要の苦悩
昨日に引き続き投稿です。
ようやく明かされる要の本音です。
お楽しみ下さい。
後宮内のある場所。
広い部屋の真ん中にポツンとある、一際豪華な寝所で一人の男の子が寝ていた。まるで豪華リゾート地にでもある高級ホテルのような雰囲気だ。しかも、そんな場所でさえ足元に及びつかないような広さと豪華さだった。一度でも、ここで寝ればきっと夢心地の虜になって已まないだろう、そのぐらいの豪華な寝所だった。しかし、そんな場所で寝ている男の子の寝顔は、夢心地とは真逆で苦悶の表情に満ちて、全身の穴という穴から汗が止めどなく噴き出して寝巻きを濡らしていた。
「翡翠、お母さん待って!」
「伯和…あなたの…真名は…」
「………行かないで…」
「王美人よ、木蓮と同じく早く死ぬのじゃ」
そして、何皇后は忌々しい顔で翡翠の手を何度も踏みつける。その瞬間、ハッとしたように要は目覚めた。汗で塗れた寝巻きが肌に貼りつく不快感を感じながら、ここが何処だか分からないかのように、辺りを見回していた。徐々に鮮明となっていく意識のなかで、ここが自分の寝所であったことを思い出した。
(くそッ!! また、あの夢か…)
要は、自分の心の奥底から湧き上がってくる苛立ちにより全身が蝕まれていくのを感じていた。そして、それを振り払うかのように、自分が寝ている周りにある布団を何度も何度も叩きつけていた。
あの事件の後、要が目覚めた時には翡翠はすでにいなくなっていた。そして、真っ暗な広い寝所に一人寝かされていた。何でここで寝てるのだろうと考えようとした時、要は暗闇を凝視して固まってしまったのだ。それは、すぐ横の暗闇からゆっくりと何かが這い出てきたからだ。徐々に形をなすその姿は母を殺した者達だった。そして、形をなしたその者達は寝所で寝ている要を取り囲み、見下したように笑っているのだった。そして、ゆっくりとした動きで要の方に手を伸ばしてきて「今度はおまえだ」と口々に言ってきたのだった。必死にそれから逃れようとするも、赤子の姿の要には抗うことが出来ないでいた。迫り来る恐怖に神経が焼き切れかけた瞬間に目の前には、明るい寝所の風景が広がっていた。
だが、恐怖のあまり叫ぼうとしたが、何故か喉から出るのは擦れたような声だった。だから、短い手足を必死に動かして周りにいた侍女達に知らせようとしたが、音は自分を包み込む布団に消え、誰も気が付いてはくれなかったのだった。ようやく気が付いてもらえたのはだいぶ後のことだった。しかし、要はそれでもよかった。これでようやくこの恐怖から助けてもらえると思ったからだ。だが、侍女達は寝所に寝かされている要のすぐ傍まで来たが複雑そうな顔をするだけで、誰も手を差し伸べてくれなかったのである。その姿はまるでさっき見た者達と同じだった。ようやく、一人の侍女が周りから促されるようにゆっくりと手を近づけて触れかけた瞬間、要は先程の恐怖がフラッシュバックして気を失ってしまたのだった。
その後、要は何度も何度も恐怖の夢を見続けていた。姿、形を変え何度も見た。その数は計り知れないぐらい多く、その夢を見ない日を数えた方が早いくらいだった。そして目が覚めると次は、付かず離れず、必要最低限しか接してこない侍女達に囲まれた生活が待っていたのだ。しかも、侍女達の視線だけは常に要を捕らえ、要もそれを常に感じていた。寝ても覚めても常に視線に囲まれていた。そんな環境で要はいつも事件のことを考えていた。
転生前の要にとっては、死とは何者にも汚されてはならないものであった。そして、それはとても尊いものでもあった。少なくとも転生前に生きていた国では、多くの人が事故や事件とは無縁な生活を送れる平和な国だった。だから、幼い時から死は尊いものであると教えられていた。また、同時に人の死を喜ぶのは忌むべきものだとも教えられていた。しかし、この世界で最初に見た死はそれとは全く違っていたのだった。何の罪もない者が罪を着せられ殺され、それを大勢で見て笑っていたのである。しかも、その目の前で殺されたのはこの世界で自分を愛してくれた母親だった。母と同じように接してくれた母の親友の死もその人物から教えられて知った。そして、自分は見ているだけで何も出来ない無力な存在だった。
起きている日中はいつもそんなことを考えていた・・・いや、事件のすべてを覚えているために否応なしでも考えさせられていた。どんなに前向きに考えようとしても、それをあざ笑うかのように寝れば夢でそれをすべて否定され、起きればまた考える。その繰り返しで要の精神は疲弊していったのだった。そのため、事件からしばらくした頃には翡翠の最後の記憶は薄れていったのであった。
また、転生者ゆえに起きたことでもあった。もし、普通の赤子ならそんなこととは無縁な生活を送れただろう。それは覚えていないからだ。だが、中身が大人である要は、すべてを強烈に記憶していた。そして、あまりにも強烈な出来事だったため、常に頭はそれを鮮明に再生するのだった。それに疲れはてて眠れば、夢ではまたそれを見ていた。もし、言葉がまともに話せたなら誰かに聞いてもらえたかもしれない。また、手足がしっかり動くなら、何かにそれをぶつけることが出来るかもしれない。しかし、要は赤子だった。そのため、事件後から要は泣かな……いや、精神的な負担が許容量を超えたため要の声はでなくなったのであった。ある種の自己防衛が働いたのかもしれないが、それは要を更に苦しめた。
そんな赤子の要が苦しんでいる横では、侍女達が事件の噂話をしていた。その内容は翡翠を殺した何皇后が何故許されたのか?何故殺されたのとか?とか、真実を憶測で包んだ噂話ばかりだった。中には殺された翡翠のことを悪く言う侍女もいた。要は苦しみながらそれを全部聞いていた。そんな中で要の唯一の心の拠り所は冬史だった。冬史だけは赤子の要を優しく抱いてくれたのだった。それにより少しは要の精神は保たれていたが、それも襲い掛かる精神的な苦痛の前では雀の涙に等しかったのであった。
要の心は常に体の内から蝕んでいく苦痛と、外から入ってくる新たな苦痛に蝕まれていた。そのため、要に抗う術はなく事件から数ヶ月過ぎた頃には、心は怒りや苛々といった感情に支配されていた。そして、手足がまともに動くようになった時には手当たり次第の物を投げていた。赤子の最初の行動がそれだったため、瞬く間にその話しは宮中全体に広がっていったのだった。
しかし、投げても投げても心を蝕む苛々は一向に解消されなかった。寧ろ、それにより積もっていった。だが、そんな要を侍女達は遠巻きに見て小さな声で嗜めるだけで、直接何もしてこなかった。誰が見ても要がすべて悪いときであっても侍女達は要に謝るのだった。また、その頃には冬史も要を優しく抱きしめることはなく臣下として接していた。そして、冬史は侍女達と違い要に近づき、目を見て窘めるようとしてくれたが、けして咎めようとはしなかった。
それはまるで小さな幼子の機嫌を伺うような感じだった。いや、全員で母親を亡くした子を腫れ物を扱うが如くだった。その姿により要の心は更に蝕ばまれていき、いつしか何に対して苛々しているのか曖昧になっていた。
その後、三歳から始まった勉強も心を蝕む苛々によってまともに身に入らなかった。そのため、話している内容はわかるが、文字は読めなく、字も書けなかった。かろうじて記憶の底に残っている転生前の記憶から、書かれている漢字の意味を少しだけ理解することはできていた。また、実はこの頃には声は出るようになり言葉を話せるようになっていた。だが、実際は苛々のため話すどころではなかった。ある時、なんとか苛々を押さえ込んで侍女に話しかけたが、まともに話してはくれず言葉を濁し、すぐ打ち切られたのだった。それにより苛々がかなり溜まったため、要は話すことをやめ顔を頷いたり、横に振るだけの行動にしたのである。
それは五歳を迎えた今日でも何一つ変わらなかった。もう、要の心は全体に亀裂の入った硝子と同じであった。それは僅かな力で壊れるくらいの状態だった。しかし、辛うじて残っていた一握りの良心がそれを持ち堪えていた。それは要でさえ分からないことであった。だから、良心は必死に耐えながら精一杯訴えていたのだ。
(誰か助けてよ)
と、それは誰にも聞こえない叫び声だった。
これが今日までの五年間だった。そしてこれからも続く要の現実でもあった。
だが、
転機はすぐ傍まで近付いていた。
ある日、要は苛々を拭い去るように手当たり次第の物を掴んで力の限り投げていた。そして、それを証明するように部屋の中にはけたたましい音が響き渡ったいた。近くに仕えていた侍女は顔を青くして遠くから窘めるだけであった。そして、毎度ながら別の侍女が呼びに行った冬史が部屋に入室してきたのだった。
冬史の入室を確認すると要は冬史に対して物を投げ始めた。まるで、こっちに来るなと言わんばかりに。だが、いくら投げようが冬史はすべてかわしながら近付いてきたのだった。そして、気付いたら周りに投げる物がなくなっていた。それでも、要は顔が熱くなっていくのを感じながら冬史を睨みつけていた。
その視線を気にすることなく、冬史は目の前までやってきて腰を落として目線を合わせた。だが、要の見た冬史の目は優しい装いをしていたが、どこか疲れた感じの目であった。それを見て心が少しだけ痛んだかからかもしれない。
「わかって頂けましたか皇子?」
「…あ……い…」
その言葉に思わず返事をしてしまった。だが、その後のまるで何事もなかったかのような普段通りの言葉と行動に距離を感じてしまった要は、無意識にポケットに入れていた大事な形見の首飾りを手で掴んだ。そして、気が付いたら冬史に投げていた。今までどんなに苛々に蝕まれても絶対投げなかった、首飾りを投げてしまったのだった。そんな、自分の行動に驚いていると頬に鋭い衝撃が走り、その後じわじわと痛みが広がっていった。
目の前を見て、冬史に叩かれたことを知った。それはこの世界で生まれて初めてのことだった。冬史のその顔は怒りに満ちていた。その表情は普段、要に見せている臣下としての表情ではなく、本気で要に対して怒った表情だった。それを見た要は自分のした行動が心底申し訳なく思い、冬史に謝ろうと思った。そう思ったら、苛々に蝕まれていた心が少しだけ軽くなったような気がした。だから謝ろうとした・・・
「皇子、申し訳ありませんでした。罰はいかようにでも………」
しかし、それよりも先に目の前にいた冬史は土下座して謝りだしたのである。その姿は先程とは違い、普段の臣下としてのそれだった。その姿を見た瞬間、要の心は湧き上がってくる苛々に蝕まれていった。
(ふざけるな、悪いのは俺だろ。なんで悪くないのに土下座するだよ!そんなに俺とまともに接するのが嫌いなのか………おまえも!!)
さすがに、要自身も形見の首飾りを投げてしまって、冬史が本気で怒った以上、怒られても仕方ないと思っていた。いや、怒られるべきだと思った。それが、諸侯の子息ならその通りになっていただろう。だが、要の立場は大陸で唯一の存在である皇帝の御子であった。そのため、そうはならず、真逆の結果になってしまったのだった。
「……おまえ…嫌い…」
そんな言いようのない感情に支配された結果、自然と言葉が口から出てしまった。それを聞いた冬史は驚愕したまま固まっていた。その驚愕した顔には悲しみが広がっていたのが見て取れた。その表情を見た要は、それは自分の口から出た言葉によって引き起こされた事実に居た堪れなくなり、部屋の外に駆け出していた。
後宮内を走りながら要は悔やんでいた。なぜ、自分のことを誰よりも心配してくれた冬史にあんな言葉を投げつけてしまったんだろうと。ほんの僅かしか走ってないのに息切れを起こしたため、走るのを止めて自分の部屋から遠ざかるように後宮を歩いていた。後ろから追ってきた侍女は途中で物陰に隠れてやり過ごした。その後は、後宮内の中庭を通り抜けるかたちでしばらく歩いていた。この世界では、生まれて初めて一人で長いこと歩いていたのだ。他の大人たちに発見されることは不思議となかった。そして、ある部屋の前に差し掛かった時に要は気付いたのだった。
何故、さっき叩かれた後に謝ろうとして心が軽くなったのか。それは単に謝りたいだけでなく、叱って欲しかったからであった。いや、もっと厳密にいえば要を皇子ではなく一人の人間として見て、接して欲しかったのである。翡翠を失って以来、誰も要を一人の人間として見ずに漢王朝の皇子として扱っていた。そのため、つかず離れずの距離で常に要の顔色を伺っていたのであった。そして、その距離で臣下として要に接していたのだった。また、めったに来ない董太后と冬史以外は要の目を見て話す者はいなかったのであった。
もし、翡翠や木蓮が生きていたら要を皇子として扱わず普通の子として扱っただろう。時には抱き締め、時には思いっきり引っ叩いて接しただろう。そして、翡翠の責任で街に遊び行ったりして、同い年の友達も出来たかもしれない。いや、せめて要がこの世界に来て数年経った後にあの事件が起きたのならば、この世界で生きる意味を見つけて要は乗り越えられたかもしれない。しかし、二人が亡くなったことでその道は閉ざされてしまったのだった。そして残こされた道は、誰も正面から見ず、誰も抱き締めず、誰も叩かず、外に出さず閉じ込め、人ではなく漢王朝の皇子として接するという道だった。それはあまりにも孤独な道であった。だから、要は転生したこの世界で独りぼっちでいたのだった。
誰も話を聞いてくれず、見てくれず、触れてくれず、本当の自分を見てない………。いくら転生前に大人だったといえ、この特殊な状況が五年も続けば耐えれなくなり。心が蝕まれていくのは当然のことであった。
でも、さっき叩かれた時に感じた気持ちを思い出して冬史に謝ろうと思った。そして、初めて冬史に普通に接して欲しいと言おうと心に決めたのだった。そう思うと苛々は心の底に也を顰めていった。また、要の足取りも軽くなっていった。そのまま要は自分の部屋に戻り始めたのだった。奇しくもその目の前にある部屋は凄惨な事件現場となったため誰も使用しなくなった部屋だった。そう、かつて翡翠と一緒に過した部屋なのだ。ただ、それは要の知らないことであった。
その晩、いつもは訪ねてきてくれる冬史は待てども部屋にやってくることはなかった。だがら、寝所に入って寝る前、冬史に言った言葉を後悔しながら眠りに落ちていった。その夜は久々に夢にうなされることはなかったのであった。
翌朝起きてからしばらくして、侍女から冬史の来訪を告げられたのであった。少しだけ時間が経っているために気まずくなったが、昨日決めたことを思うと不思議と心が楽になった。だから、侍女に冬史を部屋に通すよう伝えたのだった。だが、部屋に入ってきた本人を目の前にするとやはり気まずい気持ちになってしまった。それが顔に出たみたいで、冬史も少しだけ気まずそうな表情をしていた。
しかし、冬史の口から出た言葉はそれを感じさせることがないよく通る声だった。それを聞いた要は、早く昨日のことを謝まらなくてはと気が焦ってしまい、少しだけ間が空いて頷いたのであった。そして、いよいよ決心して話しを切り出したのである。
「………昨日は…」
久々に話すため少し言葉が詰まってしまったが、なんとか話し出せた。しかし、それは無情にもその謝罪の相手によって遮られてのであった。………それは、聞きたくない言葉だった。
「はい、昨日は臣下としてあるまじき無頼な振る舞いをしてしまい。申し訳ございませんでした」
「……!」
そう、昨日の要の非を咎めたり、責めたりすることなく自分が悪かったと謝罪をしてきたのだった。しかも、自分が悪いと考え謝罪しようとした言葉を遮ってだ。それを聞いた要の心はまた苛々に蝕まれてしまったのだった。そんな要にお構いなしに冬史は話を切り出したのだった。
それは後宮から外に出て他の街に滞在するとのことだった。要にとってこの提案はとても魅力的であったが、冬史の口から出る要のためになるという言葉に酷く距離を感じたため、躊躇して返事が出来なかった。しばらく沈黙していると再度、冬史は返事を催促してきた。その姿はまさに臣下のそれであったため、反射的に断ってしまったのだった。
そして、冬史は珍しく、また昨日の話しを切り出そうとしたのであった。その態度は部屋に入って挨拶をしてそれとは全く違い、要の顔色を伺っているような態度だった。それを見た瞬間、苛々は一気に全身に広がっていき。訳も分からず周りにあった物を手当たり次第投げ始めていた。冬史が何かを言いかけたが、聞きたくなかったので手を休めることなく次々と物を投げていった。しかし、投げた物に冬史が当たることは一切なかった。だから、要はその姿に腹が立ち思わず言葉が出てしまったのだった。
「……うごくな…!」
「わかりました」
そして、その言葉を聞いた冬史はそれに従いその場で避けるのをやめたのであった。
ごん!
要が投げた物が冬史に当たり、周辺に鈍い音が響いた。特に冬史が痛がった様子はなかった。寧ろ、投げた要の方が衝撃が大きかったのだった。まさか、自分が発した言葉に素直に従うとは思ってなかったからだ。そのまま要が固まっていると冬史は口を開いたのだった。
「伯和皇子、気はすみましたか?」
その声はどこまでも落ち着いていた。普通の人がいたら、こんな状況でよくそこまで落ち着いていられるなと、感心したかもしれない。だが、要にとってその言葉はまるで自分がしたことは全く何もなかった。………自分なんてそこにはいないとでも言われたように聞こえてしまったのだった。それは、冬史に普通に接してほしいと思っていた要にとってはまさに禁句だった。もう、要は湧き上がる苛々を抑える込むことは出来なくなってしまい、その感情は徐々に口から外に漏れ出したのだった。そして、一度、堰き止めてるものが漏れ始めたら後は勢いを増すだけだった。
「おまえなんか大嫌いだ!でてけー!」
気付いたら大声で言っていた。しかも、生まれて初めての大声だったため、自分の声を聞きながら要も驚いていた。その声を聞いた冬史は昨日以上に動揺して、うな垂れて要の部屋を出て行ってしまった。その後姿を見た要は咄嗟に我に返ることが出来たが、部屋の隅で遠巻きに見てる侍女の視線を感じて自分の感情が分からなくなってしまい、自己嫌悪に落ちてしまったのだった。
どのぐらいそれが続いたのだろうか、突然遠巻きに見ていた侍女から来客を伝えられたのだった。要の部屋に来るのは、先程うな垂れて出て行った冬史だけだったため、少しだけ怪訝な顔をして侍女に来訪者が誰か聞いたのだった。その答えを聞いて要は驚いた。あろうことか先程出て行った人物がまたやってきたのであった。ただ、侍女は新任の警護の方もいますので挨拶では?と言葉を続け、やんわり断りましょうか?と申し出てくれた。だが、何故か会わないといけない気がして入室してもらうように伝えたのだった。その要の反応に侍女は一瞬驚いたが、すぐに自分の職務を思い出して来訪者に伝えに行ったのだった。
その後、すぐに冬史達が入室してきた。いくら入室を認めたとは言え、さすがに冬史を見るとかなり気まずくなって複雑な顔になってしまった。そして冬史もまたうな垂れかけて部屋に気まずい空気が漂っていった。しかし、それはもう一人の来訪者によって妨げられたのだった。
その者は冬史の後から部屋に入ってきた。その服装は今まで後宮では見たこともないような色気のある服装だった。要の転生前の記憶が鮮明だったなら、一昔前の花魁をもう少し地味にしたような格好だとすぐに分かっただろう。だが、そんなことより要は、その後宮に相応しくないであろう女性に釘付けになってしまっていた。その女性は興味津々という感じで部屋の至るところを見ていた。その女性と目が合うと人懐っこく笑いかけてきたのであった。その顔はこの部屋で誰もしたことがない新鮮な表情だった。そして話し掛けてきたのであった。
「姓は朱、名は儁、字は公偉って言います。ちなみに真名は秘密っすよ♪」
その挨拶は、今まで誰からもされたことのない親近感を感じる挨拶だった。まさかそんな挨拶をここで聞けるとは思わなかったため、戸惑ってしまい返事を返すのが遅れてしまった。きっと、皇族に対してはとても失礼な挨拶なんだろうけど、要は逆にその挨拶が嬉しかったのである。
そう思ったのも束の間、突然お願いをされたのだった。その話し方は先程と同じで新鮮なものだったため、思わず頷いてしまった。返事を聞いた朱儁は本当に嬉しそうにお礼を言ってくれたのだった。だが、その後に続けられた話は性懲りもなく先程、冬史がした襄陽の話のそれであった。そのため、内心では冬史が言わせてるのだろうと思い拒否をすることにしたのだった。
しかし、拒否したのにもかかわらず、朱儁はそれを気にした様子などなく色々角度で再度、襄陽の話を持ち出してきたのである。それは団子が美味しいとか、魚や果物が美味しいとかだった。つまり餌で要を釣ろうとしたのだ。たぶん、朱儁以外の周りの人間はそんなに簡単に釣れるわけないと思っていた。何故なら、要に出される食事は諸侯が食べてるそれよりも、かなり豪華だったからだ。
だが、その予想に反して要は餌に食いつきかけたのであった。それは自分に出される食事が贅を極めており、毎食食べきれないぐらいの量がでるからであった。毎食、フレンチや懐石料理など食べていたら胸やけを起こしてしまい、たまにはお茶漬けが食べたくなるあれと同じだ。思わずその話に喉が鳴りかけた要であった。そして、何よりこの女性と一緒だったら本当に楽しそうだと思っていたからだ。
しかし、それを聞きながら冬史を見てみると何かを考えるような表情をしていた。そんな視線に冬史が気付き目が合いそうになったので、咄嗟に逸らしてしまったのだった。その後も、朱儁は色々と話してくれたが、先程の冬史の姿が気になっていたため、拒否し続けていた。すると、朱儁は突然要の方に近付いてきたのだった。その距離は冬史でさえめったなことがない限り越えこない距離であった。それに驚き、気付いた時には目の前に腰を落した朱儁の顔があった。その距離はどこまでも零に近く、朱儁のその目はどこまでも優しかった。そして、周りに広がった朱儁の香りを感じながら、朱儁はその顔をゆっくり要の耳に近づけて、ささやいたのだった。
「皇子が一緒に行かないと……。姐さん、余所に行ってしまうんですよ。それでも皇子はいいんっすか?」
それを聞いた要は、今日一番驚いてしまったのだった。冬史からそんな話は一度もされてないからであった。咄嗟に朱儁の肩越しに冬史を見た要だった。すぐに目が合ったが今度は逸らすことなくじっと見つめていた。冬史のその目は何かを覚悟したような目をしていて、よそよそしさがなかったため、要は朱儁の話しが本当だと信じたのであった。
(なんで、話してくれなかったんだろう)
先程まで、冬史や周り侍女達の態度に心が蝕まれていたが、不思議なことに朱儁と話し出してからあんなに酷かった苛々が嘘のように四散していったのであった。だから、冷静に考えることが出来たのだ。たしかに要は冬史の態度に距離を感じていた。そして、それにより苛々して酷い言葉を続けて浴びせたたのだった。だが、本当は冬史のことを嫌いではなかったし、別れるのは嫌だった。だから襄陽へ行くといったのだった。それを聞いた大人達は要の反応に皆驚いていた。特に冬史が一番驚いていたのだった。
この瞬間、要の襄陽行きが決まったのだった。
この時要も気づいてない気持ちがあった。それは、いつも一緒にいてくれた冬史のことが心の底では大好きだったこと。この気持ちに要が気付くのはまだ先のことだった。
三ヵ月後・・・
いよいよ、後宮の外に初めて出る日がやってきたのだった。あれから冬史との関係はとても微妙だった。要は本当は謝りたかったが、冬史のつかず離れずの距離感は相変わらずだったためだ。冬史は常に忠臣でいた。また、朱儁と一緒にいると不思議と気持ちが落ち着くため、要は朱儁と一緒にいることを好んだのである。そのため、相変わらず気まずい関係が続いていたのであった。
そんなことを考えていた要だったが、侍女からの知らせにより考えを遮られたのだった。そして、侍女に付き添われて部屋の入り口に行くと、そこには防具を身につけた冬史と朱儁がいた。そんな二人を見てると朱儁が要に手を差し伸べてくれた。だが、冬史は朱儁の行動を驚いて見てるだけで手を差し伸べてくれることはなかった。
だから、朱儁が差し伸べてくれた手を掴みかけたが、なんとなく恥ずかしくなって手の袖を掴んだのだった。朱儁はそんな要の行動を笑いながら見て、優しく要の手を包み込んでくれたのだった。そして、要と朱儁は歩き出したのであった。
読んで頂きましてありがとうございます。
きっと賛否両論あるかと思いますが、これが要の周りに対する行動の答えです。
どんな大人でも強烈なストレスを抱えたまま、外部からストレスを与え続けられればパンクしてしまう・・・そんな感じが原因でした。
だが、それもこの話しまでになりますので、ご安心してください。




