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真・恋姫†無双〜後漢最後の皇帝   作者: フィフスエマナ
第二章 伝えられなかった真名
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長江を越えて


何度目になるだろうか、昨夜の一件を思い出していた要がふと目の前を見てピタリと止まった。それにつられるように冬史と澪も馬の足を止めたのであった。三人とも息を飲んで目の前の景色を凝視していた。その脇を商人達が通り抜けて行きながら三人を見て苦笑していたのであった。それはよくここでは見られる光景だったからである。そう、初めて長江を見た人間は全員その場で立ち止まり、視界のすべてに広がる雄大な河の流に魅入られるのだ。その前にはどんな序列や階級も無意味であった。


「うっひゃ〜、なんっすか?対岸がうっすらとしか見えないっすよ!」

「すごいね…」

「噂では聞いていたがこれほどとは…」


三人はため息をつきながら同じような感想を述べていた。実際、川幅は約2kmある。要は微かに残っている記憶と照らしてもこんな大きい河は見たことがなかった。きっと河だと言われなければ海だと思っただろう。それぐらい広かったのであった。

しばらく立ち止まっていた三人は目的を思い出したように、南西の方角……つまり長江の川沿いに馬を進めた。少し進むと遠くに建物がいくつも見えてきたのだ。また、複数の旅人や商隊の出入りが見て取れることから、それが船着場であるとすぐに分かったのだった。


船着場に到着すると、一時的に馬を入り口付近の馬屋に預け、冬史は江夏で聞いた船乗りに会いに行くことになった。澪や要も一緒に行くと言ったが、要の服装で足元をみられる可能性もあったため、冬史が一人で会いに行くことになった。

そして、要と澪は船着場近くで長江を眺めることにしたのだった。時折、「へ〜」「ほ〜」と溜め息混じの声で長江を見ている二人の手には、冬史に内緒で買った饅頭が握られていた。澪と要で半分ずつに分けて、先に澪が毒味をした後に要が食べたのであった。

ちょうど二人が饅頭を食べ終えた頃、遠くから冬史が女の子を連れて戻ってくるのが見えた。冬史の少し後ろを歩く女の子の肌は日に焼けて小麦色になっていた。髪の色は紫色を少し暗めしたような感じだった。特に目を引いたのが、鋭い目付きだった。その目付きはあまり他人を寄せ付けない雰囲気であった。冬史と並んで歩いてなかったら絶対に近付きたくないと要は少女を見て思ったのだった。


「あれ?姐さん、そちらの女の子は?」


澪は要を背中に隠すようにして、冬史に訊ねたのである。


「あぁ、ここの船乗りを束ねてる船頭の娘で、乗り場まで案内してもらうことになった」

「よろしくっすね、娘さん」


澪は船頭の娘にいつもの口調で挨拶をしたのである。娘さんと言われた本人はその呼び名が不満だったらしく、不機嫌な顔を隠さずに言い放ったのである。


「娘さんじゃない。俺の名は甘興覇だ」

「これは失礼したっすね、興覇ちゃん」

「ちゃん……ッ!貴様ーーー」


チリン


辺りに鈴の音が響きわたった。それは甘興覇と名乗った少女の腰に据えられてる太刀の柄につけらた鈴から出た音だった。そう、彼女は澪の呼び方に腹が立ち咄嗟に太刀を抜こうとしてたのである。その動きには無駄がなく一瞬の出来事だった。鞘から太刀の刀身が露になりかけた時、それよりも早く冬史の手が動き、興覇が抜きかけた太刀を鞘に押し戻していったのであった。


「なっ…!!」


自分の抜刀が止められるとは思ってなかった興覇は驚いていた。


「すまんな、連れに悪気はないのだ。澪、興覇殿に謝れ!」

「わかりましたっす。興覇さん、申し訳なかったっす。別に貴女を貶める気はなかったっすよ、このとおり」


澪はそう言って頭を深く下げたのだった。興覇はそれを見て柄を掴んでいた手を離した。


「ふん!もういい。………こっちだ」


鼻息を荒くしながら澪にそう言うと、踵を返して船着き場の方へ歩み始めたのであった。冬史はやれやれと思いながら澪に注意しろよ、と一睨みして興覇に続いた。それを見て澪は了解っすと目で合図して、今の出来事をぽかんとして見ていた要の手をとってそれに続いたのだった。


だが、三人の前を歩く興覇は不機嫌な顔と裏腹に内心はかなり動揺していた。興覇は船乗りの父親の仕事を幼い時から手伝っていた。そのため、体は鍛えられて腕っ節も自然と強くなっていったのだった。また、元々の才能もあって興覇はかなり強かった。荒くれ者揃いの船乗りを負かすことだってあった。そんな興覇に腕っ節で勝てるのは、今では荒くれ者が多い船乗り達の中でも父を含めた数人だけである。それを除けば興覇は負け知らずであったのだ。その興覇の咄嗟の行動を、少し前にいた銀髪の女はいとも簡単に止めみせたのであった。

そして黒髪の女に注意するため、顔を黒髪の女の方に向けてる時にすら、興覇がどんなに力を入れても太刀は少したりとも動かず抜くことが出来なかったのである。しかも、銀髪の女は特に力を入れている素振りすらなかったのだ。

また、黒髪の女にも興覇は殺気をぶつけていたのだが、全然平気そうでいた。そして、何事もなかったかのように興覇に謝ったのだった。だから、普段ならちゃん付けで呼んだ相手が命乞いをするまで許すことのない興覇は許したのだった。本能で負けると察して…


そう思うと悔しくなっていき、それが顔に表れて興覇は不機嫌になっていったのだ。そんな興覇に案内されて三人は船着き場に着き停泊している船に乗り込むのだった。よく見るとここまで乗ってきた馬達も先に乗せられていた。冬史が興覇に案内の礼を伝えると、不機嫌な顔のまま踵を返して戻ってしまったのであった。そんな姿を見て澪はクスクスと笑っていたが、しばらくして冬史に自分なりの感想を伝えていた。


「姐さん、あの子かなりっすね」

「あぁ、今でも十分中々のものだな。だが、あと五年ぐらい経てばかなりの使い手になるぞ、あれは」

「ええ、あの若さであの殺気、ただ者じゃないっすね」

「だな。お忍びでなければ董太后様に推挙したいぐらいだったな」


冬史と澪はまさかこんな場所でそれなりの使い手に会えるとは思ってもいなかった。しかも、それが元服前の少女だったから尚更であった。それを余所に、要はさっき聞いた鋭い目の少女の名前に聞き覚えがあったような気がして考えていた。


(甘?興覇?どっかで聞き覚えがあるような気が…)


要は自分の記憶の探っていた。だが、聞き覚えがあるだけで人物を特定するには至らなかったのである。もし、少女が甘寧と名乗ったところで要が気付いた可能性は低い。襄陽に滞在してから要はこの世界の事が少しだけ分からなくなっていた。たしかに時代は自分が知っている後漢末期であり、霊帝の子、劉協として生を受けたのは分かった。いや、そう理解しなければならなかった。

霊帝、何皇后、十常侍の存在からして自分が知っている歴史と酷似していることも分かった。だが、皇甫嵩や朱儁が女性である理由がさっぱり分からなかった。ただ、襄陽で勉強するうちに過去この世界では、歴史に名を残すような有能な人物の多くは女性だということがわかった。そして、今現在もそれはどうやら変わらないらしい。そのため、当初こそは深く考えていたが、それを知ってからはそういうものなのだと割り切っていた。そう、天の理など人には到底理解できぬことなのだ。ちなみに孫武(孫子)や項羽が女性だと知ったときの要の衝撃は計り知れなかった。それから船は河を上るようにして半日近くかけて対岸の荊南州の長沙領に着いたのだった。


「皇子、大丈夫っすか?」

「だめ……気持ち悪い」


要は澪に背負われていた。それは渡河の途中で船酔いになってしまったからだった。冬史と澪も半日近く船に乗ったのは初めてだったが、普段から馬に乗りなれていたので特に船酔いすることはなかったのだ。船酔いになってしまった要の体調は虚弱体質の影響もあって、すぐに良くならなかったため、到着した船着場で宿をとり、翌日翡翠の実家に向かうことにしたのであった。

翌朝、要の体調も良くなったので改めて翡翠の実家に向い出発した三人であった。宿の主から聞いた話では船着場から東の方角に馬で半刻ほど行った場所に小川があり、それに沿うように南へ半日ほど行くと県に着くとのことだった。ただ、この船着場に到着する多くの商隊や旅人は南の長沙に直接向かうため、主は直接行くよりも、一度長沙に向かってから県へ行った方がいいのではと言い、冬史達を気遣った。だが、その方法だと余計に一日多くかかるため、主に礼を伝え近い方の道を選んだのだった。道中、宿の主が危惧したようなことは特に起きることはなかった。川沿いを南に進んてようやく村が見えかけた時に異変は起きたのだった。


冬史と澪は示し合わせたように馬の歩みを止め、目を細めて遥か遠くの空を見ていたのであった。その空には黒い煙がいたる所から出ていたのである。通常、煙が上がるのは食事の準備をする時なのだが、時間的にはそのどちらでもなかった。そして、何より食事の準備では黒い煙などは上がらないのだ。これが上がるのは火事だけである。火の不始末によるものか………、または火を放ったかのどちらかだ。冬史と澪の二人に幾許かの緊張が走る。要も自分を抱きしめる澪の力が強くなったのを感じてようやく異変に気付いたのであった。


「姐さん、あれって…」

「あぁ、何かあったみたいだな」


澪が口を開いて自分の想像が間違いないか冬史に訊ねたのであった。


「どうします?引き返しますか?」

「いや、ここからだと状況が分からんな。火災で助けが必要かもしれん」


冬史も澪をそう変わらない想像をしていたが、実際近くまで行って確認しなければ分からないのが事実であった。荊南州でもこの長沙地方は比較的治安がよいと聞いていた。そのため、もし火災であれば人命を助けなければならない。だが、そうじゃない可能性もある。だがら、冬史は澪に指示を出したのであった。


「とりあえず、私が確認してくるから、澪は伯和様とそこの林の中で隠れていろ」


ちょうど小川沿いに深い林があり、この道からでは林の中まで見渡すことが出来なかったからだ。冬史は自分が村の近くまで偵察しに行っている間、隠れているように伝えたのであった。


「でもっすね…」

「却下だ。一応、私の馬を軽くするために付けている荷は置いておく」

「ふぅ〜、わかりましたっすよ」


澪は一応は引き返すことを口に出そうとしたが、案の定、冬史に拒否されてしまった。本来なら、すぐに船着場に引き返すのが定石だったが、冬史なりに要を気遣っての行動だった。その想いは口に出さずとも澪にはしっかり伝わっていた。


「あと、私が半刻しても戻らなかったら最低限の荷だけにして来た道を引き返し、急ぎ江夏まで戻れよ」

「姐さん、無茶はしないで下さいっすね」

「あぁ、わかっている」


冬史は隠れるように指示した林まで馬を進め、一旦下馬すると急ぎ馬から荷を外して馬を軽くしていったのだった。今までの二人の話を聞きいていた要の顔は不安が入り混じっていた。冬史の準備が整ったと同時にその不安が口から出てしまったのである。


「義真……」


不安そうな声で自分を見上げる要を見て、冬史は安心させるような顔をして優しく答えたのであった。


「大丈夫ですよ、伯和様。必ず御身の元に帰ってきますから。不肖な身ですが、伯和様の命なくば死ぬことは叶いませんからね」

「本当に?必ずだよ」


その冬史の声と表情は建前ではなく本心であると要は感じでいた。そう感じると、不思議と不安だった気持ちが取り除かれていったのである。要の顔から不安の表情が消えていくのを確認した冬史は、馬に騎乗をして要に答えたのであった。


「ええ、必ず!澪あとは頼むぞ」


澪が頷くのを確認した冬史は、煙が立ち上がっている方へ馬の頭を返して駆け出したのであった。


「大丈夫っすよ。姐さん、半端ないくらいに強いっすから〜」


冬史を見送った澪は要を安心させるように伝えた。


「そうなの?」

「ええ、姐さんが本気になったらまず負けることはないっすよ。実は洛陽での出来事なんっすけど………という事が何度もあったんっすよ。だから、大丈夫ですから一緒に隠れてましょうっすね」

「うん、わかった」


澪は冬史の洛陽での武勇伝をいくつか要に聞かせたのであった。それを聞き終えた要にはもう不安はなかった。きっと冬史なら帰ってくると信じたからである。要の返事を聞いた澪は要と馬を連れて外からでは分からない奥の木の陰に隠れたのであった。


澪が要に伝えた冬史の武勇伝は事実であったし、冬史は武人としてかなり強かった。しかし、その言葉は予想外の出来事で崩されることになってしまったのだ。


それは澪が予想にもしてない冬史が負けるという事で………



ここまで読んでいただきありがとうございます。

前話と合わせて一話だったため、若干短くなってしまいましたが楽しんで頂ければ幸いです。

また、今話では思春さんにスポット参戦してもらいました。

いよいよ、次話から二章の山場を向かえますので楽しみにしていて下さいね。

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