史はすでに両手にトンファーを構え、取り囲んでる一人の兵士に向かって走り出していた。しかも、槍の穂先に向かってであった。

まさか、槍に周囲を囲まれた状況で突っ込んでくるとは思ってもなかった兵士は驚き、咄嗟に冬史に向かって槍を突き出したのであった。冬史は予想していたように体を捻り槍をかわした。それを見た兵士は驚愕して固まっていた。そして、自分の懐にいる冬史と目が合った瞬間、意識は途切れたのだ。

冬史はトンファーを打ち込んだ兵士が崩れ落ちる前に、隣の兵士に向かって勢いよく蹴り飛ばした。目の前に同僚が飛んできた兵士は避けることが出来ず、そのまま縺れるように倒れてしまった。すぐ、起き上がろうと思ったが、その行動をする前に意識は冬史によって刈り取られてしまった。

それを唖然として見ていた兵士達が、冬史を目で追った時には打撃音と共に三人目の同僚が崩れていくところだった。

冬史は一呼吸の間で三人の兵士の意識を刈り取っていた。そして、次の兵士に襲い掛かり乱戦となった。長い槍を構えた兵士は同僚を意識しながら、槍を扱わなくてはならないため、思うように動けなかった。冬史はその間を縫うようにして、次々と兵士達の意識を刈り取っていった。まるで一人で踊っているかのような姿であった。




二人の女性が県の入り口に近付いていた。

先程、部下から県の入り口に見慣れぬ女が荷も持たずに現れたとの報告があった。村が賊に襲われた直後のため、何が目的で村に来たか問いたださなければならない。しかも、荷も持たずに訪れるとは怪しすぎた。現れた入り口は住民以外の出入りがない北側の入り口だった。普通に考えれば怪しんで下さいと言っているようなものだった。

ただ今頃、確実に捕まっているのだろうと思っていた。何故ならば、二十人の兵士に捕まえるように指示したにのは二人の女性の内の一人だったからである。そのため、特に急ぐ素振りすら見せずに歩いていた。はたして何が目的なのだろうかと楽しみにしながら………


角を曲がって入り口を見た瞬間、二人の女性は目を見張って固まってしまった。

そこには兵士に囲まれ捕縛された怪しい女ではなく、倒れている兵士に囲まれて一人立つ怪しい銀髪の女がいたからだった。



「えっ、何よ、うちの兵達全部やられてるじゃない。ちょっと、祭?鍛練不足じゃないの?」

「いや、わしが精根込めて可愛がってやったのじゃ。けして鍛練不足ではないぞ。あの御仁が強いのじゃよ」


「誰だ!!」


兵士を全員気絶させて一息ついた時、後ろから声がしたために冬史は咄嗟にトンファーを構えて振り向いたのだ。振り向いた先には、とても目を引く二人の女性がいた。


一人は、桃色の長い髪を三つ編みにして頭の上で纏め、日焼けしたような小麦色の肌をしていた。その顔は冬史を値踏みするように笑みを浮かべているが、少し大きな二つの目の奥には射抜くような鋭い視線を放っていた。その視線は猛獣に睨まれているかのようであった。全身は引き締まった体をしていたが、桃でも入れているように、たわわと実った胸を露出度の高い真っ赤な服で包み込んでいるため、妖艶な雰囲気をしていた。かなり際どい服装なのだが、その人物によく似合っていた。


その横には冬史と同じくらい背の高い女性がいた。髪も冬史と同じく銀色の長い髪を頭の上の髪飾りで止めていた。顔は温和な表情を浮かべていたが、やはりこちらも一切の油断はなく目の奥は鋭かった。

肌は少し小麦色をしていていたが、一番目についたのはその大きな胸であった。果たしてあの女性の大きな胸は自分の胸の何個分だと思い、冬史は無意識に自分の胸を確認してしまったのであった。その女性も露出度の高い服装で肌を包んでいたが、よく似合っていた。また、腰につけている矢筒から弓使いだと察した。


二人ともかなりの美人であったが、冬史の直感は何度も警告を発していた。


そう、本能でこの二人の女性が今まで相手をした誰よりも、油断のならない相手だと感じていたのだ。大きな胸をした女性だけであれば何とか勝てる自信はあった。だが、桃色の髪をした女性に関して言えば勝つことは難しいだろう。良くて引き分けが関の山だ。その女性の射抜く視線を感じ、さっきから肌がピリピリしている。二人を同時に相手をしたら確実に負ける。

また、逃げようにも大きな胸の女性から放たれる矢をかわしながらでは、桃色の髪をした女性を振り切ることは難しいだろう。もはや、状況は兵士達の時とはがらりと変わり八方塞であった。ここにきてようやく、引き返さなかったことを冬史は悔やんでいた。ちょうどその時、桃色の髪をした女性は満足そうに冬史の値踏みを終え、口を開いたのである。


「へぇ〜、あんたやるわね」

「うむ、いい目付きをしているのう」


その二人はお互いの感想を確認していた。それは冬史を見て世間話でもしてるかのような場違いな声であった。


「何者だと聞いている!」


その声に苛立ちを覚えた冬史は鋭く睨み問いただしたのであった。


「う〜ん、そこでのびてる男達の頭ってとこかしら?」

「いや、その言い方にはかなり語弊があるぞ」


冬史の鋭い眼光を受けても二人は気にした素振りもなく答えたのであった。すでにお互いの小手調べは始まっているのだ。冬史は先程の視線に殺気を込めたのだが、どうやら二人にはかわされてしまったらしい。だが、桃色の髪の女性が言った言葉が気になった。彼女は倒れている兵士達の責任者と名乗ったからだ。


「兵達の頭?」


だがら、冬史はそれを問おうとした。


「あっ、そっか!だったら部下の仇を取らないとね♪」


だが、桃色の髪の女性は何か閃いたかのように目を爛々として大きな胸の女性に話しかけたのである。その眼光は、まるで獲物を見つけた獰猛な虎さながらであった。見つめたれた冬史、一瞬で背中に鳥肌がたつのが分かった。


「ちょ、ちょっと待て堅殿!」


その雰囲気に驚いた大きな胸の女性が止めようとした。


「煩いわよ、祭。少し苛々してるから相手してもらうだけよ!いくわよ」


目の前に獲物を見つけた獰猛な虎の前でその制止の言葉は無意味であった。すでに腰に携えていた剣を抜き放ち冬史の襲い掛かっていた。自分に向かって来る女性を見ながら、冬史はトンファーを両手に構え待ち構えた。女性が更に跳躍した瞬間、目にも止まらぬ速さで冬史の頭に剣を振り下したのであった。その予想以上の速さに咄嗟に反応するも、剣を受け止めたのは頭の上ぎりぎりだった。同時に冬史の体は悲鳴をあげていた。それは剣の速さだけではなく、その衝撃が凄まじかったからだ。全身の筋肉がそれに耐えかねて小刻みに震えている。思わず膝が折れそうになった。だが、何とか踏ん張ってそれを防いだのである。その衝撃を象徴するかのように冬史の両足は少し地面に沈みこんでいた。


「……ッ、………馬鹿力め」


自分に襲い掛かる衝撃に顔を歪めて、冬史は目の前の女性に毒づいた。


「ふふ、それは貴女もよ♪」


桃色の髪をした女性はそう言って舌舐めずりした。そのまま、剣を握る手に力を入れて、徐々に剣を冬史の方へと押し込んでいく。冬史も負けずと地面を蹴り上げるように両足に力を込めたのであった。桃色の髪をした女性の重心が崩れたのを見て、両手を交差して剣を受け止めていた片方の力を抜いた。そして、剣が肩の脇に流れて行くのを感じながら、地面を蹴るように勢いづけた膝蹴りを打ち放った。だが、それよりも早く桃色の髪をした女性は横に跳躍してかわしたのであった。冬史は首にちりちりとした痛みを感じた瞬間、咄嗟に頭を下げた。それと同時に頭があった場所を数本の髪を巻き込みながら剣が突き抜けていった。だが、冬史も負けずと桃色の髪の女性の懐に飛び込み攻勢に転じていた。


「やれやれ、孫家の血には困ったものじゃな。しかし、あの堅殿と互角にやり合うとは………あの御仁、何者かのう」


獰猛な虎を抑えるのに失敗した女性は困った主だと思って呟き、その相手をしている冬史に感嘆していた。女性は冬史が主の打ち込みを受け止めようとしたのを見て、一撃で勝負がつくと思っていた。そのぐらい主の初撃の破壊力はすさまじいのだ。それを崩れることなく、受け止められたことに驚いていた。それは、自分を含め主の臣下の誰もがなしえなかったことだからだ。

その後、冬史と桃色の髪をした女性の打ち合いは数十合にもわたって繰り広げられていた。


「へぇ〜。貴女、やっぱり強いわね♪」

「……ッ、ずいぶん楽しそうだな」

「ええ、久々に全力で戦えてるからね♪」

「くっ、こっちには余裕がないのだがな」

「あらそう?私もよ♪」

「ぬかせ」


何度目になるだろうか冬史は剣を受け止めていた。度重なる衝撃を受け止めていたため、すでに両腕に感覚はない。受けた両手から衝撃が全身に走り、体の節々が悲鳴をあげている。その痛みに顔をしかめた。もう膝は笑っていて時期に使い物にならなくなるのがわかる。だが、それを無視して奥歯をかみ締めて、剣を弾きのけるように桃色の髪をした女性に打ち返す。その勢いのまま、右足を踏み込みトンファーを打ち込んだ。しかし、踏み込みが浅かったようで手応えがなかった。いや、女性が弾き飛ばされた勢いを使ってかわしたのだ。それを証明するように一撃を打ち込んだ女性は何事もなかったようにしていた。さっきから何度もこのやり取りが続いてる。

それは桃色の髪をした女性の剣捌き、防御に関して常人以上に秀でていたからだ。その剣捌きの前に冬史は常に後手だった。それを、防ぎながら辛うじて隙を作り出して打ち込む。だが、今度はそれをいとも簡単にいなしてみせるのだ。そのため、冬史の攻撃に決め手はなく、神経だけが徐々に磨り減っていった。そして、すでに両肩で息をしていた。


「はぁ、はぁ、強いな…」


息も絶え絶えになりながら、冬史は数年ぶりに対峙した強敵に伝えた。


「はぁ、貴女もね。さすがに草臥れてきたわ」


桃色の髪の女性は軽く遊ぶつもりでいて、冬史がここまで出来るとは思っていなかった。その証拠に少し肩で息をし始めている。また、打ち合うごとに最初見せていた、獰猛な虎のような雰囲気はなくなり、逆に冬史との勝負を楽しんで満足そうな表情を浮かべていた。だが、その表情から言葉以上に余裕がありそうだった。


「はぁ、はぁ、はぁ、いくぞ!」


自分の体力がいよいよ持たないと察した冬史は最後の勝負に出た。それはこの打ち合いが始まって初めての先手だった。言わば防御を無視した捨て身の攻撃と言えるもの。


「はぁ、ええ♪」


それを察知した桃色の髪の女性は笑みを浮かべて自分に向かってくる冬史を待ち構えた。それは最高の一撃で出迎えるために。


冬史が桃色の髪の女性の間合いに入った瞬間、今まで以上の一太刀を打ち下ろしたのであった。絶対に避けることの出来ない最高の一太刀であった。だが、冬史はその太刀を見てはいなかった。何度も打ち合うなかでこの太刀を見てから避けることは不可能出だと感じていた。だから、冬史は太刀筋を目で追うことはせず、研ぎ澄ました感覚で太刀筋を感じていたのだ。そして、溜めていた最後の足の力を地面に解き放って加速した。


「えっ!!」


その加速によって冬史は、桃色の髪をした女性の太刀を、顔面すれすれの紙一重のところでかわしてのけたのであった。桃色の髪をした女性もさすがにこれには驚愕した。


(よし、抜けた)


太刀をかわした冬史の前にはがら空きになった女性の腹が見えていた。そして、二人がぶつかり合う音が辺りに響き渡ったのであった。



「私の勝ちね♪」


桃色の髪をした女性が冬史の首に剣を当てて笑顔でそう告げる。


「あぁ、悔しいが私の敗けだ。………好きにしろ」


地面に倒れた冬史は、首筋に冷たい感触を感じながら見上げて答えた。冬史は負けたのだった。

太刀をかわした冬史に驚いていた女性は咄嗟に剣から手を放し、膝蹴りを放ったのだった。重心はあまり乗ってない膝だったが、それはちょうど冬史の上半身を捕らえていた。すでにかわすことが出来い距離のため、冬史は受け止めるつもりでいた。直後、肩に鋭い痛みが走ったが、それを弾き飛ばそうと腰に力を入れた瞬間、糸が切れたように冬史の下半身の力は砕け地面に倒れてしまったのであった。

何度も太刀を受け止めていた冬史の体は最後の太刀をかわしたところが限界であった。だから、頭ではわかっていたが体はもはや動かなかったのである。冬史は素直に負けを認め、その身を預けたのであった。だが、心がちくりと痛んだ。それは自分を心配して送り出してくれた、要との約束が果たせなくなるからだ。それだけが心残りであった。



「あら、別に殺す気なんてないわよ♪」

「な、なに?」


冬史の内心などお構いなしに桃色の髪をした女性は笑顔で冬史に答えたのである。その口から出た言葉を聴いて、何故、桃色の髪の女性が自分に勝負を挑んできたのかが、分からなくなった。


「少し鬱憤が溜まっていたから貴女に相手してもらっただけよ♪」


その疑問に満ちた冬史の顔を見て、桃色の髪の女性はしれっと言ってのけたのだった。

彼女はこの県に来た時から鬱憤が溜まっていたのだ。そこへ冬史がやって来たので、捕まえて尋問しながら鬱憤を晴らそうと考えていた。だが、予想外の展開によりその鬱憤は全部発散されたのであった。そして、今はすっきりした顔で冬史に話しかけていた。


「き、きさま……」


その悪びれもなく言ってのける振る舞いに、冬史は怒りが込み上げてきた。


「でもね、もし貴女が私の部下を殺しでもしたら………貴女を殺したわよ」

「………」


その瞬間、すさまじいまでの殺気が冬史に叩きつけられた。それは先程、勝負をしているとき以上の殺気であった。目の前で殺気を叩きつけられた冬史の怒りは瞬く間に四散していった。桃色の髪をした女性は、冬史が兵士達を殺してないことを最初から知っていた。だから、冬史を本気で殺そうとはせず、また拘束しなかったのであった。それを察した冬史は思わず喉を鳴らした。だが、それは今まで二人の勝負を見守っていた大きな胸の女性によって破られたのである。


「堅殿、気は済んだか?」

「ええ、楽しかったわ、祭♪」

「………」


主のすっきりとした顔を見ながら祭と呼ばれた女性は、困ったような顔でを聞いたのだ。それを聞かれた本人は、晴れ晴れとした笑顔で答えた。その姿はまるで欲しい物を買ってもらった後の子供のようだった。一瞬前まで自分に殺気を放っていた人物のあまりの変わりように、冬史は唖然として二人を見つめていた。そんな冬史を見て桃色の髪をした女性はさっきから考えていたことを伝えたのである。


「ねぇ、貴女私に仕えてみない?きっといい将になるわよ」

「うむ、ここまで堅殿と勝負できる者はそうおらん。わしからもぜひにじゃ」


先程、勝負してる時から冬史を登用しようと決めていた。二十人の兵に囲まれても動揺せずに一人も殺すことなく全員気絶させるという大胆さ。自分と互角に戦える強さ。正直、最後の瞬間は致命傷になる一撃を貰う覚悟をしてた。また、自分の臣下で数十合にわたって互角に勝負出来る者はいなかった。そして、何よりその武はまだまだ成長すると桃色の髪の女性の感は告げていた。きっと、自分の代だけではなく、子の代では更に力になってくれるだろうと考えていた。だから、多少の要望は飲むつもりでいたのだった。


「すまないが、二君に仕えずだ」


冬史の言葉は桃色の髪をした女性の斜め上をいっていた。


「え〜〜〜!すでに仕えていたの、貴女」

「あぁ、気持ちは嬉しいがすまない……」


女性は驚いて冬史に確認した。冬史は見ず知らずの自分に登用を誘ってくれて純粋に嬉しかった。そのため、本心から申し訳なく思っていた。だが、今度は冬史が驚く番であった。


「そっか。じゃあ、仕方ないわね。もし、気が向いたら考えてみて。貴女みたいな人物だったらいつでも歓迎するわよ。私の名は孫文台よ♪」

「なっ!……江東の虎」


冬史は驚愕した。自分の聞き間違えでなければ、目の前の人物はあの孫堅こと孫文台と名乗ったからだ。たった一人で大勢の海賊を追い払った勇将、その後の数々の功績により異例の昇進を遂げ太守まで上り詰めた人物。その名と武勇はいつしか江東に出現した虎と呼ばれるようになり、大いに賊達を震え上がらせていた。そして、その名は遠く離れた宮中にも届いていた。


「あら、嬉しい♪貴女、私のこと知ってるの?」

「その名は宮中に……ッ!!」


孫文台と名乗った女性は自分の通り名を知っていたことを嬉しく思っていた。だが、冬史から出た言葉を聞いて、一気に殺気を宿らしていた。その横でいた祭も穏やかな雰囲気を一転させて冬史を警戒したのであった。


「宮中?貴女、面白い名を知ってるのね」

「堅殿……もしやこやつは」

「こんなところで何を嗅ぎまわってたの?それとも、これからなのかしらね」

「………」


孫堅の目は挑発するように冬史を見下していた。何故なら洛陽から遠く離れた長沙で宮中の名を聞くことはありえないのだ。しかも、その人物はすでに他の主に仕えていて、自分の通り名を宮中で聞いたと言おうとした。そこからこの人物が宮中の人間であることは容易に想像ができる。また、それを発した人物の動揺した顔を見れば、それが事実だと一目瞭然だ。ここにいる内容次第では孫堅は殺すつもりでいた。


「答えないの?それとも、答えられないことでもしているのかしらね」

「………」


冬史は自分が発した言葉を腹立たしく思っていた。要との約束が果たせないと悔やんでいた矢先、自分を解放すると伝えられて安堵していた。その状態で孫堅の名を聞かされて、思わず素で答えてしまったのだった。それに気付いた時にはすでに遅かった。あれだけ、お忍びだと釘をさしたのに自分がそれを破ってしまったからだ。再度、当てられた剣の冷たさと殺気が全身に伝わっている。


「答えるつもりがないなら……」


冬史が答える気がないと分かった孫堅はその首を切り落とそうと剣を振りかぶった。そして、


「我が姓は皇甫、名は嵩だ。宮中にて董太后様付きの警護を任されている者だ」


冬史は観念したように自分の身分を伝えたのであった。自分が聞き及んだ人物なら、けして悪いようにはしないと思っていた。それは手合わせをしていて感じ取れてもいた。だから身分を明かしたのだ。だが、それは要のことを知られると意味をしていたため、孫堅の出方次第では自害するつもりだった。


「なんと!……お主が、あの皇甫嵩なのか?」


冬史の名を聞いた祭は何度目になるだろうか、驚きの声をあげた。


「あのかどうかは知らないが皇甫嵩だ」


冬史は祭がいった意味が分からなかった。しかし、祭が珍しいものが見れたと言わんばかりの視線を投げてきたので、少し憮然として答えた。


「なるほどの〜。どうりで堅殿と互角に戦えるわけじゃな。ん、堅殿?」


冬史の態度を特に気にした様子はなく、自分の主と互角に渡り合った人物の正体に納得していた。だが、その横で当の主が小刻みに震えているのを見て思わず声をかけたのである。


「アハハ~~♪ ごめん、ごめん。まさか、こんなところで宮中の鬼娘に会えるとは思ってもなかったから……」


孫堅は腹を抱えて笑っていた。また、込み上げてくる笑いを隠そうとしなかった。その全身にはすでに殺気はなく、可笑しさのあまり目の端に涙が浮かんでいた。


「宮中の鬼娘?」


だが、冬史はそんなことより孫堅が語った名のことが気になっていた………宮中の鬼娘。


「そうよ、知らなかったの?貴女、地方では子ども泣かしの鬼娘で有名よ♪ あ〜、おかしい」

「わ、わたしが?」

「そうじゃよ、有名じゃよ」


孫堅が笑いながら伝えたのであった。しかし、聞いた本人はそんな名に全く聞き覚えがなかったため、横にいる祭を見て問いかけたのである。だが、祭も笑いながらそうだと答えたのであった。


宮中の鬼娘………、その名は冬史の武の強さに起因していた。数々の賊との立ち回りを演じた鬼のような強さと、義に厚い人物の二つで洛陽の街で有名であった。それは子供から大人までの皆が知っていた。

ある暴れん坊の子の親が、その子を躾けるためにこう聞かせたのである。「悪いことをしてると、それを聞きつけた皇甫嵩様が鬼のような形相をしてやってくるぞ」と伝えたのだ。その当時、子供達の中で冬史は正義の味方として憧れの存在だった。そして、その子はたまたま冬史の立ち回りを目の前で見たことがあったのだ。まさに赤い目をして鬼の如く、荒くれ者達を一人でなぎ倒していく姿を………。

それを聞いた子は、自分が見たあの女性が鬼のような形相でやってきて自分を捕まえる、と想像した途端、恐くなり親の言うことを素直に聞き始めたのであった。その話しが口々に伝わり、いつしか「悪いことすると宮中から鬼娘がやってきて連れ去っていく」という話になり、大陸全土に伝わったのだ。そのため、洛陽で鬼娘本人を目の前にした子供達は恐くなり、泣き出すのであった。


それを孫堅から説明された冬史は肩を落してうな垂れていた。まさか、自分がそんな名で知られていたとは夢にも思わなかったからだ。そして、一旦広まった噂はどうすることも出来ないのだ。うな垂れる冬史の姿には、先程見た武人の姿の欠片もなかった。それを、孫堅は面白そうに見ていたのだ。だが、肝心なことを聞き忘れたことを思い出して、問いかけたのである。


「で、その鬼娘さんが長沙の片田舎で何をしているの?」

「そうじゃよ、こんなとこでお主は何をしてたのじゃ?」


最もな疑問であった。なんで宮中から遠く離れた長沙にいるのか不思議であった。


「そ、それは……」


冬史は言い淀んだ。だが、それより先に孫堅は何かに気付いたのであった。


「ちょっと待って、たしか貴女って………。そうよ!貴女、いま董太后様じゃなくて劉協皇子の……って、まさか!!」


孫堅は自分が推測した事を声に出して確認しながら、その事に気付いて目を見開いた。


「どうしたんじゃ、堅殿。そんなに慌てて……」


孫堅が普段あまり見せない表情をしたため、祭は心配して聞いてみたのだ。


「当たり前じゃない。だって、いま劉協皇子は襄陽の街にいるのよ。それなのに、その警護の側近中の側近がここにいるのよ。それが意味することって、劉……」

「孫文台様!申し訳ありませんがお人払いを………」


孫堅は自分が驚いている理由を祭に説明していた。皇子が襄陽に滞在してるというのに、その一番の側近とも言える人物が目の前にいるのだ。祭はその話を聞きながら孫堅と同じように驚愕していった。しかも、その人物は義に厚いと聞き及んでいて、滞在先で皇子から離れる訳はない。それが意味することはと……。言いかけた瞬間、遮られたのであった。その声の主は真剣な表情で孫堅に訴えていた。


「そうなのね?」

「なんとっ!」


その言葉と表情に孫堅は自分の考えが間違ってなかったと思い息を呑んだ。その横で祭も上ずった声を漏らしていた。


「はい、私がここにいる事情をお話ししまので……」

「わかったわ。祭、貴女以外はすべて下がらして」

「あぁ、すぐに下がらせる」


孫堅はいつの間にか遠目に見ている兵士や、気絶から覚めて起き上がろうとしてる兵士達をすべて下がらせるように祭に伝えたのであった。祭はすぐに兵士達をこの場から下がらせるため指示を出していた。事前通告なしに皇帝の御子がここにいる理由………あまり大勢の人間が聞いていい話ではないのだ。


「ありがとうございます。孫文台様」

「いいわ。で、早速話してもらうわよ」


人払いが済んだのを確認した冬史は孫堅と祭こと黄蓋にこれまでの話を掻い摘んで話したのであった。




読んで頂きありがどうございます。

孫堅さんは、この章で最後のオリジナルキャラ?です。

キャラ設定は雪蓮と蓮華を足して割ったようなイメージだったのですが、どうも書いてる内に雪連寄りになってしまいました。

また、彼女がこの章では一番の鍵になる人物ですので、続きを楽しみにしていて下さいね。

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