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ゆるやかに染まるもの。

長い間放置してしまいました。

3年以上。その間に書いていた話がこの一話のみ見つけました。

穴抜けた記憶と格闘しながら、ゆっくり、夢の終わりまで書きたいと思っています。

「着替えを持ってきました。どうぞ、アリス」


 死んだ魚のような目をしていたハクトから手渡された服は、おおよそ私みたいな人間が着てもいいような服ではなかった。いや、何を着るかはその人の自由だから誤りがあるかもしれないが、つまるところ、正直に言えば、可能な限り着たくない服だった。

 そう、見下ろした先に広がるものを眺めて思う。


「もう少し、飾り気があってもいいんじゃないか?」


 質素なワンピースから既に、女王らしく華やかなドレスに身を包んだ彼女は言う。

 改めて容姿を述べるなら、白く陶器のように滑らかな肌に、艶やかにうねる黒髪。宝石のように赤く煌く大きな瞳。少女であることも相まって、お人形のような人だ。

 服で人が作られるのではなく、人が服を作るのだ! なんて逃避した思考が叫んだ。


「いや、もう十分です」


 薄い青みがかった紫色の襟付きワンピースと、その上に着た真っ白なエプロンを抓む。

 エプロンは、服を汚さないために着用するものだと思っていたが、どうやら違うようだ。いやでも、割烹着も白色だったから、色に関しては置いておこう。


「昔の、黄色いものもありましたが、こちらの方が今のアリスには似合うのではないかと思いまして」


 着替えた後の私を見る頃には、瞳の中に光を取り戻したハクトが誇らしげに笑う。褒めてくれとでも言わんばかりだ。……言われたらどうしよう。頭を撫でようにも届きそうにない。

 なぜサイズが合うのかは、この際聞かないことにした。フリーサイズなのだろう。ワンピースだし。


「そうね、黄色よりは、うん、歳相応かもしれないわね」

「アリスがそういうのなら、まぁ、仕方ないな。だが……」


 スッと床を滑るようにして私に近づいた女王が腕を掴む。何事かと、腕を引き上げようとした瞬間、シュッと布の擦れる音がして血管が圧迫された。見ると、水色のスカーフが一回りして縛られていた。

 意図が分からずに、半歩下がった女王を見つめる。


「これだけ付けていくとよい。襟や腕を飾るのにも髪を纏めるのにも使える。わりと丈夫な布だからな、お転婆なお主にとって、あって不足はないだろう」


 それくらいの飾りがあっても構わないだろう、と笑う女王の目は、優しかった。

 ……なんとなく、怪我の手当てにも使えるだろうという気遣いが垣間見えた気がした。






 だが。

 着替えが確定したにもかかわらず、折角だからと様々なドレスや装飾品を付けられ、飾られ、愛でられ、遊ばれ、開放された頃には空は赤く燃えていた。

 ぐったりとした様子の私を見かねて、ハクトが救いの手を差し伸べてくれなかったら、空は燃え尽きて灰が輝いていたのだろう。

 手を引かれるままに着いた先は、書斎から少し離れた白い扉の前だった。鍵のかけられていないその扉は簡単に開き、その先には真っ白な空間がただひたすらに広がっていた。


 というのは冗談で。

 あくまでも寝室兼自室……ゲストルーム、というのか。天蓋つきの……前転する余裕くらいはありそうな大きなベッドや、書き物をするのが憚られるような白い木製の机と椅子が一脚ずつ。そして、背の高いタンスとクローゼットが点在していた。

 一つ一つは、大きいが、部屋の規模のせいかとても小さく見える。


 ぐるりと見渡した後、上を向くと控えめながらも豪奢なシャンデリアがぶら下がっていた。

 それを横目で捕らえつつ、先に見つけたバルコニーへ向かう。いつかみた演劇で、お姫様と王子様が逢引をしていたときのもののような半円型のそこの手すりを掴み、見下ろすと、真っ赤なバラと白い線……おそらく道が見えた。何かの模様に見える気もするが、見下ろす高さが足りないようで分からなかった。


「真っ先にベッドに向かわないんですね」


 バルコニーの前までついてきていたらしく、背後でハクトが笑った。


「まだ眠くないわよ」

「いえ、トランポリン? でもなさるのかと」

「この服で?」


 制服とは違う、柔らかな生地を膝元で感じながら笑い返す。内心は図星をつかれて軽いパニックだ。

 せめて、ハクトがいなくなってからにしよう。そんな事を考えながら、バルコニーを離れる。

 ちらちらとベッドを意識してしまった私を見て、懐かしむような穏やかな微笑を見せる彼に、通りざま気持ち悪いわよと言って小突く程度には、気の置けない仲になってしまったようだ。


「では、そろそろ邪魔者は退室しますね。何かお困りの事がありましたら、名前をお呼び下さい」

「トランポリンはしないわよ!? ていうか、呼び鈴すら不要なの!?」

「はい。大丈夫ですよ、呼んでくだされば必ず行きましょう」


 冗談だと笑うこともできたはずだ。茶化すこともできたはずだ。

 だけど、さも当然のように笑い、緩やかに弧を描いた赤い瞳が、ただただひたすら怖くて、それ以上は何もいえなかった。






 しばらくして冷静に考えると、ドアの前で待機しているからではないのか、という結論に至った。確かめるべく、彼の去った数分後に扉を開け廊下を見渡したが、真っ直ぐ続く赤い道は全く人気が感じられなかった。

 とは言え、流石に、いい年してベッドで遊ぶのは如何なものかと思い、気を取り直して、まだ見ていなかったクローゼットに手をかけた。

 そして、すぐに後悔した。片手を額に当てて、思わず呻く。


「夢だといって……」


 中には、今私が着ている服と同じ物がクローゼットの左端から右端までびっちりと掛けられていた。

 ボタンや襟の形に、差異はあるかもしれない。でも、薄い青みがかった紫色なのは変わらない。まるで、白いクローゼットに花でも敷き詰めたようだった。


「……パジャマとかないのかしら」


 気を取り直して、クローゼットを漁るも、それらしき物は見つからなかった。もしかして、今着ているワンピースがパジャマなのだろうか。

 まだ離れてから数分しかたっていない彼の名前が、無性に叫びたくなった。






「たぶんね、コレだと思うよ寝巻き。他と違って丈が長いし、生地が柔らかい」

「良かった……この服じゃないのね」

「そりゃねー。寝づらいでしょその服。あ、着替え手伝う?」

「大丈夫よ。大声で、ハクトを呼んで手伝ってもらうから」


 クローゼットの物色を諦めて、ベッドで仰向けになっていると、何かを物色する音の後、白い壁が青紫色に変わった。身体を起こしつつ、その青紫色を掴んで広げると、襟首のあいた手触りのいいネグリジェだと分かる。

 それを眺めている隙にベッドに乗り上げ、背後からエプロンの紐を引っ張り始めた不法侵入者は、「ハクト」の一言で動きを止めた。


「相変わらず驚かないよね、あと白ウサギは呼ばないで」

「冗談よ。これくらい着替えるのに手伝いはいらないわ」


 ネグリジェを脇において、身体をひねる。白が基調の部屋に似合わないピンク色が異色を放つ、チェシャ猫がそこにいた。

 ニヤニヤ笑いを絶やすことなく、いざと言うときに口を塞ぐ気でいたのか手が上げられている。その後ろにあるバルコニーへの扉は閉じられていたけれど、十中八九、そこから入ってきたのだろう。すり抜けが出来るといわれたらお手上げだ。


「私寝てた?」

「んー、どうだろ。寝転がってはいたけど、服はすぐ掴んだよね」

「部屋にはいってくるの、気付かなかったんだけど」

「てことは、クローゼットを漁ってたのは気付いてたの?」


 そこでアイツを呼ぶんじゃないの? と頬をつつかれる。正直、ハクトが来たのだと思っていたのだ。


「バルコニーからでしょ? 庭から結構高さあると思うんだけど」

「え、無視? ……まぁ、バルコニーからなんだけどさ」

「登ったの?」

「跳んだの」

「フライ?」

「ジャンプ、かな」


 お茶会のときにみた戦闘(?)を思い出して納得する。そういえば、身体能力に猫補正というか夢補正がかかっていたわね。

 お城なら、警備員がいるっていうのは偏見なのかしら。と考えて、未だにハクトと女王以外の人に城内で出会っていないことを思い出した。


「帰りに骨折しないようにね」

「やだなぁ、そんなヘマはしないよ。俺、猫だよ?」

「案外どんくさいものよ、猫って」


 呟きつつ、真っ白い毛並みの飼い猫を思い出す。よくフローリングの床で滑って転ぶあの子は、ちゃんとご飯をもらえてるのかしら。


「部屋をもらったんだね」

「え? 借りてるのよ、客室とかじゃないの?」

「いやぁ、クローゼットの中身は、サイズ的に全部アリスのために用意されたものだと思うよ」

「用意がいいのね」

「アリスの部屋だから、当然なんじゃない?」


 ネームプレートがあるかは知らないけどさ。そういうと、ベッドを降りて椅子の背をまたいで座った。理解が追いつかないので黙っていると、ピッと人差し指を立ててチェシャは笑う。


「もうベッドでトランポリンは、した?」


 ハクトにも言われた言葉だ。

 そこでようやく、過去にも私がこの部屋を使ったことがあるのだと思いついた。本来なら、同じ部屋とは限らないのだけれど、さっきの言葉からして、同じ部屋に違いない。服のサイズが改められて揃っているのは、夢パワーで片付ける。


「……歳相応の行動を心がけているつもりよ」

「んー……うん、うん……」


 苦虫を噛み潰した気持ちで答えると、笑顔を固めたまま曖昧な相槌を打ち、チェシャがふらふらと私の周りを歩く。

 品定めされているような視線に耐えかねて、手にしていたネグリジェを被ると、ヴェールのようにたくし上げられ、目が合った。


「何よ」

「んー、青紫がよく似合うなーってね」

「それだけ?」

「いや? ……あははっ、いやぁ」


 確実に言わずにいる言葉があることを匂わせる笑みと声色で、癪に障る。そろそろ本当にハクトを呼んでしまおうかと息を吸い込むと、察したのか、やんわりと口を押さえられた。相変わらず馴れ馴れしく、気安く、私との距離を詰めてくる。とても温かい生き物。

 お口チャックー、と笑う姿に、手に噛み付こうかと言う気すら覚える。脅すように、口を僅かに開いて近づけると、二、三度目を泳がせた後、心底嬉しそうに、楽しそうに、最高にいたぶり甲斐のある獲物を見つけたときのように、弓なりに口角を上げたチェシャが、ようやく口内で転がしていた言葉を吐いた。











「段々、ここにも慣れてきたんじゃない? 楽しそうで何よりだよ、僕のアリス」

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