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既製品のような貌。

 ハクトを追い抜いたまま歩き続けて数分。

 左右の赤いバラと浮かび上がるような白い石畳の道も終わりが見えてきた。

 その先にある、大きく開かれた白い扉の奥には、目が冴えるような真っ赤なカーペットが敷かれていて、扉に日が遮られて翳った其処は巨大な口内を連想させた。道と周りの色が逆になっただけなのに、おぼつかない夢の中から一方通行の現実に連れ戻された気分になるくらい雰囲気に差が出ている。

 この奥へ入ったら帰ってこられないような、そんな妄想を心の中で嘲笑いひとりごつ。


「にしても、開けっ放しなのかしら。……虫とかはいりそう」


 呟きながら、カーペットの先を目線だけで辿る。左右か前か……大方正面の道が一番豪奢だから、直進してよさそうなのだけれど、確信はない。

 何分、この城から出て行くときは自分の足ではなかったし、前ではなく後ろを見ていたから、道がよく分からない。そもそもこんなに大きな城の道順を一発で覚えられる自信がない。場所ごとに色が変わってたら、まだ救いはあったかもしれないけれど……見てきた限りは、どこも赤や白で違いが分からなかった。


「――――ねぇ、いい加減前に来て頂戴。私が道わからないのを知ってて後ろにいるんでしょ」

「おや、思いの外素直に降参されましたね?」


 ……城内に入るまでに、私は幾らか歩くスピードを落としていた。それこそ、ハクトなら追いつくどころか追い越せるくらいに。それなのに、彼は未だ私の後ろで立ち止まっている。

 はじめは、追い越したのが自分な手前、振り向いて「道が分からない」と言うのは癪だったんだけれど……流石に、此処まで来てしまったらどうしようもない。というか、此処まで来ても後ろにいるのを止めないなら、諦めるしかない。


「降参って……人が悪いわよ。……で? 何処に行けばいいわけ?」

「貴方の行きたいところへ、アリス。それ以外に道はございません」


 まるで、あらかじめ用意されていたような機械的な響きに、目を細める。質問の答えになっていない台詞に腹が立ったからではない。そうじゃなくて、既視感のある台詞だったからだ。そう、どこかで似たようなことを……。


『ねぇ、何処に行くの?』

『貴方は何処に行きたいの?』

『そんなの分からないわよ。危ないところには行きたくないけれど』

『なら、何処へ行っても同じだよ』


 ――――思い出した。城の外へ出た時だ。ハクトとはぐれて、初めてチェシャに出会ったとき。ていうか拉致されたとき。……そういえば、ハクトにも拉致されていた気がするわ。

 少しだけ懐かしくなった、纏わりつくようにからかう声を耳の奥で思い出しながら、踵を軸にしてスカートを広げるように振り返る。

 その動きを追うようにして顔を動かしたハクトと目が合った。この状況が少し楽しいのか、優しさを装った笑みを貼り付けたまま、目の奥だけが妙に光彩を放っている。

 初めてみる表情だった。


「生憎、私は女王のいるところへ行きたいの。帰ってきたんだから挨拶くらいしないと失礼でしょう? だから、好きな道へは進めない」

「……そうですねぇ、女王は何処にでもいるわけではないですから、道は選ばないといけません」


 私のいった言葉のどこかに引っかかったのか、僅かに目を逸らしながら逡巡した後、納得したように頷いて、そこでようやくハクトは私の隣へ並んだ。

 ごく自然に私の手を取り、当然のことだけれど、迷うことなく正面の道へと足を進める。


「女王なら、きっと書斎ですよ。あの方はあそこがお好きなんです」

「女王の間、みたいなかっこいいものはないの?」

「あるにはありますが……無駄に威厳と迫力のある大きなイスがあるだけで、大層退屈な部屋ですよ。それに、想像してみて下さい。大人でも大きいと感じるイスに、包まれるどころか埋もれる……いや、呑まれるようにして座っていらっしゃる女王様を……」


 空いた手で、その玉座の大きさを表しながら話すハクトの横顔を見ていると、不意にハクトが話すのを止めこちらを見た。私は最初から正面を見ていないけれど、貴方まで見なくなったらぶつかりそうで怖いんだけど。……流石に、心配しすぎかしら、ね?


「どうかなさいましたかアリス。僕の顔に何か?」

「いいえ、別に?」

「では、どうしてそこまでこちらを見られるんです? いくら僕が手をひいてるからと言っても、正面を見ないのは安全とは言いがたいですよ」


 そういって、前を見るのを促すように肩を押す。片手を握られて肩を押されて……まるで介護でもされているかのような気分になりながらも、そのまま正面を見て歩く。

 同じ場所を歩いているといわれたら納得してしまいそうなほど代わり映えのしない廊下を歩きながら、視線を横に走らせても見えなくなったハクトの顔を思い出しつつ、呟いた。


「貴方もチェシャ見たいに笑うのね」

「え」


 ピクッ、と私の手と肩を掴む手に力が込められる。余程意外かショックだったのか、顔を見なくても分かるくらいに動揺している。その証拠に、息を詰まらせながら吸い込む音や、声にならない声を上げて口を開閉させる音がせわしなく聞えてくる。


「え、え、あ、アリス、チェ、僕が? チェシャ猫、ですか……っ!?」

「えぇ、さっきの顔は――――よく似てたわ」


 自分で言いながら、納得する。そう、あの貼り付けたような笑みと、不自然なくらいに上がった口端、三日月を蓋にしたように弓なりに細められた目、気味が悪いくらいにぶれない声色。そして、何よりその全てが仮面のように見えるくらい奥で生き生きと煌く瞳。

 アレは確かに、チェシャがハクトの皮を被ったような笑みだった。

 そして、それは幼い頃に見た白塗りのピエロに酷似していた。










 まるで、そこだけ使い回したかのように。

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