いらない経験と教訓。
一人ツッコミの多い変なテンションのアリスさん。
……最初に設定を考えたときはこんな子じゃなかったのに。
某日、学校にて。
人生初の体験をしました。……嬉しくないほうの。
「いぃぃぃやぁぁぁぁあっっ!!!!!?」
「待ってくださいよ!! アリスー!?」
不審者が追いかけてきます。
確実に先生でも生徒でもないです。でも、きっと来賓の方でもない。
刃物は持っていないし、露出狂でもなさそうだけれど。
とにかく不審だから、不審者。
ことの始まりは、少し遡って――――
放課後。誰もいない静まり返った教室に私はいた。
その理由を考えるだけで、色々な物語が生み出せそうだけれど……現実は単純かつ面白みのない理由で、忘れた課題を取りに来ただけだった。
机の中に手を突っ込むと、あっさりと出てきたノートをカバンにしまう。当然、机の中に異空間は広がっていないし、ノートが豪奢な装丁の本に変わってもいない。
その事実に少しだけ落胆しながら、イスを元の位置に戻したとき、背後でドアが開く音が聞えた。
きっと見回りの先生か、私と同じように忘れ物をした生徒が入ってきたのだろう。
そう思い、振り返ると――――それはまぁ、ヤバイくらいのイケメンがいた。
物凄くバカっぽい響きだけど、今の私の脳裏に浮かんだ言葉はこれしかなかった。イケメンの表現の仕方だなんて、どこで学べばよかったのだろう。いや、仮に学んでいても表現できなかったかもしれない。
それでも、一般人と認識することが憚られる姿のせいで、見とれることは出来なかった。
赤色の柄が入ったチョッキに、白い手袋に包まれた手には小ぶりの懐中時計。それを見つめる瞳は遠目でも分かるほどに赤く、肌は病的とまではいかないけれど、白く透き通っていた。
さらさらと流れる髪は白とも灰ともつかない銀色で、ちょうど窓から入ってくる夕日も相まって、幻想的な雰囲気を生み出していた。
それだけでも十分に一般人枠外だというのに、ダメ押しなのか、白いウサギの耳が頭についていた。しかもピコピコと動いている。それなのに耳を澄ましても、機械音は聞えない。
――――疲れているんだ。
そう思うしかなかった。そうとしか思えなかった、というかそれ以外で目の前の光景をどうしたら受け止められるのだろう。
なのに、いくら瞬きをしても、目を擦っても、深呼吸をしても、そのイケメン(変だけど)は消えない。
幸い、向こうは時計を見ていて私に気付いていないようだったので、見なかったことにして出て行こうと考えたところで、出口が他にないことに気付いた。
数秒で打つ手をなくして、立ち尽くしていると、パチンッと懐中時計の蓋が閉まり、青年が顔を上げた。
澄んだ赤い瞳が、私に向けられる。
たったそれだけのことで、体が動かなくなった。せめて思考は止めないようにと必死に頭を動かしても、全て瞳に吸い込まれたように、何も思い浮かばない。
阿呆のように立ち尽くす私が滑稽だったのか、はたまた別の思惑からか、場違いに優しく、慈しむような笑顔を浮かべた青年が、口を開いた。
「見つけましたよ、アリス」
確かに、そう言った。
それからは、説明しなくても大抵の人は想像……できるわけないか。
アリス、という呟きとともに青年は駆け寄ってきた。勢いよく、迷いなく私のほうへ。一直線に!
けれど悲しいことに、それを笑顔で受け止められるほど私は心が広くなかった。
脊髄反射、とでも言うのかもしれない。
抱きつかんばかりに迫ってくる青年に向かって、私は持っていたカバンを勢いよくぶつけ、ひるんだ隙に逃げ出した。
いやぁ、勇気のある行動だったよね。今思うと。
そうして私は学んだ。
“変質者を攻撃してはいけない”
何故って?
……追いかけてくるからに決まっている。