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アルは今日も旅をする  作者: 建野海
第二部 一章
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第83話:隔離される下層世界

「お~い、追加の酒が足りねえぞ! 早く持って来い~」


「こっちも料理の追加を頼む! レベッカちゃん、よろしくな」


「は~い、わかりました。ミリア~、追加注文ね」


「……わかったわ」


 もう日も暮れ、空に星の輝きが煌く時。セントールの下町西区に存在するギルド〝救済の酒場〟に久方ぶりに活気に満ちた笑い声が響き渡った。

 その名のとおりギルドとしての活動だけでなく酒場としても機能するこの店には今西区に住む多数の人々がある人物の元へと押しかけていた。


「久しぶりだなあ、アルちゃん。よく生きていてくれた」


「ああ、本当に。あんたがこうしてここにいてくれるとあの時の下町の姿が蘇ったように思うよ」


「そういや、フィードのやつは? あいつは一緒じゃないのか? 俺たちの中にはあいつに礼を言いてえ奴らがたくさんいるんだ」


 矢継ぎ早に次々と投げかけられる質問にテンテコ舞いになるアル。見れば、室内の一角、彼女がいる場所だけが他とは違い人で埋め尽くされており、今日の主賓のアルは身動き一つ取ることすらできず人の群れの中に埋まっていた。


「く、クルスさん! レオードさん! 誰か助けてください~」


 必死に人ごみの中から手を宙に伸ばして助けを求めるアルの姿をレオードとクルスはカウンターから眺めていた。


「ははっ。アルちゃんも大変だな。こりゃ今日一日はみんなから解放してもらえないだろうな」


「そりゃあ、そうだろう。懐かしい顔がまたこの町に戻ってきてくれたんだ。しかも、最近なんてここに住む奴らにいい報告なんてなにもなかったんだからな」


「それは暗に俺の行動の成果が出ていないことに文句をつけてるのか?」


「さ~てな。で、今回はどうだったんだ?」


「聞いて驚けよ、実はな……」


 少女の帰還を酒の肴にして男二人は酒を飲み交わし情報を交換する。その表情にはここしばらく浮かべていなかった純粋な喜びが顕れていた。


「だ、だれか~……」


 一方、救いを無視されてしまった少女は落ち着いて食事をとることもできない状況が続いていた。むさくるしい男達に囲まれてしまい、周りに漂う酸素がみるみる減っていく。息苦しくなりはじめ、もうだめだと感じていると、ようやく彼女の願いが天に聞き入れられたのか男たちを叱咤する凛とした声が室内に響いた。


「こらっ! あんたたちいつまでそうやって小さい女の子囲んで好き放題叫んでんのよ! 確かに旧知の人間がまたこの町に来てくれて嬉しいのはわかるけど、程度を考えなさいよ!

 ほら、散った散った」


 人ごみを掻きわけアルの元まで辿り着く一人の女性。ショートカットの赤茶の髪をし、キリッと釣り上がった茶色の瞳。先ほどの一喝からもなんとなくその性格がわかる姉御肌な人間が人群れからアルの手を引っ張って引きずり出した。


「大丈夫? あたしはレベッカっていうの、よろしくね」


「どうもありがとうございます。私はアルっていいます」


 お礼の言葉をアルがレベッカに告げると、彼女はニカッと明るい笑顔を見せてそのままアルをカウンターへと連れて行く。そして、彼女は再び本来の仕事であるウエイターをこなすためまた酔っぱらいたちのまつテーブルへと足を運んでいった。


「お、お姫様の登場だ」


「いや、大変だったなアル。まあ一杯どうだ?」


 未だ未成年のアルに酒を勧める大人二人。先ほどアルの必死の助けを無視した二人だが、そのことについては何も思っていないようだ。


「いりません! それよりも、なんで助けてくれなかったんですか。おかげで大変だったんですよ、もう……」


 ぷっくりと頬を大きく膨らませて文句を言うアル。だが、そんな彼女を見て二人は益々からかいを続けた。


「まあまあ、いいじゃねえか。みんなだっていつもこうだってわけじゃねえんだ。たった一日の不満くらい我慢しな」


「ならレオードさんが変わってくださいよ」


「そりゃできねえな。こんなむさくるしい男の元より、お前さんのような若くてかわいい女の元に人は集まるだろうからな」


「あ~そりゃ最もな意見ね。誰も好んでレオードみたいなおっさんの姿をみたいだなんて思わないもんね」


「あ、レベッカさん」


 背後から声がして振り返れば先ほどアルを人ごみからここへと連れ出したレベッカがいつの間にか三人の後ろへと立っていた。


「まったく、いい年した大人がなにこんな幼い子に寄ってたかって絡み酒をしてるんだか。

 というか、レオード。あなたここの従業員なんだからお酒飲んでいないで働いてよ! 普段は自分が偉そうに注意するくせにこういう時だけはハメを外すんだから」


「本当にたまのことだろうが。だいたい、お前とミリアの二人でも一応店回ってるじゃねえか」


「それとこれとは話が別! ねえ、ミリアもそう思うでしょ?」


 レベッカはそう言うと厨房の奥で一人黙々と料理を作る一人の女性に向かって声をかけた。


「別に私はどちらでも。そもそも私たちは与えられた仕事をしているだけですし。それにレオードさんは仮にもこの店の持ち主で私たちの雇い主なので文句をいっていいものかと」


 表情を変えずにカウンターを一瞥し、淡々と返事をする女性。腰まで伸びた長い金髪に振り返った時に一瞬見えた吸い込まれるような深い緑色の瞳。背丈はレベッカよりもわずかに小さいが、それでもまだ小さなアルよりは幾分か大きい。


「もう、そんなこと言ったらあたしたちただの従業員でしょ? なんか酒場も兼業しているから忘れがちだけどここはギルドなの!

 だいたい、クルスが言ったのよ。都合上の肩書きはあってもギルドの団員は皆平等だって。だから、あたしがレオードに文句言うのは何も問題ないの!」


「そう。それなら私も一言。働け、おっさん」


 二人の女性からの勤労要求にレオードは渋々とした様子で厨房の中に入り注文の入った料理を作り始めるのだった。

 騒がしい喧騒が響き渡る室内。だが、そんな中カウンターにいる二人のあいだの空気は次第にこの場にそぐわない異質なものとなっていく。


「……クルスさん」


「ああ、わかってる」


 ここまで場の空気を読み聞くことを伸ばしていた重要な話をアルは持ち出した。


「聞きたいのはこの下町の現状だよね」


「はい、下町がどうしてこうなったのかは大体予想はつきます。三年前のできごとがこんな現状を作り出したんですよね?」


「そうだ。三年前の事件で下町全域には甚大な被害が出た。でもね、中階層や上階層にはほとんどでなかったんだ。なんでかわかる?」


「いえ……」


「それはさ、彼らがこの下町を見捨てて自分たちの住む場所を優先的に守ったからなんだ。

 もちろん、誰だって見知らぬ誰かより自分の周りにいる人たちを守りたい気持ちが強いっていうのはわかる。俺だってそうさ。けど、その思いが中階層、上階層で生まれた結果として下町は犠牲になった」


 言葉の重みを確かめながら呟くクルス、遠くからは酔っぱらいの明るい声が響く。


「今でこそこうして笑い声をあげるようになった奴らが増えたけど、俺がこの下町に戻ってきた時の状況なんて酷いもんだったよ。毎日毎日命を断とうとしているしているやつらばっかり。

 けど、俺にできることなんて限られているからみんなを救うこともできなくて」


「クルスさん……」


「そうこうしているあいだに〝上〟の人間たちは荒れ果てた下町への対処を始めたんだ。僅かな希望にすがって職を求め、助けを求める下町の人が上に来ないように隔離を始めたんだ。

 臭いものには蓋をしろっていうようにな。そうしてここから中階層へと向かう道には全て壁が作られて塞がれた。残された俺たちはどうにか自分たちの力で生きなきゃいけなかった。結果、下町でそれぞれみんなを引っ張るリーダーが生まれて三つの地域に別れたんだ」


 グラスに残った酒を一気に飲み干し、無理やりにでも酔いを回すクルス。冷静に語っているように見える彼だが実際は違う。酒の力を借りないとこの現状を受け入れて語ることができないのだろう。


「下町に生まれた三つの区。北、東、そしてここ西区だ。そこではあの事件の後それぞれ立ち上がったリーダーを中心として独自の発展をしている。

 例えば、北は女性たちが集まり娼館を営んでる。中階層や上階層、それに加えて旅の途中で訪れた人たちを客にして利益をあげている。

 もちろん、リスクも存在する。一時の快楽を求めてこの場所を訪れて己の身が危うくなるなんてことは多数あるみたいだからな」


「それでも、お金が稼げているだけマシですね」


「ああ、そうだね。次は東。ここは今の下町の中では一番ヤバイ場所だ。ここを仕切るリーダーが掲げる主義が一つある。それが力だ。

 力があればどんな行いも許される。逆に力がないものはどんなひどい扱いを受けても文句も言えない。

 だから、東区では毎日のように強盗や殺人が起こっている。今この国で最も危険な場所と言われたらまずまっさきにここの名前が上がる。それだけ、危険な区域なんだ」


「そして残ったのはここということですね。でも、セントールについたとき南からも入れないって言ってましたけどあれはどういうことなんですか?」


「ああ、実は今南から中階層につながる道はこの国の騎士団たちによって巨大な壁によって隔離されて〝上〟の人たちがほかの国や地域の人たちが安全に通れるようにしているんだ。

 ただ、そのためには通行証を持っていないといけなくて、一応俺も持っているんだけど、どうしても通らないといけない理由がないとき以外はあそこを使いたいくないんだ」


 それもそのはず。旅の最中にアルが聞いた話の中にクルスの父があの事件で亡くなったということもあった。彼の話したことが事実ならば中階層や上階層の人間は己の保身のために下町の人々、つまりは彼の父親も見捨てたことになる。

 そのような相手と好き好んで関わることなど普通の人ならばしたいとは思わないだろう。


「二つの地域はそれぞれ、独自の発展を遂げた。けど、俺は昔の、記憶の中にあるあの下町を残したい。だから、ギルドをつくる一方で各地域をめぐってこの西区と取引できる相手を少しでも増やそうと各地を回っているんだ」


「それで、私のところにも」


「ああ、そこでアルちゃんと再会するとは夢にも思わなかったけれどね。とまあ、現状下町の簡単な状況説明はこんなとこかな。他には聞きたいことはある?」


「えっと、それじゃあ……」


 そうして脳裏に思い浮かぶ様々な疑問をアルが口にしようとした瞬間、背後から大きな破壊音が聞こえてきた。

 とっさに振り返れば、そこには破壊された扉の残骸が吹き飛ばされており、勢い良く飛ばされたそれを身体にぶつけたのか数名の客がその場に倒れ呻き声を上げていた。


「ハンッ! なんだ、今日はやけに盛況じゃねえか。どうした、どうした? よかったら俺も混ぜちゃくれねえか?」


 打ち壊された扉から中へと侵入するひとりの男。左頬に人目を引く二つの大きな切り傷を残し、暗闇よりも深い漆黒の髪をし、鋭い眼差しで獲物を探していた。

 その瞳が少しの間室内を彷徨い、やがてアルの視線と重なる。


「おっ、お前か。噂の人物は」


 扉を壊したことなどまるで気にした様子も見せずにずかずかとアルへと近づいていく男。そんな彼を威圧するように厨房からレオードが睨みをきかせるが、彼はそれすらも意に介さずアルとの距離を詰めた。


「へえ、こいつがあの男の関係者ね。うちのボスもなんで、こいつを連れてこいっていったのやら。ま、せいぜい愛玩用か。ハッハッハッ!」


 カウンターに座るアルを上から見下ろし、訳のわからない独り言を呟く男。その態度に苛立ちを覚えたのかアルは椅子からおりて男に尋ねた。


「誰ですか、あなた? いきなり現れてみなさんに怪我させて一言も謝らないなんてどんな神経しているんですか!」


「おおっと、こりゃ悪い。自己紹介がまだだったか。俺はレイブン。東区を仕切るギルドの幹部を勤めてる。

 んで、今は嬢ちゃんを攫ってこいってうちのリーダーから命令があったからこうして迎えにきたわけ。

 あ、ちなみに向こうでなんか苦しんでいるやつらだけど、俺より弱いからこんな風になってるため謝る必要はなし!」


 どこか人を食ったような話し方をするレイブン。だが、アルはそれよりも彼が口にした言葉に意識を向けた。


「私を攫うってどういうことですか?」


「さあな? 俺だって命令されただけで詳しい内容なんてわかんねえよ

 で? おとなしく付いてきてくれるか」


 ニコニコと笑顔でそう告げるレイブン。そんな彼に対し、室内にいる人々は今すぐにでも彼に襲いかからんと殺気立っている。


「……お断りします。私に会いたいのならその人が直接会いに来るように伝えてください。それと、私無関係の人を簡単に傷つける人って大っ嫌いです! 二度とここに来ないでください!」


 アルのその言葉にこれまでヘラヘラと笑っていたレイブンの表情が急激に冷たく無機質なものへと変化する。


「あっそ。俺もお前みたいな甘い戯言を抜かすやつは嫌いだ。いっそ手足を動けないように痛めつけてから連れて行ってやるか」


 互いの膠着状態が続き、二人の間に漂う空気が張り詰め始めた。遠巻きに彼らを囲む人々やこの状況の成り行きを静かに見据えているレオードやクルスたち。

 そして、ついに二人が行動を起こそうとしたまさにその瞬間。ギルドの二階から気の抜けた声が放たれた。


「ふぁぁ~よく寝た。ん? なんだ、こりゃ。お前ら、なにやってんの?」


 その場にいた誰もが声の主へと視線を向ける。そこには無精ひげを生やし、眠たげに瞼を擦る一人の男の姿があった。


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