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絡み絡まれ絡みとられ絡みとる

短く「」の多いものですが……また、一ヶ月投稿をしたいな……高校生のうちに夢は終わらせたかった!

大学生になった今でも夢を見続けています。

「……慣れてきたわよ、さすがに」


 望まれた返答でないことはわかっている。わかっていても、私の口は正解を紡がない。平静を装い、わざとらしくため息をつく私をからかわないのは、彼の優しさだと、思えない。


「こんなへんてこな世界、慣れるのもどうかとは思うけど。私って思いのほか順応性が高かったのね」

「帰らなくていいの?」


 声のトーンは変わらない。でも、口調が僅かに固くなった。ちらとみた彼の表情はいつものニヤニヤ笑いではないが、笑ってはいた。無理やり笑っている、というより泣きそうになると口端が上がってしまうかのような表情のつくりだった。声に反して怒っているのではなさそうで、不安定だ。


 気まずくなり、手慰みにネグリジェを意味もなく畳む。質が良いそれは、なで続けても手に引っかかりを覚えなかった。彼は何も言わない。突然部屋が広くなったような感覚に陥る。それくらい、私の声は響かず、小さい。なのに壁が迫ってくるような圧迫感を感じるのだ。


「夢だって安心したわけじゃないのよ」

「そう、それならいいけどね」


 いつか言われた言葉をなぞって、言い訳がましく声を上げる。けして意図に沿ったものではなかったけれど、沈黙に観念したことは伝わったらしく、そこで終いにしてくれた。許してくれたのかはわからない。どうしても顔が見られなかった。


「帰るわよ。なに、さっさと帰って欲しいの?」

「いやぁ、でも帰りたいんでしょ? 君の行きたいところがハッキリしたなら、何処に行ってもいいなんて俺は言わないよ」


 いつか聞いた言葉が改変されて鼓膜を揺らす。幼い子供を見る親のような温かさがその声にはあった。逃げられないと思った、逃げてはいけないと思った。私はこの優しさに、応えなければいけない。


「私は、私の家に帰るのよ」


 息を吸って、そのまま言い切る。語尾を弱めるなんて失態は犯さない。ちゃんと目を見て言わなきゃ。

 私の言葉に、少しだけ目を見開いて一瞬考えるようなそぶりを見せた彼は、しかたない、とでも言うように破顔した。


「イモムシにあった成果かな……及第点だよ、アリス」

「え」


 及第点、と聞こえる前に砂利を耳に詰めたような音と、キーンと耳鳴りが重なり顔をしかめる。何の成果といった? 聞こえない聞こえナイ聴こエない聞いちゃダメ聴こえちゃダメ?


 ぐらと揺れた体に慌てて片手でベッドに手を付く。もう片方は耳と頭を抱えるようにして沿えて。

 明らかに体調に異変をきたした私に差し伸べられる手はない。斜めになった視界で、腕を組むチェシャの姿が見えた。まるで、手を差し伸べまいと自戒しているようだ。

 目が合うと、彼は憐れむような咎めるような、あァ、あ、見覚えのあル、みどり、が、怒りのこもった目、デ――――警戒心からくる凝視と、気味の悪いものを見たような、嫌悪感が込められた目が、ひたすら私だけを映した、のだ。


 

「あぁ、なんだ。忘れたのアリス。逃げたのアリス。哀れだね、愚かだね。逃げて逃げてその先は何が待ってるんだろうね。袋小路かな。俺の餌にでもなってくれるの? 可愛く可哀想なアリス。 だめだよねぇ、アリスはおうちに帰るんだからさ。夢に迷っても、絡めとられて攫われてはいけないんだ本来」


 言葉とは反対に、優しい声。捲くし立てるのではなく、カウントするようなゆっくりと規則的な言葉がいつのまにか乱れていた私の呼吸を整えていく。下を見ると、知らないうちに握り締めてしまったネグリジェに汗が滲んで変色していた。力が入りすぎて固まった私の指を一本一本ほどいて、チェシャがネグリジェを畳みなおす。呼吸はもう、戻っていた。耳鳴りも砂利ももう、消えた。

 そんな私にニッコリと微笑んでまぁでも。と呟く。 


「――――どこに行っても同じ、なんて言われたらどうしようかと思ったよ」


 それはどういう意味かと聞く前に、考える前に、ノックの音で気がそれた。今度こそ、ハクトに違いない。


「はぁい」


 ベッドを降りて、ドアの反対側、開け放たれた窓を閉めに行きながら返事をする。もう私の声に答える対象は、扉の向こう側にしかいない。あまりにも無音過ぎる彼の登場にも、退場にも慣れてしまった私がいる。


「開けますよ……アリス? どうしたんですか、窓を開け放して。風邪をひかれますよ。夜はまだ寒い」

「で、どうしたの?」


 私の横まで来て、鍵を閉めたかまで確認しながらハクトが言う。彼の銀髪に反射する空は赤い夕暮れから、紫色の空に変わって、気付けば星の瞬く夜空へと染め替えられていた。


「あぁ、ご夕飯の用意が出来ました」


 分かりきった答えに安堵して、私はベッドの上のネグリジェを一瞥する。先ほどまで腰を下ろしていた柔らかな感触と違い、しっかりとした足元の感触に安心感を覚える。ほら、もう大丈夫。そんな独り言が口の中で反響した。


 だってもう、チェシャのことじゃなく、どんな献立かなんて考えているんだもの。





『可哀想なアリス』





 でも、その言葉が耳の奥でこだました。


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