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知らない道を行けば迷う。

「――――さて、もう大丈夫ですかね」

「……気持ち悪」


 かなりの距離を走ったのにもかかわらず、ハクトは汗一つかかずに、そう言った。そして、私も息も上がっていないし、汗も……冷や汗しかかいていない。

 私に体力があったから? それとも、走ったけれどゆっくりだったから? 違う。私は()()()()()()のだ。


 書斎から出た瞬間、ハクトが私を抱き上げた。今回は俵持ち(実際の名前が分からない)ではなくて、お姫様抱っこ。そう、お姫様抱っこで。されることも初めてだけれど、まさか走るとは思わなかった。そんなことが出来るのは漫画の世界だけだと思っていた。

 成人男性が幼稚園児を、ならまだ何とかなりそうだけれど、それでも速く走るのは大変なのではないだろうか? 腕も振れないし、足だって上げきれないだろう。前に重みがあるのも、かなり邪魔なはずだ。

 それなのに、彼は走った。私が軽く酔うくらいの速度で。


 せっかく一応イケメンにお姫様抱っこされている、というメルヘンな状況だったのにもかかわらず、全く楽しめなかった。あんまりにも速かったので首に抱きついていて、顔がよく見れなかったのもあるけれど、そのせいで見えた背景が飛ばされていくような光景が怖すぎたのもある。お姫様抱っこが危うくトラウマになるところだった。


 降ろしてもらい、久々な気さえする地面を楽しみながら、前を見る。薔薇以外、何も見えなかった。真っ赤だ、たまに葉の緑がちらほら。視線を落とせば、真っ白な石で作られた道があるけれど、すぐに薔薇で見えなくなる。綺麗を通り越して、怖い。ここまで赤ばかりだと目に悪いと思う。


「うわぁ」

「昔と言っていることは同じですけど……なんか違いますね」


 前はもっと嬉しそうな声でした。そう付け足して、ハクトは私の腕ではなく、手を取った。柔らかい日差しで輝く薔薇は、どうやら水をやったばかりのようで、宝石のような雫が花弁を伝っていた。

 秋とはいっても、残暑が厳しくてとうてい長袖なんか着られなかったのに、ここはまるで春だ。遠くに見える木も、青々と茂っていて、涼しい風が吹き抜ける。


「ねぇ、ここ日本ですらないの?」

「だから夢の国ですよアリス」


 私が言い終わった瞬間に、いつもと変わらない調子の声でハクトが答える。そうとしか答える気がないのだろう。女王様でさえ、そうだったのだから。あ、そうだ女王様。彼女はどうなったんだろう、というより、どうしたんだろう。処刑されるようなことをした覚えはないのに。


「あぁ、この城に赤い薔薇以外を存在させただけでも女王様は処刑といいますから……もしかしたら彼女の狙っていたお菓子を、アリスが食べてしまったのかもしれませんね?」

「まだ何も言ってないはずよ、私」

「夢の国ですからね、アリスのことは何だってわかります」

「いや、私のことより女王のことをわかってよ……」


 プライバシーって言葉知ってる? そう言おうとして、止めた。夢だとしたら、それは私のだ。私の夢の中な時点でプライバシーうんぬんはおかしい。夢は全部、私の想像なんだから。……あれ、っていうことは、ハクトが美形なのとか、女王様が子供でフリフリで可愛いのとか、異様に大きいお城や薔薇園も、私の想像? 私って実はかなりメルヘンなの? ていうかイタい奴!?


「あ゛~~~……」

「どうしましたかアリス。体調でも優れませんか?」


 笑いをこらえている様子で、わざとらしくハクトが私の顔を覗き込む。どうせ私の考えていたことが分かっているのだろう。


「体調は大丈夫よ、心は折れそうだけど」

「そしたら、僕がずっとアリスの側で支えてあげますね」


 その台詞も、私の想像かと思うと恥ずかしくなって、手を振り払い逃げるように、細かい細工の施されたアーチをくぐった。

 今までの華やかな雰囲気と違って、森へ続いているらしい舗装されていない小道は、どこか寂しさを感じさせた。背後で砂利の擦れる音が聞える。ハクトが追いついたのだろう。私は森を見つめたまま訊いた。


「ねぇ、何処に行くの?」

「貴方は何処に行きたいの?」

「そんなの分からないわよ。危ないところには行きたくないけれど」

「なら、何処へ行っても同じだよ」


 そこで、ようやく私は後ろを見た。誰かの気配があったのに、見えるのはアーチと薔薇だけ。ハクトの姿すらない。今度は森側から、枝を踏んだ音が聞えた。


「危ないかどうかは貴方の感じ方次第でしょ? 分からないうちは、たいした違いは無いよ」


 からかうような言い方は、確実に悪意があって、絶対にハクトのものじゃない。彼ならそんな言い方はしないはずだ。

 今度こそ姿を見ようと、勢いよく振り返る。故意なのか、偶然なのか、突風が葉を巻き上げ、反射的に目を閉じる。次の瞬間、()()で嘲笑うように誰かが呟いた。


「ねぇ、俺の可愛いアリス?」

~没シーン~

「俺の可愛いアリs」

「誰がお前のじゃあああっ!!」


 ……これくらいは言いそうな気がするんですよね。今のアリスちゃん。

 どこで間違えたのかなぁ……もっと可愛らしい子の設定だったはずなのになぁ……設定だっただけで、一度も可愛らしい子だった気もしませんが!

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