襄陽での出来事
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要は寝所でうなされていた。だが、けして悪夢を見ていた訳ではなかった。
つい半刻ほど前、ようやく襄陽についた一団だった。劉表自ら城門まで要の到着を迎えに出ていき盛大に歓迎したのであった。その後、襄陽の民が固唾を飲んで見守る中、劉表に先導され城内まで通された一団でだった。城内の中庭に到着した馬車から要が下車するのを家臣全員で待ちわびていたのだ。そして。いよいよ要が馬車から降りようとした時、突然、要は意識を失って馬車から落ちかけたのであった。たが、馬車の傍で控えていた冬史が咄嗟に受け止めたため、特に大事には至らなかったのであった。しかし、目の前で要の倒れるのをその目で目撃して者達は騒然となり、辺りに緊張が走った。場の雰囲気を察した冬史と劉表がすぐ機転を利かせて要を貴賓室に連れて行ったため、そこまで大きな事にはならなかったのだった。
「皇子、大丈夫っすか?」
青い顔をして寝込んでいる要の額に浮かんでくる汗を、時折拭きながら澪は心配した面持ちで要の顔を覗き込むように見つめていた。その心配の声すら、まともに要の耳には届いていなかった。そのぐらい要は衰弱していたのだった。しばらくしてから要が寝かされている部屋の扉が軽く叩かれ、一呼吸おいて冬史が入ってきた。そのまま歩みを止めることなく、寝所付近まで近付いてきて、心配する澪に要の容態の変化がないか訊ねたのであった。
「どうだ、まだ皇子の意識は戻らないか?」
「ええ、まだ戻りそうにないっすね。ここに運ばれた時より少し顔色は良くなってますけど……。姐さん、医師の診断はどうだったんっすか?」
ここに運ばれた直後にやって来た従軍医師の事を思い出し、冬史を見上げながら訊ねたのであった。ただ、澪には珍しく少しだけ不安が入り混じった表情だったため、それを拭い去るような声で冬史は答えたのだった。
「あぁ、医師の見立てでは長時間、移動したことからくる疲労だそうだ。一応、病気とかの類でないか念を押して聞いてみたが、どうやらその心配はないそうだ。だから安心しろ」
「本当っすか? はぁ~~~、良かったっす。でも、疲労っすか?皇子にはやっぱり長旅は少し厳しかったみたいっすね」
「けして体が丈夫な御方ではないからそうかもしれんな。いくら馬車を使っていたとはいえ、少しずつ疲れが溜まっていったのかもしれんな」
通常、洛陽から襄陽までの移動は歩兵で六日、騎馬で三日で済む。また、強行軍で行軍すればその半分ぐらいに短縮することも可能だった。それを今回は初めての旅で、お世辞にも体が丈夫とは言えない要のことを考慮して、こまめに道中で休憩を入れるなどを行程に組み込み、十日の日程を組んだのであった。だが、その考慮の甲斐もなく要の体は耐えれなかった。ただ、寝込んでいる要に言わせれば馬車の中は地獄だったと。実はこの時代、都市間の道はまともに舗装されていない荒野であったため、馬車は常に細かい振動で揺れていた。また、石などの小さな障害物に乗り上げることも多かったため、馬車の中にいる要は常に振動に晒されていたのだ。また、馬車の設計自体にも振動吸収などは全く考慮されていないため、要が倒れた疲労の原因は言うならば乗り物酔いのそれに近いものであった。ただ、こればかりは致し方ないことであった。
この二日後、体調が回復した要は冬史や澪に付き添われ、改めて劉表に御礼を伝えたのであった。さすがに到着後すぐに要が倒れたため劉表の顔には若干疲れが溜まっていたが、回復した要の姿をその目で確認して、ようやく顔から疲れが抜けたのである。再度、要の来訪を心から歓迎する旨を伝え、中止になっていた宴をその晩催し招かれたのであった。その宴には、荊北州内の太守やそれに仕える官達が挙って参加したため、かなりの規模の宴になっていた。ただ、主賓である要の周りには常に擦り寄る者が蟻の如く絶えなかった。また、それを見かねた冬史や澪が何度もやんわりと追い払っていたが、追い払った先からまた別の者が集まってきたイタチごっこであった。さすがに要もそれを見てうんざりした表情をしていたが、澪が、これもお役目っすから~、と何度も要を慰めていた。
その翌日からは城内の部屋で勉学を毎日学んでいた。ただ、勉学と言っても主にやっていることは字の読み書きだ。ただ、後宮にいた以前とは違い、最近では苛々がほとんど也を潜めていたのでとても身が入っていたのだ。初めてまともに習うことの出来た、この世界で習う読み書きは新鮮でありとても楽しかったのであった。二月も過ぎようかという頃には当初予定されいたすべての授業を終わらしたため、周りの大人達を大層驚かしたのであった。また、それを見た冬史は喜んで董太后に書簡を送ったのであった。その後、董太后からの書簡により養子の話は正式に取り止めになり、このまま後宮で過すことを認められたのであった。その晩、冬史と澪は養子の話が中止になったことを夜通し喜び合っていた。また、すぐに洛陽に戻る必要もなく、滞在期間まで襄陽で過すことを宮中から認められたため、要は引き続き城内で勉学に励んでいた。今、学んでいる内容は主に古書を使った授業だった。ここまでは冬史からしてみたら順風満帆であったが、それも長くは続かなかった。
それは普段の授業では歯切れのよい教師が、政に直結するような内容の時だけ、かなり歯切れが悪くなり曖昧になってしまうからだった。また、要が疑問に思って質問してみても誤魔化されてしまうのだ。実は襄陽に来てから要が一番知りたかったのは政のことだった。それは後宮にいた頃は苛々のためにまともに考えたことがなかったからだ。いや、その引き金になったのは張譲と段珪との邂逅であった。あれ以来、一人になっている時は、どうすれば待ち受ける自分の運命に抗えるのかと思い、今後のことを考えていたのだ。この世界に転生して五年、翡翠殺害による度重なるストレスのため、転生前の記憶をしっかり整理している所ではなかった。また、赤子のため、何かに書き留めておくことすら出来なかったため、かなり記憶が抜け落ちてしまっているのだった。ようやく、要が知る劉協の未来として思い出して分かったのは、董卓、曹操といった為政者達の道具として使われる運命であった。その運命と今の状況を考えて要は愕然としていた。どちらも籠の中の鳥であることには間違いないのだ。相手が巨大過ぎる為、どんなに考えても何も思い浮かばなかったのである。現在、五歳の要には何ら政や宮中に影響力がないのだ。そして、母を殺した何皇后やそれを庇った十常侍が要に権力を持たせるはずがないと考えていた。また、宮中で味方をしてくれる者を作ろうと考えたが、何も持たない五歳の子供の味方をする者などは皆無だと考えて結果、辿りついたのだった。それに目的のためになら平気で人殺しまでするような者たちの前で動いたとしても危険なことであった。要ごときが水面下で動いてどうにか出来るものなら、すでに彼等は宮中にいないはずだと思ったからだった。
そして、董卓や曹操にしてもそれは同じであった。彼等も漢の僕ではなく自分達の僕として要を利用するだろうと考えていた。まさに八方塞がりだった。要の運命は詰んでいるといっても過言ではなかった。だが、それでも政に関してはしっかり学んでおこうと考えていた。きっと宮中に戻れば政に関してまともに勉強出来るとは思っていなかったからだ。それにもしかしたら、自分を擁立する為政者達にも政に関しては少しぐらい意見を聞いてもらえるかもしれないと思っていた。だから襄陽にいる内に沢山学んでおこうと考えていた。聞いてみようと思っていたのだ。だが、要は知らなかった。かつての霊帝のことを。そして、宮中の影響力は遠く離れたこの地にまであることを。だから教師は答えなかったのであった。その手が教師自身や家族に伸びてくるのを恐れて。そして、ことは起きたのだった。
「皇子、そろそろ授業の時間ですよ?」
「………」
先程、部屋に入室したときから、そっぽを向いてる要を気遣いながら冬史は話しかけていた。相変わらず二人だけになると気まずい関係は続いていたが、それでも以前に比べれば癇癪を起こさず、要も言葉で伝えてくれるようになっていた。だから、ずっと見守り続けてきた冬史からしたらここ最近の変化は劇的だった。そして、その変化が少しだけ嬉しかったのであった。だが、今朝は話しかけても無言だった。そして、その口から思いもよらない言葉が出たのだ。
「もう、授業でないから」
「………ッ」
要は冬史に背中を向けたままそう切り出したのである。それを聞いた冬史は、今更なぜと疑問に思い、そのこと問いかけたのだ。
「なぜ、出たくないのですか?」
「………」
「私に理由を教えて頂けませんか?」
「………」
「ちゃんと説明して頂ければ考慮いたしますので・・・」
「………」
「伯和皇子……」
(せっかく襄陽の来て皇子も良くなってきたのに……、今更、何故なんだ!)
何度、冬史が問いかけようとも要は背中を向けてだんまりを決めこんでいた。それは以前の後宮と同じような姿だった。つい先日まで楽しそうに授業を受けていたというのに何故と考えていた。たしかに冬史は最近、劉表直々の願いのため兵士の鍛錬をおしていた。本音では断りたかったが、お世話になっている手前、断る訳にもいかず引き受けたのであった。そのため、ここ何日かは冬史は授業の警護についてなかった。しかし、それまでの授業風景を考えれば今の状況はありえなかったし、到底考えれないことだった。そのため、冬史は訳が分からなくて苦悩していたのだ。
そんな状況の中、澪は部屋の扉を軽く叩き入室したのだ。入室した瞬間、重い空気を感じて澪は部屋の中を確認すると、背を向けて座っている要と、その背を見ている冬史がいた。
(やれやれ、相変わらず皇子と姐さんの関係は疲れるっすね。ふぅ~)
後宮で要に会って以来、いつも後宮にいる時は思っていたことを久々に心の中で呟いた澪だった。だが、すぐにそれを感じさせない明るい雰囲気で話しかけたのであった。
「あれれ〜?皇子、そろそろ授業の時間っすけどどうしちゃったんっすか?」
「………」
普段なら、何があっても澪にだけは返事をしてくれる要が沈黙したままだった。澪はその反応に少しだけ苦笑したが、特に気にした様子はなく軽い足取りで要に近付き正面に回り込んで腰を落としたのだった。その途中で冬史と目があった澪は、自分に任せてと頷いたのであった。
(重症っすね。鬼の姐さんも皇子のことになると鬼娘の見る影もないっすね♪)
洛陽の街で噂になったかつての冬史なら絶対見せることのない、その思い詰めた顔を見た澪は、珍しい物が見れたなと思っていた。腰を落した姿勢で要の顔を見上げると少しふて腐れた表情をしていた。澪は優しく自分の手で要の両手を握りしめた。その行動で要の目が少しだけ揺れたのを確認した澪は、優しく要の目を見て問いかけたのである。
「皇子、どうしちゃったんっすか?」
「………」
「あんなに楽しそうに授業、受けてたのに」
「……くない」
「なんすか?」
「楽しくなんてない!」
両手を握る澪の温かい手と雰囲気に、沈黙していた要の心は溶かされたように語気を強めて話しだしたのであった。
(さすがだな。だが、なんで澪には話すのだろうか。私では駄目なのか・・・)
話し出した要の姿を見て澪に感心したのも束の間、自分の問いには答えてくれない要に対して冬史は無力感を感じていた。
「楽しくないんっすか?」
「そうだよ、楽しくないよ!だから、もう出たくない」
「最初から楽しくなかったんっすか?」
「………」
「教えてくれないっすか?皇子?」
「違うよ。最初は楽しかった。でも、最近は……」
「あ〜、やっぱりっすか」
「澪!どういう事だ?」
要の表情と聞き出した話しから、最近気になっていたことが的中したと思った澪はそう答えた。だが、傍で聞いていた冬史には心当たりが全くなかったため思わず澪に詰め寄りかけたのである。冬史は無意識に要の前で澪の真名を呼んだことすら気付かない様子だった。澪には冬史の声が聞こえてはいたが、それを無視して要に答えたのであった。
「皇子、わかりましたっす。もう出なくてもいいすよ」
「………」
「おぃ、澪!聞いているのか」
澪が授業を出なくいいと話すと、要は少しだけ目を大きく開けて澪を見た。後ろから冬史の語気を強めた声が聞こえていたが、澪はあえてそれを無視して話を進めた。
「そんなに出たくないのなら無理に出なくていいっすよ。」
「……本当に?」
「ええ、本当っすよ。それに最初の予定はずべて終ってますから♪」
再度、問い直す要に澪は握った手を少しだけ振りながらそう答えた。ただ、澪が勝手に授業に出なくていいと決めてしまったのを聞いた冬史は訳が分からず更に語気を強めて、睨みつけながら澪に詰め寄ったのである。
「澪!おまえがそんなこと勝手に決めれるわけには……」
「姐さん、うるさいっすよ!後で話しますから、少し黙ってて貰えまっすか」
「………ッ、あぁ」
冬史の話しを遮った澪の声はそれ以上に怒気が込められていた。皇子に接していた時とは雰囲気も全く違い、何より出会ってから初めて澪の怒った顔を見た冬史は気圧されてしまい、ただ頷くだけであった。冬史がこの場は引き下がったのを確認した澪は、普段の雰囲気に戻して話しを戻したのだった。
「皇子、驚かせて申し訳ないっすね。授業の件は私に任せて下さいっすよ」
「本当に?」
要はちらっと冬史の方を見て澪に確認をした。
「ええ、大丈夫っすよ。私が皇子に嘘ついたことありましたっすか?」
「ううん、ないよ」
「そうっすよね。では、少し待ってて下さいっす」
そう言うと澪は要の肩を優しく叩いてから立ち上がり、近くで気圧されたまま立っている冬史の腕を掴んで部屋から連れ出していったのだった。それから今後の授業がすべて中止になったと要に伝えられたのは昼前の事であった。
冬史は初めて見た澪の怒った雰囲気に気圧されたまま部屋から連れ出されていた。
「姐さん、さっきは本当に申し訳ないかったっす。ただ、どうしても先に皇子に伝えておきたくて……」
部屋の外に出て扉を閉めたのと同時に澪は土下座して謝ったのである。その姿と言葉でようやく我に返った冬史は、先程の一件を咎めようとしたが、澪に任せておいて横から口出しした自分の行動にも非があると思い止まった。
「気にするな。澪に任せたのにも関わらず、私にも非があったと思う。だからお互い様だ」
「姐さん………。やっぱり姐さんのこと大好きっす〜!」
「おぃ、澪?だ、抱きつくな!!」
そう言うと澪は立ち上がった勢いのまま冬史に抱きついたのであった。冬史の自分にも厳しい姿が澪は好きだった。そのため嬉しさのあまり思わず笑顔になって抱きついたのだ。冬史は少しだけ顔を赤くしながら、澪を無理矢理引き剥がしてたのであった。そして先程の事を訊ねたのである。
「何故、皇子が授業に出たくない理由が分かったんだ?教えてくれるな澪」
「はい、それはっすね……」
澪は最近感じたことを冬史に話し出したのである。それは冬史が兵士の鍛錬をしていて要の警備から外れていない時のことだった。その授業では漢建国前の過去の国々の史書を使っていた。要の理解も早く予定した時間よりも早く終わったため、教師が質問はないかと要に聞いたのだった。何かを思い詰めるような顔をした要に教師は遠慮しないでと再度、聞いたのであった。その言葉で決心した要は質問したのだった。
「腐敗しかけた宮中からこの国を救う方法はないだろうか?」
その質問を聞いた瞬間に教師や澪を含め立ち会っていた全員に緊張が走った。まさか、その質問を五歳の幼子がするとは露にも思っていなかったからだ。そして、聞いた本人にその質問をまともに答えてはならないものだと要以外の全員が知っていた。本来、教師からすれば五歳の子からそのような質問を受けることは大変喜ばしいことであった。だから喜んで語って話しただろう。また、将来が明るいものになるかもしれないと幼子の両親に伝えただろう。
しかし、大陸広しとはいえ皇帝の御子だけは違ったのである。もし、漢帝国の中枢が正常だったら答えたかもしれない。しかし、現在の漢帝国の中枢は賄賂による官の売買や政の私物化などの病魔に蝕まれているのだ。もし、まともに答えたことが要の口から宮中に伝われば、宮中の病魔達はそれを吹き込んだ教師とその一族を許るさず、反逆罪で捕まえるだろう。そして、その手は教師を任命した劉表にも及ぶだろう。そのぐらい漢帝国の中枢が蝕まれていたのだ。
また、要の護衛についている者達も、本音は別として教師の発言如何ではこの場で漢帝国に対する反逆罪で捕まえなければならなかった。だから、教師は真っ青な顔して「皇子、それは間違いです。皇帝陛下が治める帝国が蝕まれていることなどありえません。だから今後も漢帝国は安泰ですよ」と、答えを濁したのである。その教師の答えを聞いた澪や周りの者達の緊張も緩んだのであった。ただ、要だけはその答えに納得がいかず更に質問をした。しかし、教師は答えを濁すだけであった。そのやり取りがしばらく続き、その日の授業は終わってしまったのだった。
授業が終わると普段ならしばらくいる教師はそそくさと部屋を出てしまい、要は澪の元に駆け寄り先程の質問を澪にもしたのだ。だが、澪も周りの同僚達の目があることを気にして濁してしまったのだった。澪の話を聞いた要はかなり落胆した表情を見せたのである。その表情の原因が自分にあると思った澪は心がとても傷んだのだった。しかし、本音を話す訳にはいかなかったのであった。
その翌日から教師の授業内容はがらりと様変わりした。それは孫子や孔子などの政に関する記述がある物を一切使わなくなったのだった。また、昨日までと違い一方的に教師が話しをするといった授業内容になってしまっていた。また、教師からしたら保身のために仕方ないことであった。しかし、要からすれば教師の突然の仕打ちに落胆して徐々に積極性がなくなってしまったのである。そして、それが今朝の出来事に繋がっていたのだ。話を聞いていた冬史は複雑な顔をしながら聞いていた。
「と、いうわけなんっすよ。報告が遅れてしまって申し訳ないっす」
「いや、例え報告をしてくれても、兵士の鍛錬が忙しかったからしっかり話を聞けたかわからないだろう。だから気にするな」
「姐さん、ありがとうっす。だから皇子のためにも授業はもう止めた方がいいと思うっすよ」
「あぁ、せっかく良くなってきたところで残念だが、このまま授業を受けさせる訳にもいかなくなったな。早速、劉表様に話してくるとしよう」
冬史は少し難しい顔のまま澪にそう返事をして、劉表の元に向かおうとして澪に背中を向けたのだった。
「だだっすね……」
「なんだ澪?」
「皇子はとっても聡明であられるっすね♪」
澪が小さな声でその背中に呟いたのだった。それを聞いた冬史は口元を綻ばせながら小さな声で答えた。
「あぁ、本当に聡明であられるな」
その冬史の声は、この五年間の疲れを吹き飛ばすぐらい何処か弾んでいた。そして、きっと後ろにいて顔の見えない澪と自分は同じ顔をしているんだと思った………笑顔で。その後、劉表の元に向かう冬史の足取りはとても軽いものであった。
突然の来訪と人払いの旨を伝えた冬史に劉表は最初こそ驚いていたが、すぐに今後の授業をすべて中止することを快く了承してくれたのだった。また、そんな対応しか出来ないことを詫びた劉表は、当初の予定まで滞在してくれと懇願したが、冬史は少し考えてから劉表の好意に礼を言い、そして滞在を早めることを切り出したのである。それを聞き劉表は心底残念そうにしたが、責任を持って洛陽まで送り届けることを約束してくれたのであった。ただ、洛陽まで同行する兵を周辺の太守から招集するのに早くても7日はかかることを考慮して、余裕を見て10日後に襄陽を発つことを劉表と話し合って決めた冬史であった。
実際、冬史としては直ぐにでも襄陽を発ちたかったが、この時代、常備兵は城や城内の警護兵のみで構成されていて、あまり数が多くなかったのだ。勿論、無理を言えば劉表もすぐに城内の兵をかき集めるだろうが、それをすると襄陽が手薄になってしまい、頻発してる賊の集団が現れた時に満足に対応が出来なくなってしまうのだ。そのため、しばらく滞在することに決めたのだった。劉表の部屋から退出してすぐに洛陽から同行して来た軍の責任者に襄陽を発つ日程とその準備をするように伝えたのだった。そして皇子の部屋に向かう途中、この10日間をどう過ごすか冬史は考えていた。
だが、結論の出ないまま部屋の前まで来たしまったのである。部屋の中にいる皇子と澪に来訪を伝えた入室したのだった。そこには仲睦まじい皇子と澪の姿があった。
読んで頂きましてありがとうございます。
少し、執筆速度が芳しくないですが、頑張って続きを書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
また、気付いたらお気に入りが80件になっていて大変嬉しいです。これを励みに頑張ります。あと、序章も仮のものに差し替えましたので良かったら読んでみて下さい。




