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アルは今日も旅をする  作者: 建野海
第一部 四章 ジャンの十二支徒
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第43話:十二支徒が一、“猿哨”

フィードが卯月によって盗賊討伐の依頼を強制的に受けさせられた頃、町の警護人たちによって追い払われた盗賊達はようやく拠点としているあばら屋に戻ってきた。粗雑な作りのその家屋に馬を繋ぎ、溜まっていた疲れを癒すために座るのにちょうどよい石に腰を降ろす。

ここ数日、格好の獲物の商人などを見つけては襲い、その度に町の警護人たちによって仕事を妨害されてきた。最初の一回などはよかったものの、それが何度も続くようになってからは盗賊たちの苛立は少しずつ募っていった。


「ちくしょう、あの野郎共。毎回、毎回俺たちの仕事の邪魔しやがって」


「今回の収穫はなし……か。金はいつもあるだけ使っちまってたから蓄えなんてないし、食うものも残り少ししかないな」


「このままじゃ、不味いな……」


盗賊と言っても彼らも人間である。金や食べ物がなければ生きるのも困難になる。盗賊などという一般的に見て世の中を生きにくい道を選んでいればなおさらだ。厄介者に手を差し伸べるものなどほぼ皆無。仮にいたとしても、自分に都合の言いように利用するつもりな人間くらいだろう。

この数日無理もさせた事もあり、馬の疲労も限界が来ている。出られてもあと一度。それで金目のものを奪えなければ彼らの今後は非常に苦しいものになる。


「やるしかねえな。おい、お前ら! 次の獲物は絶対に逃がすんじゃねえぞ」


盗賊達の頭が仲間達を鼓舞するために声を張り上げる。頭の声に負けまいと仲間達も対抗して活気を湧かす。


「あの警護人の糞野郎共に一泡吹かせてやろうじゃねえか!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「やってやるぜ!」


「あいつら全員ぶっ殺してやる!」


頭の言葉が聞いたのか、先程まで意気消沈していた仲間達は気力を取り戻し、やる気に満ちあふれていた。中には興奮しすぎて殴り合いを始めるものまでいた。

そんな彼らを見て、どうにかまだ大丈夫だと内心安堵する盗賊の頭。このままの勢いを持続させるために、離れにある酒蔵に保管している酒を振る舞っておこうと考え、近くにいた男に声をかける。


「おう、ちょっとすまねえが離れにある酒樽を二、三個ほど持ってきてくれねえか」


「了解です」


頭の命を受け、酒蔵に向かう男。それを見届けた頭は騒ぐ周りの人とは別に一人冷静に今後の方針について考えていた。


(さて、状況は芳しくないな。盗みを働く人数も増えて効率よく多くの荷を奪う事ができるようになったが、反面食料の消費は激しくなったし、分け前も少なくなった。不満を抱いている者もきっと少なくないだろう。

 かといって誰かを切り捨てるなんて真似をしたら俺の身が危ねえし……。どうにか都合よく人数を減らせないものか……)


腹黒い考えで仲間という存在をあっさり切り捨てる方法を模索している盗賊の頭。そんな彼の耳に先程酒を取りに行くよう命じた男の叫び声が届いた。


「う、わああああああああああ。なんだこりゃぁ!」


男の叫び声を聞いた他の仲間達がすぐさま離れに駆け出した。そして、入り口で立ち尽くす男の元に辿り着くと、彼らは男が声を挙げた理由を目にした。


「こいつは……」


「ああ、ひでえな……」


見れば大事に貯蔵してあった酒樽が全て空になり離れの中に転がり落ちていた。彼らがこの場所を離れていたのはほんの二、三日。その間に大量にある酒を全て空にするなんて事は普通あり得ない。盗むにしても中身だけを抜き取る理由が見当たらない。

そもそも、盗人が所有物を盗まれるなんて事は間抜け以外の何者でもないが……。

異様な光景に呆然としていた一同であったが、こうなった原因が何であるか確かめるものが残っていないかと思い立ち、入り口から奥へと転がっている酒樽を一つ一つ片付けることにした。中身がなくなり、軽くなった酒樽を運ぶ事など容易く、人数も多かったためすぐに奥までの酒樽を外へ出す事ができた。そして、離れがこうなってしまった原因もまた見つける事ができたのだった。


「おい……こいつは」


「ああ……」


神妙な顔をして離れの奥にあった、というよりは“いた”存在を男達はジッと見据える。そこにはあぐらをかき、腕を組んだまま壁にもたれかかって眠っている一人の男がいた。

凛々しい顔つきをした赤毛の青年。盗人の本拠地でこんなにも堂々と寝ている事もそうだが、周りにたくさんの人がいてもなお寝続けるというのは肝が据わっているのか、ただの大馬鹿者なのか判断しかねるところだ。

鎧などを身に着けず、軽装の和服一つ羽織っているだけ。一見すればこの青年はなにも害はなさそうに思える。本来ならば今すぐにでもこの青年を叩き起こして、この離れの状況について説明させてやりたいほどだ。

だが、青年がもたれかかっている壁と背中の間にあるものが男達をその行動に駆り立てるのを防いでいた。

青年の背中には身の丈よりも大きな大剣が存在した。黒く、妖しく光るその大剣はどこか不気味で、威圧感を感じさせる。それもあってか、盗人達は男を無理矢理起こす事を躊躇っていたのだ。下手に起こして機嫌を損ねて、背後にある剣で切られるかもしれないと考えたのである。


「お、おい。どうするよ」


「どうするって……起こすしかねえだろ」


「それならお前起こしてくれよ」


「いや、お前が……」


情けない事に、盗人と言えどその大半は小心者の卑怯者である。できることならば、自分に被害が及ばず、それでいて成果を得たいという者達の集まりだ。だからこそ、このように誰かが決断を出さなければならない状況が訪れると、誰も一歩踏み出すことなく、その責任を誰かに押し付けてしまおうと考えてしまうのだった。


「そう言えば、ここ任されたのお前だったよな」


と、沈黙を保ち、不可侵の条約を仲間の一人が破った。頭からこの離れに酒樽を取りにいくように男が頼まれていたことを思い出したのだ。


「なっ……。確かに俺はそう頼まれたけどよ、こいつを起こすのは関係ねえだろうが」


「なんだよ、怖いのかよ。別に剣さえ取り上げちまえば問題ねえだろ」


「お、おいっ……」


静止の言葉をかける間もなく、盗人は赤毛の男の背後にある剣に手をかけた……。


「……」


盗人一同が一斉に黙り込む中、男は大剣をそっと男の背から離して抜き取った。相当な重量があるそれは、細身の盗人には持ち上げる事も叶わず、床に引きずりながら移動させる事しかできなかった。


「お、重っ!」


見た目通り、というよりはむしろ見た目以上の重さを持つ大剣。それを力一杯引っ張って少しずつ男から引き離す盗人。このまま何事もなく剣を引き離し、男を叩き起こす事になるとこの時誰もが思っていた。だが……。


「えっ……」


それまで僅かながらでも動いていた剣が急にその場から少しも動かなくなった。見れば、仲間達の表情が青ざめ、焦りの色を浮かべていた。

そこから、ある結論を導きだした盗人は恐る、恐る後ろを振り返った。


「よお、おっさん。人の荷物持ってどこにいくつもりだ?」


少年のような人懐っこい笑みを浮かべながら赤毛の男が声をかける。盗人が全身の力を使ってようやく動かせていた大剣は、青年の片手によってその場に引き止められている。


「あ、いや、これは……」


突然の出来事にどう弁解するべきか分からず、あたふたとする盗人。そんな彼を庇うように仲間達が怒声を上げた。


「ん、んなことより、お前は一体誰なんだよ! 人様の酒蔵に入って何してやがったんだ!」


仲間のフォローを受けて、平静さを取り戻したのか、追い打ちをかけるように盗人もまた赤毛の男に声を張り上げる。


「お、おう。そうだ、そうだ! おめえ一体何もんだよ。返答によっちゃあ容赦しねえぜ」


男と距離を置き、強気の姿勢を作る盗人。そして仲間達。ここまで分かりやすい小物も早々いないだろう。それがわかっているからなのか、男はハッと小馬鹿にするように鼻で笑った。


「ったく、これだから弱っちいやつは嫌いなんだよ。力もねえくせにギャーギャーと耳障りなことばかりな喚きやがって」


面倒くさそうに後頭部を掻きながら溜め息を吐く男。彼の前にいる盗人など、まるで己の周りをうろつくうっとうしい羽虫と変わらないと言わんばかりの態度だ。あまりにも強気な男の姿勢に、一瞬呆気に取られる盗人達。だが、そのあまりにも強情な態度が癪に障ったのか、盗人たちの一人が我慢の限界に達した。


「このっ! 黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって!」


床に落ちていた拳よりも少し小さな大きさの石を手に取り、至近距離から男に向かって勢いよく投げつける。

一瞬にして最高速に達した投石。反応する事も、ましてや避ける事も困難なそれに男は……。


「馬鹿が、こんなんで俺を止められると思ってんのかよ!」


だが、盗人たちの予想に反して男はあっさりと石を受け止め、そのまま手の中で砕いた。その異様な光景に思わず誰もが言葉を失う。


「な、なんなんだよこりゃ……」


恐怖を感じ、我先にと逃げ出そうとする盗人たち。だが、それより早く赤毛の男が持っていた大剣を振り上げ、横一線に振り抜いた。

強烈な一撃に生まれた風は鋭い音を立て、骨を砕く鈍い音が室内に響き渡る。ブチブチと筋肉は断裂し、血飛沫が部屋中にまき散らされる。数名いたはずの盗人たちは、今の一撃によって一人を残して絶命し、数秒前まで五体満足だった身体は、今では臓物を周りに散乱させ、無惨な姿となっていた。


「ひっ……ひいっ……」


生き残った一人も余りの出来事に腰が抜けたのか、這いつくばるようにして入り口へと向かう。だが、あと一歩で外に出られるというところで己の前に仲間を絶命させた大剣が突き刺さる。


「残念だったな。お前の命はここまでだ」


残った一人に、そう告げて男は相手の首を両手で押さえ、“軽め”の力で捻った。外へ助けを求める暇もなく、残った最後の一人もその場に絶命した。


「あーあ、余計な手間を取らせやがって。雑魚は雑魚らしく俺の邪魔をしないように息を潜めていりゃいいのに」


まるで己の前に立った事が罪とでも言うかのように男は吐き捨て、床に突き刺さった大剣を抜き放ち離れの外にでる。


「……ん?」


外に出て男が最初に目にしたのは、離れを囲む盗賊の群れ。離れの異常に気づいた頭が仲間に命じて中の様子を探らせて、そこで起こっていることを聞いてあらかじめ外に人を配置させていたのだ。だが、彼らの予想では男が怯えて離れから出てくると思っていたらしく、中にいた仲間を全員殺すなんて事は想像もしていなかった。


「ん~。こりゃまた邪魔な糞共が大量に。掃除するこっちの身にもなれよ」


仲間の血を纏い現れた男を見て声を出す事のできない盗人達とは正反対に、男は本当に呆れたように、というより面倒くさそうに呟く。


「俺は弱い奴には興味ねーんだよ。考えるのも面倒だから消えるか死ぬか選んどけ」


そう言って持っている大剣を背負い、盗人たちの動向を伺う。だが、そんな彼の前に無謀にも盗賊の頭は近づいて行った。


「頭っ!」


思わず声を上げる仲間。静止の言葉が端々から上がるが、頭は止まる気配を見せない。そして、男の前に立つと他の者たちには聞こえないほど小さな声で男にある事を提案した。


「なあ……お前俺と手を組まないか。どこの誰だか分かりゃしねえが、よっぽど腕が立つみたいだしよ。正直、俺ぁこの人数で盗賊家業を続けるのはキツいと思ってたんだ。分け前は少なくなるわ、食材は足りないわ、不便ばかり。

 だが、お前さん一人いればこいつ等全員分の働きはしてもらえそうだ。なあ……俺と組まねえか? お前とだったらいい働きができると思うんだよ。ああ、もちろんこいつ等の大半は殺してもらっても構わないぜ。なあ、どうだ?」


頭の提案に男は一瞬首を傾げた。それを頭は己の提案を受け入れるかどうか悩んでいると判断した。正直、仲間を減らそうと考えていたところに、都合良く現れた腕利きの剣士。いい加減今の仲間達の戦力に限界を感じていた頭は新しく現れたより強い戦力に心躍らせた。これでまた上手く稼ぎがでるようになると。

今後の事を考えて内心胸躍らせている頭だったが、男の発した一言によって一気に顔が青ざめた。


「お前、何言ってんだ? なんで、俺が自分より弱い奴と手を組まなきゃならねえんだよ。馬鹿らしい。とっとと死ねよ」


そう言って大剣をなぎ払った。


「なっ!?」


間一髪これを避けた頭だったが、完全には避けきれなかったため、腹部に切っ先が当たり、そこから血が流れていた。


「て、てめえ誰に対して剣を向けたのかわかってんのか!」


それまでの態度から一変、怒りを露にする頭。鋭い形相で男を睨みつけ、仲間達に彼を襲う準備をさせる。盗人達はそれぞれ持っている武器を構え、男に向かってそれを一斉に向ける。

だが、それを見ても男はそれまでの余裕を崩す事はなく、むしろ先程よりも更に気を抜いて周りを見渡していた。


「はぁ。お前たちこそ誰に向かって剣を向けてんのかわかってんのかよ」


未だ己の正体に気づかない盗人達に心底呆れた様子の男。盗人達は顔を見合わせ、彼の正体が何なのか確認し合うが、誰も知る者はいなかった。

それを見て、男は己の事を誰も知らないという事実にショックを受けた。


「マジか……。この数年まともに活動してなかったとはいえ、こんなにも早く人って奴は出来事を忘れて行くんだな。仕方ねえ、ここはもう一度やる事やって、俺が誰なのかをこの世界に知らしめてやるか」


そう言って男は大剣を正面に構える。そして、周りの盗人達に向けて己の存在を宣告する。


「俺は、十二支徒が一の“猿哨”! てめえら雑魚に絶望を運ぶ者だ!」


十二支徒。その単語を聞いてようやく盗人達は事態が引き返す事のできないほど所まで来ていた事に気づいた。だが、時は既に遅く、猿哨の名乗り口上が終わりを告げる。


「覚悟しな。一人残らず皆殺しにしてやるよ」


愉悦の笑みを浮かべ、猿哨は盗人達の塊に飛び込んで行った。

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