諦めることも大事です。
「さて、アリス。何から説明したらよいかな?」
あの後ショートケーキとガトーショコラ、モンブランを食べ終えた女王様は、優雅に紅茶を飲んでから私に尋ねた。五分ちょっとで食べ終えたように感じたけれど、まだ足りないようで目線はケーキスタンドに向けられている。
急に話を振られたことに驚いて、既に甘く感じるようになったクッキーを、慌てて紅茶で流し込んだ。
何から、っていわれても。何も分からない私は、何を聞いていいのかすら分からない。
「あぁ、此処は何処か? というのに答えたらよいかの」
ピンク色のマカロンを手にして、女王様がニヤリと笑った。悪戯っ子のような無邪気な雰囲気と、妖しさが混ざったような不思議な笑みを向けられ、返す言葉が浮かばない。
特に返事は待っていなかったようで、マカロンを食べた後、彼女は続ける。
「大雑把には“夢の国”じゃ。これはウサギにも聞いたか? そして此処は国唯一の城。前にハートの、赤の、がつくこともある」
夢の国、の意味が分からないんだけどな。突っ込んだら負けなのだろうか?
悩んでいるから黙っていたのを、ただ聞いているだけだと思ったのか、本格的に私に何かを尋ねることはせず、女王様は続けた。
「お主は忘れているが、妾たちとは昔よく遊んだ仲じゃ。そして、お主とある“約束”をしておった。だから、白ウサギはお主を迎えに行った。そして――――」
「ちょっ、ちょっと待ってください!!」
「……なんじゃアリス」
話をしていたところを遮られたからか、ぷくっと可愛らしく頬を膨らませて、彼女が私を見る。
だけど、その姿を眺めて和んでいる場合ではない。
「夢の国とか、よく遊んだとかは、とりあえず置いておいて……“約束”って何ですか? 私をここへ連れてくること?」
「違う。“ゲームをするため”じゃ。お主が望んだことじゃよ」
「ゲーム!?」
予想だにしていなかった返答に、声が僅かに裏返る。今、ゲームって言った?
「そう、ゲームじゃ」
「え、な、なな何をするんですか?」
さも当然といった様子の女王様と反対に、激しく動揺する私の組み合わせは、はたからみたら滑稽だっただろう。でも、だってゲームのために私は誘拐されたわけ? ていうか、私が望んだ?
「さぁな。ゲームはゲームじゃ。妾が言ったのではなく、お主が言ったことじゃからの。知らん」
「知らないって……」
「そして、お主は“忘れてしまった”のだろ? 知らんし分からん、仕方が無かろう」
知っているのは私で、だけど私は忘れてしまった。その事実に、私は何も言えなくなった。原因が何であれ、元は“私”なんだ。
「ま、まぁ女王様」
落ち込む私を見かねてか、ハクトが割り込むようにして紅茶を注ぐ。
「とりあえず、アリスもココに来るのは久しぶりです。忘れてしまったにしろ、他の懐かしい面々に会ってくるのも良いと思いませんか?」
「…………あいつらにか」
懐かしい面々、のところで女王様は可愛らしい顔をぐっと歪め、苦々しげに呟いた。とても嫌いなのか、苦手なのか、とりあえず良くはない反応だ。
「こうして口頭で説明されるより、直接見て聞いた方がアリスも理解しやすいでしょうし、楽しいと思いますから……」
「つまり、妾からアリスを奪おうと?」
その台詞と同時に、ラズベリーが添えられたフォンダンショコラに勢いよくフォークが突き刺さった。トロリと流れ出すチョコレートが赤くもないのに、血を連想させる。
俯いたせいで表情が見えないのが更に恐ろしく、よく見るとフォークを握り締めた手がカタカタと震えていた。
「あ、あの女王さ」
「……じゃ」
「え?」
「……刑じゃ、処刑じゃ、処刑じゃー!!」
「えぇっ!?」
ガタン、と勢いよく机に手をついて立ち上がった女王様が、顔を上げる。カッと見開かれた瞳は、子供とは思えないほど気迫があった。
「首を、首を刎ねてやる――――ッッ!!」
「行きますよ、アリス!!」
女王様が叫んでフォークを投げるのと、ハクトが私の腕を掴むのはほぼ同時だった。
なんで、こんなことになっているの?
その問いを口に出すこともできなかったし、仮に口にしても答えてくれる人はいないだろうから、私はため息一つでそれを片付けることにした。
とりあえず、女王様が投げたのがフォークでよかったな。