女王……様?
本当にお久しぶりです。
また、時間が空くかもしれません。
……課題が山積みになって手招きしていますので。
「おー久しぶりじゃのうアリス。ふむ、随分と大きく……。髪は、なぜ纏めている? 前みたいにふわーとしている方が好みだったのだが……いや、これも似合っている。もう少し縛る位置を高くすれば 「アリスが引いていますよ女王様」 ……時間も守れんウサギは黙っていろ」
少し下がればいいのに、なぜか抱きつかんばかりの距離でマシンガントークを始めた“女王様”は、ハクトの言葉で静かになった。足元から嫌な音が聞えたけれど、ハクトが足を押さえながら蹲っちゃったけど、なんにせよ静かになった。
「……あ、えっと」
「なんじゃアリス!!」
静かになりすぎて居心地が悪かったので、口を開く。ギリギリ被らないで女王様の声が返ってきた。
なんか歓迎されてるのかな、私。良い人だなぁ歓迎してくれるだなんて……。返事と同時にハクトを踏みつけたような気がしたけれど、それでも良い人だな。
「あの、女王様……?」
「おぉ、なんじゃ。このウサギが気に食わなかったか? 死刑か? 切るか? 奴隷にでもするか?」
「こんな変人はご遠慮したいです」
「だろうなー!! こんなのは誰も欲しがらん!!」
聞いたか? アリスもお前は要らないそうじゃ、笑いながらそう言って、女王様はハクトの上から足をどけた。
咳き込みながら、ハクトは立ち上がると私の後ろに隠れて、深呼吸して服を調えてまた深呼吸してため息をついて、ようやく口を開いた。
「えっと、アリスと女王様が僕をどう思っているのか知りたいところですが、それはさておき……アリス。こちらが我が主にしてこの国の女王です。で、女王様。既にお分かりでしょうが、こちらはアリスです」
「えっと……は、はじめまして……」
そう呟いた声は聞こえたのか、聞えていないのか、くるりと背中を向けた女王様は1mくらい離れたところで振り返った。
離れたおかげで、全体が良く見える。まぁ至近距離でも分かっていたけれど……小さい。絶対、女王様とかいう年齢じゃない。
小学生だよね? 大きくて赤い瞳も、真っ黒で腰に届きそうなウエーブした髪も有り得ないくらいにキラッキラしてるし、赤メインのフリフリふわふわなレースやリボンのついた豪華なドレスも、どう考えてもお姫様だ。
女王様って、こー……キリッとシャキッと、威厳? 風格? みたいなのがあって……ね。
とにかくお父さんとお母さんは何処ですか?
「にしても大きくなったなー、前はもっと……ここ、いやココぐらい……」
そう言いながらプリンセ……女王様は自分の胸当たりに手をかざした。
どう反応していいか分からず、苦笑いする私に気づいてハクトが気まずそうに口を開いた。
「あの……女王様、えっと……アリスは、その、以前の記憶が無い……といいますか、えー……」
とにかく、僕らとは初対面だそうです。
そう言い切る頃には、ちょっと涙声だった。泣いているのかは、俯いてしまったから見えないけれど、鼻をすする音が聞えた。
視線をずらして女王様を見る。女王様は手を胸にかざしたまま私を見つめていた。幸い涙は浮かんでいない。
私と目が合うと、女王様は見た目に似合わない、大人びた笑みを浮かべて言った。
「そうか。忘れたのか。……それは、良かったなアリス」
「はい?」
何が良かったんですか? そう聞こうとした。だって良いことなんか、たぶん無い。少なくとも、この変だけど私を好いていてくれていそうな人たちのことを忘れてしまったのは、しかも短い関わりでなさそうな思い出を忘れてしまうだなんて、良いわけがない。
でも、それを私が言うのか? 忘れてしまった私が、それを言うのか? 言えるのか?
そう考えたのは一瞬だった。我ながら感心するくらい頭の回転が速かった。なのに、
「責めるな、アリス」
静かな声と一緒に、私の頭に感触で分かるくらい小さな手が置かれた。
我に返って、気づかないうちに下げていた頭を上げる。花のように、まさしくそんな感じの笑顔の女王様の顔があった。
「悪いと思うのなら、今から私と存分に遊べ、思い出を作れ、忘れるな」
度の強いメガネをかけたみたいに歪む女王様は、私の顔にハンカチを押し付けたあとに、頬をペチペチと叩いた。丁度涙の流れた場所だったのか、頬を叩く指が滑ってくすぐったい。
「笑っていたほうが幸せになれるのだからな、笑っておればいいのじゃよ」
「アリスは笑っていたほうが可愛いですよ」
「貴様だってさっき泣いておったくせに。貴様のせいじゃぞ、貴様が泣くからアリスもだな」
「……すみません」
頭の上で明るい声が行き交う。無理やり作られたものでない、本当に明るい楽しそうな声が。
しばらくしてハンカチを顔からどかすと、今度はハッキリと女王様とハクトの姿が見えた。
「……女王様」
「うん? どうしたアリス? もうハンカチは必要なさそうじゃな?」
「はい。あの……無理をさせてしまってごめんなさい」
「無理? 何がじゃ? 別に忘れられたことは悲しくないぞ?」
「いや、そうじゃなくてですね……」
そこまで言って、耐えられなくて笑ってしまった。あー、折角シリアスな雰囲気を保とうとしたんだけど。
私が言わんとしていることが分かったのか、ハクトの口が固く結ばれた。端が震えているけれど、とりあえず。
キョトンと私を見下ろす女王様に私は言った。
「ハクトに持ち上げてもらってまで私を慰めて下さったので、その……私、空気読んでしゃがんだほうが良かったですかね?」
ぶはっ、と噴出す音がした。瞬間、女王様の背が縮……いや、元に戻る。
呆然と私を見つめる女王様の後ろで、ハクトが苦しそうに笑っていた。頑張って声を押し殺そうとしているらしく、口を手で覆っているが、あまり意味はなさそうだ。
「アリスッ! 貴様、よくもっ!!」
ようやく私の言った意味が理解できたのか、両手を震わせながら女王様が叫んだ。
お前は、ちょっと背が伸びたからって、調子に乗り追って、なんじゃ、折角励ましてやったというのに、恩知らずめ、なんでそんな性格になったのだ。
私を叩きながら、そう怒る女王様をハクトが宥めて、引き剥がす。
疲れたのか、肩で息をする女王様は私に背を向けて言った。
「さっ、き、忘れても……いいとっ、言ったが、さ、すがに、全く分からないのはっ、困るだろう……少し、説明してやるから、お茶……でも、飲め」
「お茶が飲みたいのは女王様ではないでしょうか?」
「ウサギの毛皮は暖かいと聞くが、お前で試そうか?」
最後の台詞だけ途絶えることなく、ハッキリと言い切った女王様は、そのままドレスを翻して部屋の奥に消えていった。
苦笑いしながら振り返ったハクトは、先に移動しましょうと、女王様が消えた方向と逆のドアを指差した。
「え? あっちは……」
「あちらは女王様のお部屋です。たぶん着替えてくるのではないでしょうか?」
「はぁ」
「彼女が“お茶”というときは大体書斎に来いと言う事ですので……、上になります」
「……へぇ」
どうしてそうなるのかは尋ねるのは止めた。どうせ理解できない気がする。
その代わりに、ほかの事を聞こう。
「このお城はどのくらい大きいの?」
「僕が未だに迷うくらいですかね。まぁ、とりあえずこんな狭い部屋からは出ましょう」
そういいながら、開けられたドアの先には、真っ赤なカーペットの敷かれた先の見えない廊下があった。廊下、という言葉があっているのか分からないくらい幅が広いけれど、とりあえず廊下と呼ぼう。
「ここ、狭かったんだぁ……?」
学校の体育館くらいはあると思ったんだけどなー、気が遠くなるような廊下を見つめて私は呟く。
タイイクカン? そう呟きながらハクトが首を傾げていたけれど、ツッコむ余裕はなかった。